おやすみのGood night
眠れない夜を数えない。
決まって思い出してしまうあなたの顔は、どうやら日に日にぼやけてしまっている。
「昨日は嘘も交えていろいろ話したけれれども」と彼女は言った。その時の顔は覚えていないけれどもその声もトーンも昨日のことのように覚えている。
あれはなんであったのか。何が嘘で何が本当なのか。考えた数は眠れない夜に等しい。その夜の会話はどんどんと薄れてい行く。何が嘘で何が本当なのか。その中身もわからないのにどういうわけだかあの言葉だけがリアルで禍々しい。
僕は考える。嘘を交えてということこそ嘘だったのだろうと。あったことをなかったことにはできないとは僕の言葉だ。それを一番言われたくないときにあなたは僕に告げた。
「あったことはなかったことにできないのよ」
それは仕打ちというにはあまりにも残酷で稚拙で巧妙だ。感情のある人間ならどうにかなってしまっているだろうに、僕といえばその時にはすっかり感情をなくしていたので「それは僕の言葉だったね。そういうことはいつか自分に返ってくるね」と虚勢を張り、あなたに復讐を果たした。
優しさと前向きさを促すために使った言葉を、あなたは人を傷つけるために使ったのだから報復されても仕方がなかったに違いない。でも、それをしてしまう僕も幼稚であること甚だしい。優しさが人を傷つけるのであれば、傷つけることが優しさになることもあるのだと、あなたはそう僕に問いかけたかったのか。そんな嘘はもうたくさんだった。
あなたを困らせることをした。それをあなたは受け入れた。そしてそれは嘘だったという。何一つ許されない。何一つ救われない。何一つ変わらない。時は残酷に過去を焼き尽くす。否、完全に焼き尽くすのであればそれでいいのだが、焼き残った証拠品は謎だけを残す。
僕は法廷台に立ち、なぜ眠れないときにそのことを思い出してしまうのかを問われる。その罪深き忘れえぬ記憶、傷をつけた犯人の顔を、声を、そのぬくもりや柔らかく艶のある肢体を記憶の中で弄ぶ罪がいま裁かれようとしている。
弁護人は口を閉ざし、傍聴人は息をのむ。検察は罪状とそれに連なる僕の失態をまくり建てる。この法廷に裁判官はいない。僕を裁けるのは僕しかいないからだ。
眠れない夜を数えない。
いつも違う誰かに「おやすみ」を言う僕は、いつも違う誰かに「Good night」と言われてはあなたのことを思い出す。それはおやすみを言わずに眠ってしまった僕とあなたの罪なのだから。あったことはなかったことにできないと、そんな凶器を隠し持つ。
朝が来る。
おはようはまた、違う誰か。あなたもそうなのだろうか。そうでないと知っていてもなお、問うてしまう僕は今夜も眠れないのだろう。




