不気味
新章です
[目隠し編]
「や……やめてくれ……」
男は震えた声で命乞いする。その目には絶望と恐怖と涙が溢れている。
「残念だけどそれは出来ない。仕事だからね」
男の請願を却下する。手にはP226。マズルは男の眉間を向いている。
「始末するなら早くしましょう。早く帰りたいわ……主様」
後ろで控える式が面倒くさそうに言う。愛用の日傘をぐるぐる回しながら暇を潰している。
「従僕も式だったら少しは手伝ったらどうなの?」
「従僕じゃないわよ。風見幽香って名前があるんだけど?」
式の口答えを無視して、男に意識を戻す。
「さて、アンタを生かしておく理由も無いしウチの式が早く帰りたがってるんだ。さっさと死んでもらう」
「まっ………」
三発の銃声が響く。
「時間が掛かったのね、主様」
「締め上げて情報を取ってたんだ……そう言わないでくれ」
「まあ、いいわ……早く帰りましょう」
生意気な式だ。
「オーダー通りに始末してきました。これが出た情報を纏めたレジュメです……」
八雲邸に戻り八雲紫に仕事の報告をしていた。すると
「明日は休みで良いから」
「……………へ?」
突然休みを貰った。
突然休みを貰っても何もする事が無い。休日なんてどうせ縁側でタバコを吸うだけの1日。それなら仕事をしていた方がマシなのだが
「ウチはブラックじゃないから」
との命令で無理矢理休みをねじ込まれた。
休日、何もする事が無い。予想通り、朝起きてからずっと縁側でタバコを吸っていた。
「何かする事無いかな……」
口に出してもする事が見つかる訳も無く、縁側に寝転んだ。
幻想郷に友人等いる訳も無く、八雲藍は八雲紫に付き添い白玉楼へ行き、生意気な式は花の手入れ。にとりは相変わらず工房に籠りっきり。
1人、頭に浮かんだ。あんまり会いたくは無いが約束を守って貰ってない。
「まあ、暇潰しにはなるか……」
ジャケットを片手に玄関に向かった。
引き戸を叩く。立て付けが悪いのか矢鱈大きい音が鳴る。
「はーい」
中から声が聞こえる。
「うぉ……」
「何だ……そのリアクション」
「いや、お前が訪ねてくるなんて思ってなかったからな……まあ入れ」
藤原妹紅は僕を家に迎え入れた。
「で………どうした?あ、お茶……」
「あ、どうも。いや休み貰って暇だったから来たんだよ。それに約束守って貰ってないから……」
「約束……?私何かしたか?」
やはり忘れていた。この女は毎回自分で言った事を忘れる。
「風見幽香の件。お前あの件が終わったら一杯奢るって言っただろ」
藤原妹紅は暫く視線を宙に漂わせる。
「言ったかもな……」
「言ったよ」
「よし、じゃあ飲みに行こう」
「いいよ、何処に行く?」
「地底だ」
「………は?」
この女は神経の配線が所々間違っているのではないか?何故地底に行く?わざわざ厄介事を叩き売ってるような場所に何故自ら突っ込んでいく?馬鹿なんじゃないか?
「この間仲良くなった鬼がいるんだ。鬼の割りに大人しくてな……」
「もういい……さっさと行こう」
もういいか………どうせ死ねないし。
妖怪の山、中腹にある洞窟を20分程歩くと光が見えた。洞窟を抜けると温泉街のような場所が広がっていた。温泉街と言っても当てはまるのは雰囲気だけで町の規模は人里の30倍程あった。
「大きいな……」
「私も初めて見た時は驚いたさ。さぁ、こっちだ……」
妙に慣れた藤原妹紅の後ろを着いていく。
「これから会う鬼はな、風見幽香の件で協力してくれた奴なんだ。いい奴でね、無闇にケンカを吹っ掛けて来ないし酒も無理に勧めない。珍しい鬼だよ」
話だけ聞いていると実在するのか怪しくなる程いい鬼だった。
鬼と言えば[会議]の場で殺し愛だのケンカだのを説いた星熊勇義のような戦闘狂しか思い付かなかった。
しかし、そんな鬼がいるなら是非会ってみたい。
「この店だ」
藤原妹紅は通りに面した店に入った。
「いらっしゃい!!」
「オヤジ、厳紡はいるか?」
「おぉ、座敷いるぞ。厳紡ォ、藤原のが来たぞぉ」
店主とは顔見知りらしく常連のように会話する。
店主の声と共に奥の座敷から額に二本の角を生やした鬼が出てきた。
「妹紅さん、3日振りですね」
「そうだな厳紡。今日は前言ってた奴を連れてきた、コイツだ」
藤原妹紅に紹介され、名乗ろうとした時
「もしや、佐山亮さんでは?」
鬼に素性を当てられた。
「何故、僕の事を……?」
「これは失礼しました。私は厳紡と申します。勇義さんの配下として地底の取り締まりなぞをやらせて頂いています。あなたの事は勇義さんから聞いてまして……[会議]で吸血鬼の四肢を切り裂いたとか」
目の前の紳士的な鬼……厳紡の言葉で納得した。あの戦闘狂のせいだ。
「あぁ……そういう事ですか。改めて、佐山亮と申します。よろしくどうぞ」
「えぇ、妹紅さんからも話は常々。さぁ、飲みましょう」
「もつ煮込み美味しいですね」
「でしょう?ここは勇義さんも行きつけなんですよ」
「デジャヴ……もぐもぐ…」
もつ煮込みを肴に日本酒を飲む。厳紡に勧められ頼んだが日本酒も、もつ煮込みも予想以上に美味しくて酒も箸も進んでしまう。
かれこれ飲み初めて4時間程。厳紡の嫁自慢に始まり、風見幽香を式にした話、星熊勇義が僕とケンカしたがっている話等をぼんやりと聞いたり話したりしていた。
外の世界ではこんなに飲んだら酩酊してたが、酔いが全く回らない。気になって飲んでる酒の度数を厳紡に聞いて帰ってきた答えに酒を飲む手が止まった。藤原妹紅にどういう事か聞くと
「鬼の酒なんだから、度数高いに決まってんだろ。てか蓬莱人なんだから大丈夫だろ、何を今更……もぐもぐ……」
もつ煮込みを頬張っていた。蓬莱人になるとどうやら肝臓も強くなるらしい。
そんな中、厳紡から気になる話が出た。
「でも………地底も物騒なだけなら良かったんですがねぇ…」
「何かあったんですか?」
「いえね……地底じゃ死体なんてそこいらに転がっていて珍しくも無いんですが、最近気味の悪い死体が上がるんですよ……」
「気味の悪い?」
厳紡の顔が曇った。
「えぇ………両目が抉られた死体ですよ」
「目……ですか……」
「えぇ……気味が悪いでしょう?何かある気がしてね…」
両目が抉られた死体。僕の頭にその言葉は血の汚れのようにこびりついた。
それからまた4時間程飲んでから、その日はお開きになった。




