孤独な太陽
孤独な太陽はあなたを見ている。まだベッドで眠るあなたをカーテンの隙間から見つめている。「行って来ます」も言わないで、逃げるように玄関を出ていくあなたを見ている。駅までの道のり、あなたは地面に落ちているものを探すかのように下を向きながら歩いている。
孤独な太陽はあなたを見ている。駅のホーム、誰にも目を合わさず、少し長い前髪の影から時計の針を疎ましく睨みつけているあなたを見ている。約束の電車は今日も来ない。いつものことだとは分かっていても、あなたはそれを許すことができない。悲鳴を上げながらその電車がホームに入ってくるとあなたは人波にもまれ、ぐしゃぐしゃにされてしまう。息をするのも気になるような距離で、耳障りな音楽がシャカシャカとイヤホンから漏れてくる。冬の日差しはまぶしくて、人と人のわずかな隙間からあなたの瞳に飛び込んでくる。”まぶしい太陽が嫌い”とばかりに、あなたは強く目をつぶる。
孤独な太陽はあなたを見ている。少し遠回りして、なるべく誰にも会わないように職場に向かう。もう何日も同じことを繰り返しているというのに、いつまでたってもそこが自分の場所だと思えないあなたは、一瞬空を見上げてポツリと言う。
「いなくなっちゃいたい」
あなたは私を見ようと手のひらをかざしてその隙間を覗き込む。あなたの孤独を見ている太陽は、あなただけを見ていない。どんな温かくても、どんなにまぶしくても、どんなに柔らくとも、どんなに照りつけても、太陽はあなただけを見てはいない。
事務所に一番乗りをしたあなたは、薄暗い部屋の窓を全開にして新しい空気を向かい入れる。そこには地の果てまでも続く建造物と青い空と孤独な太陽があるだけ。雲一つない冬の空にあなたは吸い込まれそうになる。なんどとなく、なんどとなく、吸い込まれそうになる。でも、孤独な太陽がまぶしいので、あなたは窓を閉め、誰もいないビルの一室の中に消えていく。
孤独な太陽はあなたを見失う。それでも孤独な太陽は、あなたを見ている。ビルの屋上で。歩道橋の上で。運河に渡された橋の上で。高くそびえ立つ塔の上で。公園の木々の隙間から。立ち並ぶビルの間から。窓ガラスに反射した光の中から。信号待ちをする自動車のフロントガラスから。
やがて日が暮れる。夕闇に沈む孤独な太陽は、あなたを見ている。長く伸びたあなたの影が街の中に消えていく。孤独な太陽は去り、夜空は幾億もの星たちとその中を我が物顔で蹂躙する月が現れる。今夜の月は真ん丸に肥り、孤独な太陽を蔑んでいるように見える。
あなたは月に恋をして、夜をこよなく愛するのでしょう。夜の街に何かを求めて彷徨うのでしょう。かりそめの高揚感はあなたを狂わせ、麗しさや艶やかさや危うさを引き立たせ、儚き夢心地を得て果てるのでしょう。やがて夜が明け、夢とうつつの狭間に孤独な自分を見つけるでしょう。
「また、あなたなのね」
孤独な太陽が顔を出すと、あなたは不機嫌な顔でそう言い放つとベッドに潜り込み、独り、涙を流した。月も星も空に溶けていく。残されたあなたは、孤独な太陽に見守られ、憂鬱と向き合う。わずかな希望をあきらめることで、あなたは今日も孤独に耐える。
孤独な太陽は、あなたを見ている。