引導
[手遅れ]
紫煙が狼煙のように上がる。
夜の闇に光るタバコの火はまるで蛍のように瞬く。
「こんばんは…………」
「………………」
挨拶に対し返事は帰ってこない。
「この辺りは夏になると向日葵が沢山咲くらしいですね……。とても綺麗だとか………」
「…………………」
一方通行の会話。
「お喋りは嫌いで?」
「………………ぁ……ぁ」
目の前の女………風見幽香は小さく呻き声を漏らすばかり。
赤い瞳は焦点が合わず、絶えず動いている。身体はフラフラと揺れ、口周りの筋肉が緩んでいるのか涎を垂らしている。
「自己紹介がまだでしたね………僕は佐山亮と申します。風見幽香さん…」
「………………ぃ…………ぃ…」
「メディスン・メランコリーさんは無事ですよ………」
紫煙を吐く。
「……………ぎ…………ぇ……」
「あなたを脅迫していた連中も摘発されましたよ」
何の反応も無い。メディスン・メランコリーの名前にすら反応せず呻き続けている。
「タバコは嫌いですか?」
「…………………わ………す」
「…………………?」
「………お…………わ………う」
「こ…………わ………す……」
「こわ……………す」
「こわす………」
「こわす………こわす……」
こわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわすこわす
こわさなきゃ
刹那、僕の身体は吹き飛んだ。肉片一つ、血の一滴も残っていなかった。
僕の立っていた場所には命蓮寺とは比べ物にならない大きさのクレーターが出来ていた。
風見幽香はゆっくり歩み出した。
「………せめて合図ぐらい出してくださいよ……」
しかし僕の声を聞いて立ち止まった。
「死なないからって殺していい訳じゃないでしょう?」
スキマポケットからショットガン M1014を出す。
「お返しだ」
乾いた銃声の後、風見幽香の身体が吹き飛ばされる。身体中に幾つもの風穴が開く。
「いつもいつも貧乏くじばかりだ。こんな狂人の始末なんて手に負えない………」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
また身体が吹き飛ばされる。勘弁してほしい。
「だから………合図ぐらいね…」
また吹き飛ばされる。
風見幽香は猛り狂いながら目に写る命を奪い、僕は何度も何度も再生する。
もう風見幽香は何も理解出来ていないのだろう。自分が何をしているのか、自分が何かすら分かってない。思想の道具に………いや、道具以下の存在に堕とされてしまった。
地上を蹂躙する。それだけをプログラムされた殺戮マシーン。救いようの無いケダモノ。
自分が何よりも愛した場所を滅茶苦茶にしても何も感じない。風見幽香はもうダメなのだ。
だから…………
「僕が引導を渡そう」
風見幽香を殺すことにした。
僕の裁量で動けと言われた。もう救いようが無いのなら終わらせた方がマシだ。
風見幽香は変わらず反応しない。
ため息を一つついて、風見幽香を見据える。
「[侵食]」




