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孤独詩  作者: めけめけ
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あいさつの裏側

あけましておめでとうに込められたもやもやを言語化するとこうなるのだけれども、お読みいただいた方、あけましておめでとうございます。今年は執筆を再開いたしますのでよろしくお願いしますというお話。

 新年が明けたからと言ってめでたいとは限らない。それなのに人は「新年あけましておめでとう」と『あいさつ』をする。

 挨拶はしょせん『あいさつ』でしかない。

『挨』は、”おす・ひらく・おしのける・せまる・近づく“という意味を成す。『拶』も似たような意味なのでこれは同じ意味を重ねた熟語となり、『寒冷』や『愛好』といった言葉と同じ構成である。


 つまり暑苦しいのだ。


 相手に近づいたときに習慣的に自動的に行うのが挨拶であり、ゆえにそれをきちんとできていないと……つまりスルーすることは失礼に値し、「あけましておめでとう」と言われればめでたくはなくとも、「おめでとうございます」と返さなければならないのだ。


 僕はそのことに関して悲観的でもなければ、挨拶ができない奴はろくでもないなどという考えで生きているわけではない。

 しかしながら、こちらから挨拶をしたのにもかかわらず、無視をされたり、適当に返されるとさすがに苛立ちを感じるし、声をかけたことを後でとやかく言われるなどというのは、そこになにか事情があろうが不愉快に感じる割合が高くなる。


 こんな話がある。

 最近ご飯を食べるときに「いただきます」や「ごちそうさま」を言わない若者が多いという苦言に対して「人の家でご馳走になったのならともかく、ちゃんと対価を払っているのだから店で食べたときにはごちそうさまっていう必要があるのだろうか」という反論が上がったという。

 もちろんこれは間違いで、本体のいただきます、ごちそうさまは、それを施してくれた人への敬意だけではなく、食べ物の素材となった動植物の命に対して行う意味のほうが大きい。ごちそうさまの意味を間違っているということなのだ。


 ごもっともの話であるのと同時に、実はほとんどの日本人が「ごちそうさま」を日常的に無意識の「あいさつ」として使っている。このような例はいくらでもあるのだが、言葉の使い方が形骸化することはごく普通のことであり、ゆえにある分野においては「挨拶」が大事ということになるのだ。


 我々現代人は法の精神をすべて理解しながら法を守っているかといえばそんなことはない。もちろん人を傷つけてはならないというのは法の精神以前の問題で、だれもが「それはやってはいけないこと」と頭ではわかっているし、感情的にも不快感を伴う。

 しかし同時にそれがわかっていてもぶん殴ってしまいたいような人物に出くわさないで生きていけるほど、世界は平和ではない。だから法律は存在しあたかも当たり前のようにそれを守っているという体裁で我々は生きているし、同じように「あいさつ」をするのだ。


 でも僕は知っている。

 人はときに「挨拶がちゃんとできないなんて失礼だ」という表向きの正当性にかぶせて、もやもやとした感情を相手にたたきつけることがあることを。


 僕自身の経験としては、そこの店の支払いをしたのに「ごちそうさまも言わない」と腹を立てたことがあるが、それは本筋ではないと自覚している。自覚というよりも自己分析をすればそうなる。


 女性を酒に誘って入った店でたまたま共通の知り合い、或いは女性の世話になった人と鉢合わせをし、ろくな会話もできないまま時間は過ぎてお開きになったときに瞬間的には「ごちそうさまくらい言ったらどうだ」と怒りの感情がわいてくるが、冷静になれば単に自分の思い通りにならなかったことが一番の問題だとわかる。


 或いはいろいろあってぎくしゃくしていた相手をたまたま道で見かけてあいさつをしたのに「あからさまに他人行儀な返し」を食らって腹を立てているところに「声をかけてくるなんてデリカシーがない」などと後から言われれば「知り合いを見かけて挨拶をしないような生き方を俺はしてこなかった」と反論するも、冷静になれば、こうなることは予想できていたのに「相手の反応をみたい」という好奇心に自分が負けて声をかけたことを一番後悔している自分に気づく。


 挨拶は大事である。

 しかしながら、それを建前に違う感情のはけ口にしてしまうようなことも、人はときにやらかすのである。


 あけましておめでとうございます。


 歳が明けた。なんだかんだ言って、生きて新年を迎えられてこうして挨拶ができるのだから、めでたいじゃないか。


 その精神のもとにそうした「ご馳走様」や「デリカシー」でもやもやしてしまった人たちとも挨拶ができるのなら、今年はいいことがあるのかもしれない。


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