追憶2
[昔話2]
空に身体が浮く。真っ逆さまに地表へ落下する。
「最高だな!!相棒!!」
「それは良かった」
「たいちょおおおおおおお」
アランが絶叫している。そんなアランを見てベンが馬鹿笑いしている。隠密作戦にも関わらず男子校の遠足のノリだ。
「そろそろ術式を起動させろ」
「あいよ」
各々が飛行術式を機動させる。僕らはいつもパラシュートを使わず飛行術式で降下する。まだ試験段階の技術だが、僕らはその運用テストに付き合わされている。
術式を起動させ、姿勢を安定させる。シークエンスを降下から飛行に移行し、空爆でボロボロになった市街地を目指す。
市街地から5キロの地点に着陸する。フォーマンセルのチームで市街地へ移動を開始する。
市街地はついこの間までテロリストが実行支配していたが、先日の大規模な空爆で多くのテロリストが炭になった。建物も崩れ、人も住んではいないが未だにしぶとく居座るごく少数のテロリストもいる。そのテロリスト達の中にフォードブラッグのブリーフィングで出た魔法使いが居ない事を祈る。
暗視術式で白黒になった視界に市街地が見えた。移動を開始してから30分も経ってない。
「ワラビー………」
「はい」
コールサインで呼ばれたベンが探査術式を撃つ。ソナーのように僕らだけに見える波が広がっていく。
「どうだ?」
「市街地中央に集中してますね。ドンパチするにはちょっと多いかもしれないっすね」
「市街地の入り口付近に見張りは?」
「いないっす、人が足りてないんでしょうね」
「よし、じゃあ行くぞ……各自隠密術式を起動。静かに行くぞ」
「紳士的にな」
ジャスティンのジョークは時と場所を選ばない。
建物の影から影へと姿勢を低くして移動する。町はがらんとしていた。ゴーストタウン。転がされた死体。人が焼けた匂い。焼かれた人間の霊魂が叫んでるかのような風の音。
目的の建物付近で再度偵察する。入り口には見張りが2人。AKを構え何やら談笑している。
僕はジャスティンとアランに目配せする。2人は僕の意図を汲み取りナイフを片手に見張りの背後に回り込む。2人は同時に見張りをテイクダウンし首元にナイフを突き立てた。物音一つ立たなかった。
見張りをクリアした僕らは建物内部へ侵入した。
だがおかしかった。僕らがいるのは仮にも敵の本拠地だ。にも関わらず静か過ぎた。声の一つもしない。
チームの全員が警戒しながら奥に進む。部屋の一つ一つをクリアリングしていくが誰も居ない。いよいよキナ臭くなってきた。NSAやCIAのミス?ありえない。だとしたら可能性は一つ。
「ジャスティン……」
「あぁ。俺たちは奴さんの罠に嵌まっちまったて事だな……ムカつくぜ」
「とにかく、早くパッケージを回収しよう。さっさとお暇したいね」
「隊長、いました」
アランが僕を呼んだ。そこには手足を縛られ、口に猿轡をかけられた金髪の少女――マエリベリー・ハーンがいた。
「んー!!んー!」
「アラン、外してやれ」
アランが猿轡を外すとマエリベリー・ハーンは大きく息をして呼吸を整えた。
「アメリカ軍です。救出に来ました。立てますか?」
「え、日本語………。あ、はい。立てます」
「今から脱出します。こちらへ」
「それにしても何故ここに?」
ジャスティンに促され、少女に質問した。少女と言っても僕と歳はあまり変わらない。
「分からないんです……。気付いたら地面が開いて……空間の隙間みたいなのに落ちて……」
混乱しているのだろう。とりあえず帰ったらセラビー行きという事は分かった。
しかし罠に嵌まったのにトントン拍子に事が進む訳が無い。
建物を出て市街地を抜けようとした時、砲撃が来た。
「隠れろ!!」
チームはマエリベリー・ハーンを抱えながら建物の壁に隠れる。僕とジャスティンが砲撃が来た方向へ応射する。
「奴さんお出でなすったぜ!」
「らしいな、やれるか?」
「勿論だぜ、相棒……行くぜえええええええええ」
ジャスティンが雄叫びを挙げながらHK416をフルオートで発射する。
僕はナイフとハンドガンを手に砲撃が来る方向へ走る。魔法使いはジャスティンに気を取られ僕に気付いてない。
ベンとアランはAG416グレネードランチャーでジャスティンを援護している。魔法使いの結界をグレネードが破壊し5.56ミリ魔術弾が魔法使いの身体を撃ち抜く。
魔法使いが体勢を崩した時背後から僕がナイフを心臓に突き立てた。
魔法使いが呻き声を挙げ倒れる。念のため5.56ミリ魔術弾を1マガジン分撃ち込む。
「隊長」
「あぁ、いつも通りだ。損害は?」
「ゼロだ」
「パッケージは?」
「無傷です」
「帰るぞ………」
そのままランデヴーポイントに移動して迎えのヘリに乗った。マエリベリー・ハーンは日本語が話せる僕に仕切りに話しかけてきたが、あまり会話はしなかった。
インジルリク空軍基地に着いた時にはマエリベリー・ハーンは眠っていた。眠っていた彼女を衛生兵に渡し、迎えの輸送機に乗る。
輸送機の中でジャスティンが「帰ったら一杯飲もう。祝勝会だ」と言い出した。まぁ、悪く無い。だけど、その前に一眠りしたい。睡魔と戦って勝てる人類など居ないのだ。勝手にそう思っている。
目蓋が重く視界を閉ざそうとする。もう限界だ………意識が落ちる……………
「…………さん、亮さん」
聞き覚えのある声に目を覚ます。
起きたばかりで視界が定まらない。昔の夢を見ていたようだ…………
視界がぼやける。声の主を探す。朧気に見覚えのある金髪の女性らしき影が見える。
「……………マエリベリー・ハーン?」
「え………!?」
目の前の女性は酷く驚いた表情をする。
「あぁ………紫さんですか」
「え………えぇ。そんな所で寝ていたら風邪引くわよ?」
「お気遣いどうも………」
「ねえ…………さっきのマエリベリー・ハーンって………」
八雲紫は不安げな表情で聞く。
「あぁ………、昔そんな人を助けたなって。昔の夢を見たんですよ………丁度紫さんみたいな金髪で。どことなく似てるから寝ぼけて間違ったんだと思います」
「そう…………」
何処か寂しげな八雲紫。何かあるのだろうが、臆測を口に出したくは無い。
「じゃあ、失礼するわ………」
そのまま出ていこうとする八雲紫に声をかけた。臆測を口に出したく無いけど、そんな表情されるのも困る。
「紫さん、迷いの竹林に屋台があるらしいじゃないですか。僕まだ行ったこと無いんですよ。藤原がその屋台の八目鰻が絶品だって言ってくるんですよ………」
「じゃあ藍といってらっしゃい…………私はいいわ」
「いや、あなたと行きたいんだよ。たまには良いでしょう?」
八雲紫は振り返らないで黙って佇んでいる。
しばらくして
「…………しょうがないわね」
「奢りますよ」
「当たり前よ………」
彼女は笑って部屋を出ていった。




