臨死
[死してあなたの幸せを願う]
暗い部屋。何も見えない。何もない。
僕はそこにいる。
時折声が聞こえてくる。何処かで、聞いたことのある声。女の声。
<あなたは………どうして………………き………るの……?>
上手く聞き取れない。どうしても言葉が切れて聞こえる。
懐かしくて、悲しくて、ひどく愛しい声
あぁ…ここは死後の世界なんだ。いつもの夢の世界のように見えるが違う。臨死体験という物だろうか?
最後の最後まで僕はこの夢に囚われるのか。
<あなたは………どうして………………き………るの……?>
何を言ってるんだ?
<あなたは……どうして……い………きて………>
聞こえない。
<あなたはどうして生きているの?>
「!?」
はっきり聞こえた。あなたはどうして生きているの?と言った。
「死ぬために……生きてきた」
<死ぬために?>
「あぁ…早く死にたかったんだ」
<ウソよ>
「本当だ」
<ウソ>
「お前に何が分かる」
<全部。あなたは昔からウソばっかりついて。自分を顧みないで周りばっかり気にする>
「デタラメを言うな。自分の事は自分が一番分かる。僕は自分が良ければそれでいい」
「それもウソだ」
今度は男の声がした。いつのまにかベンが目の前に立っていた。
「先輩はいつも隊のみんなの事を考えていた」
「違う…」
「先輩はいつも味方のダメージが少なくなるように作戦の変更を要請していた」
「違う…」
「先輩が俺を殺す時、先輩の手が震えていた」
「違うッ!!」
耐えられなかった。
「黙って聞いていればお前らはッ!!僕はそんな聖人君主じゃない!!僕は……僕は………」
僕はそんな聖人君主じゃない。僕は大事な物を守ることが出来なかった。二度も………守ることが出来なかった。
「僕はお前らがほざいてるような優しい人間じゃない……」
<そんなことない。あなたは何時だって優しかった>
「先輩は何時だって俺達を守ってくれた」
「頼む………早く死なせてくる……もういいんだ……死に場所が見つかったんだ……」
もういいんだ……。死を迎えられる。やっと逝ける……。梨佳の所に。父さんの所に。母さんの所に。
<それもウソ>
また声がする
<あなたは死を誰よりも恐れている>
「先輩は大事な物を奪っていった死に誰よりも怯えている」
うるさい
「だから先輩は作戦の前に誰よりも入念に準備していた」
<あなたは本当は死にたくない>
違う。死なんて怖くない。
「もう二度と奪われないように」
<あなたは誰よりも生に執着している>
「<それが…あなたの本質>」
息が荒くなる。胸が苦しくなる。首が締め付けられる。
<あなたには生に執着する理由が二つある>
「一つは先輩の死への恐れ。もう一つは………」
<彼女>
彼女なんて知らない。彼女なんて分からない。彼女なんて……
<いくら自分にウソをついてもあなたの心に……魂の奥深くに刻まれた物は消せない>
「このまま死んだら彼女はどうなる?」
彼女なんて…知らない…
<死ねばもう二度と八雲藍には会えない>
八雲藍、藍さん………僕を愛してくれた人。僕の幸せを願ってくれた人………。
何で…こんなに……こんなに望んだのに……。あの人を想うだけで………
「こんなにも………死にたくない………。生きたい………あの人の傍にいたい………」
死が恐ろしいんだろう……。
「それでいいんだ、先輩。先輩は生きなくちゃいけない。途中で死んだ俺の分も……」
<それに………私の分もね…>
周りの景色が変わる。暗い部屋に光が射し込む。部屋が光に包まれ、視界がホワイトアウトする。光が収まるとそこは真っ赤な花畑だった。
「この花は………」
<その花は千日紅。花言葉は永遠の命………>
「お前は………!?」
<久しぶり………お兄ちゃん>
「梨佳……?」
そこには白のワンピースを着た少女、梨佳がいた。死んだはずの妹がいた。
<随分時間が掛かっちゃったね……>
「お前……ずっと僕を……」
<お兄ちゃんの希死念慮が強くて言葉が届かなかったんだ……>
「僕を見てたのか……?」
<うん……。あの日からずっとお兄ちゃんの中にいたよ…>
<お兄ちゃんの希死念慮が強くて今まで言えなかったけど今なら言える>
梨佳は僕を優しく抱き締めた。
<もう背負わなくていいんだよ……。私はお兄ちゃんの妹で幸せだった。あの時お兄ちゃんが守ってくれてうれしかった。だからもういいんだよ……。幸せになっていいんだよ>
「梨佳…………ありがとう」
<うん…………>
「そうっすよ〜先輩。先輩はもう幸せになって良いんですよ」
「ベン……いや、ベンジャミン………」
「先輩は死にたがりのフリした生きたがりっすからね。一回、夢の中で殺しときました。そのお陰で先輩に梨佳ちゃんの声が届きやすくなりました」
「お前も…イメージなんかじゃなくて……」
「えぇ…ベンジャミン少尉です。佐山大尉」
「ベン、梨佳……ありがとう…」
<行くんでしょ?>
「あぁ、行ってくる…。もうお別れだ」
そう、僕は行かなきゃならない。気づいたから、行かなきゃならない。
<なら私の力をあげる。餞別……。私にはこれぐらいしか出来ないから>
「俺からは最後に動けるだけの力を。」
「ありがとう……」
梨佳が僕から離れみんな笑う。
「じゃあな、梨佳、ベン……。さようなら」
視界が光に包まれる。最後に見えたのは梨佳とベンの笑顔だった。
意識が戻る。どうやらまだ藤原妹紅は僕の胸を貫いたままのようだ。僕の臨死体験は現実では一瞬の出来事だったらしい。
最後に一歩踏み出すぐらいの力が残っていた。
ベンが残してくれた物だとすぐ分かった。
「まだ……息があるのか…」
藤原妹紅が言った。どうやら感心しているようだ。だが、決定的で致命的なタイミングだ。
「……………何の真似だ?」
僕は藤原妹紅の首に噛みつき、肉を喰いちぎった。そして藤原妹紅を蹴り飛ばして僕の胸から奴の手を抜いた。
藤原妹紅は呆れたような顔をして僕に喰いちぎられた部分を擦っている。傷はもう再生し始めてる。
「………こうするのさ」
藤原妹紅は僕が言い放った言葉で何かを察し、やめろと怒鳴った。子供でも分かる。やめろと言われて、やめるバカはいない。
僕は藤原妹紅の肉を………
蓬莱人の肉を喰った。
内容をもっと濃くしたい……




