Merx's challenge
唐突ではあるが、将棋という盤上遊戯がある。運要素が介在する余地が極限に狭い、プロリーグの歴史も長い日本の伝統競技の一つだ。
ゲームの趣旨は戦場の抽象化。互いに相対した状態から陣を組み、衝突する。敵の大将を取れば勝ちである。世界のこの手の盤上競技の類に漏れずその起源は古代インドにまで遡るんだとか。
日本独自のアレンジ版ともいえる将棋、その目立った特徴としては敵の駒を取った際に自身の配下に加えられる点だろうか。打てる手数の多さはそれがゆえに莫大な量となり、勝利するには確かな先読み能力と知識、経験を必要とする。
私は今、いつもの会合所で涼子先輩たちに修学旅行中の諸々やつい昨日発見した新イベントのことなどをこれから掻い摘んで説明しようとするところ。
「しかし、慌ただしかったねぇ。」
「そうですね。」
昨年度と変わらぬ和を取り戻した放課後部室内。一昨日の勝負後から新一年生の面々は音沙汰なく。謝罪の一言でもあっていいんじゃないかとは思うが、珍しく怒っていたリュウの最後の一言のせいで顔を出しづらいのだろう。昨日放課後一応待ったのだが、姿を見せることは無かった。
正直どうでもいいな。
ゆえに現状、この部室に集う部員は五人。三年生の涼子先輩、二年の私鏡と龍、玲央に一年生の椿。全員、事情を伝えてしまっている人たちだ。もう一人、涼子先輩のいとこの陸も事情を知る人物である。その六名が、我々防衛部隊人員の全て。そしてもう一人。生物学上は人に分類されないメンバー。
信頼の有無にかかわらずこれ以上は関係者をいたずらに増やさない方が良いと思っていたので結果良しといったところ。事情を知らぬ新人が出ていったおかげで今部室内、その我らが最強の守護神メルクスさんが悠々と姿を現し本日もお茶を淹れる作業に勤しんで、はいなかった。
パチリ、軽快な音が響く。
「王手。」
「お待ちを。その一手は、ルールに抵触しておりませんか?」
「何のルールだよ。そんなもん知らんぞ。」
「ぐっ、、、何でも、、、ありません。」
どうやら精一杯思いついた反論のようだ。あほ臭いいちゃもんである。
「で、ではこれで。」
苦し紛れの合駒を打った。
「んじゃ、ほい。」
「、、、」
「、、、」
「参りました、、、なぜ、、、」
うむ、二人が相対していたのは将棋である。別に思い立ったメルクスが戦術眼を身につけよう、として始めたわけではない。彼女のポジションは、当てはめるなら銀である。性格的には香車だが。
では一体なぜかというと、以前から椿と組んで龍を懲らしめよう作戦を立案していたようなのだが、それをようやく実行に移したのだ。真面目な椿を加えたことにより本当にただの嫌がらせ的な行いは無し、真に悔しがらせるために龍がそれなりに自信を持っているもので打ち負かそう、と結論付けたらしく。
間違ってはいないし、それができるならば話は早い。が、勝負のしどころとしては悪手であろう。折角透明になれるんだからばれないようにバケツの水をぶっかけて風邪でも引かせときゃいいというに。
何にせよ、私の投げ槍なアドバイスもあり選ばれた種目がこの将棋である。本日そうして第一局が行われた。持ち時間10秒の早指しである。長すぎるのはダレるから、と提案してみた。処理速度なら人には負けまいと、最大限のフォローをしたつもりである。このルールなら龍もかなりの程度凡ミスするからな。
めんどくせぇ、と一蹴されたら終わるが、未来のAIの指す将棋がどんなものかには興味があったのか乗り気であった。そして10分ちょっとの対局の末、普通に負けである。実力差のほどは素人目に見ても明らか。こりゃー何度やったところで無理くせーな。
「なんか、普通だったな。」
「どういうことです?」
「いや、ちょっとかじった素人と同じ感じっていうか。いい手を指したりポカしたり。」
ふむ、いい手の方については何となく理由が推測できた。
「メルクス、あなた、対局中何度かカンニングしてたでしょ。」
「?カンニング、とは?」
「ん、そうね。ここではデータベースで最善手の検索をかけること。」
「それならば、はい。」
「なるほど、それでか。まあお前ならそうだよな。にしては、、、」
「それってルール違反じゃないの?」
龍が続きを言いかけていたが、涼子先輩の疑問に口を閉ざされた。そう大したことでもなかったのだろう、特に不満無く続き無く。
「納められてるデータを引き出してるだけだし、自身の能力の範疇だし、まあ?」
ひとまず答えてみる。
「んー、確かに。この子の能力、かぁ。」
むむっと、腕を組んで何やら考え込み始めた。珍しい。
「でもさ、自分の記憶を引っ張り出してるだけだったらわかるけど、ネットワーク上のデータも引いてるんしょ?それは自分の記憶じゃなくない?どっからがこの子のでどっからがこの子のじゃないのさ。」
ぬーん、予想外に難解な問題提起が。本当に珍しい。
「んー、どうなん?龍、玲央でもいいわ。ネットワークに常時つながる能力を保持してたら、ネットワーク上の全情報は記憶の範疇?」
不意に蹴り出された処理の難しいボール。無理なトラップは試みずにスルーして、先の二人に送ることにした。
「ふむ、感覚的には反対したいですね。ノートや端末のメモは自身が残した情報ですが、試験中は基本参照不可でしょう?メルクスさんとネットワーク、そこで一本ラインを引くべきです。」
「そうさねぇ。」
もっともな意見を述べた玲央。それには素直にうなずける、が。
「でも何もなしで、いつでも、どこでも、瞬時に引き出せるのよ。常時つながって出し入れ自由ならさ、そりゃ自分のでしょ。」
「そうさねぇ。」
それってまさに身についた知識や知恵ってことだ。
「参照した瞬間に自分の領域、でいいんじゃないか?」
「なるほど。」
抱えた記憶のうち、知識に類するものはほとんどすべてそういうものだ。自前で0から創り上げたものなんて無いかもしれない。この0って概念だってそうだ。今こうして思考や会話に用いている言語ですら、そうだ。もっとも人の場合雑多な情報はいつまでも残っておらず忘れてしまうのだけど。
「で、では私はやはり反則を、、、」
話の流れを不安げに追いかけていたメルクスが、たまらなくなったのか声をあげた。参照後での判定だと他人の力を借りたと同義と判断してしまったのだろう。しかし、将棋向けのAIプログラミングはそもそもあらゆる指示を作り手側からもらっているわけで、本質的に自力ではない。いや、そもそも。
「自分の能力自体どこがライン?この会話能力は自力習得したもの?ただ綿々と受け継がれてるだけの、貰い物?」
「ふーむ、習得時期が対局前ならば全く問題ないですが、対局中だとアドバンテージを背負うでしょう。知るべき目標が明らかになるわけですから。」
「人並み外れた情報処理速度こそ、まさに自前の能力でしょうよ。」
素直にそう思った。
この子はおそらく自力で情報の取捨選択判断をしているわけだから、問題ないと思うのだ。まさか未来のイクスの元まで毎ターン戦術を教わりに戻っているとも思えない。そうであったならばここまでの惨敗は多分ないだろう。
「そうさねぇ。」
「だから問題ないでしょ。まあ、その力及ばず負けちゃったわけだし。勝者の龍さんよ、どう?」
「だな。むしろバンバン勝つまでやってもらって結構だ。持ち時間を伸ばせば良くなるんじゃないか?」
ふむ、この機会に未来のブラックボックスの中身の性能を解析するつもりか。この様子だと負かしたら逆に喜びそう、というか負かすまで条件を色々変えて対局を繰り返させそうだな。こりゃ作戦、完全に失敗ですよ。メルクスさんや。
「どうぞ。」
「お、気が利くねぇ。ありがと。」
「ああ、手伝うわ。」
涼子先輩の前にカップを置いて、お茶を注いだ椿。会話に一切混じってこないと思ったら、お茶淹れに集中していたようだ。他のメンバーのカップの準備やらまだやることが残っていたので私も手伝った。
「先ほどのお話ですが、道具に頼らず実行可能な事柄は全て自己能力の範疇に入れてよろしいのではと思います。」
「そうさねぇ。」
随分と固い言葉で自身の意見を述べた椿。もうどっちでもいいかな、という表情で同意した先輩。どうやらこの話題に飽きたようだ。
「でさ、メルクス、なぜに負けたの?それも私の目には完敗に見えたけど。」
イメージとして、最善手を選び続ければ勝てるのがこの手の盤上ゲームだと思うのだ。そんなこと実現不可能だからこそ近づくために腕を磨くのである。ほとんどオカルトレベルの大局観を、経験を通して身につけてゆく。
だから敗因が気になった。龍が言うとおり10秒じゃ足りないということなんだろうか。それとも指す手筋の評価基準が悪かったんだろうか。
「不明です。データから得られる戦術通り正確に実行したのですが。ですから、負けなどありえないのです。それでこの者が反則をしたのではと。」
「ふむ、細かく説明してみ。」
本人は相当自信のある手を指し続けたと思っているようだ。
「最善手について参照したところ、臨機応変にと出ました。」
んー、なるほどなるほど。最善ですなぁ。ズズッと先ほど用意したお茶を口に含み、それと共にメルクスの放った言葉を吟味した。おそらく対局中始終通して持つべき心意気か何かの一言だ。すごいのを引いたもんだ。一体どこから発掘してきたのやら。
その四字熟語はこの場においては、ゴールを求める最前線の選手のポジショニングに対しボールの零れてきそうなところへ、という一文と同程度には無意味だな。うん。
「で、どうしたの?」
人ならばすぐに覚る。それは達人の域に達したもののみが実践できる一言だ。が、この戦闘力以外はちょっと抜けてるアンドロイドさんは一体どうしたかというと。
「言葉通りを実践するため、盤上の配置を毎回入力して全検索をかけることにしました。」
それは想定内。しかしそれって言葉通り、なのか?それしかすることないだけじゃねーのか?10秒以内でそれができるというのはやはりすごいが。
「で?」
「毎回候補手が相当数出てきました。」
「だろうな。」
「でしょうね。」
わかりやすい局面でも良い手は複数あることが多い。
「ですので、正しく実行すべく毎度ランダムチョイスを。」
「手の込んだ運ゲーじゃねぇか!」
「なはは。」
興味あり気に話を聞いていた龍からの突っ込みと涼子先輩のいつもの特徴的な笑いがそれほど広くはない部室内にこだました。
「メルちゃんや、意固地にランダムチョイスじゃさ、応変とは言わぬのじゃよ。」
「そうでしたか。刻みました。」
「変ではありますね。」
「そうさねぇ。」
「メルクスさん、各手を選んだ結果どうなるかとか、そこまでは調べなかったのですか?」
「はい。私の処理能力では時間がかかりすぎると判断しました。」
「それだ、それ。どれくらいの持ち時間があればいけるんだ?そうだな、中盤、、、ここのこの手は悪手だった。少し先で判明したろ。」
「そうですね。」
「改めて考えて、どうだ?」
龍、マジで興味津々だな。局面を再現して思考を促した。どうだろうな。
「、、、はい、、、数、ヶ月、いえ、、、」
「、、、」
こいつ、間違いなく全手同時進行させてるわ。融通が、きかねぇ。こりゃ無理だな。
実際どれくらいだ?指せる手全部数えたら、先手後手共に一手で計100は越える、か?持ち駒一つで5,60。ここから30手でほぼ決まるとしても、100の30乗程度ではすまない。目一杯高めに見積もれば、1000の30乗ぐらいか?んー、具体的に数を確定させるといけそうな気がしないでもない。メルクスの処理速度が例えば秒間京から垓手いけると仮定して読み切るのに、、、10の70乗秒。三年で大体1億秒だから、えーと、、、地球が死ぬ方が早いな。
その中盤分岐の恐ろしい可能性を全て、一手毎に処理する。そのたびに一星系が生まれ死ぬよりもずっと長い時間をかけていては。
神の一手とはたとえではなくそういうことか。時の縛りを超えて楽しむ存在など、神でしかありえない。
ほんのすぐ傍、ただの遊びが宇宙よりでかい規模の数を内包していることを実感した。やはり効率は、大事ね。
メルクス作戦その一、将棋、保留。
「ふーん、そりゃまた、難題だねぇ。」
「なんですよ。」
ようやく腰を据えて禅寺での話やらその間のイクスたちの様子やらおまけに昨日の遭遇など、なるべく客観的にまとめて話し終えた。本日もまたひと悶着あったために時間が予想以上にかかってしまった。
果たして、涼子先輩のリアクションはどれに対する感想であろうか。
「んで、メルちゃんはなーにが気に食わなくて暴走なんてしたのさ。」
「そのような事実は存在しません。」
「でもがーみーはそう言ってるけど。」
「、、、木々を殴り倒しただけです。いささか誇張的な表現をなさっただけかと。」
「あーそう。何本ほどもってったの?」
隠す必要が無ければ正確に答えを返す。融通は効かないが、律儀で正直という美徳は持ち合わせている。
「32本、ですね。」
「かかった時間は?」
「15秒少しです。」
つまり、1秒2本。密集していた田舎の山奥とはいえ、近場の木を次々なぎ倒さねば得られぬスコアである。その行いは一般的な形容では暴走と呼んで差し支えない。特殊極まるこの子にとっては違うのかもしれぬが。それこそ本気なら数十秒で山を丸禿にできるのかもしれない。私が向こうでクイックン状態プラス刀ならば、できないことは無いからな。この世界にあれだけの耐久を誇る得物があるとは思えないが。
「何らかの原因でむしゃくしゃしたのですよね?」
そうなんだろうけど。その何らかを一向に語ろうとしないのだ。
「その、癇に障る何かがあったとは思えませんが。良い方々でしたし。鏡さん、何かありましたか?」
「いや、、、うん。」
私もまた口を濁したいことはあった。だから私がこの場でメルクスを責めることは無い。私の方はいつものことだしな。
「さっきも言った通り私がちょっと諭されて、思わず涙腺がね。それにこの子が過剰反応しちゃったのは、確かなのよ。」
「鏡様、そうでは、、、」
眉尻を下げてこちらに返答するメルクスであった。
「そっかー。なら仕方ないね。んじゃーその次は、、、海の件か。イクスっちに関しては今更だしね。」
多分事態は最初から、私が思い込もうとしていたような軽いものではなかったのだ。少なくともあの夏休み最後の日、この子が姿を現したあの瞬間すぐに切り替えるべきだった。おそらく、龍は最初から深刻に考えていた。だからさっさとこの件から関わりを捨て去るよう、当初私に辛らつな言葉を吐いたのだ。結果それは逆効果ではあったのだけれど。
私が思う以上に初めから、この子はここへと戦いに来ているのだ。現実戦っているかどうかはわからないけど、彼女の言を信じて本当にないと信じるのは楽観だ。
私は覚悟も何もなくただ日々をだらだらと過ごして、苦しい気がする時を過ごしていた気がするだけ。私にとっての降ってわいた災難など、同じく経験したプラス効果が打ち消してしまう。
この子には、そんなプラスがあるのだろうか。あったのだろうか。これから作れるのだろうか。
「それでだ、その海の件だが。ゲーム内とはいえ無くすのはまず無理だな。」
「でしょうね。そういうストレートな解決だとは私も思ってないわ。」
「どうなんですか?」
「だろうねぇ。」
涼子先輩、明確にクエスチョンを頭上に浮かべながら首を20度程横に傾けた。これは差異確ということか。そのまま机に置いてあった端末をポポッと操作して確認してから続けて告げる。
「うん、あたしが知らないわけじゃないみたいさ。久しぶり、かな?」
「なら、今日の所は夕飯後集合、か?一応、な。」
「そうですね。」
「えと、私は、、、」
「あたしが駄目。陸と五人で頼む。堤防造るならあいつのがいいっしょ。」
人数制限、ゲストは四人まで。それを気にした椿だったが、涼子先輩は何か用事があるらしい。
「何か用事でも?」
龍が不躾に問いかけた。良く聞いてくださいました、とわかりやすい表情を浮かべる玲央。
「うん。家族で外食。知り合いのレストランで。両親話し込むからすげー帰り遅くなる。味が文句なく最高だから、行かない選択肢はなしだわ。」
「何レストランです?」
ちょっと気になって私も追加で尋ねた。
「んー、イタリアンメインかな?スパゲティとピザが最高。肉料理もグッド。」
じゅるりと、よだれが垂れた気がした。今日の夕飯、何だろな。
「何か機会があったらみんなで行きましょうか。最寄駅から歩いていけるところだしさ。」
「いいっすね。」
「もちろんです。」
鏡様が帰宅後しばらくしてからの夕食に舌鼓を打つ間、私は以前から申し出ていた案件の確認を行いに戻った。
「ああ、しつこいなぁ。この数日、いったい何度目さ。片方は飲んだじゃん。」
「はい。もう一方の方が重要です。」
「はあ。わかったよ。まー一応調べてみるけど、不調じゃないと思うなー。」
「いえ、間違いありません。今日、1v1でまともに敗北を喫しました。」
「え?ほんとに?それにしては破損が無いじゃない。誰に負けたの。」
眉をしかめて怪訝さを押し隠すことなく問いかけてくる。
「龍を相手に。」
「ああ、そゆこと。種目は?」
「将棋を。」
途端に先ほどとは打って変わって和らげな表情になる。
「ああ、そのためのさっきの道具要求だったのか。てっきりミラージュが欲しいとボソッとこぼしたのかと思ったけど、そう。そういうのは、いい傾向だと思うよ。やっぱチェックはいらないね。」
「結果廃棄されても不満はありません。」
「あそう。」
重大な失態を犯したというのに、それをきっちりと報告したというのに、彼は完全無関心であった。今も何が楽しいのか、真剣な私とは違い先ほどからニコニコ顔である。
「イクス!」
「うん、なーに?」
とぼけた顔で問い返してくる。
「ふざけないでください!」
思わず声を荒げた。
「それも不調のせい?」
問われ、愕然とする。声を、、、彼に向けて、文句を?
「確かに、大事な情報だね。でも無関係のお坊さんに知られたところで問題ですらない。むしろリュウやレオ、リクには伝えるべき事柄かも知れないね。さすがに勧めはしないけどさ。クーラさんには、ちょっと転び方が予想できないから控えてほしいけど。」
「な、何を、、、言っているのです!」
「最初は故障だと、不調だと思うのさ。でもすぐ慣れる。そうだな、、、半年後も同じことを言うようなら、その時は改めて考慮してみるよ。それでいいかな。あ、ほんとに、リュウ達には別に伝えちゃっていいよ。んじゃ、また明日。いい?明日の報告時間、何時かわかってるよね?じゃ、お休み。」
明確な意図でもって強調されて、その時刻より前には来るなと釘を刺された。これ以上言葉を重ねても無駄だと感じた。
小さな咀嚼音が耳に届く。幸せな表情。
いっそ敵が現れないか。私の有用性を、その戦闘結果を証拠として提示できれば。今日の敗北で、より一層信頼を失っただろう。彼に入れ替えの意志はなかった。だとするならば、取り戻さねば。
敵が来れば。役立ちさえ、できれば。そうすれば。
不穏な思考に専有されかけた。私は一体何を考えているのか。あまりにも非論理的だ。それは彼女を危険にさらす。あってはいけない。
これが故障でなくて何なのか、理解に苦しむ。理解に、苦しむ。
気を取り直そうと、必勝の手筋を探す処理に、防備で必要とされる以外のすべての能力を注ぎ込むことにした。




