修羅
ここから本番です
記憶が抜け落ちているようだった。気付けば永遠亭の待合室にいた。僕は何をしているんだろう。彼女はどこにいるんだろう…。
「……う………亮!!」
にとりの声がした。
「藍さんの手術終わったって…」
「あなたが佐山亮さん?」
白髪の女性が目の前に立っていた。
「私はこの永遠亭で薬師兼医師をしている八意永琳よ。八雲藍の状態を説明するわ…」
あぁ…そうだ…。彼女は…撃たれたんだ。撃たれて倒れて…それで…
「命に別状は無いわ。あなたの応急処置が完璧だったのもあるわね。でも…弾丸と一緒に何か術が打ち込まれたようね。回復力が低下しているわ。意識も直ぐには戻らないわね…」
「面会は……」
「出来るわ……こっちよ」
僕は八意永琳の後をついていく。まるで現実味が無い。ゆったりと時間が流れるように景色が流れる。
「ここよ……」
気がつくと目の前に彼女がいた。酸素マスクをつけ、様々なチューブに繋がれ眠っている。まるでもう目覚めないかのように安らかな顔で。
「私は外で待っているから…」
にとりと八意永琳が病室の外に出ていった。
「藍さん…」
返事なんて返って来ないのに名前を呼ぶ。
「藍さん…」
分かっているのに呼び続ける。
「藍さん…」
あぁ…まただ…この感覚…あの時みたいだ…
彼女の手を握る。やわらかくて、白い手。
どれ程の時間が経ったのだろうか。一瞬のようにも永遠のようにも感じたが、僕は彼女の手を握り続けていた。
「僕を殺すか?」
八雲紫が背後に立っていた。
「それとも外に送り返すか?」
八雲紫は無言でそこに佇んでいる。
「僕は失敗した。彼女を守りきれなかった。護衛失格だ。さあ、どうする?どうするんだ…」
尚も無言の八雲紫。
「答えろッ!!八雲紫!!」
「………殺す訳無いじゃない。だって藍はあなたの事…」
「…………」
「それに今回は私にも責任があるわ。情報を掴めなかった。藍を危険に晒してしまった…」
「あなたのせいじゃ無いわ」
そう言うと八雲紫はスキマへと消えていった。
「殺せ……いっそ…殺せ…」
八雲紫が帰った後も僕は彼女の傍にいた。手を握り続けていた。
「あぁ…そうか…」
頬に伝わる感触。生ぬるい感触。止めどなく溢れるその感触と共に僕は気付いた。気付いてしまった。僕が彼女に誰の面影を重ねているかを、そして
僕が彼女をどうしようも無く愛しているという事に。
病室を出ると、にとりがいた。
「亮…」
にとりが抱きついてきた。
「大丈夫だ…にとり…」
「うん…」
「目標は今回の件に関わった命全てだ」
「え…」
「今回の件に関わった命を全て絶やす。肉片の一つ、血の一滴も残さない…。嫌なら僕一人でやる…」
「………亮の無茶に付き合うのも悪くないね。それに私は亮となら心中したって構わないって思ってるよ。盟友だからね…。二人で修羅に堕ちようじゃない…」
「修羅にだって悪魔にだってなってやろう……皆殺しに出来るなら……」
にとりが八雲邸に戻った後、僕はまた彼女の病室にいた。彼女の顔を見て僕も八雲邸に戻ろうとした時、
「…………ょう……」
「!?」
彼女が意識を取り戻した。
「りょう………」
「藍さん、ごめんね…。守れなくて…」
「い…や…お前のせいじゃ…ない…よ」
「いや、僕のせいだ。だから…けじめをつけなきゃならない…」
「まって…りょう…いかないで………」
何かを察したのか、彼女は僕を引き留めた。
「僕、気付いたんだ。僕、藍さんの事愛しているんだ…」
「お願い……やめて…行かないで……」
「枯れたと思ってた涙も流れたんだ。藍さんのお蔭だよ」
「いや…」
「だから……ごめんね…」
僕は彼女の頬に手を添え、キスをした。
「あっ…」
キスと同時に彼女の意識を魔術で落とす。
「まるで遺言のようね…」
病室を出た時、八意永琳に言われた。
「遺言か…」
僕は胸ポケットからタバコを取りだし火をつけた。
「ここは禁煙よ」
「もう吸えないかもしれないんだ…大目にみてくれ」
大きな溜め息をつくと八意永琳が小さなケースを渡してきた。
「これは?」
「自白剤よ、役に立つと思うわ。後これ…使いすぎには注意してね」
「ブースタードラッグ…何故ここまでする?」
「強いて言うなら暇潰しよ」
八意永琳は淡々と返すと永遠亭の奥に消えていった。
その夜の月は血のように紅かった。




