捕捉
[尻尾を掴んだ]
人里。平日にも関わらず往来には人が沢山いる。時刻は正午過ぎ、お昼時だ。
僕は通りに面した蕎麦屋に入る。ただ蕎麦を食べる為だけに入った訳じゃない。
「おい、こっちだ」
藤原妹紅が奥の席から手を降って呼んでいる。
「遅かったな」
「僕だって忙しいんだ………天蕎麦1つ。お前は?」
「私はもう食べた」
「あぁそう………で、何の用だ?」
僕は藤原妹紅に呼び出した訳を聞いた。この忙しい時に話があるから来いとだけ言われ呼び出された。甚だ迷惑だ。
「まあ、そんなカリカリすんな……」
藤原妹紅はタバコに火をつける。
「お前、最近の両目の件に首突っ込んでるんだろ?」
「だったら何だ?」
「お前にイイコト教えてやるよ」
妙に色気を出して言うが、この女は頭を打ったのだろうか?
「お前の事だから150年前の事も[目隠し]の事も、もう知ってるだろ?」
「まあな……」
運ばれてきた天蕎麦を食べながら言う。
「八雲や妖怪の山にはその記録が残っていると思う。実は人里にも資料があったんだ……」
「あった?」
僕は藤原妹紅の「あった」という過去形が気になった。
「あぁ……あったんだ。昨日まではな」
「どういう事だ?」
「昨日、警備部隊の書庫番が巡回中に書庫の鍵が破壊されているのを発見したそうだ。調べてみると書庫から無くなっていた資料が1つあった」
「それが、[目隠し]の資料……」
「そういう事だ………」
藤原妹紅は紫煙を吐き忌々しそうに言う。
「どんな資料だったんだ?」
「あぁ………写真だよ」
「写真?」
「[目隠し]が殺した遺体の写真さ。現存する最後の一枚。書庫の埃に埋もれて、記録からも消えかけていたんだとさ」
「警備部隊が[目隠し]の件を知らないのも、記録から消えかけてたから………」
「後は稗田家に協力を扇いでないってのもある」
稗田家、幻想郷縁起と呼ばれる歴史書を代々編纂する人里の名家。人里の運営にも深く食い込んでいるが、警備部隊上層部とはあまり仲が良くないらしい。
「じゃあ稗田家は何もかも知ってるって事か………」
「いや、現当主は今回の件は分からないってさ」
それにしても意外だった。[目隠し]の作品を納めた写真が残っていたとは。是非見てみたかったが………
「で、盗んだ奴に目星は?」
「あぁ……何でも、」
「ポンチョを着た女か?」
藤原妹紅は答を先に言われ若干不機嫌な顔をする。
「知ってたのか」
「勘だよ………ここは僕が持っておく。情報の礼だ、じゃあな」
テーブルに適当に代金を置き店を出る。
「釣りは?」
「やるよ」
店を出て道を歩いていると何かに躓いた。
「これは………宝塔?」
寺院で見られるような宝塔が人里の道にぞんざいに捨ててあった。何とも罰当たりだ。
別に宗教を持ち合わせている訳では無いが、こういった代物を道に捨てておくのはいかがかと思う。
「警備部隊の詰め所に届けておけばいいか……」
「あ!!あの、すいません!!」
呼び止められた。詰め所には他にも用事がある。早く行きたいのに、足止めを喰らうというのは気分の良いものじゃない。
振り替えると金髪に黒のメッシュが入った女性が随分と息を切らして立っていた。
「何か?」
「それ………私のです」
女性が指す「それ」。僕が拾った宝塔はどうやらこの女性の物らしい。
「そうですか、丁度詰め所に届けようと思ってたんです。どうぞ」
「ありがとうございます!!何処かで落としちゃって…………でも見つかって良かった……」
「そうですか、そんなに大事な物なら肌身離さず持っている事をお勧めします。では……」
「あ、あの!!」
あぁ、時間が………
「あの……まだ何か?」
「いえ………ご迷惑で無ければ何かお礼をしたいと思いまして……」
「いえ、そんな大層な事はしてませんので……お気になさらず」
僕は足早にその場を去った。後ろから何か僕の名前を訪ねるような声が聞こえたが、聞こえないフリをした。
「こちらがここ数日の映像になります………」
「ありがとうございます」
詰め所で僕は人里の門や街頭に設置されている妖怪の山製の防犯カメラの映像を見ていた。
写真が盗まれた昨日の映像を見る。入っていく人物と出ていく人物を確認していく。
映像が写真が盗まれた時間帯に入る。人影は無い。だが、
「こいつか……」
ポンチョを着た女が写っていた。
ポンチョを着た女が門の外に出た映像は無かった。つまりポンチョを脱いで外に出たという事。
何度も何度も見返す。盗まれた時間帯は夜。それよりも前に人里に入った筈。だが門には誰も写らない。門以外から人里に入り込んだ?
だが人里の周囲は警備部隊が定期的に巡回している上、昨今の反体制派の活動を警戒し妖怪の山製の警備システムを導入している。忍び込むのは容易じゃない。
手詰まりかと思えた。その時視界の端に気になる人物が目に入った。何故この人物が人里にいるのだろう?映像は3日前の物だ。
「あの……3日前に人里でご不幸が?」
「あぁ、例の事件の被害者の葬儀ですよ。3体上がった内の1人です。昨日は2人目の葬儀が…………それが何か?」
詰め所の職員は不思議そうな顔をしている。
その人物が人里を出たのは、今日の朝。全て繋がった。
写真を盗んだ犯人は今夜、創作意欲………衝動に駆られ作品を作るだろう。
「にとり、犯人が分かった。今夜作品を作るつもりだろう…………あぁ、今夜だ。各勢力への監視は欠かさないでくれ。僕らも出る、装備を整えてくれ、従僕にも用意を…………。あぁ、紫さんにも伝えてくれ。犯人は…………………」
にとりへの通信を切り、インカムを外す。
詰め所を出ると空は赤く燃えていた。気付けば夕方だった。
まるで、抉られた目から流れる血のように赤い空を眺めていた。




