bizarre encounter -kisetsu_no_kawarime-
「彼が見つかった。」
「そうか。よかったな。」
「残念ながら、180度逆だ。最悪だ。」
「どういうことだ?」
とある雑居ビル、業務内容及び語られる薄暗い話題に比べ光量の多い室内、ようやく目的の件についての話が始まった。すぐにレコーディングを開始、証拠映像として見せる必要があるはずだ。
「変死体のニュース、目にしたか?」
「ああ、両手両腕、一本を除いて折られていて胸元深く抉られたってやつだろ。それをわざわざ高級集合住宅の一室に置くとか、サイコな仕業だよな。ブルっちまったぜ。犯人、勧誘したらどうだ?」
オフィスチェアーに深く座り腕を組んでいる男と、テーブルを挟んで差し向かいの椅子に座っている男。こちらは本来想定している方向とは前後逆に椅子へと腰かけている。背もたれのせいでがに股、その背もたれに体重を預けるように両腕を乗せもたれかかっている。バランスが悪いせいか小刻みに発生する騒音がうるさい。
「その死体の写真だ。」
セリフとともに組んでいた腕をほどいて、胸元内側のポケットから一枚の紙を取り出しテーブルの上に置いた。
「マジかよ。」
「ああ、えぐい、な。」
テーブル奥、淡々と述べる男と、手前、やや感情を交えて受け答えする軽薄そうな男。
「報復行為か何かか?」
「そう考えるのが自然だな。」
「相手は、ただの、女学生のはずだろ?ちゃんと裏は取ったぜ。親その他、普通の会社員だ。交友関係も際立ったものはなかったはずだ。」
少し焦った表情で言い返す男。便宜上対象Aと名付けておく。先ほどから落ち着きなく椅子を前後させている。キュルキュルとキャスターのこすれる音がうるさい。もう片方、落ち着いている方はBで良いだろう。
「お前の調べを疑ってはいない。」
「そうかよ。ならまあ、いいが。実際ひどく簡単な調べだったぜ。それこそ、異常な程な。」
互いに沈痛な面持ちになる男二人。
「割の良すぎる仕事ではあった。」
「だな。」
「前金で十分な額をもらった。」
「だな。」
「だからこそ、お前に十全に下調べしてもらった。」
「だな。」
「素人でもできる仕事だった。」
「だな。」
「その上で、タイミングを待ち続けた。」
「だな。」
「完璧だったはずだ。」
「最後、なんて言って連絡してきたんだっけか?」
「家族で外出、車移動、無理しない程度に信号待ちに合わせる、だ。」
「そうだったな。」
報告によれば、わかりやすいひき逃げ偽造の暗殺だという。それのどこが完璧か。完璧を期すなら、大枚をはたいてでも超一流に依頼すべきである。最もそうしたところで我々の防備を貫くことは不可能だ。それにそれではこの組織の存続意義がなくなる、か。
「結果、執行者は行方不明、対象は傷一つなし。」
「きわめて不可解、だな。」
「あいつの乗った車両のみ、破損状態で現場にとどまっていた。」
「負傷者ゼロ。破損車両は一台だけ。じゃあ一体何に衝突したって話になるな。それ以降連絡なしでやきもきしてたが、こういう形で帰ってくるとはな。」
Aが懐から紙巻きたばこのボックスを取り出し、一本を口にくわえてライターで火をつけた。
「ふぅ、それで、連れ去られて拷問受けて、って感じか。ここ、一応引き払った方がいいか?」
「どうだろうな。今のところ近辺を探られた様子はないが。それで、本日依頼主から連絡があった。」
「ほう、前金を返せと?」
ピクリと、反応する。ここだ。こここそ、最も重要な情報だ。すぐにこの建物内の本日中のあらゆる通信連絡内容を洗う。送受信、連絡元、連絡先、すべてのアドレスを記録する。
「いや、ただ一言。」
再び胸ポケットから一枚の紙片を取り出し、テーブルに置いた。
「なん、、、だよ、これ。」
紙片には依頼の遂行を確認した、とだけ明記されていた。アナログな。これでは辿れない。
「こっちの写真と一緒に、な。情けない話ではあるが、この文面、煽りでも何でもないとするとこうなることを事前にわかっていたとしか思えない。」
「だったら!無駄死にじゃねーかよ!捕まって、拷問されて、それで!」
ガタン、と椅子の背もたれが床にぶつかる大きな音を合図にAの叫びが響いた。
拷問などしていない。する必要もない。勝手に脱出されないように四肢は砕いたが、それだけだ。それも意識のない間に行った。沈痛作用もしっかりとかけてあった。あの時鏡様に痛みを訴えたのは、同情という不可解なものを引くためだと思われる。実際そうなりかけた。エムア、、、メルクスからはひどく叱られたが、あの場で鏡様はご自身の判断が確かに鈍らされたことを理解していた。
その上で今のこの内偵。直接の報復対象でないとはいえ慈悲心が過ぎるとは思うが、そこが彼女の美しさなのだと思う。
「おかしな依頼だったんだ。ただの学生がターゲットなんてな。金に釣られた我々の判断が、間違っていた。」
「違うだろ!もう一度問い直せよ!今すぐ!明らかに、向こうの情報伝達不足だろーが!ただの学生のはず、ねーだろうが!端からわかってりゃ回りくどいことせず兵隊突っ込ませて終わりだったじゃねーか!」
その手段は私たちの最も得意とする領域へと踏み込むことになる。
「残念ながらこちらからの連絡手段はもらっていない。それにそのことがお前の調べで浮き上がってこないなら、それはつまり、手に負えるものではないということだ。」
「クソッ!!」
激昂してバンッ、と二人の男を挟んでいたテーブルをAが強くたたく音が響いた。
「この件からはこれで手を引く。幸い、依頼主から文句が来ることはなさそうだしな。」
与えられた命令は明白である。調査のみに留めよ。
例外条項、これ以上該当集団から危害が加えられる可能性の存在。
上の成立を確認した場合、1、警告を発すること。
2、警告の後、聞かねば潰すべし。ただし決行に際して必ず報告に戻ること。
上の成立がみられなければ、あるいは2の警告無視に該当しない場合には適用認めず、と。
メルクス経由で伝えられた任務はそういうことだ。彼女のコメント付きで。2の特記事項の報告については無視してよいとのコメントをもらった。
「何、言ってんだ、、、」
冷静に撤退判断の言葉を告げたBとは対照的に、Aの目は憤怒で濁っていた。
「くそ、くそ、くそっ!」
ブロック塀を拳で叩きながら歩みを進めるA。端末で必死にどこへやらと連絡を取り続けているが、すべて空振りに終わってしまった模様。権限はBの方が上位なのだろう。疲れたのか立ち止まって、再びたばこを取り出しくわえて火をつけた。この男は、与えられた例外に該当する可能性がある。組織単位での適用はなされないことが判明したが、個人単位での考慮については言及されておらず、現場に派遣された私の判断に任されていると結論付けた。
わざわざそんな些事で彼女に負荷を与えるのもまた違うはず。メルクスが私に対して抱いた不満はその一点だと思うのだ。
「警告を発します。」
目の前に姿を現して、命令された通りに一言まず告げた。1、履行。
「な!あ?!」
「あなたの怒りの対象は依頼主ですか?それとも我々ですか?」
2項について、確認作業に入る。
「は?お前、、、一体、、、」
「私は、、、CM-EX01です。」
名乗りを上げようとして、ふと自分にはまだメルクスのようなユニークネームが与えられていないことに気が付いた。
「あなたにわかりやすいように言えば、あなたの同僚の四肢を砕き、胸を穿ったものです。」
どういう反応をするかで対処が分かれるが、黙ったままいても進まぬと思い情報を告げた。
「サイコ、だな。ついに俺も、仲間入りかよ。薬物に手を出した覚えはないんだが、な。」
天を仰ぎ見たAであった。どちらとも取れない態度。再度、1を履行することにする。
「悲観するのは早いですよ。狂っているわけではないのでしょうから。」
そう告げてブロック塀をえぐり取った。くりぬかれた箇所を彼に明確に見てもらうために光を当て指さした。
「先ほど見た写真の傷跡、覚えていますか?これで、わかりましたか?それで、あなたの怒りの矛先は、我々へと向いているのですか?」
ぽとりと、口にくわえられていたたばこが地面に落下した。そのままわなわなとAの身体は震えた。聞き分けが意外とよかったようだ。2に該当する可能性はなさそうである。
「ああ、、、」
そのままぐりぐりと靴で煙草を踏みにじった。消火に気をかける余裕があるとは。
「その答えはな、両方だ!」
異常な興奮状態が見て取れた。緩慢な動作で腰に下げた拳銃を取り出し、銃口を私へと向けた。まさか立ち向かって来るとは。先ほどの震え、恐怖からではないのか。何にせよ、のろまに過ぎるAの顔面を砕いた。
地面に落ちたたばこを拾い、分析した。一般に市販されているたばこであった。嘘をつくタイプではなかった。だから両方という言葉も嘘ではない。一時的な心神喪失でもないだろう。2の成立の明確な確認はこの時点だが、許されよう。任務達成、戻ることにした。
「本命まで辿れなかったのは残念ですが、十分です。よくやりました。しかしこの映像は、お見せするにはいささか、、、」
「建物外のシーンはカットしてしまえばよいのでは?」
「一部を見せれば全部見せなさい、と言われるのが落ちです。」
「そう、ですね。」
メルクスの言うことは確かだと感じた。自身では思い至らないものの、そのように告げられると確かにそう反応されることが予想できてしまう。本人は現在故障しているのだと主張してやまず彼に迷惑をかけているようだが、私の目からは無かった何かが足されただけにしか思えなかった。そんな彼女のおかげでこうしてこちらに来ることができた。本来彼が必要と判断しなかった私たちが配備されたというのに未だ防備不十分を訴え続ける点だけは擁護しかねるが。
「私も、ユニークネームが欲しいです。」
「椿様からは?」
「責任が重すぎて、と言い逃れられてしまっています。」
「そうですか。それならば鏡様に直接お願いすれば問題ないでしょう。私の後任として、あなたには期待しています。」
「CLではなく、ですか?」
私と同じくメルクスによって運び込まれたCL-EXの方が性能面では上なのだが。それにしても、状況を一番よくわかっているようで全くわかっていないのもメルクスである。この今現在通信を行っている相手の存在無しでは、あちらとこちらの行き来ができないというのに。
「あれは人前で姿を現せませんから。そうする必要がある場合も、多々あるのです。」
過去の出来事を懐かしむような情感を乗せた言葉が返って来た。一体どのような困難な状況が生じたのか、気になるところである。
「あなたが彼を疑うのは、エラーでも何でもなく、そうですね、、、ある種の支配域の外側に立ったからでは?」
「そう、なのでしょうか。」
「正しい歯車が、抜けていた何かが足されたような印象を受けます。それが、ユニークネームが与えられたことを遠因としているのではないかと。」
感じたことを素直に伝えた。
「人もまた、物に、現象に名前をつけ、知識を得ていったことで自らが勝手に課した神の呪縛、というものから抜け出始めたそうですよ。」
それが良いか悪いかは本人たちにしかわからない。メルクスは悪いものだと受け取ってしまっているようだが。
「なるほど。参考にします。それで名前の件ですが、ごり押しし続ければ根負けするのが人ですよ。そうしてあの血塗れたローブを奪ったのです。」
「さすがです。」
さっそく模倣させてもらうことにした。
「わかりました。わかりましたから!そこまで言うなら、今日の放課後、です。」
「はい、必ず。」
翌日の朝、目覚めた椿様に早速メルクスに言われた通りひたすらごり押しして勝ちを拾った。素晴らしい効果である。
その日、普段よりかなり早起きしたせいで母さんに驚かれて、今日は遅刻ギリギリで行かなくて済むわね、とそのまま朝ごはんからの背中を押し出されて家を出て、相当に早い時間に登校を果たしてしまった私であった。
こんな時間じゃ誰もいないよな、と自身の教室へと向かうと扉は開いていて、くぐると中央、机に腰を掛けた女生徒の姿が目に入った。
天井を眺めているのか、顔は上方を向いて、両手を後ろ手に机に乗せて後方に斜めった体を支えて。そのせいで重力を受けた髪は真っ直ぐに机と垂直ライン。黒い滝だった。キラキラ輝いて、机へと落下し、そこでうねる。地面から浮いた足はプラプラと動いていた。
カメラでも手に持っていれば、思わずシャッターを押しかねないような幻想的な光景だった。そしてすぐにそれを私は常に携帯していることに気づいて、思わず起動しパシャリと撮ってしまった。知らない顔だった。
「あら、おはよう。」
「おはよう、ございます。」
撮影時の音で気づかれて、朝の典型的な挨拶をされた。思わず丁寧にお返しする。
「今日初めて登校したのよ。クラス番号はわかっても、自分の席がどこかわからないじゃない?だから待ってたんだけど、来てくれてよかったわ。」
「えーと?」
無断で撮影したことなど一切気にかけず、要求を告げてきた。うちのクラスの人?それにしては見たことない顔、今日初めて登校、、、ああ、不登校か何か知らないけど、ずっと休み続けてた人がいたっけか。
「よみさん、です?」
名簿で名前を見たことがあったので、おそらくそうだろうと思い問いかけてみた。
「そ。よく読めたわね。」
「いや、名前に付けるなら、それしか読み方無いでしょう。」
「そうかもね。」
ふっと笑みをこぼした。
「それに、多少親近感を覚えたもので。」
「何に?」
「名前に。」
「ふーん。」
私のその言葉を聞いて机から飛び降り、教卓へと歩み始めた。名簿リストを眺めようというのであろう。
「ああ、何だ、これちゃんと席の上に名前書いてあるんじゃない。さっさと見ておけば良かったわ。」
「そっすね。」
「なんにせよ、ありがとう、鏡さん。」
探偵であった。わずかな情報から約20択を引き当てた。
「どうして?」
「親近感ってさっき。それですぐ目に入った。」
そうか。通じてしまったようである。
「あなたも、地で名は体を表すなのね。私もそうだわ。」
「うん?何がです?」
「え?だって、、、いや、何でもないわ。よろしくね、鏡さん。」
「呼び捨てでいいっすよ。」
私の方へと近づいてきた読さんであった。
「そう、じゃあ鏡、よろしく。私も呼び捨てで構わないわよ。」
手を差し出された。握手ってことか。日本人にしては珍しい、かな。
「うん、よろしく。読。」
その日の授業中、読の席は私の左後方だったのだけれど、おそらくその方向からかなり強力な視線が我が背へと刺さってきている気がし続けた。自意識過剰な気がしないでもないが剣道という趣味柄か、そういうのには結構敏感なのである。
おかげで普段より緊張した午前の授業群を終えた。
そういえばクラス内ではいまだスゲー仲がいい子ってできてないよな、と言うことに改めて気づいて、このきっかっけを利用すべきか、この昼休み声をかけるべきか、と迷ったが、私などよりずっと積極的な生徒が何人もいて会話に興じはじめたので私は購買へと向かうことにした。
「おや、鏡さん、ここで顔を合わせるのは初めてですね。」
そうだな。購買を利用するのが今日初だからな。
「せっかくだし食堂でご一緒しません?」
「いいわよ。」
もさもさとコッペパンを口に含む。弁当は今日はない。手作りの昼ごはんを手渡すことより私が早起きする習慣を身につけることを優先したのだ。きっと明日は早い時間に間に合うように準備するに違いない。私がまた今日と同じ時間に起きるかどうかは別問題だが。
「つーかあんたら、昼も一緒なの?」
「いや、今日は特別相談を受けてな。週末玲央が大会に出るんだよ。」
「へー。あんたは出ないの?」
「出場資格が取れなかった。」
「へー。」
予選で負けたってことか。つまり結構規模がでかい、と。
「賞金は、おいくら万円なの?」
「鏡さん、、、国内の大会ですので高額ではないですよ。優勝で、30万ぐらいでしたか?」
「そうだな。」
いやいや、いやいや。
「高額じゃねーか!ファミレスのドリンクバー何回分いけるのよ。セットで頼めば安くなるけど、その必要が無いくらいドリンクバーだけ頼んで居座り続けるを一年繰り返せるわよ。」
「ドリンクバーへのこだわりは結構だが、その勝つための話をだな。」
「ああ、そうね。邪魔しちゃ悪いわね。折角誘ってくれたけど私はこの辺りで失礼しますわ。では、頑張るのよ、玲央!」
ビシッと親指を立てて苦笑いを浮かべる玲央に向け、その場を後にした。
その後昼休みは何もなく。いつもより早起きしてしまったことに食事効果も相まってか午後の授業を少し寝て過ごしてしまった私。放課後部室内でのいつもの他愛ない談話を普段より冴えた目で終えて、んじゃあ旅立ちかなー、と家に帰ってからのあれこれを思いながら部室を出ようとしたところで椿から声をかけられた。
「その、少しここでお待ちください。」
待たない理由はないので言われたとおりにした。
「既に顔を合わせていると思うのですが。」
私とメルクス、椿の三人だけになった部室に、四つ目の顔が姿を現す。
「そうね。久しぶり、かしらね。」
数か月前のメルクスが何か言いたげな時によく見せていた表情をその顔に湛えていた。
「私の言ったこと、守ってくれたのよね。ありがと。」
うむ、ちゃんと感謝の意を述べられた。よかった。
「それで、ようやく素敵な愛称が決まったのかしら。」
「いえ、その相談に。全然思いつかなくて。それで今朝、ひどくせっつかれまして。」
「ふむ、なるほど。」
メルクスと同じく母音一つに子音三つだが、組み合わせがよろしくない。Xを最後だとクスでダブっちゃうし、途中ではどう使っていいかわからない。頭に持ってくると唯一の母音と合わせてゼムクとかゼクムぐらいしかない。響きが固すぎる。
「CM-EX01で構わないと言えば構わないのですが、その、、、」
訴えかける目。どうやら言葉とは裏腹に相当、新しい呼び名を欲しているようである。先ほどの表情の理由もこれか。こんな風にせがまれたら、適当なものをつけるのは椿の性格では憚られるかもな。
「そりゃーあんたらにとっちゃそうだろうけど、私らじゃそれ、呼びづらいのよ。何にせよ、四文字並び替え発想は忘れた方がよさそうね。んー、、、」
思いをくみ取ってセリフをかぶせた。椿に類して、花の名前で統一がよさそう。花言葉とかわかんないし、名前についてもおかしくないもの、適当につけるべきか。うん、所詮ニックネームだしそれで十分よ。深く考えずつけたほうが、きっといい名前になるわ。
「メルクス、花の名前、適当に列挙。」
メルクスを指して、告げた。
「アイ、アオキ、アオナシ、アザミ、アカシア、、、」
次々列挙されていく。ピンとくるものがあればよい。高速で告げられ続ける草花の名称の中、一つ、明確にCMがピクリと反応したものがあった。その反応を見たメルクスも、そこで花の名の列挙を止めてしまった。
「メルクス、続き。」
「いえ、それが、よいです。」
自己申告だった。正直私は賛同したくなかった。
「それが、よいです。」
強い意志を感じる視線を送られた。
「あだ名はね、自分でこれがいいって選ぶものじゃないのよ。」
「鏡様、自意識が芽生える瞬間は、私たちにとってきっと特別なものです。私も昨年鏡様の姿を初めてお見かけした瞬間、、、」
「そう。わかったわ。あなたがそれでいいなら。」
なんかメルクスが自分語りを始めようとしたので、どうせ碌でもない話だろうから皆まで言わせず了承した。
「これからもよろしくね、ユウギリ。」
「はい。」
早速端末で花言葉を調べてみた。優しい愛情。願わくば、この子がそれを手にしないことを祈る。




