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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校二年生 -春-
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nichijyou_kaiki

修学旅行終わりの翌日、学校、ハワイ組で私以外全員のクラス内、会話の話題はその感想で持ちきりなのは当然である。そんな中、さして仲の良い存在もおらずぼっちな私は席に着いたまま一人難しい顔であれやこれやと思考を巡らせていた。


龍とはクラスが分かれた。文型選択をしたなっちゃんとは、当然同じクラスではなく。修学旅行で一緒だった沢ちゃんと結城ちゃんは別クラス。もちろん、二人とも文型選択である。周囲を見回しても、多少なりとも親交のあった同じクラスの40人弱が一人もおらぬ。学校側の嫌がらせか?いや、陰謀論は不毛だ。やめておこう。


むーん、何にせよ、自身に変化を加えるには人間関係が一番手っ取り早いのではなかろうか。新た交友関係を求めて積極的にアクティブに。しかし、クラスの誰かと親密な中になろうにも、秘密を打ち明けるわけにはいかんだろう。それは果たして真に親密と、言えるのであろうか。


大なり小なり抱えるものはあったとしても、判明して壊れるなんてことはないのが普通だ。悪影響を与えるもの、例えば思想信条の不一致とかだろうか、の場合、こじれるとか縁が切れるとか不仲になるとか、そういう形容が正しかろう。


が、私の場合はどうか。物理的に壊れる可能性が無くもない。今いきなり攻撃されて、この天井が崩れ落ちてきてもおかしくはない。そんな目立つ行為には及ばなくとも、人知れず暗殺的な可能性はある。今まで軽く考えすぎていたのだ。


何にせよ、学年が一つ増えた。学習内容は変わるが、行事その他は昨年通り。それは変化と呼べましょうか。時間の作用で勝手に起こっただけなので、不十分と烙印を押すべきでありましょう。なぜならば。授業を受けて、放課後変わらぬ部室にて。それでは本質的な変化とは言えませんですことでありましょう。


どうしたもんかなぁ。


いや、そういえば、一人増えたのであったな。元々の知り合いとはいえこれは大きな変化ではないか?






「でさ、入部希望者が三人、もちろん一年生なんだけど。」

「ほへー、まさかこんな辺鄙なところに目をつけるものがいるとは。」

「んー、なんかまあ、三人一緒に見学に来てさ。んで私の外見に超絶引いててさ。メルっちのこととかあるしそういう流れに持ってこうかと思ったんだけど、活動方針とか部室の設備とか後、、、最初椿っちには好意的で。対戦とか一年四人で一緒にやってるみたいなんだわ。」


後、の途中で一拍置かれた。話している場所は、部室ではなく先輩の新教室。昼休みに、放課後ここへ集合との彼女からの連絡が端末へと入った。集まったのは古巣のメンバー。椿はいなかった。


ちなみにここでいう活動方針というのは、対人ゲーム大会で好成績を、である。現状特にめぼしい成果は残していない。設備の方はどこからともなくメルクスが取り出して来たものが置きっぱなしなだけ。茶道具、コンロ、小型ジェネレータなどなど。誰が要求したのか知らんが電子機器類も結構品数豊富に取り揃えられてしまっている。不味いものはないはず、である。


残念ながらビームサーベルとかそういう系はまだ無い。


「気に食わないですね。人を見た目で判断するなど。」

「いや、玲央よ、冷静に考えれば真っ金金の頭髪の先輩がいたらそりゃー驚くっしょ。中学ではまずあり得ん存在、予想外のカルチャーショックものよ。おまけにオタク系の部活で、よ。想定の遥か彼方よ。」

「まあねぇ。否定はしないわねぇ。」


本人、そのことについてはさほど気にしていない模様。そこも含めて変わったやつ、というレッテルは生徒側からはもちろん先生側からも強固に糊付けされた校内での常識だということは結城ちゃんから聞いた。一目置かれているともいえる。


「で、何か問題が?メルクスの事なら別に、お茶を自前で淹れる必要がある程度でしょうが。」


それはそうだ。龍の意見に同意する。にぎやかになるのは良いことだ。変化の兆しだ。そして変化とは、成長のきっかけだ。


「そこじゃなくてね、ちょっと、何つーか、いじめ臭い雰囲気がね。」

「たった数日でですか?」

「うん。昨日とか、ちょっと先輩としてはいたたまれなくてね。」

「それはちょっと問題ですね。」

「気の弱い男子でも三人の中にいるんです?」


まだ少し怒気を交えて玲央が相槌を返したのに引き続いて、私は先輩に質問をした。


「いや、対象は、、、椿っちなんだよねぇ。」


はあ?顔が凍る。それは、やばい。


「やばいっすね。」

「でしょ?がーみー並みに変なとこで繊細そうだし、もしかしたら不登校とか、そういうことになるんじゃないかって。」

「いえ、いえいえ、逆です。」


中学の時、正座に土下座で師匠に対峙していた椿を一度目撃したことがある。うん、私と同じく竹刀でやらかしたのです。不真面目な部活の先輩に真正面からぶちかましたらしく。穏やかそうな言動と挙動、外見に似合わず、実は相当に激烈なのである。


「なんだ?逆って、意味がさっぱり分からんぞ。」

「止めるべきは椿の方です。原因は何であれ、まずいっすよ。竹刀が、竹刀がぁ!」


相手はたぶん素人だ。父さん絡みの話になっては不味い。焦って私は駆けだした。


「?どゆこと?」


涼子先輩のクエスチョンには背中で返事をして、部室へと向かうため教室の扉をバーンと勢いよく開いて一気に廊下をひた走った。






ふう、ふう、部室扉前。中の様子を見て、いたら手招き、よし、そっからね、とこの先の手順を固めた後扉を開けると、確かに三人知らぬ顔が混じっていた。もう一人、我が長年の後輩の顔もあった。


「椿ちゃーん、ちょっと、おいで。」


手招きする。


「はい。」


椅子に座っていた彼女はすぐに応じて、私の元へと向かってきた。扉をくぐり、他の新入生がトイレやらで廊下に出ても出くわすことが無い場所まで廊下を歩いてから振り向いて声をかけた。


おおう、表情、不満たらたらですやん。先が扁平な棒でつつかないと、すぐにも破裂しそうだ。


「んで、涼子先輩から聞いたけど、イライラ、、、の原因は何よ?」


恐る恐る、声をかけた。針では、ないはず。


「入部希望者の三人グループのことですか?」


そうですよ、っとゆっくりコクっと頷いた。


「今仮入部中です。やはり追い出した方が良いですよね?」

「いや、いかん、いかんよ。とにかく、事情を詳しく。」


やってやるぜの顔でU-ターンしようとした椿の肩をガシッとつかんでこっちにもう一度振り向かせてから、宥めた。


「、、、やって来たその日、同じ一年ということで対戦に誘われました。何戦か行ったその日の終わり際、私のスキルセットは向いてないから変えた方が良いとアドバイスを受けました。」

「なるほど。」


何の問題もない親睦の深め方である。アドバイスの方ももっともな意見だ。流れでヒーラースキルを取っていくことになったカメリア。本人は意外と気に入ったようで、最近はソロでも人助けの旅をしているらしい。対戦でも同構成で挑んだのだろう。しかし、悠長に回復などするくらいならラインを押せる方がずっと有用だ。対戦においては、少なくとも現状のメタではヒーラーは息などできぬ。


「涼子先輩の悪口もありました。」

「おおう、それはいかんのう、しかし人となりを知ればそれは尊敬の念に変わるというものよ。猫神様は偉大なお方よ。」

「えっと、はい。そうですね。」


よし、少し表情が緩んだ。


「担当役職は?何を任されたの?」

「ディフェンダーを。」


なるほど。真剣に勝ちを求めるならディフェンダー役は防御系統を優先すべきで回復をいれる枠の余裕はない。正論だ。この子が沸騰するような要因にはさすがにならん。


「次の日もまた誘われたので応じました。私のスキルセットが変わってないのを見て、どうして変えないのかと聞かれたので、先輩の世界にお邪魔するときには現状これが一番有用だと答えました。特に対戦には興味ないですし。」

「まあ、強制したわけじゃないけど、勧めたのは私だからね。昨日もありがたかったわ。けど言われた通り対戦時専用のセットを取っておくのも悪くないと思うわよ。遊びの幅を自分から狭めちゃだめよ。」


自分が楽しむことよりも私の役に立つ方の優先度が高いのは素直にうれしいが、融通というものを、ですね。意固地に変えない私が言うのもなんだが。


「はい。」


こくりと、嬉しそうにうなずいた。納得してくれたか。


「ですが、やはり対戦はあまり。勝負なら剣道で十分ですし。一人で遊ぶ時も今の構成で楽しいですし。」

「競技によって楽しさは違うからさ。もしかしたらプロレベルになれるぐらい向いてるものもあるかもしれないじゃん?」

「プロ、ですか?」

「まあ、物の喩えよ。」

「はい。ですが、腹に据えかねたのは、その日の最後です。」


ふむ、しきい値を超える何かが起こったんか。それを胸に秘めつつ、昨日は何も言わず働いてくれたのか。


「負け越しで終わった後、先輩の悪口を。」


(・・・)


しばらく待つも、それで終わりのようだった。


「えっと、で?」

「ですから、先輩の悪口を。」

「あー、そう。また涼子さんが貶されたの?まあそれならシメないといかんかもだが、さっきも言った通りすぐに理解すると思うわよ。偉大さを。去年の文化祭MVPだし。」


それに度が過ぎるようだと牙で喉笛、噛みちぎられっぞ。こえーんだぞ。


「いえ、その、鏡先輩に向けて。今のスキル構成になった理由を細かく伝えていたもので、原因となった先輩のことを悪し様に。」


思い出したのかまたまた表情が険しいものに変わった。


「あー、、、そう。」


正直どーでもいいわい。こいつ、本当に忠犬すぎんだろ。高々剣道場でずっと一緒なだけなのに。そんなに高校受験を後押ししたのがうれしかったかよ。いや、まあうれしいかもしれんが、そういう恩と日々の遊びは別だろうに。


初日に言われたこと、試してみるぐらいはしてもいいんじゃないか?うん、だろう。


「変えなさいよ。私でも文句言うわよ。あんたが頑固だから、私に矛先が向いただけよ。仲良くしなさいな。」

「いえ、駄目です。」

「何でよ。」


それで文句も無くなるだろう。私並みかそれ以上にこっちで戦えるのだ。向こうでも間違いなくこの子は戦力になるはず。そんで勝ちを積んで解決じゃんか。負け越したってことは全敗じゃあないんだろうし、動きそのものに文句が出ないってことは役立ってるってこったろ。スキルセットを対戦時は切り替えて貢献すれば済む話だ。防御系統一つでも持ってりゃ集団戦でタンクできるだろ。そうして一年生同士、親密になれるというに。変化の兆しというのに。


「言うとおりにするのが癪な程度には、相手の性質を初日で見切りました。」

「あ、そう。」


んー、、、やな奴ってことか?


「んじゃあ、そうね、あたしらの一員だったとしたらどうする?変えないまま?そういう指示は龍がするんだけど。」

「変え、、、ますね。」

「なんでよ。」


龍のことはメルクスと同様あまり気に入っていないはずだが。


「糞構成だから変えて、なんて一方的に言ったりせずにちゃんとしっかり説明してもらえる気がします。」

「まあ、本当にあいつがそうして欲しいなら、通じそうな相手にはそうだわね。」


結構よく観察しておる。なんだかんだ、龍からの命令は多いがその一つ一つ、メンバー全員の兼ね合いを考慮してあれこれ考えているようで、私も玲央も陸も基本文句なく言われた通りに頑張ってみる。不遜で横柄な言葉を使うが、そういう所はしっかりしているのだ。論理的なのである。


成果は五分五分といったところか。不慣れなことが原因か選択として芳しくなかったかまでコメントしてくれるので、こっちとしては楽である。後者ならすぐ元に戻せと再命令だしな。


「その上で了解しないなら、誘ったうえで嫌味を言いながらプレイしたりしないで、一言出てけと言うのでは?」

「間違いないわね。」


めちゃくちゃ言いそうな一言だ。容易にそのセリフが脳内再生できる。


「先輩も、すぐにわかるかと。三日目からは誘いは断ってます。昨日は部室でわざわざ嫌味を言われました。過激に応酬したせいですごく雰囲気が悪くなって。涼子先輩には申し訳ないです。」


確かに、椿の言い分を全て信じるならばかなーり嫌な奴だが。


「そう、要は壊滅的に相性が悪いのね。わかったけど、竹刀ぶん回したりするんじゃないわよ。」

「一応持ってきてはいます。堪えきれなくなったらわかりません。」


おい、準備万端じゃねーか。こいつはもう。


「まあ、いいわ。戻りましょ。」


頭を抱えようと腕が勝手に動きそうになるのを必死に抑えて、部室へと戻ることにした。振りかぶったら私が反応して止めよう。そう思った。






「んで、何、この空気。」


部室内、新人三人と対峙する古参三名。


「いやね、ソロばっかりでまともに対戦すらしてないらしいじゃないですか。」

「そうね。私は週末ちょろっとやってるぐらいね。でも他の部員はいろんなゲームでちゃんと活動してるわよ。」

「導入されて一年は経ちますよ。上の層が現状確定していないタイトル、力を入れているというから期待したのにそれでは。」


新人のうちリーダー格らしい一人が私に告げた。確かに、部員ほぼ全員で本腰入れているはずのタイトルにおいてはせいぜい週末に数試合程度である。まだガチでやっていくには早いと思う。小規模な大会はちょこちょこ開かれ始めているが、参加の意義は見いだせない。最終目標、見据える先は世界だ。海を、渡るのだ。


「それで、この部室をかけて勝負をしませんかと、提案したんですよ。部の趣旨として対戦活動を行うとありますし、真っ当な活動を頑張って行おうとする側が怠慢な部員を排斥するのは当然じゃないですか。あなた方にここの快適な設備はもったいないです。今年の夏以降、地方大会とか高校生大会なんかが日本で開かれることでしょう。そうなると、大会に興味のない邪魔な人員がいては気が散りますから。」

「もっともな意見ね。」


私と同じく、ふかーくふかーく頷く龍。ああ、こりゃ珍しくほんの少し怒ってるな。温度差が違うと嚙み合わせが悪くなるのは確かだ。ちなみに私たちは、相当に本気である。実現できる域に至れると本気で思い始めている。


「そうですか。納得してくださいますか。さすが、椿が誇らしげに語る先輩ですね。話が早い。」

「いいけどさ、あんたら負けたらどうすんの?土下座して謝ってでもくれるの?」

「まさか。素直にあきらめて抜けますよ。」

「あっそ。」


喧嘩を吹っかけて、一切のリスクなしか。ちょっと前の自分の行動を見るようで気分が悪くなった。


「んで、そっちの四人目は当てがあるのか?椿はさすがに混じりたくなさそうだぞ。」


龍がもう乗る気満々で問い正した。やはり、珍しく平常状態から温度が上がってる。私と椿が現れるまでの間にも何かあったのかもしれない。


「はい、ご心配なく。役立たずのヒーラーはそちらにお譲りしますよ。五人で試行錯誤して選抜をお考えくださって結構ですよ。」

「わかった。いつだ?少なくとも勝負が終わるまではもうここに入ってほしくはないんだが。今日これからなら話が早くて助かるが。」

「ええ。それでお願いします。ちなみにそちらのランクはおいくつで?こちらは、正規の四人目をいれれば1万位を切りますよ?大丈夫ですか?」


ランキング機能、前のアップデートで追加されたものだ。判定基準は不明だが、ある程度の強さの指標として機能しているようである。一万位以内というのは誇れる水準なのだろう。


「やってみなきゃわからんだろ。*BO3でいいか?」

「ええ。構いません。」


(*注:Best of 3の略。全三戦で、二本選手で勝ちの対戦形式のことさ。 涼子談)


にっこりと、勝ちを確信した笑顔を向けた後その一年生リーダーとおそらく取り巻きの二人は部室から立ち去った。


椿が見切ったと宣言した理由がわかった。協調性なし、過信しすぎ、こんな奴では仲良くなれそうもない。


ん?このキーワード二つにバッチリおさまる二年生がおったな。仲良くは、無いな。不思議と長続きしてはいるが。


しかしこいつについては過信ではない。勝率は変わらず九割越えのまま。試行錯誤してそれなら、上出来という言葉は役不足。真に頼れるコマンダーなのであった。






「先輩、すみません。」

「何であんたが謝るのよ。」


帰り道駅までの道のり、騒動の種を招いた自覚があって謝罪をした。


「BO3なら10分かからんな。」

「そうね。」

「でしょう、ね。折角入って来てくれましたが、、、」

「仕方ないんじゃない?合わなかったのよ。少なくともあのリーダー君はね。」

「そうですね。」


私の謝罪などお構いなしに、一方的な相手側の評価の言が続く。


「私は観戦モードだねぇ。椿っちの方が、流れ的にもいいよね。問題ないっしょ?」

「先輩がそれでいいなら、私は出たいです。」


先輩たちと肩を並べるのは気後れするが、責任は取らねばならない。敗戦した時、責任をかぶらねばならない。


「全然かまわんよ。負けると思えないしねぇ。で、今あんたらのランクはいくつ?」

「三桁維持です。それだけ。」

「本腰入れずにそれができてる時点でさ、もう化け物だよ。夏以降がほんと楽しみだねぇ。」


ランク機能というのは、対人戦の相対的な順位を数値化したもの。アジア全体で一から数十万まで。判定の仕様は不明らしいのだけど、ある程度実力を反映したものになっているらしい。私が参加した二日間では、2,3万辺りをうろうろしていた。三桁とは100から999までということで間違いない。維持と言っていたので、大きい方ではあるんだろうけど、すさまじい。*一体いつ対戦なんてしているんだろうか。


(*注: 週末に軽く。真の化け物集団たちからは一、二段落ちるランク帯のせいか、やっぱり基本負けないわね。 鏡談)






「私に向けては、何かある?」

「一応伝えとく。まっすぐ突っ切れ。出会ったら即斬。三人相手なら時間稼ぐか逃げていい。」

「倒し切っても、構わんのだろう?」

「もちろんだ。」


私は左レーン担当だそうだ。指示を反芻している間に鏡先輩と龍さんの軽いやり取りを耳にした。私へ向けた内容はとにかく抜かれないことと、相手が下がろうとしたら引き留めること。後者の状況については確定事項らしく、結構事細かに引き留め方を説明された。できるか?と言われて頷くしかなかった。自信はなかった。


ゲームが開始してレーンの中央へとたどり着いて、相手のディフェンダーとやり合う。


先輩の言うとおり攻撃系統も防御系統も振ってないせいで持ちこたえるので精いっぱい。周りの兵と自分を回復させながら指示通り粘る。そうして我慢強く戦い続ける中、だんだん相手が焦れて下がり始めた。


ここ、言われた通り引き留めないと!説明された通り思い切って突っかかった。偶然の一撃、相手の隙を丁度つく形で入って大ダメージを与えることに成功した。


そのまま逃がさない事だけを意識し続けて絡みまくって、嫌がる相手ディフェンダーになんとか辛勝したところで花火が上がった。


これは、試合終了の合図のはず。どうして?


勝利の余韻に浸る間もなくリザルト画面に移行する。


「んで、二戦目、やりたいか?」

「いえ、、、結構です。」

「じゃあ、もう会うこともないと思うが、元気でな。」






「えーと、、、どうなったのですか?」

「右が押し切りで勝ち。実力差がありすぎるマッチングだと、こういう糞ゲーだ。ま、どんなゲームでもそういう面はあるがな。」

「そうね。」

「一応動画撮っといたよー。ミラっちメインで。見たかったら回すよ。」

「はい、お願いします。」

「おっけー。尊敬する先輩の雄姿さ。楽しみな。」


プッと動画画面が追加され、再生が開始された。サクサクと駆ける先輩の後姿。かなり早い。クイックン状態なんだろう。


そのままレーンの衝突地点、互いに前に出てぶつかり合う、ことなく三合で決着がついた。


「スロー再生、いるでしょ?」


心を読んだかのようなタイミングで涼子先輩からの一言。即座に肯定の返答を返した。


仕掛けは先輩からの振り一つ、回避されるの前提のものだと私の目には映った。相手はかわしてからの攻撃、のはずだったのに、すぐに突きで急所を抜かれた。


「いや、お見事。一撃目はフェイントですね。あの速さで目前まで繰り出されたら反応しますよ。」

「だな。こうしてみるのは初めてだが、中々じゃないか?」

「まあ、この速さと人の反応特有よね。普通よ、普通。真似してるだけ。」

「ふーん。ま、慣れてきたんじゃねーか?」


そのまま兵をなぎ倒して前進していく先輩であった。画面は中央に切り替わって、2v1で優勢。相手のもう一人は後方に戻ったらしい。そのまま再び先輩の姿。こちらは1v2に。カバーのために中の片方がここへ戻ったのか。


「このマギ、ひどすぎたわ。」


そう一言こぼした先輩。その感想通り、本来アンチユニットとして対応すべきはずなのに魔法がまともに当たることが無かった。


「こいつがあの自信満々に言ってたやつだろ?一体何を考えてたんだろうな。」

「さあ。」

「ふーむ、私だったらどうすべきでしょうか。鏡さん、速すぎません?これ平常状態でしょう?」

「基本通りよ。まず弾速遅いのでしっかりと狙い撃つ。その後回避を見て速いのぶつけて来られたら私としては気まずいわ。」

「なるほど。気まずいということはそれでもかわせるのですか?」

「うん、今は速さ全振りだからね。大事なのは初撃、それがどの程度かでこっちの意識ガラッと変わるから。正確に回避先を向こうに指定してこられるのが一番うざい。前はそのまま雷撃食らって足取られてやられるってのが1v1のお決まりパターンだったわ。速さ上げてからはそれだけじゃ死ななくなったけど、それでも相変わらず近づけないから逃げの一手。逆にこいつみたいにそこがぬるかったら、不利とはいえ負ける気がしないわね。今のステ振り、すごく気に入ってるわ。」

「そうか、ならそのまま磨け。んで、まともな相手と仮定したら1v2では負け確か?」

「間違いないわね。」

「そうか。」

「わかりました。基本は大事ということですね。」

「そうね。」

「だな。」


勉強なのだろう。言葉の応酬が先輩達の間で続く。映像は進んで、先輩が1v2を制したところまで進む。


「しかしこんなに急な方向転換をし続けて、よく足を痛めませんね。目も、回ったりしないのですか?相手の位置、常に把握してましたし。」

「あほか。そういう職だから。」

「そうでした。」


先に邪魔な障害である敵アタッカーを魔法回避に専念しつつあしらってから、二人目もやっつけてさらに先へと進んでいった。


「これでカジュアルっていうんだから、まじめにやってるプレイヤーは怒っちゃうよねぇ。」

「プロは大体二桁台ですから。」

「そりゃーそうなんだけどさ、、、」


私が左で必死に戦っていた間、中央も2v1を押し進めて突出した右に並ぼうとラインを上げた。抵抗がないのは先輩の所に三人向かったからだ。ああ、私相手の人、この辺りでそわそわしてたよな。そういうことか。


一切引かずに先ほどと同じ華麗な動きで相手を翻弄して、1v3を制しそのまま二つ目のゲートを突破した。中央も遅れて差し掛かるが、私が相手にとどめを刺したタイミングで、どうやらサレンダーで決着だったようだ。


「がーみーの一人勝ちだったというわけさ。いや、ほんとすごいね。」

「はい。」


圧巻だった。


「ちなみにこういうのもあるわよ。」

「ああ、懐かしいですね。」

「おお、これが例の。」






「これ、何です?」

「トッププロ。」

「ほへー。」


最初のぶつかり合い、先ほどとほぼ同じ形で先輩の方が叩き斬られていた。


「あー、でも明らかに今さっきより鏡の動きはわりーな。今ならあれには引っかからんだろ。」

「そうですね。相手のフェイント、先ほどの鏡さんのよりも精彩を欠いていました。」

「芽はあるんじゃないか?」

「そうね。」


動画は進んで、ここなぁ、、と先輩がため息を吐いた。ほぼ負け確定の中、4v4の集団戦が起こった。


「これ、メルクスさんみたいな人なんじゃないですか?」


ふと気になって聞いてみた。反応スピードが速すぎる。先輩と、もう一人は陸さん、二人の連続攻撃をあしらいながら、少しずつ先輩をメインターゲットにダメージを重ねていっている。


「んー、あの子は入れないのよね。だから無いわよ。反応やばいのはどの競技でもトッププロはそういうもんだから。」

「だな。」

「これに勝てるレベルまで、私は行かなきゃならないの。そうすると、決めたのよ。負けるわけには、いかない。」


固い決心を伴うような先輩の一言が響いた。


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