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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
鏡の無い数日
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Day 3

馬車にて街道を目的地まで進む。本日の御者台はアドラとセバス。監視の目がある可能性を考慮して不用意に相手方の警戒度を上げないための人選である。僕はというといつも通りメアに乗っての並走。今日は宙を浮かせず普通の馬のように走らせている。


指定されていた地点は山の中腹。馬車に乗ったままでもたどり着ける場所だったのは幸いで、もう少しという所までたどり着いた。


「二人、あの小山の入口で見てるわね。」

「そう、さすがだね。」

「獣の類とかそういった視線に比べたらずっとわかりやすいわ。きっとその手の訓練を積んでる人たちじゃないんでしょうね。」


視線を感じただけで、人数までわかるのか。目線で示された先を僕も見てみたけれども。


「どういたしますか?その二人を捕えますか?」

「一人になった。」


さらに追加情報。間違いなく獲物の到来を本隊へと連絡しに行った。残った一人はそのまま監視を続けるのだろう。


「アドラ、どう思う?」

「捕まえるなら私でもきっと問題ないわ。山の中の動きに特化してるわけでもなさそうだし。雑に踏みしめてる。ただの街人ね。戦士では、無いわ。」


ぴくぴくと耳を動かしながら所見を語るアドラ。信用に足ると判断した。


「わかった。気づかなかったふりして放置しよう。」


馬車内の鋭利な武器二丁に魔法杖二本。その程度の相手なら百で囲まれても遅れは一切取らないはずだ。そのまま馬車を進めて依頼書に指定された場所まで。


「どうかな?」

「今は見られてないわね。感じられる範囲には私たち以外にはいないわ。馬車の足に追いつけてないんでしょ。どんくさいわね。」


ふんすと鼻息を吐いて、そう感想をこぼした。内容には突っ込まないでおく。


「ありがと。じゃあセバスはセリナと二人で御者台。相手の出方を待ってて。対応は全部セリナの判断任せで。僕とアドラは、、、そうだな、あの辺の木に登って様子を見てるよ。」


10m弱ぐらいの高さの木々を指してそう言った。


「わかりました。」


幌の中のセリナに声をかけてから僕はアドラと一緒に木登りを始めた。


「さすがだね。」

「一応私もあの大樹に何度も挑戦したからね。このぐらいは朝飯前よ。もう食べたけど。」


彼女の手助けを借りて僕もそれなりの高さの枝の上までたどり着いた。こちらからは馬車の様子がよく見える。下からだと、枝葉で見づらいだろう。アドラ並みの知覚能力が無ければ最初から潜んでいることを想定していない限りは気づかれまい。


さて、出てくるとしたら雇われのごろつき連中か、邪教集団の人員か。


しばらく待つと、おそらく後者であろう灰色ローブで統一された集団が現れた。数は8、アドラが述べた通り立ち居振る舞いから凄みは感じられない。独特の空気感のようなものもない。これなら全く問題ない。


「ふむ、最初の贄としては上々だな。」

「そうだな。」

「やはりよそ者のようですな。これでは少し効率が悪いのでは?」


口々にここまで耳を澄まさなくても聞こえるぐらいの声量で幻想の成果に喜び始める面々。


「そうだな。新たに別案を考えたほうが良いかもしれん。」

「街で攫うか?」

「リスクがでかいな。」

「痕跡を残さねば良いのでは?」

「どうやって?」


獲物を前に議論を始めてしまった。その獲物はというと、御者台にて冷静に出方をうかがっていたのだけれど、だんだんと表情がゆがみ始めてきた。


「ご用件をさっさとおっしゃってくださいません?」


相当にイライラした口調でセリナが集団に向けて問いを発した。その後こちらに目線を寄越したので、こくりとうなずいてあげる。そして赤く光って後、それからまあ、五秒ほどで片が付いてしまった。


「降りようか。」

「そうね。」


ウドーに全員を土のロープで縛ってもらい一人ひとり情報を探ることにした。






「いかがでしたか?」

「ハルモス周辺の人たちで間違いないけど、特にこれといった人物はいなかったよ。関係がありそうなのはこれ、かな。」


そう答えてから、信者たちの懐から取り出した小箱の一つをセキさんに手渡した。全員がひとつずつ、計八個のそれら。


「これは、何でしょうか?」

「ミュージックボックスだね。開けると音が出る。たぶん開けない方が、いいと思う。洗脳とかそういう類の魔法がかかってる。」

「そうですか。」


スイッチはわかってみれば大したことではなかった。後から聞いた話だけど、ミラージュが大聖堂に刺されていた槍を引き抜いた。それがそれだ。古代の封印のくさびとして機能していたのが一時的に抜けたがために、残滓が一部、外へと出てしまった。


行動すべて織り込み済みで予測したクーラさんは見事、というべきか。


「確かに、魔術的な効果がかかっていますね。」


手にした小箱に集中して解析を試みたセキさん。外から魔法を込めている。


「あら、意外に脆いですね。崩れてしまいました。」


崩れた、というのは魔法効果の事だろう。箱そのものは壊れてはいない。


「欠片だからだろうね。まだ七つあるよ。色々試してみてくれると嬉しい。申し訳ないことに、原因はミラージュみたい。他にもこれらの小箱と同じく聞かせると洗脳作用が働くものがあると思う。街で回収しないと。」

「この人たちはどうするの?」

「ウドー、捕縛解除。そのまま気絶させておけばいいよ。気が付いたら自分たちで街まで戻るでしょ。洗脳も、セリナの一発で解けたんじゃないかな。」

「わかったのじゃ。」

「その小箱と同様の効果を持つものを集めて、強大な敵を目覚めさせるのだな?今日は忙しくなりそうである。」

「そうですわね。」


うん、違う。でも突っ込まない。


「僕は先に街に戻るよ。皆はゆっくり追いかけてきて。」


そう言ってメアにまたがった。この子の速さなら数十秒で戻れる。


「私も乗せてってよ。探すの手伝うわ。」


アドラからの申し出。今回は拒否した。皆と一緒に馬車で。この世界で二番目に安全な場所のはずだ。


一番目が帰ってくるまでに解決したら、誉めてもらおう。ミラージュが抜いた槍のせいでちょっと問題が起こったけど、大事になる前に気づいて何とかしたよって。悔しがるかもな。そんな風に思いながら、街まで一っ跳びで向かった。






最初に向かったのは聖堂。槍に触れる。そして例のオルゴールを製作している工房。陳列されていた商品を一つ一つ手に取ってチェックしていく。


「開かないと、音は鳴らないわよ?」

「うわっ、、、」


急に真横から飛び出した声に驚いてしまって、その時手に持っていた小箱を手元から滑らせてしまった。


「おっと危ない。一個一個結構丁寧に作ってるんだから、大切に扱ってよね。ほら。」


声をかけてきた店員さんは床に落下する途中でそれを無事つかんで、僕の目の前で箱を開いた。穏やかに鳴り響くメロディー。空気が媒体となって僕へと伝えてくる。何の曲かは知らないけれど、惹かれるものがあった。


「ごめん、ありがとう。」

「いいわよ。落として壊れるほどやわに作ってもいないからね。少なくとも、中身はね。箱の方は結構適当だからわかんないけど。」

「そう。」

「それで?そんなに熱心に一個一個聞きもせずに手に取って、どうしたのさ?」


どうやら端から見たら相当に変な行動だったらしく。見かねて声をかけに来たのだろう。


「聖堂の槍が抜かれた噂、知ってる?」

「ああ、もちろん。神の使いが現れたって今持ちきりだね。」

「その槍、邪悪なアンデッドの封印の楔だったんだ。それが抜けた瞬間に、なんていうんだろう、封印元の魔素、みたいのが抜け出て、その一部がここのオルゴールに宿ったみたいなんだ。」

「ほう、そりゃー、大ごとだね。」


信じているのかいないのか判然としない顔で返事をしてきた店員さん。その彼女の前に、ついさっき回収したものの一つ、セキさんの処置で魔素が壊れて効果の無くなったものを提示した。


「確かに、こりゃうちのだが。意匠からして間違いないね。」

「これは魔素を駆除してあるから、開けても問題ないよ。」


今度は僕が彼女の前で小箱を開いた。先ほどのものに比べると、いびつな雑音交じりの音が響く。それだけ聞いたら不良品と呼ぶべきものだ。


「遠回しのクレームってわけじゃあないみたいね。この意匠をこんな出来損ないにつけたなんてありえない。」


そう言って僕の手の上から小箱をかなり乱暴に奪い取って、外も内もあれこれと入念に調べ始めた。


「魔素を剥がす過程で外部から魔力を込めたから、それで多少歪んだ可能性があるかもだけど、憑いた魔素の影響かなってにらんだんだ。どうかな?」

「間違いないね。意図せずここまで不快な音にできるなら、逆に神業だよ。で、うちが絡んでるんじゃないかって疑ってんのかい?」


少しきつめの視線でそう問い詰めてきた。変な誤解を与えてしまったようだ。


「いや、違うよ。槍を抜いたの、僕の知り合いでさ。問題が生じたことに気づいたから解決しようと思って。オルゴールの音に洗脳された人たちを辿ってここまで来たんだ。」

「へー。そうか。すまないな。けど、どうしてうちの製品なんだ?高名な音楽家の楽器とか、憑くなら他に全然ましな、、、」


ん?知り合い?とセリフの最後、僕が告げた内容に引っかかりを覚えられた。そこを突っ込まれると色々面倒だったのでおっかぶせて答えた。


「これも十分すごい楽器だと思うけど。そうだな、細かい違いを除けば、ユニークじゃないから、かな?」

「唯一品じゃないって意味で?」


少し貶める発言になってしまったんじゃと思ったが、今度は逆に好機嫌で疑問文を返してきた。


「まあ、そうだね。響くものでかつ演奏者の影響下に無い、いつ聞いてもいい音色って点が気に入ったんだと、思うよ。」

「うちのセールスポイントばっかり。そのアンデッドってやつは、見る目があるね。」

「はは、そうだね。」


確かに、言う通りだなと思った。


「それでさっきから魔素を探してひとつずつ調べてたってわけか。納得したわ。」

「うん。」


そうして納得してもらって、安堵した瞬間同時に一気に怖気が走った。そうだ。開けるだけで音が出る。演奏家はいらない。馬車内にはそんなこと気にせず興味に駆られて開けてしまいそうな存在が三人。アドラとウドーとスケさん。


もしかしたら今頃馬車内は大混乱かもしれない。いや、無いか。セキさんがいるしな。


「二日前だっけか?その時陳列してたのは全部その日のお祭り騒ぎの間に売れたよ。そうぱっと捌けることもないから、何事かと思ったもんだけどさ。お祝いごとの特需、ってわけでも無かったのかい?」

「まだわからない。その売れたのって、全部で八個?」

「んー、どうだったかな。そんなもんだったと思うけど。」

「わかった。ありがと。もうちょっと調べてみるよ。」


しばらく後、別れ際に伝えた通り工房まで問題なくやって来たセキさんたち一行。様子を見るに杞憂だったようだ。店員さんに残りのオルゴール七個を鑑定してもらってその日売れた全部で間違いないと情報が出揃って、今後の対応策を協議することになった。品を見れば記憶が鮮明になるのは職人さんらしい面なのかな。






「父さんなら問題ないでしょうが。」

「じゃあ僕とスケさんだね。」


魔素の残った箱を前に、どうするかの議論。開けた瞬間僕が触れれば間違いなく今回の敵の名称が判明する。それさえわかれば対処法その他もろもろすべて解決、落着だ。そういう能力を僕が持っていることは皆の知るところである。


クーラさんの言った通り差異ではない以上現時点でほぼ確定的なデータに行き当たっておかしくないはずだが、敵の居場所までは潜れなかった。最後のひと押し、わかりやすい解答はすぐ目の前に。


「危険では?」

「変な行動を始めたら即気絶させてもらえばいいよ。」

「何からしくないわね。昨日と違って今日は急ぎすぎてる感があるわよ。」


付き合いが短いというのに、中心を見事に射貫いてきたアドラ。そういう鋭さは彼女の語る兄譲りなのかもしれない。


「イクス様の気持ちはわかりますわ。ですが気を戻した後も直らないままでは。」

「そうですね。」

「大丈夫だよ。まず僕には効かない。」


音で思考が左右されるなんて、ファンタジー。ただの振動、物理的な作用はそれだけだ。それが意思決定に影響するなんてことはあり得ない。僕には、スケさんと同じく幻術の類は、物理的影響がない限りは無意味、のはず。


強弁にセキさんの幻術が効かないことを根拠に論を押していく僕。


「まあ、一旦落ち着いたら?」


そう言ってアドラは先ほど購入した正規品のオルゴールの蓋を開いた。鳴り響く硬質な音の連鎖。落ち着くのは確かなのだけれど。この鎮静作用はきっと幻術じゃなく、物理的な作用で僕へと働きかけているだけなのだ。そうでしょ?


「でも、その魔素に直接触れないことには居場所が特定できないわけでして。」

「いや、聖堂の床に突き刺さっておったのじゃから、相手は地下じゃ。上は無かろう。それならばセリナの案が一番安全かつ効率的じゃろ。」

「ですわ。」

「効率ならばそれがしの意見が一番ではないか?」

「床を穿つのは面倒じゃ。それにまた騒ぎになるやもしれぬ。戻ってきたあ奴から早速怒られとうないのじゃ。」


むう、さっさと片付けてしまいたいという僕の考えをわかっているというに、同意はしてくれないらしい。既に僕の意見は没案の流れになってしまっている。


「上の人が自ら危地に飛び込むのは、そうするしかない以外の時はあり得ないわよ。そういうのをわかってないところは見た目相当ね。」

「やはりお主、若いのに中々わかっておるようじゃな。」

「後で小言を言われたくないだけのくせに、、、」

「イクス殿、それがしはそなたの心意気に賛成ですぞ。しかしまあ今回は、無理は召されるな。セキの話によると同格以上は確定であるが故、な。」


明確に闘志を燃やすスケさんの駄目押しで納得することにした。


「父さん、相手は多分マギよ。」

「全て打ち払って見せようぞ。」


結局僕の居場所即特定案ははじかれ、セリナの近場遺跡巡り案が採用されることとなった。


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