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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校二年生 -春-
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kimochi_no_mondai

「では、いざ尋常に、勝負。」

「ふむ、中々良くなったさ。」

「そうであるか?ならばよかった。」

「師匠、演劇の方もいけましたのね。」


 クーラさんからの合格の一声。ではあるが、別にいけてなどいない。演技において一番大事と言ってよい表情変化が彼にはできないのだから。今のセリフも睨みながら言っていれば敵対的、笑みを浮かべながらだと、そうだな、成長して戻ってきた弟子相手とか、強敵と書いてともと読むような相手への一言だったりだとわかるのだが、表情筋が無いゆえにその違いを表現できない。


「まあよいでしょう。」


 一応私も合格の声を出す。口調が役のままなのはうまく切り替えができないからだ。


「おーっす、練習頑張ってるところに報告ー。どうやら全員、依頼達成したみたいだよ。」


 アドラが稽古場として使っている宿の大部屋、いつもの貸し切り部屋、の扉を開いて顔を出した。入ってくると同時に街で仕入れた情報も伝えてきた。であるならば。


「そうですか。ありがとう。では、あなた方は明日の夕方、戦神の使者という設定の私の眷属として衆目に出ます。決行の時です。本日までの鍛錬の成果を、見せる時が来ました。」


 設定通りの言い回しのまま訓辞を垂れた。うんうん、と満足そうに猫神様が首肯しておられる。四日にわたって、総計たったの二、三時間ほどの演技の練習である。相当にゆっくり落ち着くことができた時間だったと思う。


「うむ。設定などではなく事実通りであるな。」

「そうですわね。」


 そうだったっけ?いや、違うよな。


「実際は主神です。あなた方にとっては変わらないかもしれませんが。」

「そうであるな。」

「ですわね。」


 だよな。まあいいや。


「んじゃー、本番前に最初から通しでもう一回だけ練習しとくさ。」

「うむ。」

「はい。」

「わかりました。」


 クーラさんからの指示に二人が同意を返したのを聞いて、私も返事の後トン、と業物の木の棒、例の槍の代わり、を床に軽くたたきつけてからセリフを述べた。


「ここに集った者どもが、そうか?」


用意した台本は至ってシンプル。


指定の武具を自身の武芸を生かした探索の果てに手にしたという報告を聞いた戦神の使者、という事前設定の私こと天界からの使者が、有能な戦士を連れていくという主命を果たすため男どもを前にまずはセリナに問いかける。


最初のトン、は本番では聖堂の槍を借りてドン!となる予定で、男たちの緊張感を高め、役どころが本物だと錯覚させる効果がある。さらに頭も混乱させて、この後何らかの粗相があったとしても気にさせづらくする効果も期待できる。


「はい。この者どもは、我が想いを理解しこうして馳せ参じた者どもです。皆、己が手に証としての武具を携えております。」


 私の方に向き直り、厳粛な雰囲気を醸し出してセリフを述べるセリナ。うむ、なかなか良い。やはりこの子は器用に何でもこなすな。


「よかろう。しかしそれだけでは証というには、いささか心もとないところではあるな。」

「左様ですか。では、いかがいたしましょうか。」

「そうさな、、、」

「それがしが、腕前を、確かめて、みますれば。」


 我が隣に控えていたスケさんが思案中の私の代わりに解決策を提示する。期待通りのたどたどしい棒読み。大根は、育てたところでより図太い大根になるだけである。引っこ抜きたいところではあるが、彼以外に適役はいない。セキさんが残っていてくれればまた話は違ったのだが、まあ仕方あるまい。


「良いでしょう。」


実際問題、本番だと目前に相手がいるわけだからいつものノリで問題なくなる気もするし、もしかしたら求婚者の中に実力者が隠れていたりするかもしれないしな。そういうかぎ分けは得意のはずだし、たとえいなかったとしても煽り気味にやる気なくセリフを言ってくれればそれでよい。


この辺りで話が違うと怒って文句を言い出すだの逃げ散っていくだのの何らかのリアクションを取るだろうし。


 ちなみにそういったアドリブ対応はすべて我が管轄である。収拾がつかなくなった時の強力なリセットボタンとしても、大聖堂から本物の槍を拝借することは役に立つ。再度、遠慮なしにおもいっきり地面に叩きつければ、まず黙るだろう。地面は割らない程度に手加減しないとな。


「では。」


 そう一言述べてから数歩前に出るスケさん。出来の悪いロボットのような歩き方なのはもうしょうがない。んで、次のセリフ。


「誰からでもよい、前に出よ。」


 大剣をブンと振るう。ここは様になっている。カッコよし。万が一、本当に歩み出てきてしまった場合だけは事前に台本を用意しておく必要があるので、男の一人役として見学中のセバスに歩み出てもらう。


「では、いざ尋常に、勝負。」


 いつもの構えに移るスケさん。ここもやはり、中々の格好良さ。寡黙な死神役ならオスカーも取れるわね。確か少女を連れて旅する傭兵の生きざまを描いた有名な映画があった気がする。タイトル何だっけかな?子連れ死神、いや、違うな。そりゃ時代劇だ。


「おっけー、グッドグッド。」

「そうであるか。」


 ぱちぱちとクーラさんが拍手したのに続いてセバス、アドラからの拍手も続いた。私もいったん深呼吸。男連中が騒ぎ始めた段階でスケの出番はなく、私が威圧で黙らせて溜息を吐きつつ馬車で立ち去るだけである。


「スケさん、最後の方はたぶん必要ないけど、もし実際にこんな流れになったら相手にけがさせない程度に圧倒するのよ。」

「相分かった。」

「じゃ、明日の本番まで忘れないようにね。」

「うむ。」

「はい。」

「セバスも、協力プラス見学ありがとう。」

「いえ。元々は私の失態からのことですゆえ。」

「まあそう思うんならそうなんでしょうね。」


 これ以上言うても詮無いと思った。


「アドラも、情報ありがとう。」

「いやいや。簡単なことですから。それより、明日が楽しみね。」

「そうね。」


 準備万端整って、後は明日の小芝居を残すのみとなった。






「どうだい?」

「何がです?」


 演技の練習を終え、皆を大部屋へ残してはけた後、クーラさんと私、街の裏路地を歩いていた。人通りが少なくなった辺りで、二人の間の沈黙を破るようにして声をかけられた。この数日はこうして帰宅後も一緒に過ごす時間が多かったため、これといった話題を今日、私の方は持ち合わせてはいなかった。そしてどうと聞かれて何のことか、すぐに思い当たるような事柄も無かった。


「明日のスケとセリナのことでしたら、まあ私が無理やりにでも流れを誘導しますから、大丈夫だと思います。」

「無駄に肩に担いだ重たいものは取れる気配はあるのかねぇ。」


 とてつもなく質量の感じられない軽さだった。本当に軽かったせいで、ナイフを刺し込まれたことをほんの数瞬、認識できなかった。だからもう三歩ほど進んだ所で、再度声をかけられた。


「何を考えてるんだい?やっぱり、報復かね?」

「どうでしょうね。先輩こそ、どうなんです?」


 直接狙われたのだから、何も感じないわけじゃないだろう。歩くのをやめて、しっかりと向き直って返事をした。防御姿勢だ。話題が逸れればそれでよい。事実だけはちゃんと伝えたし、それで満足してくれたと思った。今この瞬間まで、こうして更に胸の内まで突っ込まれることは無かったのだから。


「んー、あたしはまあ、多分事情を理解してる面子の中では一番心持ちが落ち着いてるんじゃないかな。」


 変な解答だった。逆ならわかるのだけれど。


「そんな何言ってんだって顔しなさんなって。だってさ、あん時も言ったけど、あんなの単純な交通事故と同じさ。極々突発的で予測不可能でしょ?つーか予測してたんなら、起こる前に除去できる、よね。」

「言いたいことはわかりました。」

「自分が安全なら、それでいいじゃない。惜しむほどの身でもないけどさ、そんなのを律儀に大事にしてくれてるわけでさ。それで満足よ。」


 誰か他の人が大事だと思ってくれていれば、それは自分にとってどうでもよくても大事なのだろうか。その点に関して、私には防御の用意が今はない。それがゆえに、解かねばならぬ難問を抱えているのだから。


「喧嘩を買う必要なんて、固い繭に覆われた今の状況じゃ全くないのさ。外の様子は囲いの中からは見えないでしょ?囲いの外にいるのは、ゲームのプレイヤーは、多分うちらじゃない。」


 わかる、わかるが。


「時折囲いののぞき窓から様子を見に来てくれる相手に、膝を抱えた姿を見せ続けるのですか?」

「そうだよ。それはただのプライドの問題でしょ。人差し指一本でご自慢の竹刀すら圧倒する相手に、何カッコつけようとしてるのさ。」


 ドザッと、意図的に大きな音を立てたと思しき足音が響いた。


「すまぬ。会話を盗み聞きする気はなかったのだが、なかなか終わらぬので、な。」

「スケさん、、、別にいいわよ。何のことやらさっぱりだったでしょ。」

「そうであるな。」


 姿を現したのは、大柄な骸骨であった。


「ふー、まったく。これだから脳筋は。んで、何かまだ、あるの?」

「クーラ殿、すまぬな。大事な話のようであったが、どうしても、聞いておかねばならぬことがあってな。」

「何?」


 既に伝えるべき事柄はすべて伝えているのに珍しい、と思った。形の上であれ、反論の仕様が無くなったのを救ってもらった恩を度外視しても、気にはなった。


「何、我が優秀な弟子のことよ。不出来な我の弟子であるというに、な。あの娘を、このまま我らと共に居させてよいのかと、な。」

「そう、ね。」


 以前、動物へと変えられたことがあった。敵がただの部外者だと感じて機械的に排除していたなら、すでにこの場に立っていなかったかもしれない。


「それがしの娘のセキもな、本来全うすべき生を捨て、戦いに身を置いてしまったのだ。若人が、あたら命を散らせる行為に走るのは、な。今後も、危険が待ち受けておるのであろう?」

「そうね。そういうことには、敏感ね。あなたは。」

「それがしとしては喜ばしい限りなのだがな。あの娘にとっては、この辺りで身を引かせるのも、良いのではないかな?」

「あんた、本当にスケ?」


 クーラさんの驚嘆の声が響いた。


「明日の男共次第ね。今は、そういうことで。」

「うむ。では、今度こそ本当に、失礼する。」


 そう言ってドスドスと立ち去って行った。


「驚いた、わ。戦い以外のことに興味を持つなんてね。」

「きっとちゃんと、生きているのです。すべて予め設定された範囲内であっても。それで再現できてしまうほどには、私たちは単純なんです。」


 セリナに対する感情値が、、、とか、説明しようと思えばいくらでも説明がつく。それは私たちも同じだ。感情値0の誰かの死よりも、お気に入りのカップが割れたことの方により深い悲しみを抱く。きっと多分、高級品を知らぬ人に贈られるより、大切な誰かに心のこもった何かを贈られるほうが嬉しい。


世界に蔓延する価値基準も倫理観も、感情の前には屈する。


 私たちのこの両目も脳も、世界を歪めるためにある。


「娘のために心労を重ねるのが、親心なのだそうですよ。」

「そう、、、さね。」

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