祈りと矜持
今回は主人公目線じゃありません。[彼女達の想い]
「うぅ……ッ……」
彼女は目を覚ました。まず視界に入ったのは天井。彼女にとっては見覚えの無い天井。
しばらくしてから彼女は自分が寝させられている事に気付く。彼女は起きようとするが体が痛んで上手く体を起こせない。
「まだ、起きちゃだめよ…藍」
彼女に声を掛けたのは彼女の主人であり母であり姉である八雲紫だった。
「紫様……私は…」
彼女は自分の身に起こった事を思い出していた。
「私は……人里で…亮とデートしていて……甘味処でみたらし団子を食べて……縁日で……」
「撃たれたのよ」
「あぁ……そうでした…」
彼女は思い出した。自分が何者かに狙撃された事を。狙撃された自分がその後どうなったのかを。
「亮が、応急処置して………紫様!!亮は!?亮は何処にいますか!?」
「藍……いきなりどうしたの?彼ならあの直後から来てないわよ…」
「亮を探して止めてください!!亮は……報復するつもりです!!」
「え…どういう事?」
「けじめをつけなきゃって……亮が…」
「藍……」
「亮が………初めて笑ったんです……」
彼女は絞り出すように声を出す。記憶に写るのは彼の、彼女の護衛が初めて見せた笑顔。哀しい笑顔と優しいキス。彼女の目からは止めどなく涙が溢れる。
「ごめんねって………愛してるって………亮が言ったんです…行かないでって…やだって言ったのに……行っちゃった………。まるでもう会えないみたいに……遺言みたいに…」
八雲紫は彼女の事を優しく抱き締める。
「私…気付いてたんです……。亮が私に黙って危ない事してるって……」
「藍……あなた……」
「それには紫様も関わっていて……私の為にやっているんだろうって…」
「きっと外でも私なんか想像も出来ない程ひどい物を見てきて、辛い事があったんだって……」
「初めて会った時、亮は…死人みたいな目をしてて。死に急いでいるような気がして…。夜になるとうなされて、お酒を飲むと哀しい目で星を見るんです…。放っとけないんです。でも亮はそっけなくて……」
八雲紫は黙って聞いていた。自分の娘であり妹である彼女の愛した男の話を。
「でも、亮が甘味処でみたらし団子を食べている時に初めて…、少しだけ心を開いてくれたような気がしたんです……。だからまた初めて会った時みたいな亮に戻ってほしくないんです……。」
「紫様………お願いです。亮を止めてください…。お願いします…」
彼女は深々と頭を下げた。
「わかったわ…。藍、分かったから頭を上げて頂戴」
「紫様……」
「彼の事は任せなさい。だからあなたはゆっくり休みなさい…」
「はい………」
八雲紫が病室を出ると八意永琳が立っていた。
「彼は捕まえられないと思うわよ、紫」
「やってみなきゃ分からないわ」
「あなたなら分かるでしょ?彼の実力。一目見て分かるわ。本気を出せばあなたから逃げ仰せる事も簡単でしょうね。魔法だったら聖白蓮と肩を並べられるでしょうね……」
八意永琳は事実を淡々と述べる。
「紫………。あなたにあの人間は飼い慣らせないわ…」
「飼い慣らす……?何を勘違いしているのかしら?」
八意永琳は理解できなかった。八雲紫という妖怪は不遜で胡散臭く、利用できる物は何でも利用する狡猾な妖怪。その八雲紫があの人間を飼い慣らす、利用する以外の感情で見ている。
「彼は……私の娘が愛している男よ。娘の愛している男を飼い慣らす?冗談じゃないわ。娘の愛した男も愛する。私の親としての矜持よ」
八意永琳は理解した。彼女の友人、幻想郷の管理者、妖怪の賢者と言えども八雲紫も親なのだと。これこそ彼女の本質の一端なのだと。
「彼には自白剤とブースタードラッグを二本渡したわ」
「何故……彼にそんなもの渡したの…?」
「男の覚悟を見届けるのもいい女の務めよ。けど、強いて言うなら暇潰しね……」
「……あなたらしいわね永琳」
「もう遅いかもしれないけど妖怪の山に行きなさい。そこに居なかったら人里」
「ありがとう」
「礼なんか言わないで、気色悪いわ……」
二人は互いに笑いあい夜の闇に消えた。




