必要悪
[生きていればまた会おう]
「これはこれは…………そんなに怖い顔をしてどうしたんですか?」
聖白蓮は僕を睨み付けている。
「一輪は返して貰います」
「返す?コイツはあなたの物でも無ければ誰の物でもありませんよ………ましてや僕が盗った訳でも無い」
「屁理屈ですね……」
「屁理屈で結構。理想を掲げるばかりの連中よりはマシだ」
会話中に周りに潜んでいた連中が姿を現していた。中には見覚えのある者もいた。
「あ……アンタ人里で宝塔落とした人」
「その節はどうも………ですがこの寅丸星、容赦はしません」
寅丸星、その名を聞いた時驚いた。まさかこの抜けてる女が本尊代理とは思わなかった。確かに雰囲気が違う。気圧されそうな程の圧を放っている。
その隣のダウンジングロッドを構えた少女の素性はすぐ分かった。
「あぁ、アンタがナズーリンか………。色んな所で鼠に僕を監視させていたでしょ?そういうのストーカーって言うんだよ」
「すまないね、君を監視しろって聖に頼まれてね……」
「御託はいらない!!とにかく一輪を返して貰うよ!!」
セーラー服を着た少女が背後で叫ぶ。その傍らに人の顔をした雲が浮いている。
「返すも何もねぇ……アンタらはコイツをどうするの?」
単純な疑問だ。雲居一輪は地底と地上で多くの作品を作った。そんな奴をいくら同胞だからといって引き取ったとしてどうするのだろう?警備部隊に引き渡すのだろうか?150年前の汚名返上の為に手柄が欲しいのだろうか?
「然るべき罰を受けさせます」
「然るべき罰とは?」
「警備部隊に引き渡します」
「どの道、極刑でしょう?ここで死んだ所で変わらない」
「いいえ、裁きを受けるべきです。この事件を闇に葬ってはなりません」
闇に葬るか………。この理想主義者には僕の仕事が絶対悪のように見えているようだ。
「同胞を売る事に抵抗は無いんですか?150年前の汚名返上にそんなに躍起になって………」
「ッ!!貴様!!」
寅丸星が槍を突き付けてくる。
「じゃあ、何のために雲居一輪を引き取ろうとする?」
「道を踏み外した仲間を救う為…………あなたにこれ以上命を奪わせない為……」
この理想主義者はまた僕に救いを押し付けてきた。正直うんざりだ。宗教で救われてればこんな風にはなっていない。しかも、魔法使いが僕に救いを説く…………。身体の奥底から憎しみが沸々と沸き上がる。
「あなたはそんな場所にいちゃいけない」
黙れ
「八雲紫はあなたを道具としてしか見てません」
黙れ
「私はあなたを………」
「黙れ」
限界だった。もう押さえられない。沸き上がる憎しみとドス黒い感情に逆らえなかった。
「従僕………」
背後にスキマが開き、僕の式――風見幽香が現れる。
「何かしら……主様?」
命蓮寺の面々が戦慄する。連中の脳には従僕の圧倒的な力が刻み込まれている。無理もない。
「殺せ」
「了解………」
従僕が日傘を構える。だが聖白蓮は落ち着き払った様子でいる。
「援軍は私達にもいるのですよ……」
聖白蓮の言葉の答えは頭上にいた。
「博麗霊夢か……」
頭上には博麗霊夢と箒に乗った少女と緑色の髪をした巫女がいる。
「こうやって話すのは初めてね、佐山亮さん。」
「おっと、私を忘れないでくれよ!霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ」
「守矢神社の東風谷早苗です」
「それで、アンタらは何しに来たんだ?」
僕の問いに博麗霊夢がぶっきらぼうに答える。
「あなたはやり過ぎたのよ。幻想郷のパワーバランスを歪めている。だからあなたを排除するの」
「僕は仕事をしているだけなんだけどね」
「だから紫も締め上げるわ、でも取り合えずはあなたよ」
彼女は祓い棒を僕に向ける。忌々しくも増えた魔法使いは八角形の物体を構えている。
「従僕、タバコとライター」
従僕に預けていたタバコとライターを受け取り、火を付ける。
「佐山さん、1つお聞きします」
「何ですか?」
「あなたは何故そこまで何の抵抗も無く命を奪えるのですか…………何故命を奪い続けるのですか?」
聖白蓮は僕を酷く憐れな物を見るような目で見てくる。
紫煙を1つ大きく吐く。
「自分の知らない遠い場所で沢山の人が死ぬ」
「え…………」
「それを現場にもいないキャスターとコメンテーターが悲しいニュースとして報道する。お前らは戦場にいたことがあるか?人を殺した事は?大事な人が殺された事は?まぁ、あっても無くてもいいよ。海兵隊にいた頃仲が良かった戦友はある日突然、上陸作戦中にミンチになったよ。まるでプライベートライアンの冒頭15分間みたいに。戦場ではいつも誰かが死ぬ。無差別に。兵士に限った話じゃない。何の罪も無い市民が様々な思想、イデオロギー、経済、政治に殺される。革命を宣う反体制派のテロリストに惨たらしく殺される。独裁者の国軍に殺される。魔法使いの非人道的な実験の材料にされて子供がモルモットのように殺される。そんなクソみたいな戦場でクソみたいな奴等を散々殺してきた。平和や秩序を乱す奴等を影から、泥水を啜りながら殺してきた。返り血に染まれば染まるだけ勲章は増え、染まった分の何倍も殺すべき奴等は沸いて出た。必要悪として世界の裏で首を狩り続けて軍を辞めてからも同じような事をしてた。キリが無かった。殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺してもゴミは沸いてくる。必要なんだよ…………世界にはな、影で泥にまみれながら光の当たる場所を守る奴が必要なんだよ。こっちの世界に来たのはそんな血生臭さから逃げたかったというのもある…………………けど、この世界にもクソみたいな奴等はいたんだよ。システムを破壊しようとする奴等、平和を壊そうとする奴等、大切な者を奪おうとする奴等、テロリストが。だから僕は…………僕を救ってくれた人を守る為に、僕を愛してくれた人を守る為に殺す。理想を掲げるばかりのお前らとも、表舞台にふんぞり返っているお前らとも違う。僕を排除する?じゃあお前が僕の仕事を引き継いでくれるのか?異変じゃない、戦争を止められるか?戦争が起きてから、沢山の命が奪われてから動くのか?お前は………お前らは分かってるのか?僕を、八雲紫を排除する意味を?誰が<蛇喰らい>になる?聖白蓮か?霧雨魔理沙か?東風谷早苗か?博麗霊夢か?」
その場にいた者は皆一様に沈黙を守っている。
「アマチュアなんだよ。何がやり過ぎただ、パワーバランスを歪めているだ。博麗の巫女1人じゃ反体制派のテロリストに対応出来ない。理想を掲げるばかりじゃ駄目なんだよ。大切な物を守る為に何かを奪う。この矛盾すら受け入れられて無い」
タバコを地面に捨てる。聖白蓮達の理想と僕の現実は決して交わらない。だから………
「従僕、一旦引くよ」
「了解、主様」
「ま……待ちなさい!」
「地獄の門は開かれた」
「え……………」
「じゃあな、また会おう。会えればな………」 博麗霊夢の制止を振り切りスキマに入る。大気が震えるような音を耳にしながら。




