yarakashita_noha_mochiron
「それで、どういう経緯で街がああなっちゃったのか、説明できる?」
クイックンが切れたタイミングで私は前を進む案内の女性に声をかけた。そのまま真横に着く。私が抜けていた間に皆と知り合って、連絡のために宿の前で待っていたんだろう。変わった格好をしてるから見ればすぐにわかる、とでも誰かに教えられたに違いない。いつからだろうか。
「えーと、アドラです。」
「ああ、はい。ミラージュです。」
挨拶から入るとは。礼儀正しい、のか?
「えっと、遺跡の奥に、で蓋を開けたら、ドーンって。」
(・・・)
ふむ、説明は下手なようだ。走っているせいで思考が回らないのかもしれない。しまったな。急ぎすぎてすっかりロスパーのことが頭から抜けておった。この人と二人乗りで問題なかったじゃんか。
「ちょっと、止まりましょう。」
「え?はい。」
一旦落ち着いて考えるために停止を要求した。
「その遺跡、にみんないるの?」
「はい。戻ってきていないので、まだ戦っているのでしょう。」
「ここからだと、そこまであとどれくらい?」
「一刻ほどだと思います。あ、でもさっきのあれ、速いのだったら、そんなにかかんないかも。」
「そう。わかった。馬を取りに戻るから、ここで待ってて。すぐよ。」
クイックンのクールダウンももうすぐ終わり。私の足で街まで戻って、ロスパーを引っ張ってくるのに数分といったところだろう。
荒めの息をつき始めたアドラをこの場に残し、私は来た道を戻った。
全力で走りながら考える。皆で揃って遺跡にとは珍しい。ウドーやイクスが例の二人の誘いに乗るとは思えない。だから逆、だ。何かそうすべき事柄が発生したせいで、皆で向かう必要があったとみていい。
んー、、、何だろう。
あ、そういえばハルモスに来る途中先輩が、セキさんがどうのとか言ってたな。私がいない間にそれが進んじゃったのか。蓋を開けたらドーンってくらいだから、アンデッドのてんこ盛りでも引いちゃったかな。
おー、よしよし、元気にしておったかね?
宿の馬小屋で大人しくしていたロスパー、私を見てヒヒーンといななく。馬具はつけっぱなしであった。うむ、、、ゲームだしな。虐待ではなかろう。その足にまた頼ろうぞ。
「今日はフルスピードよ!」
手綱を掴み飛び上がって、そのままストリと鞍に着地、声をかけた。伝わったのか、助走も無いのにほとんど最初から最高速で小屋を飛び出した。
「ちょ!人、人倒れてるから!踏んじゃだめよ!」
またまた伝わったのか、ゆっくりと上昇していく。おお、スカイウォーク。そういえば以前この子、習得してたわね。これなら事故りようもない。超便利魔法の一つである。
「よーし、そのままあっち。」
方向を示して進ませて、アドラを拾った。
「本当にすぐ、でしたね。」
「名馬なのよ。」
「空を駆ける馬は、珍しいものではないのですか?」
「ん?私は二頭しか知らないわね。」
「やはり、そうですよね。」
変な質問だな。常識、だと思うが。何だろう。箱入り娘か?森人ってどんな設定なんだっけか。まあ今は置いておこう。
「で、これならしっかり話せるでしょ?もう少し詳しく、そうね、事の起こりから、お願いできる?」
やらかしたのは誰なのか、今一番人気は全員揃って、かしらね。全く、街全体を巻き込む被害なんて、事が事なら大災害だ。見たところ死者はいなくて、そうはなっていないところがここって感じ、するわね。さすが、正規イベント。
「えと、酒場の依頼で、不審なものをイクスが見つけました。私にはわからなかったんですが、結果としてそれはよそ者を罠にかける、卑劣なやつだったということが判明しました。」
「そう。」
知り合った経緯はすっ飛ばすのね。それもまあ、落ち着いてからでよいか。
「そのことにイクスは、依頼の内容を見てすぐ気づいたらしくて、で、セキさんって人を探すーって街を巡って、見つけました。」
「なるほど。」
データから原因をある程度把握、推測できたんだろうな。
「セキさんの話だと強力なアンデッドが街の地下に封印されてて、その封印、槍が抜かれた衝撃で少し緩んだらしいのです。」
「ほー、、、ん。」
「イクスによるとそのせいで魔素が八つほど抜け出てオルゴールに宿って音色を聞いた購入者を洗脳して、生贄がどうだとか。」
「ふー、、、ん。」
おかしいなー。未来予知の能力をクーラさんは持ってないしなー。なんでだろうなー。
「で、地下なら遺跡経由かもしれないとのセリナさんの案が通ってですね。最初の一発目で当たりを偶然引いちゃったのです。」
「です、、、かぁ。」
つまり、だ。一週間前、槍を引き抜いた。それがイベント発生のきっかけ。普通のプレイなら、お祭り騒ぎの街で何か起こるのかとしばらく居座る率は高い。きっちりこなせば、槍入手まで行けるそうだしな。
そうしてしばらく後にセキさんがやってくる。騒ぎの中心地点へ、槍を抜いたプレイヤーへ、まずは向かう。うん、間違いない。セキさんなら、そこは外すはずがない。この時点で初対面ならそのままプレイヤーに協力要請、ってことか。今回は知り合い同士だからスムーズだったに違いない。
つまり、何だ。出走していないはずだった六番が、クイックン状態で大外ぶち抜いたってことか。そのせいでめくれ上がった芝を整えようと五名プラス一、いや、このアドラも合わせて二か、は頑張ってくれたわけか。
我ながら情けない。けどこれで危険は、少なくともうちのメンツに対して過度のものはないだろうと推測できた。多少のいたずら心があったとしても真に危険ならば、それとなく注意喚起してくれるのがクーラさんだ。無かった、な。うん、無かった。
「まあ、私が来たからには、すべてまるっと解決ですよ。ええ。」
「頼もしいです。」
うーむ、まあいっか。
「あら、セキさん、お久しぶりです。」
「あらまあ、ミラージュ様、ご機嫌はいかがですか。」
有閑マダムのようなやり取りで久しぶりの挨拶を交わした。アドラの方向指示でたどり着いた遺跡、間口が広かったのでそのまま奥までロスパーに乗ったまま突っ込んだ。一番最初に目に入ったのはセキさんだった。手綱を引いてストップをかけ、馬上から飛び降り声をかけた。
「んで、このアドラさんから多少のことは伝えられたんですけど、今どんな状況ですか?」
「ええと、、、」
言葉に詰まるセキさんであった。根本原因をイクスから聞いてしまっておるのであろうな。余計なお仕事を増やしてしまってすみませぬ。
「お二人とも、そんな悠長に構えていられる事態では!」
「結構深刻です?」
セキさんの様子からそう焦る必要もないと感じたのだが、一応尋ねてみた。
「いえ、ミラージュ様がいらっしゃったら、問題ないと父さんは言ってました。」
「そう、それは逆に、不安ね。ウドーかイクスは、なんて?」
急にアドラの信憑性が上がってきた。スケの言ほど信用できぬものはない。だから多少信頼のおけるであろうウドーか、100パーセントを振り切るレベルで絶対を冠せるイクスの言を問うてみる。敵データとか、ある程度つかめているはずだ。
「お二人は現在、意識不明でして、、、」
「、、、」
えーと、んーと、なん、、、ですと?
「それ、やばくない?」
「だから言ってるじゃないですか!」
冷汗が頬を伝った気がした。
「こちらです。」
案内された先、冷たくなった、いや、不謹慎だからやめておこう、基本元々そこまで温かくはない二人が目を閉じあおむけの綺麗な姿勢で寝転がっていた。傍にはセバスがついていた。
「んー、、、こりゃ眠っとるだけね。」
傍に近づくと寝息が聞こえた。ほっと一息。命に別状は無いようであった。
「はい。しかし目覚める気配が一向に無く。」
「なるほど。原因は?」
「私が、ここへと訪れた目的なのですが、古代の強力なアンデッドが封印されているのです。それが、その、、、」
「大丈夫。責任は、感じておりますので。」
右手のひらをセキさんの前に向け、それ以上言うでないのポーズ。
「はい、その催眠効果の影響をもろに受けたのです。」
そのタイミングで、コールが来た。カメリアからだ。
「おーす、ちょうどよかった、今すぐ来て欲しいっす。」
「先輩、おかえ、、、はい、わかりました。」
出て即行の私のお願いに、言いかけたお帰りの挨拶よりも返事を優先した彼女。なんとも素晴らしい後輩を持ってしまったものよ。至らぬわが身には、もったいないわ。
「ありがと、ちょっとこの二人の症状、見てもらえる?」
ゲーム内とはいえ、専門外で門外女の私には寝静まる二人を起こす手段がない。すぐにやって来たカメリアに、単刀直入に全任せした。
事態を深刻と見たのか返事なくそのまま診察に入る彼女。やはり、できすぎた後輩である。
「昏睡魔法、でしょうか。これなら私が起こせると思います。」
そう言ってすぐに回復魔法の一つを使った。
んー、と目をこすりながら起き上がったイクス、そして枝先で同じく目と思しき場所をこするウドー。やっぱそこは目なのね。そこで見てるのね。
「おはよう。戻ったわよ。」
「ああ、ミラージュ、おはよう。って、え?だってまだ四日しか、、、」
「イクス、もう寝ちゃってからさらに三日経っちゃったのよ。」
安堵の息を吐きながら、アドラがイクスに声をかけた。
「彼女が宿の前でずっと私を待ってここまで連れて来てくれたのよ。保険を残しておいたのはさすがだけど、軽率だったわね。」
「そう、、、だね。」
しゅんと沈み込んだイクス。ここはひとつ、ぶちかましてやるべきか。
「まあ、親の居ぬ間に恋人を作って連れ込むのは、とても男らしい判断だけれどもね。」
「違います!」
おーう、雰囲気を和らげる冗談だったんだが。
「なんじゃ、そんなに長く寝ておったのか。」
「はい。敵の精神波の影響を受けたようです。」
セバスとアドラは、おそらく安全圏で待機していたんだろう。
「、、、そう、じゃった、な。封印を解いた瞬間、ドーンとこう、来たのう。」
「ちょっとおじいちゃん、ドーンて何よドーンて。」
アドラもそう表現していたが、精神波でドーン、てどんなだ?眠るというより飛び起きそうな擬音だけど。
「えっと、周囲一帯に響く振動が。びっくりして気を失っちゃったの、か。ごめん、ミラージュ。」
「そっか。それで街の人たちもみんな気を失ってたのね。」
「そうですか、街まで。大事になってしまいました。申し訳ありません。」
「いや、小事で収まってると思うわよ。ん、、、?」
おかしい。
「街まで響いたんでしょ?そん時、あんたはどこにいたの?」
「?お嬢様のおそばにいつものように控えておりましたが。」
「何で効いてないのよ。」
「そういえば、、、音楽に造詣が無いから、でしょうか。お嬢様とスケ様はそのまま残って戦っておられます。」
これ以上このまま話を続けても埒が明かんと思って、現場の様子を見に行くことにした。
色々と情報は集まった。結局のところ放置するわけにもいかぬ存在は対峙してみるしかないよな。寝起き、無理やり起こされてご機嫌斜めなだけかもしれんし、そこはまずは対話よな。
「私も。」
声をかけて来たカメリア。
「いや、あんたはまずいかも。耳栓とか持ってないでしょ?」
「ですけど、、、」
「セキさんについて来てもらうわ。寝ちゃったら担いでここまで戻してもらうから。起こす要員がいなくなったら不味いでしょ。」
「はい。」
まず寝ないだろうさ。私も音楽なんてよくわからんし、バスの中睡眠はたっぷりとったからな。
パッチリお目目で案内された場所、扉の前の時点で重低音が断続的に響いているのがわかった。戸を開ける。すごい轟音。腹に来る。が、誘眠効果があるかというと特にない。気にせずそのまま先に進む。到着した目的地、セバスが言った通りセリナとスケさんが戦いを繰り広げていた。
「師匠、タイムアップのようですわ。」
「そうであるか、とどめ、差せなんだな。」
残念そうな口調で声をかけ合った二人。疲労の色は深そうだ。
「よょうぅやゃつっとあぁきぃらめぇたか?」
二人が対峙していた敵は人の姿はしていたものの、二面六臂。ちょっとずれたタイミングで二つの口から言葉が発せられるせいか声にエコーが勝手にかかっている。腕二本一組で楽器を一つずつ抱えていた。どちらもヴァイオリンとかギターとかの弦楽器に近く、その形状はまがまがしく、素材はおそらく動物、悪知恵逞しい猿の骨や皮であることが推測できた。背には太鼓のようなものを背負い、残りの二本腕には叩くためのばち。セルフ小規模オーケストラでもやるんでしょうか。
「むぅ、新たなぁ観客ぅ。」
登場した私を眼にして、すぐにギコギコバリバリドンドンと演奏を始めた。形容し難いノイズが辺りに轟く。これ、は、、、確かにドーン、である。謎、解けましたわ。繊細な感性をお持ちの方なら、耳にすれば気絶してしまいかねない。
スケさんセキさんはそもそも効かない、セリナセバスは豪胆。そういう感じ、アドラもきっと、根っこは確固とした人なんだろう。
「こん、ばん、は!」
不快に口が片側吊り上がってしまうのが抑えきれないまま挨拶をして、持っている楽器の一つをぶち壊そうと駆けだした。これは、野に放ってはいかん輩だ。
「ぬおらぁ。」
ちょ、それ、楽器!向かった私めがけて、フルスイングでヴァイオリンかあるいはギター的なものを上段唐竹割でぶつけようとしてきた。ハードロックだ。サイドステップでかわされたそれがそのまま地面にぶち当たって、先ほど扉の手前で聞いた重低音が響いた。
「わが至高の音を解せず、演奏を妨害するとは。そ奴らもお主も、卑俗極まりなし。」
文句を言われた。あ、音声は通常モードに変換してお送りします。
「騒音被害は厳罰よ。」
一言発してそのままその、、、ギター、でいいか、を斬り飛ばそうと試みた。たぶんヴァイオリンだと、鈍器にはならん。
「ふん!」
もう一方の楽器ではじかれた。手数が多い。厄介だな。いったん後方へ跳躍して距離を取った。そのタイミングでバリバリと雷光が走る。
「ほっ。」
ズドーンと背の太鼓をばちでたたいた一人ロックバンド野郎。バスドラムだ。演奏時よりもさらに強烈、腹に、マジで来る。その衝撃で、セキさんの放ったライトニングが立ち消えた。魔法系統、無効化か。持ちすぎじゃねーか?こいつ。二人が片付けられなかったのもうなずける。
「ミラージュ殿、助太刀感謝する。今の間で一息つけた。」
「スケさん、セリナ、これで腕の本数は六対六よ。同数で負けるなんて、無いわよね。頭も、娘さんがいるわ。」
「もちろんですわ!」
気合を入れなおすセリナの発声。
「ギターが攻撃、ドラムで防御、ベースでサポート、って感じかしらね。」
「あの太鼓の衝撃で、近づけませんの。」
「はい、太鼓さえ封じていただければ、何とかできると思います。」
うん、そうっぽいな。セキさんの魔法、あれが無ければ通るだろう。
「んじゃ、スケさんドラム、引きつけて力勝負。セリナはギターで。大振りだからかわせるわ。私はベース。まずは支えを失わせる。セキさんはとどめの顔面ボーカル。溜めといて。90秒で、決めるわよ!」
赤色光。これもまた、反則級なスキルである。
「おらぁ!」
敵へと向け、全身のばねを生かして最高速の突き一線。まっすぐな一本の槍と化す。
ドドン、再び重低音が響いた。ものすっごい衝撃、さっきの、減衰してたのか。吹っ飛ばされそうだ、が、そんじょそこらの力自慢とは違う。踏み込みで慣性を乗せきった我が勢いを完全に止めるには満足でなかった。多少殺されただけで、ある程度の威力を保った攻撃が届く。見事楽器の一つ、多分ベースをはじくことに成功した。
その後残りの二組が私を歓迎してくれるけれども、その片方はすぐに別所へ。後方からスケさんの大剣が迫ったからだ。
そして既にほぼ頭上にあるギター。かわすか防御。ちらと左右を確認。右にセリナが待機しているのを視界に入れ、選択した。
私めがけて左上方から振られたそれを刀で優しく受け止め、体軸を左へずらしながら右方へ払い、受け流す。
「うわっ。」
すげー力、左へ半身になったせいで踏ん張れず、払った時の反作用でごろんと転がってしまった。途中、反転した視界の中、名剣の一振りがギターネックを強烈に横から叩き斬ったのが見えた。
「ぬぅ、、、」
かったいせいでベースもギターもはじいただけに終わったが、十分だろう。すぐに立ち上がってまだまだ高速のままの挙動でその二つをしっかりと回収し、遠くへ投げ飛ばす。
あと一息だ。
刀の調子を軽く指先で確認してから、再びソリストの元へ。スケさん、押せている。鼓膜さえ破れば勝利だ。力で、押せ!
横やりを入れるタイミングを待った。
腕のみとなった四本でスケに力で押し切ろうと踏ん張る敵、後れを取らぬスケ、5秒ほどの攻防、フォーカスが集中してできた隙間に、私よりも早く反応したセリナが果敢にとびかかった。
発射角5から10度の緩やかな放物軌道を描くセリナ、気づかれ、背にばちが向かう。疲労のせいか速さが足りない気がした。このままでは、すっ飛ばされる。
そう判断して、私は彼女の軌道に重なるように突っ込んだ。うん、押した。よりきつい角度で踏み込んで、途中最速でエンハンス・ストレンクスを。3回ほどかかった。全力で、押した。たぶんセリナ、音速、超えた。
振動は、ばちによってではなくセリナの頭部によって発生した。ソニックブームの後、バリっと膜が突き破られた音が聞こえた。
崩れる態勢。よろけ、真横に背が来たのを逃さないのは師匠の方。大剣がセリナが首を突っ込んだドラムと背の間をスッと通過した。
再びのライトニング。焦がされる顔面。
「おぉ、う、、、」
呻き片膝をついた。
「ミラージュ様!」
太鼓の中からくぐもった声が響いた。良かった。悪乗りしちゃったけど、エンスト強化してたろうし、怪我はないようだ。
「承知!まかせい!」
本領、発揮、実演、演武。飛び込み、タメをしっかりと作って、秘儀・回転切りを放った。目標、敵首筋。
「セントリ、フューガァァァーーール!!」
刀の最先端、一番回転半径の長いその箇所で、遠心力を味方に強固な首を断ち切った。
「で、あなたの経緯はまだ聞いてなかったわね。」
アドラとの出会いについて、平穏を取り戻したハルモスの街へと戻って落ち着いてから、聞くことにした。そうして今、である。口うるさい小姑になりたいとは思わぬが。
「ふーん。樹上で海を。」
想像以上にロマンチックな?初デートであった。
「そ。一回くらいは近くで見ておきたいと思って。ひとまず街まで連れてきてもらったのよ。」
「見たらそれで満足かしら?里に戻るの?」
「どうかな。見ないことには、わからないでしょ。」
「、、、そうね。そんでイクス、樹上からの眺めはどうだった?」
自分で樹上に登ったんだ。ここの樹上は、向こうよりもずっとずっと高い。
「メアでいつも空からの景色は見慣れてるよ。」
少しふてくされながら、そう答えた。
「あっそ。興が無いわね。」
「興って何さ。」
「いい景色だったとか、綺麗とか汚いとか、そういう感想の事よ。」
「私は驚きしかなかったかな。広いんだなって。それだけ。」
素直な感想を述べたアドラ。好感が持てる。純粋だ。
「なるほど、そうだな、、、うーん、、、空は曇り空、灰色一色。聞こえる音は風が揺らす空気の振動。メアのいななき。うん、やっぱり変わらぬいつもの情景だよ。」
変わらない、か。
「変わらないのはね、周りじゃなくて、中身らしいわよ。この数日の間に向こうでそう、教わって来たんだわ。確かに、変えようと思わないなら、寝続けてるのと一緒よね。」
「うーん、なるほど。」
時は勝手に過ぎるけれど、変わるかどうかはそれが及ぼす作用じゃない。完全無欠の時さんだけれど、おせっかいではないのだ。
「そうさな。段々と、わかってきたのではないか?」
おお、時さん、お久しぶりです。相変わらずの横柄な態度、もうちょっと優しくしていただけませんかね?
「心がけ次第よな。」
さいですか。
「んー、変わるって、具体的にどうすればいいのかな?」
「知らん。」
「え?」
「それを見つけようとすること自体が、変わる前兆だとでも、上から物申しておきましょうかね。」
「ええー、、、何の解決にもならない解答でしょ、それ。」
そのタイミングでオルゴールの音が響いた。手持無沙汰のアドラが箱を開けたようだ。
「結構いい音色ね。」
「そうだね。」
「そう、あなたもそう思うの。」
「うん?まあ、そうだね。」
「響かせてるのは、そう思わせるのは、オルゴールかしら、空気の振動かしら、それとも、、、」
イクスに、お師匠様気取りで公案を与えてみた。
「はいはーい、心が響いてるんだと思います、ミラージュさん!」
「うん、私も、そう思う。」
それならわかる、とアドラがテンション高く告げた言葉。私にとってもそれは大正解だった。
ここは、私の世界だ。向こうも、見える範囲は私のものだ。きっと多分、それだけのことなのだ。
向こうではあの子が、守ってくれる。だからここでは、私が全力で守るのだ。
「好きに、思ったことをやりなさいな。私は、多分みんなも、いくらだって付き合うからね。」
やや気後れしながら、はにかみながら、彼に言いたかったことをしっかりと伝えた。
「んー、ありがと。でも、ミラージュは、もうちょっと自重すべきだと僕は思う、よ。なんでもできるからって、何でもするのは違うと思うよ。」
「はい、おっしゃる通りで、ございます。」
完全に今回のあれこれの根本原因を掴んでおられるロード・イクス様から小言をいただいた。平伏して、それに答えた。




