大義と矜持の平行線
[殺せなくても…]
迷いの竹林
妖怪の山の正反対に位置し、永遠亭の所在地。ひたすら竹が生い茂り、僅かな傾斜によって方向感覚を失い目印もない故、地名通りに迷ってしまう。
そんなひたすら竹の生い茂る竹林で僕はある男を待っていた。[幻想郷の夜明け]幹部、最後の一人。そいつの首を取れば全て終わりだ。
「なぁ…にとり…」
「なんだい?」
「僕は藍さんに怒られるかなあ?」
「あぁ…ひどく怒られるだろうね。下手したら縁切られるかもね」
「そうだよな…。まあ構わないさ」
にとりと通信で他愛も無い会話をしながら紫煙を燻らせる。
「そういえば亮、口調が少し砕けたよね」
「元はこんな感じだよ」
通信の先でにとりがクスリと笑った。
「まあ何はともあれこいつで最後だよ」
「あぁ…じゃあまたな」
にとりとの通信を切る。最後に一口吸い、吸いかけのタバコを捨てる。
前から男が歩いてくるが、男は僕に気付いてないようだ。環境追従迷彩で周囲の景色と同化してるからだろう。環境追従迷彩を切り男の前に出る。
「こんばんは……会頭さん…」
紅い月明かりに照らされ男の顔が浮かび上がる。
「さ…佐山さん?何故ここに?」
男は困惑してるようだ。ここから見える程に汗をかいている。
「新田さんこそ…人里の商工会会頭サマがこんな夜中に迷いの竹林に来るなんて、どうなされたのですか?永遠亭にでも?」
「あ…えぇ…藍さんのお見舞いにと思いまして…」
「護衛も付けず?」
「それは……ここで落ち合う予定だったので…」
「そうですか…。その護衛ってコレですか?」
僕が後ろを指差すと同時に雲が通り過ぎ、月明かりが指差した方向を紅く照らす。
「!?」
会頭は絶句していた。そこには二メートル程に積み上げられた有象無象の妖怪の死体があったのだから。
「妖怪を護衛につけるとは…流石の人脈ですねぇ、会頭殿。いや、[幻想郷の夜明け]幹部殿…」
「な…何の事だか…」
「そんなアナタにプレゼントだ。受け取ってくれ。きっと気に入る」
僕は先程切り落としてきた他の幹部達の首と狙撃犯の首を会頭の足元に投げた。
「ひっ…ひいい…」
「情けない声を出すなよ…。お仲間と一緒なんだ心強いだろう?」
会頭は他の幹部達よろしく青ざめた顔をして僕を見上げている。
「さて………僕の質問に答えてくれ。会頭殿」
会頭は必死で頷いている。
「お前が今回の件の首謀者だろう?何故八雲藍を狙撃した?」
「そ…それは八雲藍が次期管理者だから…」
「それだけじゃないよな?」
「それは………ギャアアアアア」
会頭の目をナイフで貫いた。
「右目が無くなったな。次はどこがいい?左目?それとも耳?腹を裂いて内蔵を出してもいい」
「わ…分かった言う…言うからやめてくれ…。八雲藍の件を隠れ蓑に人里を襲撃する予定だった…。竹林と御山に駐屯させた妖怪達で人里を襲撃して警備部隊の革命派もそれに参加する…。そして八雲藍を殺害して終わる計画だった…」
下らない。成功する訳もない。八雲紫や他の有力者の存在を念頭に入れてない稚拙な計画。そんな物に彼女は利用されたのか…。
「今ごろ御山に駐屯させた妖怪達が人里を襲撃してる頃だ……ハッ…はは…ハハハハ」
会頭が勝ち誇ったような笑いを発した。僕には何故勝ち誇っているか分からない。何故なら
「それはない」
「え……?」
「御山の有象無象も皆殺しにした。あんな派手にやったのに御山の警戒網が機能したのは僕が竹林に着いてからだ。アホらしいよね」
「そ…んな…」
会頭は状況が飲み込めてないようだった。
「さて、新田会頭。アンタは手を出しちゃいけない相手に手を出した。その報いは受けてもらう、アンタのお仲間と同じようにな」
「待ってくれ…!!金なら出す、何なら会頭の地位をやろう!!だから命だけは…」
「アンタら何でそんな三流悪役みたいな台詞しか言えないんだ?僕はそんな物いらない。金なら足りてる」
「じゃあ、何が望みだ!?」
「愛だよ―――」
パンパンパン
終わった…。[幻想郷の夜明け]の幹部、組織の構成員全てを殺した。これで報復は終わった…。
僕の足元には幹部五人の首と狙撃犯の首が転がっている。首を爪先で転がしたりするが何の感慨も無い。
「終わったね…」
にとりが通信を開き言う。
「あぁ…終ったよ。報復はね…」
そう。報復は終わった。報復は。
「………遅かったか…」
タバコの匂い。女の声。
「あぁ…もう終わってる」
タバコの匂い。僕の声。
紅い月明かりに照らされ僕らはお互いの顔を見る。いや見なくても分かるお互いの顔を再確認する。
「やばい…!!亮、逃げて!!藤原妹紅だ!!」
通信の向こうでにとりが叫ぶ。
「奴は蓬莱人だ!!殺せない!!死なないんだ!!撤退して!亮!!」
「にとり…」
「亮!!」
「ありがとう…また会おう」
僕は耳のインカムを外し踏みつけて壊す。
「いいのかい?」
「構わないさ…」
互いに紫煙を燻らせながら、まるで昔馴染みのように会話する。
「また会う気がしてたけど、こんな形とはね」
「予想はついただろう…」
紫煙を吐きながら答える。
予感はしていた。最後の最後で何か起きる気がしてた。しかし、その何かがコレとは…。
「はぁ…ホントについてないな…」
「それはお互い様だな」
藤原妹紅は笑いながら言った。
「残念だがな、見過ごす訳にはいかない。私の仕事でもあるし、大義に反する」
藤原妹紅はタバコを捨て此方を睨み、構えた。
「どんな理由があろうとお前は人里の人間を傷つけた」
「そいつは反体制派のテロリストだ……」
「だからといって、お前が裁いていい訳じゃない」
「じゃあ誰が裁く?法か?」
「法なんて大それた物は無いが、警備部隊に引き渡して人里の規範に則り裁く事が出来たはずだ…。何故殺した!?」
僕は一つ大きく紫煙を吐くとタバコを捨てた。
「アンタは光に生きている。光に生きているアンタには大義名分がある。揺るぎない絶対の免罪符」
僕はアサルトスーツのスキマポケットからナイフを二本出し各々片手に持つ。
「だが僕は影の中を生きてきた。世界の必要悪の一部として。薄汚れた場所を這いつくばって生きてきた。そんな奴にも譲れない物がある。ようやく心から人を愛する事が出来たんだ」
「それがお前の大義か?」
「いや、 矜持だ」
「アンタとは…「お前とは…」」
「「合わないな…」」
大義と矜持がぶつかった。




