a bow -syasyutu_souchi-
月が変わり段々と温かいから暑いへと気候が変化し始める時節となった。あれやこれやと登場した事柄の後片付けにすっかり時間を取られたせいで、ああしようこうしようと思っていて後回しになっていたものがいくつか。今日もふと、そういえばアドラのお父さんに報告するの忘れてた、とぽつりイクスがこぼしたのを聞いて、じゃあ行かなきゃ、と一つお片付け。代表として私が行くべきであるし、現状ここハルモスで私がすべきこともない。全員揃ってだと面倒だしな。誰が、とは言わないが。
「うーん、どれがいいかしらね。」
「何を探してるの?」
そうしてお店にて、ご挨拶に送る品を吟味しているのだが、何を気に入るのかさっぱり想像できんし、こういう場合、無難に菓子折り、でいいのだろうか。というかそもそも何をしに行くんだっけ。結納?いや、それは違うだろ。
「いやさ、娘さんを数週間も借りっぱなしで手ぶらじゃ、あれでしょ?だからプレゼント片手に許してもらおうかと思って。そうなると気に入ってもらえるものじゃなきゃダメじゃん。それが何か、よくわからなくてね。あなたのお父さん、好きなものとかある?」
やはりもらってうれしいものと言えば、自分が好きなものであろう。収集癖なんかがあればわかりやすく品を選択できると思って隣のアドラに質問してみた。
「なるほど。父さんは、狩りが好きだよ。」
狩り、か。だとしたら弓、矢、ナイフあたり、セリナのおかげでいくらでも良品が馬車内に転がっていそうだ。いや、しかしそういうものは既に愛用の品があったりするから、贈っても飾るだけの無用の長物になりかねない。それは少し違う気がする。送る側の勝手ではあるが、気に入って使ってほしい。整理の時に、捨てるのは忍びないけど、邪魔だな、とか思われたくはない。うむ、エゴだな。やはり、食べ物や飲み物がド安定か。世の中の贈り物の大体、お中元とかお歳暮とかがそういう品ばかりなのは、腹に入れれば邪魔にならないからなんだろう。伝統というものは得てしてその社会の取り決めなどの中での最高効率を追い求めた結果だったりするのである。
「他にない?」
一応聞いてみる。心は既に飲食物で決まってはいるのだが。
「そうね、、、んー、、、」
めっちゃ悩んどる。が、考えてみれば私も父親の二番目の趣味を答えろと言われても返答に困る。一番好きなもの、なら目立ってわかりやすいんだけれど、その陰に隠れてしまって二番目以降は表だって出て来ない。富士山の次と言われて、知らんのと一緒だ。別に目立ちたいとかなんだとかでもない限り一番である必要は全くと言っていいほどないのだが、ある意味これは人間世界の真理と言えよう。
逆に親は私の趣味のいくつか、ゲーム数学剣道、あほな妄想余計な思索、をある程度把握してるんだから、よく見られている証拠かもしれない。
「無いかな。」
そうですか。子供ってのはそういうものなのだろう。
「じゃ、好きな食べ物。」
「それなら、何でも大丈夫だと思うよ。街の食べ物は新鮮だから、どれも気に入ると思う。薄味のものの方が喜ぶとは思うけど。」
「そう、ありがと。」
里の全員分ぐらい持って行ってもいいんだが、それなりの距離があるようだし、どうしようかな。台車に乗せて、またロスパーに引っ張ってもらうとしようか。うん、それがいい。
台車を用意して食料品屋の前へと向かい、目につくものを大体買って詰め込んだ。そのまま我が愛馬の元まで引っ張り、空輸途中落下しないように覆いをしっかりかぶせて紐でつなげて、よし、じゃあ出発、と背に飛び乗ろうとしたところ、久しぶりの声が聞こえた。
「おお、ミラージュ殿、ちょうどよかった。お手を借りたい事案が発生した。すまぬが、ご足労願えぬか。」
黒鎧纏いし偉丈夫、ただし骸骨、のスケさんである。
「スケさん、久しぶり。でも今ちょっと行かなきゃいけないところがあるから、その後でいいかな?この子の家に、報告に行くのよ。」
「うむ、そう急ぐことでも無いので、構わぬ。では、それがしはここで待っておるゆえ。」
「わかった。」
ロスパーにアドラと二人乗りで宙へと上がり、彼女の指す方向へと空を駆けた。
「なんだったんだろ。」
「さあ。」
良い予感はせん。というか面倒事の予感しかせん。スケさんじゃだめということは力押しが効かないということだから、それはイコールわずらわしい解決しにくい事柄なのである。
ふう、と一つため息。しかし何だな。こういう感覚は、久しぶりだな。
「おお!こりゃー見事な、、、」
ハルモスから空を駆けて、生い茂る木々を飛び越えて、アドラの指示で降りて少し進んだ先、ファンタジックな住居群が広がっていた。大木をくり抜いて居住空間を確保したりとか、まさに森の巧の技よな。素晴らしい。
アドラが外へ出ていったことは既に里中に伝わっていたようで、里内彼女の家までの道々、すれ違う人たちからお帰りの声をかけられていた。私に向けてはこの間の騎獣と少年じゃないのね、という普通の不思議顔を向けてくることが多かった。嫌そうな表情は一つも見られず。族全体で引きこもってるわけだし排他的な感じなのかと構えていたのだけれど、全然想像とは違った。ここは温かい。
「ただいまー。」
住居の一つへと入ってお決まりの一言を発した。ここがアドラの実家で間違いないだろう。手招きされる。
「じゃ、ロスパー、少し待っててね。」
私も台車を引いて後へと続く。さすがに台車ごと入らない方がよさそう。家の前に、置いとけばいいか。
「お邪魔しまーす。」
出入りの邪魔にならないところに放置して、家へと入った。出入りのための扉が無く開け放しなのは構造上の都合はもちろん閉じる必要が無いためでもあるのだろう。中、リビングダイニングと思しきスペースには硬質な金属製品はほとんどなくて、温かみの感じられる木製品ばかり。唯一それと確定するものは、無造作に置かれた矢じりや刃物ぐらい。いずれも相当に使い古されているみたいだ。金属は貴重なのかもしれない。そういうことを教えてくれればよかったのに。
早速最初の挨拶をかまそうと思った、が、その対象となる肝心の人物の姿は見当たらなかった。
「どうせ狩りでしょ。」
きょろきょろと周りを見回す私の意図を察してアドラが答えらしいものをくれた。
「そう、もう夕方だけど。」
いわゆる現代的な趣味とかスポーツとか、あるいは自然保護とかいろいろ、としての狩りとは違って純粋な食糧調達の面が強いのだから、一日中行うものかな?今日獲ったものかどうかはわからないが既に数体、狩りの成果と思われるものが置かれているのだが。やるべき事柄の中で特に好き、という以上に好きだったのか。それともそれぐらい長時間でないと回らないぐらいひっ迫しているのか。後者は、里の様子を見るになさそうだ。
「そういう人なのよ。」
「ですか。」
ワーカホリックというやつですかな。そうなると、私が持ち込んだものって仕事を奪ったことになるんじゃあ。そう、だよな。選択、誤ったな。
「アドラ、私一旦戻る。またすぐ来るから。」
「え?なんで?」
急いでロスパーにまたがって、精一杯業物を用意して持って来るべきだと思って、出口へ向けて駆けだした。
「おぶっ、」
出口出てすぐ、何かにぶつかった。物ではない。先ほどそんなもの無かったし、いたずらで置く意味もないからな。久しぶりに里に戻ってきたアドラ、そのことを伝え聞いた友人の可能性は高かったが、残念ながらそうではなく。真っ当な可能性が順当に発生したのである。
ぐっと腕をつかまれ、そのまま前方へと引っ張られる。体軸が完全に前のめりになって、このままだと地面に引き倒されてからののしかかりだな、と、抵抗なく受け入れる覚悟をしていると、つかんでいる方とは別の手で肩口を押しとどめられて受け止められた。私の姿を見て途中でとどめてくれたようだ。勘違いされても仕方がない状況だったな。
「す、すいません。」
「いや、しかし、家に何か用かね。」
「アドラの、その、報告をしに。」
泥棒扱いを解くにはまずその名を口にした方がいいと思った。現在、正確にはほんの少し前まで彼一人だけ、狩りで留守のその家の中に許可を得たうえで他人が入れる可能性がそこにある。
「なに、どうかしたの?、、、父さん、ちょっと!腕、腕、離しなさい!」
「おお、アドラ、随分と遅かったが、元気そうだな。お客人、失礼した。」
「いやいや、こちらこそ。急に飛び出したりしてすいませんでした。」
玄関口まで様子を見に来たアドラのおかげで収まった。
「いや、こちらこそ。腕、痛くなかったか?里内で盗みなど基本警戒しないのだが、今は稀人が数名やって来ているのでな。すまない少女よ。」
「ミラージュです。」
「テゲリオだ。」
なぜか顔を真っ青にしているアドラのことは気にせず、握手を交わした。
「そうか。追加の土産の品を取りに急ごうとしていたのか。もらう側からはありがたい話だが、しかし、これだけ用意してまだ足りないと思われているというのは、アドラ、お前俺のこと、なんて話したんだ。」
台車に積まれた食料品の前で三人、立ち話で事情を説明した。イクスの代わりに私があいさつに来たこと、約束よりだいぶん遅れてしまって申し訳ないこと、本人が望むならそのまま私達に同行することなどなど。
「普通に説明したわよ。それより、斬り捨てられなくて良かったわね。失礼なことしたら、そうされてもおかしくないんだから。知り合いだった私の父親で、良かったわね。」
とんでもないことを言い放ったアドラであった。
「そ、そうか、知らぬこととはいえ、失礼した。」
そのアドラの一言で、青筋が立った感じの表情になってしまった私を見て、謝ってくださるテゲリオさん。この憤怒は、彼にでも、アドラに対してでもない。
「いえ、本当に、何でも。こちらこそ、本当に、すみません。」
真っ赤にした顔を深々と下げて、もう一度テゲリオさんに謝った。いろいろと裏目った。土産のことはもちろん、かなりの期間をウドーと組ませたことも。あいつきっと私の居ない間に私の悪い方の武勇伝をあることないことアドラに吹聴していたに違いない。そのせいでちょっと気に障っただけで相手を斬り飛ばす危険な奴とか思われているんだろう。
「アドラ、私はぶつかったくらいでそんなこと、しないわよ。ウドーの言うこと全部言葉通りに信じちゃだめよ。ほとんど冗談なんだから。で、テゲリオさん、土産はその、武器類の方がよかったかなと思いまして。」
「そうか。確かにそちらの方がありがたかったが、十分だ。気づかい、ありがとう。」
にっこりと笑顔を向けられた。私達には不要なもの、出直して持って来ようと思った。
「じゃ、なんか変な感じになっちゃったけど、顔合わせは終わりね。家に入りましょ。私の口からあれこれ話したいし。」
全速力で往復10分ほどだろう。
「アドラが話してる間はどうせ私暇だから、いったん戻って取ってくるわ。」
今度こそちゃんとロスパーの元へと戻って、またがり宙をかけた。
ハルモスへと戻って、宿に直行した。目標の人物はスケさんと一緒にくつろいでいた。
「セバス、武器類今、どのくらいある?」
「これはミラージュ様、ご挨拶は御済みになったのですか?」
「うん。でもね、食料よりも武器類の方がいいっぽくて。折角だし余ってるの全部押し付けちゃってもいいんじゃない?」
どーせお金に余裕がなくなることなんてないだろうし。必要な費用は宿代と食費のみ。趣味の盗掘、というと言葉は悪いが遺跡探索のせいで稼ぎに対して消費が追いついてないのが実情なのだ。一人プレイの冒険ものゲームの中って大抵そういうものだよな。
「そうですか。馬車内にかなりの量溜まっておりますが、、、」
「わかった。ありがと。」
「ミラージュ殿、先ほどの話であるが。」
反転して馬車へと向かおうとして、スケさんから声をかけられた。ああ、そういやなんか問題ができたって言ってたっけ。今私はまだ手が空いてないから、どうしよう。急ぐ必要はないとは言ってたけど、こうして引きとどめる程なわけだし、放置しちゃうのも悪いわね。代わりに誰か、と思い至ってログイン状況を確認したら、クーラさんがいらっしゃった。一応声をかけてみるか。
「ちょっと待ってて。」
ゲーム内コールをつなぐ。
「おいっすミラっち、どーした?問題発生か?」
少し緊張感の混じる声で即座に受けてくれた。
「いえ、大丈夫です。何かスケさんが、私の手を借りたい事案が発生したとかいうのですが、今ちょっと手が離せなくて。代わりに聞いてくれるとありがたいかな、と。」
「スケが?今ハルモスだよね?」
「はい。」
「わかった。すぐ行く。」
私のすぐ隣で光の粒子が収束して、クーラさんが姿を現した。
「おっけー、んじゃ、聞いとくから。行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます。」
クーラさんに感謝の辞を述べてから馬車へと向かった。良さなどぱっと見分からぬゆえすべてひとまとめに袋詰めして抱えて再び森人の里へと向かった。
今回は直滑降でアドラの家に降り立った。
「戻りました。」
家へ入り、抱えた武器類をひとまず床に置く。
「早かったわね。まだ半分も話してないわよ。」
「娘が貴重な経験をしたそうで、感謝する。」
そう言いつつ、テゲリオさんの視線の先は私が置いた袋の中身へと向けられているのがわかった。うん、やっぱり持ってきて正解だったな。
「とりあえず今持ってるもの全部まとめて持ってきました。ほとんど死蔵に近いものでしたので、好きに使い潰してくださって構いません。というかそうしていただければ嬉しいです。」
袋を開いて見せる。近づいて、細い目をより細くして一つ一つ手でもってチェックしていくテゲリオさん。
「こ、こ、、、」
そのうちの一つ、弓を手にしてすぐ、わなわなと震え始めた。どうしたんだろ。
「この、、、弓、形状が、聞いた、通りだ。こんなものを、い、いただいて、良いのか?」
驚き具合が半端ないな。遺跡の発掘物でそれなりの当たり品だったんだろう。セバスやセリナの目に留まらなかったはずはないから、手に入れてすぐの売却前だったんだな。テゲリオさんの主武装は弓っぽいし、これは、良い贈り物になったんじゃないか?
「はい。弓が使えるのはアドラ以外にはいないから、馬車で重しになってたのでしょう。」
「そ、そうか、、、試し打ち、してもいい、かね?」
「ええ、どうぞ。試し打ちも何も、もうお譲りしたものですから。」
そこまで大げさな感じで言われるとどういう一品なのか気にはなるが、知ったところでやっぱ返して、とはなったりしない。アドラが欲しい、というなら別だが、彼女は父親が見せるような興味を向けてはいないようだ。
外へと出て、矢をつがえ、放つ構えのところで、おそらくテゲリオさんのマナが矢へと収束していくのがわかった。それを確認したかったのかそのまま弦を緩めた。
「いや、驚いた。この弓は、遥か昔、我々の祖先の名工が作った一品だ。間違いない。しかし、逆に困ったことになったな。」
うん?なんで?名弓を手にしたというのに、少し肩を落としたテゲリオさん。語った内容からも、この里の宝ともいえる一品で、失われたそれが戻ってきたのだ。図らずも最高の贈り物になったと思うのだが。
「ちょっと父さん、何が困ったこと、よ。顔、にやけてるわよ。」
私からは後頭部がほとんどでその表情は見えなかったが、テゲリオさんを挟んで対面にいたアドラからは丸見えだったようだ。喜んでくれて何よりである。
「いや、な。長老たちに報告しないわけにもいくまい。で、報告するとだな。」
「取り上げられる、と?」
里の宝として保管でもするんだろうか。武器なんて倉庫の肥やしにしたところで意味はないと思うけどな。色々と刀を収集していた私が言うのもなんだが。
「いや、そうではないのだ。丁度今、来ているお客人方がな、この、里に伝わる弓を欲しているのだ。」
それはまた、何ともなタイミングである。
「すでに失われたと答えても、先方は言い値を払うと言って譲らず留まっているのだ。本当に無かった、のだから嘘をついたわけでもなし、こちらに落ち度はないのだが。」
なるほど、実はありました的な流れだと、印象が悪くなるか。
「ミラージュさん、違うわよ。騙されちゃだめよ。弓一つと里全体への恩恵なら長老たちは後者を選ぶわ。つまり、父さんは、自分が使えないからがっかりしてるだけなのよ。」
「我が娘よ、、、」
なるほど。里は方針として実利主義なのだな。持ち腐れなど許すまい。だったらその稀人、外からの来訪者が居座ってさえいなければテゲリオさんは使えたわけで、それで喜びからのがっかりなのか。
「それにしても、その人たちはなぜにこんな弓一つを欲しがっているのかしら。」
言っちゃ悪いがまともな道筋ではたどり着くのも相当困難な場所だ。その労苦を厭わずやって来るほどの物、どんなすごい一品なのかと気になって試しに私もやってみようと渡してもらって引き絞ってみる。マナを乗せて超威力とかだろうかと思った。視線の先の木をぶち抜く気持ちで向けてみるも、先ほどテゲリオさんがやった時のような効果は表れなかった。
「あれ、どして?」
「変ね。父さん、まさか壊した?」
「娘よ、、、違うぞ。構えてみろ。」
それで謎が解けるのだろうかと、アドラに弓と矢を渡してみる。構え緩めに引き絞る彼女。今度はしっかり効果が発動していた。そのまま前方の木に向けて、ゆったりとした速さの矢が放たれる。だいぶ上方に突き刺さった。これは、アドラの腕が悪いわけではない。放物軌道を想定していた。が、起こるはずの重力落下が起こらなかったのだ。
「まっすぐ一直線に飛ぶってこと?」
「そうみたいね。」
「この弓で放たれた矢は、一直線に飛び続ける。上空に放てば戻ってこないぐらいにはその効果は続く。」
「えと、風とかは?」
「関係ない。」
まじか。アーティファクトじゃねーか。これは、やばいな。遮蔽物が無ければ数キロ先の目標も狙いさえ正確なら余計なことを考えずに打ちぬけるってことか。
「でもどうして私だと発動しないの?」
マナが無いわけじゃない。
「里の血族しか使いこなせないのだ。」
納得できる回答だった。だとすると、里の外の者に渡してもただの弓だ。詐欺っぽいが、きっちり説明した上でそれでも欲しいというコレクターさんなのなら問題はない。過去里からこの弓が去った時も、そうしてごり押しされたのかもしれない。
「黙ってりゃよくないです?」
「いずれバレよう。」
「そりゃ、そうですね。」
秘密というのはバレるのだ。存在しえないものは秘密ではない。存在して隠したいから秘密というのだ。そうである以上、観測される機会はある。真に周到でありたいならば、最初から隠さない方に軍配が上がるのだ。
「んー、じゃあ、その報告に今から行って、私も同席して、その稀人が払える額より多くを私が追加で支払えば解決っすよ。」
里にないと無意味だし。アドラは興味なさげにぽいっと他の武具類の上に放り投げるし。送った私の意図もあるし。テゲリオさんが使うのが一番だ。
「そこまで、してもらう理由は、、、」
「ありますよ。娘さんは能天気に構えてますが、危険にさらす可能性もあるのです。むしろ足りないくらいです。」
「そう、か。」
大げさじゃない?と首をかしげるアドラであった。平時なら全く問題はない。戦時ならば蚊帳の外に置けばよい。けどそれで万全と言えるほどの自信はない。
私の案は通って、早速長老たちの元へ報告しに行くこととなった。小声でぼそりと、娘の奉公先が良い人で良かった、とこぼれたのを聞いた。
ああ、本当にこの里の人は、温かい。
「弓が、見つかったのですか!?」
外からの来訪者がちょうど面会しているところだった。私たち三人、弓を携え登場したのを見て、すぐさま言葉を放った。
「はい。この方が、外から見つけたこの弓を持ってきてくださいました。」
正直に告げるテゲリオさん。
「では、早速、本物かどうかの確認を!」
そう言われ、弦を引き絞るテゲリオさん。マナ収束が見えた。
「おお!間違いない!これでお坊ちゃんに顔向けができます!知らぬ方、ありがとうございます!」
すでにその弓を手に入れたとでもいうかのように喜色満面でテンション高く告げてきた。坊ちゃん、てことはこの人は収集家の使いか。本当に欲しいものなら自ら足を運ばんかい。私の、その顔も知らぬお坊ちゃまへの印象は悪化した。
「勘違いしてるようだけど、これは、私が、このテゲリオさんに、娘さんを借りる代わりに送った、プレゼントなの。テゲリオさんは責任感が強くて、里の貢献のために手放してもよいと思ってるようだけど、それは、私が、嫌。最低でもその坊ちゃんとやらが直接来て誠意を見せて欲しいわね。」
ひとまずぶちかました。これは敵対を意味するごくごく自然なものだ。
「と、とはいえ先に交渉していたのは私共でして。」
「そちらの事情は先ほどテゲリオさんから聞いたけど、んなもん知らん。私はテゲリオさんに使ってほしいし、こんな弓一つで娘さんの代価にはならないってわかってるから、あんたらと同じで要求を通すために言い値を払うわよ。食料でも金属製品でも装飾品でも、何だって、なんだって、用意しますよ。ええ。」
全力で追加攻撃。
「お客人、少々、落ちつかれてはいかがかな?」
にっこりと微笑みかけられた。女性、若く見えるが、この場にいるということはおそらく長老の一人。う、美しい。細目も、笑顔を浮かべている間は目立たぬ。くそう、なぜパッチリお目目じゃないのだ。
落ち着いたうえでのぶちかましだったというに、その笑顔のせいで逆にテンションが上がった。
「我らと同等の対価を支払えると。そう仰りたいのですかな?」
使いの者が鼻で笑いながら返してきた。
「余裕っす。一応聞くけど、あんたらは何を?」
負ける気せーへん。
今度はにっこりと使いの男に笑顔を向けられた。これは敵対的な笑みだ。
「金属製品が不足しているようなので、弓と引き換えに大量のものを。ほら、このように。」
手で示した先、数十本の金物が陳列されていた。
そのタイミングで、ガラガラと食料が積まれた台車、の上に私が持って来た袋詰めを乗せたもの、を引いてきたアドラが一声発した。
「もー、これ重すぎ。どんだけ持って来てんのよ。」
その瞬間、目が飛び出んばかりのパッチリお目目を披露した我が対戦相手であった。予備馬車含め、入っていたもののほとんどを袋に詰めて持って来た。体積にして5立方メートルぐらい。今回のMVPは台車であろう。よくつぶれなかったな。
もう一往復する必要なく、勝敗は決した。
「それにしても、あなたたち、というかあなたのご主人?どうしてこんな私らにとってはただの弓でしかないものを欲しがるのよ。」
気になっていたことを聞いてみることにした。がっくり地に膝をついてうなだれる男の姿に、切実な事情があれば意見を翻さないでもないと思ったのだ。その場合にはテゲリオさんには悪いが。例えばそう、余命いくばくもない身で、弓術が好きで、伝説の弓を死ぬ前に一目見たい、とかだったら、ほんの一回借りるだけで済むしな。
「お坊ちゃまは、とある女性に恋慕しているのです。他にも同じくその女性に恋する者どもがいて、いずれも強敵ばかりで。」
ふむ、かぐや姫か。
「いずれの者にも全くなびかなかったその女性ですが、お坊ちゃま含め一歩も引かず。困ったその女性は無理難題を各人に押し付けました。それを達成した相手と結婚すると、そうおっしゃられたのです。」
ふむ、かぐや姫だな。中々に日本びいきのイベントが転がっている。やはりスティーブン、日本好きなのだろう。発生スイッチは、弓の発見か。
もし黒幕が開発主任本人なら。この世界では最強の敵だ。チートし放題だ。
「そ。だったら同情の余地はないわね。自らの足で追い求める気概も無いやつになびくはずも無いわ。」
もっともだとでも言わんばかりにそのうなだれる男以外の面々は首肯した。
このときの私は、知らなかった。珍しく、本当に珍しくセバスがミスをしたことを。決してわが手を煩わせることの無かった唯一の存在が、ほんの些細な情報伝達ミスで騒動を大きくさせたことを。それは別にどうでもいいが、というかむしろ良いイベントだったが、騒動の根源は、真の愚か者は、私及び我が身内の一人だったのであった。
「なんか、丸く収まって良かったわね。」
「そうね。私は大満足ですよ。」
ロスパーの背に二人乗りで移動中、里でのひと騒動に対して感想を述べあった。
「にしても、そんなに金持ち?の男をたくさん魅了するような女性って、一体どんな人なんだろうね。」
「そうね、気になるわね。」
全くっもってうらやましい限りである。当然、正解はすぐ傍に居るのであるが、彼女の内面を良く知っている私の脳裏にその姿はよぎることは無く、かわりに想像上の絶世の美女をあれこれと思い浮かべていた。金の王冠をかぶったクレオパトラとか、傾国の誰それとか。うん、歴史はやっぱり、苦手だ。
宿へと帰ると、にっこりと微笑を湛えたクーラさんに迎えられた。
「セリっちが、面白いことになってるってさ。」
そう一言言われて、悪寒が走った。そしてそれは、その場で最もふさわしい、最適な反応だった。




