影に生きる
[Pray for her happiness]
季節は巡る。気付けば夏だ。いや気付かなくても夏だ。さして季節が巡った訳じゃない。
太陽の畑の一件からまだ2ヶ月程しか経っていない。この世界に来てから随分と慌ただしかった。 式を手に入れたり、死ねたくなったり………
蝉の煩わしい鳴き声。鬱陶しいが夏を感じさせる風物詩。
「暑いな………」
いつもの縁側でスイカを食べているとふと思った。
それもそうだろう。夏の太陽が照り付ける縁側でじっとしていれば誰だって暑い。
構わずにタバコに火を付ける。スイカを食べた後のタバコ。非常識にも程がある。嫌煙家が見たら真っ青だ。居間じゃ吸えないから仕方ない。
「…………暇だな…」
紫煙を吐き、何となしに呟く。
暇なのだ。八雲藍は事務作業、八雲紫は白玉楼に遊びに行き、橙は寺子屋の宿題。にとりは研究、風見幽香は太陽の畑で向日葵の手入れ。実に暇なのだ。この暑いのに外に出る気なんて起きない。
どうした物か。そんな風に考えながら庭を眺めていると、
「亮さーん」
「橙……どうした?」
「これ教えてください」
橙が寺子屋の宿題を持ってきた。
「…………あぁ、これはね……」
橙が持ってきた宿題は数学の問題だった。簡単な方程式。数学は得意じゃないがこの程度なら教えられる。
「……それでこうなるんだ。やってごらん」
「はい!!ありがとうございます!!」
全く、この暑いのに元気だ。
「あ、藍しゃまがかき氷作ってますよ〜」
「ん、そうなの?今から行く」
居間に行くとかき氷があった。
「亮、シロップは何がいい?」
「みぞれで……」
「橙は?」
「ブルーハワイがいいです!!」
3人でかき氷を食べる。橙は八雲藍と寺子屋の話をしている。
そんな光景をただ見ていた。記憶の奥底から這い出て来ようとするモノクロの物を必死に抑えながら、彼女達の日常を見ていた。
「亮………どうした?」
「え………?」
八雲藍が僕の顔を覗き込んできた。
「口に合わなかったか?」
「いや、そんなこと無いよ……美味しいよ」
「そうか………」
急いでモノクロを記憶の奥底、意識の深層に押し込む。
気を緩めすぎた。余りにも平和な光景に油断した。
「藍しゃま、亮さん!!見てください!!舌が真っ青です!!」
「そうだな、橙。色がついたシロップはそうなっちゃうな」
無邪気に笑う橙と優しく微笑む八雲藍。
僕は彼女達が好きだ。八雲藍を愛している。
だが、こんな光景を見る度に感じてしまう。
<自分の場違いさ>
<自分は影の存在であるという事>
<日の射す道を歩く彼女と共に在る事は許されるのか?>
夜の帳が下りる。馴染み深い時間。
縁側でいつものようにウィスキー片手にタバコをふかす。スコッチが喉を通り胃を熱くする。
ふわりと甘い香りが周りを包む。
彼女が後ろに立つ。
「…………どうしたの?」
「隣いいか?」
「うん」
彼女が隣に座る。いつもの場所。
「…………」
彼女が寄り掛かってくる。
「どうかした?」
「辛くなったの……?」
昼間の件だろうとすぐに分かった。
「別にどうもしないよ。縁側にいたから熱さでボーッとしたんだよ……。だから……」
「ウソ」
彼女は僕の言葉を遮る。僕の肩に頭を乗せたまま続ける。
「亮はウソが下手だ……。そのくせいつもウソをつく」
「………………」
「話したくないならいい。でもウソはついちゃいけないよ……」
静寂が流れる。
「私のせいかな……」
彼女の声が震えだす。
「私は………ここにいる人や妖怪達みんなに幸せになってもらいたいって思ってた…………でも亮は、いつも危ない目にあって、血を流して、今はもう………」
「私は………亮を不幸に……してしまった」
彼女は僕の白い髪を撫でる。
「私は亮に愛される資格なんて無い………」
彼女は泣いていた。
彼女はずっと悩まされていたんだろう。罪悪感と無力感に。僕が蓬莱人になった事を自分の責任と感じて、それを止められなかった事にも責任を感じて思い詰めていた。
全て僕の意思なのに。
「藍さん、僕はまだ人間だよ……」
「でも……亮はもう……」
「死ねない。死ぬことを許されない」
彼女の顔は見えない。
「でも自分で選んだんだよ………藍さんが気にする事じゃない」
僕が選んだんだ。生に執着して、代償を払ってでもあなたの傍にいる事を決めたんだ。
生きる意味をくれた。生きる意味そのもの。あなたは気付いてないかもしれないけど僕はあなたに救われたんだ。
だから風見幽香を生かしたのかもしれない。何処と無く自分と似ていたから………
「藍さん。僕は今、幸せだよ」
彼女は僕の胸に顔を埋めて声を挙げて泣いている。
幻想郷に住まう者の幸せを願う彼女の幸せは誰が保証するのだろうか?泣き止まない彼女を見て思った。
影の存在でもいい。罵られ、蔑まれ、彼女に憎まれても構わない。彼女が幸せならそれでいい。他は何もいらない。
彼女の幸せを願う為の銃弾。
それが僕の存在価値なんだろう。




