契約
[利益と僅かな優しさ]
「[侵食・散花]」
光が場を包む。空間が歪み、時間が逆行する。物理法則が意味を為さなくなり、ありとあらゆる物は[何か]に侵食される。
ケダモノは周りの異変を気にも留めず、僕を目指し走るがその距離が縮まる事は無い。
やがてケダモノの身体に今まで受けてきた傷が浮かび上がる。傷が浮かび上がるのと同時に痛みもフィードバックされ、ケダモノは痛みにのたうち苦しむ。
ケダモノの再生力と狂暴性は侵食され風見幽香の意識が表層へと戻ってくる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
風見幽香の身体がグチャグチャになっていく。腕はもげ、眼球が潰れる。
風見幽香の命の花が散っていく。
光が収まると辛うじて人の形を取る風見幽香が横たわっていた。
赤黒い塊の集まり。そう言った方が正しいのかもしれない。
赤黒い塊の集まりと化してもまだ微かに息があるようだ。
止めを刺そうと近寄ると
「メ……ディ……スン……」
声がした。
「メ……ディ……スン……」
風見幽香は呼び続けていた。拐われた友人の名をずっと呼び続けていた。目があった場所から涙を流しながら。
「もう会えないよ」
「メ……ディ……スン……」
「アンタは死ぬんだよ。もう二度と会えない」
「………………」
風見幽香は静かに泣いていた。
「も……う…一度……だけ」
「諦めなよ……今楽にしてあげるから」
P226の銃口を向ける。狙うは眉間。
「お……ね…がい」
「さようなら」
引き金を引こうとした時、何か引っ掛かった。八雲邸で見た何かが引っ掛かった。
その時思った。これはチャンスだと。アレを試すまたとない良い機会じゃないかと。
相手は瀕死。成功しようがしまいが僕には関係無い。
「………風見幽香、生きたいか?」
「………………」
「メディスン・メランコリーにもう一度会いたいか?」
風見幽香は頷く。
「その為にどんな犠牲を払ってでも?」
頷く
「生に執着するか?」
頷く
「どんな屈辱にも耐えられるか?」
頷く
「そうか……ならばコレに血を付けろ」
僕は風見幽香に一枚の紙切れを差し出した。何処にでもありそうな和紙。
風見幽香は震える手だった塊で和紙に触れた。和紙には血がべっとり付いた。
その時和紙は光を発し、べっとりと付いた血は文字を象り、文を作った。
「汝、風見幽香は佐山亮の式となった。僕に付き従い、僕に尽くせ…………」
風見幽香の身体も光に包まれる。
「僕の命を吸え……。この貸しは高いぞ?従僕……」
式神の契約。八雲邸で本を漁っている時に偶然見つけた本で知った。契約の対象は何でも良く、手順も難しく無かった。だが色々と制約も多く、試しにくかった。だが今回色々と条件が整った。式の契約用の紙をくすねておいて正解だった。
風見幽香の傷が再生していく。主である僕の……蓬莱人の無限の生命力を吸っているのだ。赤黒い塊だった物が生気を取り戻していく。
「ご満悦かな?」
傷が癒えた風見幽香に問う。
「えぇ……」
従僕は主に警戒の眼差しを送る。
「主にそんな目付きは無いんじゃないかな?命の恩人でもあるんだけど……」
「何が目的?」
「は?」
「私を式にして何をするつもりなの……?」
あぁ……、そういえば目的とか決めていなかった。いまいち、パッとした目的がある訳でも無い。
「そうだなあ……、仕事を手伝って貰おうかな」
「仕事?」
訝しげな目線を主に送る従僕。
「うん。悪者退治とか」
「悪者退治………?」
「うん、今回従僕を脅迫して面倒事を起こした連中のような奴等を殺していく簡単な仕事だよ」
「……………」
「嫌かな?」
「構わないわよ……メディスンは?」
「無事だよ、知り合いが救出した。今は地底で保護されている。連中も拘束された」
「そう…………よかった……本当に……よかった……」
従僕は崩れ落ちた。僕がいるという事も忘れ号泣している。
「これ………私が…?」
従僕は周りを見渡し言った。自分が愛した場所。友人と自分の大切な場所は無残な事になり何よりも愛した花達は塵になっていた。
「そうだよ。自分でやったんだ」
「そう………」
「もう………終わりね」
俯く従僕。
「それは許さない」
「え…………」
「ここの畑を元に戻せ。仕事を手伝うのはそれからだよ……」
「でも……」
「これは命令だ。主は僕なんだ、従僕は命令に従う物だよ……」
「ありがとう……………主様」
従僕は暫く頭を上げなかった。




