亡霊
[殺意と創作意欲]
慌ただしい喧騒の中、僕は八雲紫と規制線を越えた。
地底で鬼と酒を酌み交わしてから数日。僕は人里の外周部から5キロ程の場所にいた。
「紫殿、佐山殿……」
警備隊長が声を掛けてきた。
「岩井さん、遺体は?」
「こっちだ……」
目の前の小屋の中へ入る。そこには
「これは………」
両目が抉り取られた死体が大量に転がっていた。
「昨日この小屋で反体制過激派が人里への襲撃準備をしているとの情報が入った。新設された特殊部隊の初陣も兼ね突入作戦を立案、実行したのだが………、突入した時にはもうこの有り様だったそうだ」
ざっと死体は6体。何かで身体を貫かれ、目は丁寧に抉られている。
「亮さん、何か分かる?」
八雲紫が口を開く。
「まあ、人の仕業では無いでしょうね……。身体を貫いたのは太さからして腕かと……」
「他には無いか?」
警備隊長も聞いてくる。
「先日地底に行った時、鬼衆の取り纏めをしている鬼から聞いたんですが………、最近地底でもコレと良く似た両目が抉り取られた死体が上がるらしいです」
場にいる者達は皆一様に沈黙する。
「じゃあ、今回の犯人は地底の妖怪ということかしら………?」
「いや、それは無いでしょう。地底の妖怪だったら鬼衆の方である程度目星がつく筈です。今回地底側の捜査は暗礁に乗り上げています」
「それじゃあ、佐山殿は地上の妖怪が犯人だと?」
「可能性は高いです」
八雲邸、八雲紫の部屋。遺体を確認し、八雲邸に戻ってくると八雲紫に部屋に来るように言われた。
「何でしょうか?」
「今回の件。亮さんの所見を聞かせて」
「僕は刑事じゃないんですが……」
「でもスーツに咥えタバコなんて、まるで刑事さんじゃない」
八雲紫は小さく笑う。
「さあ、聞かせて頂戴……」
全く、この雇い主には敵わない。
「今回の件、僕は何か思想的な物を感じます」
「………それで……」
「古来より目は様々な象徴とされてきました。神話や伝承でも目に関する記述が多々存在します。今回の件で犯人が目を抉り取るのはその象徴や伝承に関連した思想の元に行動している、もしくは目に対し特別な思想や執着を持っているからであると思います」
目を閉じ、何かを考える八雲紫。
「まあ……及第点ね…」
スキマから一枚の封筒を取りだし僕の前に滑らせる。
「これは?」
「中を見なさい」
封筒の中には文書が入っていた。その文書の内容はにわかには信じがたい内容だった。
「これは…………」
文書には今回の件と類似した内容が記されていた。
「昔………150年前、この幻想郷で奇妙な事件が起きたわ……。人妖問わず両目が抉り取られた死体が大量に発見された。被害は留まる事を知らなかった。多くの命が奪われたわ………。やがて犯人は捜査が進むにつれ追い詰められ自殺したわ。妖怪だった。その妖怪は………………[目隠し]と呼ばれたわ」
「紫さんはそれに関わってたんですか?」
「いえ……その件に八雲は関わってないわ。その件で捜査を主導したのは命蓮寺」
「命蓮寺………」
「[目隠し]は芸術家だったわ。彼は自分が殺した死体を作品と見ていた。彼にとって命を奪うという行為は創作作業だったのよ。より美しい作品を作る為に犯行を繰り返した」
「つまり紫さんは150年前の亡霊が創作意欲に駆られ復活したと………?」
「さぁ……分からないわ」
八雲紫は茶を啜る。
「いずれにしろ、この件は警備部隊に任せておける代物では無いわ………。危険すぎる」
「では博麗の巫女に?」
「いえ、あの子の手には終えないわ。それにあの子じゃ辿り着けないでしょうね………」
あぁ……いつもの流れだ。厄介事の、仕事の流れだ。
「目には目を、歯には歯を……」
流れが決まった。
「亮さん。あなたにこの件の調査、解決を命じます。いつも通りあなたの裁量で動きなさい」
「犯人を特定した際はどうしますか?」
「任せるわ。あなたが驚異だと判断した際は殺しなさい」
「了解しました」
「それと、コレ。プレゼントよ……」
八雲紫はスキマから一丁のハンドガンを出した。
M45A1、45口径。CQBには持ってこいの銃。僕好みだ。
「いい銃だ………」
「気に入ってくれたかしら?」
「えぇ……とっても。ありがとうございます」
「頑張ってる部下にご褒美をあげるのも雇い主の役目よ。気にしないで」
僕は八雲紫の部屋を出た。これからの動き方を考えなくてはならない。
縁側に出ると月は出ていなかった。月明かりの無い夜はまるで目を奪われたようだった。




