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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校二年生 -春-
85/100

Is it really an... enemy? -umi-

平和な馬車内。進む道程は海へと続く。落ち着いてからの最初の目的はアドラに海を見せること。


「ふんふふふーん。」

「上機嫌ね。」

「まあね。」

「何かいいことでも?」

「いや、別に何も。」

「じゃあどうして?」

「何もないから、よ。」


我ながら不思議な気分である。何事も起こらずのんびりゆったりと進む間は平穏そのもの。求めてやまぬそれはこの世界では実は結構貴重だったりするんだな。なぜかは知らんが毎回いらんスイッチを踏み抜いている気がするのだ。設置場所は大概街。ハルモスでは相当に気を回して、これ以上の何かが起こらないように街を出たのである。


「んで、海まではどのくらい?」

「そうね、あと二日ってとこかしら。」

「そっかー。」

「あんまり期待しすぎてもしょうがないものだけどね。陸が途切れるところはどこもそうなんだから。」

「そうらしいわね。」


いやあ、素晴らしいね。こう普通の会話が取れる相手というのは。同い年くらいのセリナはこの手の話から無理やり戦いの話題に持ち込んでいくし、ウドーはなんか、ジェネレーションギャップ?的なものを感じてしまってな。


「今度も海中に入るのかの?」


ウドーのこと考えてたらウドーが口を出してきた。幌を枝先でまくって顔を出し、到着してからの予定について聞いてくる。


「レオがいないし深く潜るのは無理ね。入る理由もないしね。」

「そうかの、残念じゃの。」


まくっていた幌を戻して、中へと戻っていった。


右よし、左よし。藪から急にモンスターが出てきたりもしない。これはもう、平和というほかあるまいて。


「グルル」


そんな平和を乱す獣が一匹道に躍り出てきた。通常リスポーンのモンスターである。全く、空気を読めんかね。


「おうおう、命が惜しくば道を開けんしゃい。ここは今我らが通る道よ。」

「獣に話しかけてどうすんのよ。退治するわよ。」


すっかり打ち解けたアドラと一緒にその現れたモンスターを退治した。


「何かに使うのかの?」


枝先で幌をまくり上げて顔を出し、モンスターの死体に向けて問いを発したウドー。


「特に素材になりそうなもんは無いわね。」

「そうかの、残念じゃの。」


まくっていた幌を戻して、中へと戻っていった。


何だろう。暇、なのか?こういう移動はしょっちゅうの事だと思うのだけれど。


「アドラ、私の居ない間に何かあったの?ウドー、変じゃない?」

「そうなの?私にはよくわからないけど。会ったときからそう様子が違うようには見えないけれど。」

「あそう。」


一週間離れてたせいで私の感覚の方がずれているのだろうか。聞いてはみたものの期待した応答は得られず。


「孫にしばらく会えなくて寂しかったのかもよ。」

「はあ?」


異なことを述べたアドラであった。イクスにセリナもいるというのに、セバスも彼から見ればそう変わらない、いわゆる若い芽、であろうが。そう考えると多くの孫に囲まれた老後生活である。豊かなものではないか。


しかし、いや、言われてみればそういうものか。おじいちゃんキャラだしそういう味付けが性格設定にあるのやもしれぬな。祖父母の孫に向ける一般的な感慨とは、そういったものであるのか。一人お気に入りがいないせいで、寂しかったのやもしれん。


昨日は結局対戦後ちょっと顔を出しただけだし。一昨日は街の騒動で大変でただいまの挨拶はしっかりとはしてなかったしな。仕方ねーなぁ。もう。


私はロスパーから馬車へと飛び乗り、幌内へと入った。


「ウドー、一週間元気だった?」

「?ああ、わしゃいつでも元気じゃぞ。」

「私がいなくて寂しかったんでしょう。元気出しなさいな。」

「?お主、頭でも打ったか?わしがお主がおらんせいで寂しがるわけなかろうて。」


む、なんじゃい、人がせっかく心配して声をかけたというのにつれない返答である。さっきからちらちらと幌から顔を出して何かを気にしてたくせに。


「何か気になることがあるんでしょ?さっきからちょっと変だったじゃない。大したこともないのに幌から顔を出して。」


少なくともアドラの予想は外れたことが判明して、それでもやはり感じた通り少し元気がない気がして、ダイレクトにその原因を聞いてみることにした。


「そうだったかの?いつも通りじゃと思うのじゃが。」

「なんでもいいから、思うことを言ってみなさいよ。」


うーむ、とウドーは少しうなって、重いのか軽いのかよくわからない口を動かした。


「そうじゃな、、、今日はあの子は来ぬのかの?」

「あの子?」


思い当たる節はすぐに。人気のヒット曲のように春休みの間中ずっとヘビーローテーションだった奴がおる。一週間の間私が来ないイコールその子も来ないで、二日前にちょろっと顔を出してそれきりであった。確かに、その二人の関係はおじいちゃんと孫に近いものがあるかもしれない。カメリア自身も結構慕っている気がするのである。


お気に入りの孫は私ではなくカメリアの方であったか。なるほどなぁ。


「今日は、来ないんじゃないかしら。勉強とかしてるんじゃない?真面目だし。」

「そうかの。」


私がそう言ったのを聞いて少し残念そうにした。


「お主と違って確かに真面目じゃからの。」


そうして軽口を叩く。こういった反応はいつも通りである。


「海を見に行ってまたすぐハルモスに帰るんだし、それだけにつき合わせるのもね。何か事が起こったらまた別だけど、早々事が起こったりもしないわね。」

「どうじゃろうな。」


幌内で二人、ため息が同期した。


「わしゃまた何かあるんじゃないかと思うがのう。結局ハルモスの一件もお主のやらかしが元じゃろ。」

「そうらしいわね。」


ため息交じりに言葉を返す。信頼と実績現状マックスのイクス探偵員による調査結果である。間違いはなかろう。


「なんだかんだでこっちに来るようになって一年以上経ったからね。さすがにもう何をどうすればどうなるかのある程度の流れみたいなのは把握したわよ。だから大丈夫。」


今回の海見学ツアーの道中参加者は私とアドラ、ウドーのわずか三名である。平気で気づかぬままに起動スイッチを踏み抜いて飛んできた矢をものともせずに跳ね返すスケさん、気付いているのに逆に踏んでどんなもんかと探ろうとするセリナの二人は街に居残り。


私が気を付けていても、私じゃない誰かに勝手に進められてしまってはな。健全な策略である。


そんな二人のお世話係のセバスも居残り組。毎度のことだが、申し訳ないほどの面倒を押し付けてしまっている。そしていつでも合流できるイクスも今は単独行動中。以前渡した問題をいろいろな角度から考えてみなさいと要求を与えたのである。


こういう試みは今まで一切していなかった。まず一つに、明確な解答ありきのものだと課題になり得ない事、そして二つ目に、私自身がそういったものに悩まされることが好きじゃなかったこと。


今頃街でいろんな音楽と触れ合っている最中であろう。何せ解答など無いと言ってよいのだから。しかしそれを無駄と断ずるのもまた違う。何が有用か無用かなんて、費やした時間の先でようやく決まるものなのだから。


「そうか。なら少し休憩せぬか。馬車の中の代わり映えせぬ景色に飽きてしもうたわい。」

「そうね。適当な場所で休みましょうか。」


幌から出て御者台に顔を出し、アドラに休憩場所を一緒に探すように伝えた。


「わかった。水場があるところがいいね。お、あの木々の奥あたり、多分泉かなんかあると思うよ。」

「へー。」


そちらを見るも、特に私にはわからなかった。さすが森人。彼女の指示した方へ向かうことにした。これはもう、足りなかったスカウト要因として確定ね。今から勧誘の言葉を考えておかねば。






「おお、結構綺麗、、、ね。」


アドラが示した方向を進んで行くと言葉の通り水面が見えた。さらに近づくと木々の切れ目。泉の全体が一望できた。


広がっていたのはかなり神秘的な光景。澄んだ水、番いの獣がほとりでのどを潤し、泉の水面では白い鳥が数羽優雅に水浴びし、さらに中央には石の祠のようなものがある。苔むしていて手入れがされているわけではなさそうなのだが、そこまでの水面を渡るための飛び石の道が続いている。


「そうね。何かを祀った場所なのかしら。見捨てられて久しい感じがするけれど、まだ神聖な感じは残ってるわね。」


うむ。嫌な予感しかせーへん。速攻で踵を返して元の道へと戻ろうと提案した。


「んー?何で?」

「しばらくは平穏に過ごしたいのよ。」

「ここは平穏そのものな気がするけど。」


それは罠だ。ゴキブリホイホイだ。別に差異に限らず場違い、というかいかにも普通とは違いますね、といった感想を抱く場所に転がっているのがイベントなのだ。洞窟しかり、ダンジョンしかり、遺跡しかり、街しかり。


このいかにもな場所に、何も無いわけが、無い。


「いいのよ。とにかく、他を探すわよ。ここは絶対ダメ。」

「えー。あの祠だけ気になるからちょっと見てくるよ。」


言葉と同時に御者台から飛び降りて駆け出し、そのまま石を跳ねわたって祠へとたどり着いてしまった。好奇心の表れ、なんだろう。


「休憩場所に着いたのかの?」


馬車が止まったのに気付いたウドーが幌から出てくる。


「まあ、一応。私は止めたからね。今回何か起こっても、私じゃなくてあの子のせいだから。」

「ふーむ、確かに、綺麗すぎる場所じゃな。高位の精霊の住まいやもしれん。」


高位の精霊、、、以前会った氷精とか、ウドーの知り合いの木精とかのことか。うん、まともな奴じゃねーな。ここだと、水精なんかが濃厚だが、どうせおっとりした感じのよくあるやつじゃなくて、水の激しい側の性質を多く持ったやつとかだろ。


「ねー!何か出てきた!」


アドラの大声が、ここまで響いた。






「で、あんたは何だって?」

「この近辺を見守る神である。」

「そうらしいわね。」


開けてしまったものは仕方ないと私も祠へと向かって、たどり着いてすぐにアドラから神様だって、と第一声で最もどーでもいい情報を聞かされたのである。


「んで、何?」

「旅の者よ、なんか冷たくはないかね?」

「あんたの身体よりはきっと温かいと思うわよ。それ、10度ぐらい?」


予想通り、いたのはおそらく水の精霊であった。守護霊、守護神、似たようなものだ。いわゆるゲーム設定側の数柱の中の誰かではない事はすぐにわかった。彼らは軒並み普通の人型であり、こんな流動性の高いフォルムをしてはいない。そうだな、スライム、と呼称するのが一番適切か。人型を保ってはいるもののうねうねと動く身体の構成要素、つまりは水、からは任意の姿形を取れそうな感がある。


「その、、、恵んで欲しいのだが、な。」


普通は逆である。神が旅の者に力を授ける。加護的な、そういうやつ。が、この野郎は逆にくれと言ってきおった。極貧神である。


「何をよ。」

「ちょっと、ミラージュさん。」

「どした?アドラ。」

「えーと、、、高位の精霊に対して伝手を持つのはいいことだと思うけど。」


んーむ、いいこと、いいこと、、、何だ、水飲み放題とかか?しかし馬車内、常時水浸しぞ。すぐ腐んぞ。


「左様。お返しに加護を与えようではないか。」

「別にいらん。」

「え。」

「え。」


アドラと精霊、二人してはもる。


「そんなこと言わずに、話ぐらいは聞いてやったらどうじゃ?」

「おお、トレント殿、話が早くて助かる。何、簡単な事。愛用の品に宿った力に少し触れさせてもらえるだけでよいのだ。」


これ幸いとウドーの差し込みに全力で乗っかってきた。やっぱり碌な奴じゃない気がする。


「愛用の品なんて、大事に決まってんだから差し出すわけないでしょうが。」

「言ったであろう。少し触れる程度、品自体にはなにも影響は出ぬ。」


どーだろなぁ。うさんくせぇなぁ。


「そのぐらい、良いんじゃないかの?」

「そうよ。かわいそうじゃない。」


アドラ、それすごい上からだけど。間違ってはないけどさ。


「仕方ないわね。」


ほら、と腰に下げた刀を結い止めてある紐から抜いて鞘ごと前に差し出してみた。それを見てぐぱぁっと体を上下に分割した精霊。うげ、気持ちわりぃ。思わず前に出した刀を引いた。本当に気に入って使っているものなのだ。影響のあるなしに関わらずなんかこの後使いたくなくなりそうになんのは嫌じゃ。それは性能ではなく気分だ。


その体勢のまま、二秒ほど沈黙が走った。


「そーいえば、もっといいものがあるわ。」


過去の私の物持ちの良さを誉めてあげたい。馬車内に、袴に切り替える前の装備が残っていたはず。そのことを思い出して私は飛び石を戻って馬車内にちゃんと置いてあったそれら古きともがらを生贄に差し出すことを決めた。


「ほい、どーぞ。」


うじゅるうじゅると味わっている音が聞こえる。刀を引いて正解だったわね。さすがにこの光景を目撃して後またいつも通り手に握りたいとは思わないわ。たとえ金製だろうと銀製だろうと、美しい女性の似姿で手渡されるでなくこうして出されたら、手に持ちたくはないわね。布でくるんで即通貨に換えるね。あのお話って結局大金持ちになって終わるんだったけか。どうだったかしら。


「中々の力が宿っておる。これでまた一歩、対抗できるというものだ。」

「何にです?」


アドラちゃーん、踏み抜くねぇ。このままじゃあバイバイ、でいいでしょうに。


「聞いてくれるか。実はな、、、」


長くなりそうな前置きをもって話が始まろうとしたので、早期に止めるために次の言葉にお茶っぱを投げ入れようと意識を回した。


「魔王が現れたのである。」


(・・・)


「!そうである!お主!これだけの力を身につけし物品に宿す力を持つならばもしや。」


ある程度の言い出しには対応する予定で待ち構えていたが、まさか一文で終わるとは想像しておらず対応が遅れた。魔王て。世界観ちがくね。


いや、ファンタジーの王道、お決まりを外さないのもまたこのゲームか、、、と考えても、それってメインクエストラスト並みの存在だろ。こんな辺鄙な場所で依頼される内容ではない、はず。


「もし退治してくれたならば、最大級の加護を与えよう。挑んでは、くれぬか?」


普通にお願いしてきおった。


「どーせ水魔法効果の効果率アップとかそーいうのでしょ。」


お決まりを外さないのもまたこのゲームであるからな。ひとまず依頼内容には触れずに、報酬の方で今回こそお茶っぱを混ぜた。茶色に濁るかな。


「ぐぬ、そ、その通りだが、有用では、ないかね?」

「使わないから必要ないわ。」


このセリフは学校の勉強全般に対する文句として時折出てくることだが、素直にそれを引用することにした。別に完全に肯定しているわけではないが、学問はもちろん大抵の物事全般、そういう面はある。


「んー、私はちょっと欲しいかも。」

「ほほう!では、聞いてくれるか。」


どうしたもんか。こいつ視点で魔王、が一番わかりやすい結末だが。そうならばただの討伐依頼で、多少の労力消費で叶えられるわけではあるが。


「聞くだけ聞いても良いんじゃないかの?」


見かねたウドーの口はさみ。


「仕方ないわね。」


どうせ想定通りの小さなイベントだろうし、大きなトラブルに発展したりはしないか。そう納得して詳細を聞くことにした。






「我に逆らう魔王がいるのだ。」


最初の一声は先ほどとほぼ同様の繰り返し。大げさに過ぎやしませんかね。水の精霊さんよ。


「あっそ。火の精霊さんとでも喧嘩中なのかしらね。」


腰を折る感じの口出しはかなりの頻度的中してしまうのだが、今回は外れた模様。


「いや、そうではない。おそらく我と同じく水を司るものなのだが。大量の眷属をその身の内に従えた強大な存在なのだ。」

「それは、すごそうね。」


どうだか。誇張してるだけなんじゃないの。さっきも思ったが、そんな格のでかい敵を相手するイベントがこんな場所で依頼されるなんて不親切すぎるわ。


「左様。その身はこの一帯の地よりも大きく、削れども削れども尽きることなく、時折暴れては害をなすのである。」

「お主でも骨が折れそうな相手じゃの。」

「そうね。」


全くそう思ってはいないが、一応話を合わせた。


「んでさ、断片的な描写はいいからそいつの名前とか居場所とか、そういう確定的な情報はないの?」

「ここから二日ほど東へ向かった先にそ奴の住処がある。」


ほう、ちょうど目的地と一致するわね。行きがけの駄賃にはちょうどいいわ。


「んで、そいつは有名なの?」

「ああ。周辺の集落の人どもも獣たちも皆その暴走に日々怯えながら暮らしておる。何とか、してくれまいか。」

「わかったわ。そいつの名前は?」


有名ならば到着後でも聞けるが、ここで入手しておいた方が話は早い。問題なく退治して来てあげようじゃないの。


「海という名である。」

「え?」

「え?」


今度は私とアドラがはもった。


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