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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
鏡の無い数日
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Day 2

宿へと戻ると、セリナと対峙して疲れ切ったアドラの庭にへばっている姿が見えた。


「ああ、イクス、、、やっぱりあなたのお仲間の方々、尋常じゃないわね、、、」


ウドーから粗方事情を聞いたスケさんが早速鍛錬に誘ったので間違いない光景である。セリナで様子見は依然カメリアさんの時にもそうだった。


「イクス殿、話は聞きましたぞ。それがしが問題ない水準まで引き上げて見せようぞ。」

「あー、うん。そうなんだけどさ。」


スケさんが言うところの基準ははるか上空にぶっ飛んでいる気がしてならない。


「スケさん、セリナ。彼女の実力はそれなり、でしょ?」


一応二人の意見を聞いてみる。ひとまずこの近辺で申し分ない実力があればどう転ぼうとそれはそれでよいのだ。


「それなりとは、どれなり、ですの?」


セリナが、欲しかった質問をしてくれた。


「そうだね。少なくともこの辺りのモンスターに後れを取らないこと、かな。」

「まだ地勢の把握は済んでませんの。だから何とも言い難いですわ。遺跡の奥では、戦えないところもあるでしょうもの。」


残念ながら欲しくなかった返答をするまでがワンセットであった。今日彼女は早速遺跡の一つに潜ってきたのだろう。そしてその奥に潜るまで、をこの近辺に含めてしまっているところがセリナらしい。


「今日もどこか見つけたの?」

「ええ。今回は私一人で行ってまいりましたのよ。一番奥にはそれなりの敵がいましたの。」


そう言って庭先に並べて置いてあった戦利品を示すセリナ。持ってこれる容量に限界があるせいか、その全てが刀剣類だった。


「お嬢様、以前も申しましたが、、、」

「ええ、わかってるわ。でも、仕方がないじゃないの。目利きが効くのがこの類だけなのだから。」


このような戦利品を捌く仕事。日々セバスが忙殺される一つ。ハイペースで二人によってひっきりなしに持ち込まれるこれら。一文にもならないものの中に超希少な素材を時折持ち込んで来るスケさんに、武具類ばかり持ち込んでくるセリナ。


こっちの大陸に戻って来て、以前一度味をしめてからというもの各地に点在する遺跡荒らしを金ではなく強敵を求めて始めた彼らのせいで仕事量が尋常じゃなく増えてしまっている。行くのはいいけどお土産は別にいらない、というミラージュの言葉は功を奏していない。何かで役に立つようにとの意志が僕と同じように働いているのかもしれない。


それらの品々の目利きからの捌き。その片方が新たな人手で確保できるなら。ミラージュも喜んで首を縦に振るのではないか。


話がそれた。スケさんに目を向けてもう一つの発言を促す。


「そうであるな。イクス殿がおっしゃられた基準では問題が無いのでは?それがしたちと打ち合うにはまだまだであるが。」


こんな人たちと肩を並べるとか、兄さんでも無理、、、とウドーの簡易の疲労回復魔法を受けながら小声でこぼしたアドラであった。一応のお墨付きはもらった。それが欲しかった言葉だ。


「うん、ありがと。」


そうしてその日の訓練は締めとなり、宿で休息をとることと相成った。






「食べ物も、森とは結構違うのね。」

「そうかもね。材料はともかく、味付けは全然違うだろうね。」

「んー、味が濃いわ。これは慣れそうにないわね。」

「そう。」


里での生活に浸かりきっているために出る感覚なのかな。ほけーっと里の外へと出てからも元気いっぱい、訓練の疲労が回復してからは、のアドラの食事風景を眺めながら、そんなことを思った。


「それで、その噂のミラージュさんは七日後まではいらっしゃらないのね?」


慣れないとは言いつつもしっかりと全てを平らげてから、聞いてきた。


「だね。」

「ふう、、、わかったわ。ご馳走様。」


グラスの水を飲んでから吐息を一つ吐き出して、えらく満足げに言った。


「不味かったんじゃなかったの?」

「そうは言ってないでしょ。味が濃くて慣れないってだけよ。おいしいおいしくないとはまた別の話よ。」

「そうなんだ。」


何だそれ。よくわからなかった。






次の日はアドラを連れて街の散策。宿から始まってお店とか酒場とか、彼女の街での生活に必要な施設をメインに回っていく。


「大体わかったわ。あの草がここだとそんなに貴重な取引材料になるなら、定期的に戻ればここでの宿屋食事の心配なんかはしなくてよさそうね。」

「そうだね。いくつか用途があるみたいだけど基本は楽器の整備に使う素材の一つらしいよ。あそこまで、ここから徒歩だと結構な距離だからね。おまけに森の中奥深く、土地勘でもないと収集は難しいよね。」

「そうなのかもね。」


おそらく説明が一番長引くだろうと最後にまわした酒場の店内。飲み物を注文してそれを片手に依頼の掲示板を眺めつつあーだこーだと情報を伝えていた。


「私の里は僻地ってことでしょ?」

「んー、まあそうなるね。」


この街自体が都会かと問われれば思考が一巡りする程度の場所なのだが、森人の里との単純比較ならば縦方向に首は動く。


「なら今日はこのままこれを受けましょうか。昨日の食事と宿代と合わせて、返さないといけないしね。」

「どれ?」

「これ。」


指さされた依頼書、黒狐の毛皮採取とあった。楽器の装飾などに使うのだろう素材の採取。難しいものではない。いい選択かな、と思い了承の意を示そうとしたところで、彼女が選んだ理由を説明してきた。


「狐程度なら弓で射抜いちゃえばいいし、生息場所も記載されてるし。楽勝でしょ。その割に報酬が高いわ。これぐらいだと、昨日の、、、えっと、、、十日分ぐらい?で、ここはどっちの方向?」


妙な引っ掛かりを覚えて依頼書にしっかりと目を通してみる。確かに記載されていた。詳細な生息場所の指定がある。


「西の山中だね。そう遠くはないけど。」


報酬金額も述べられた通り他のものと比べて目立って高かった。昨日はなかったから今日新たに張り出された依頼で間違いない。これはうさんとかキナとか呼ばれるものの匂いがするタイプな気がする。特殊な事柄の発生のきっかけで間違いない。


アドラの方を見る。ちびちびとのどを潤しながら他の依頼書にも一つ一つ丁寧に目を通している姿が映った。


この世界にはある種のスイッチのようなものが存在する。それを押したことが契機となって事象が進行していく代物。ミラージュがいなくとも、その手の侵攻が進む可能性があることは以前判明した。


この件、無理やり当て推量を行えば、アドラを街へ連れてきたことがきっかけになっての依頼発生と考えられる。そしてこれを押せばまた次へ。極小サイズの進行も含めてしまえば、大抵のものは普段ウドーと一緒にこなしているような、一度押すとそこから一仕事で終わりのもの。


けれど時にそれが二度三度と重なり合っていくものがある。外へと波及して、当事者の数を指数的に増大させていくもの。そういったケースでは、ある時点のスイッチをうっかり押してしまうとその先止めることもできずに勝手に流れていってしまう。水の入ったグラスを倒してしまった時のように。抑え留めることはできない。


何となく、予兆は一切無いが直感的に不味い気配があった。


その手の事象の場合、行きつく先は零れた地面の傾き次第。ミラージュ無しの今では不安しか感じなかった。僕には地形を変える力はない。


けれどまだ、このグラスはテーブルに置かれた状態だ。ここで依頼を受けるかどうかは選択の余地が残っている。当然、今この場で手に持つことはしない。


「今日は街の説明で終わり。夕方みんなと合流した時にこの依頼について相談しよう。僕も行ったことが無いところだし、危険かもしれないからね。」

「そうなの?わかった。案内人さんの言うことには、従いますよぉ、っと。」


空いていた席に二人落ち着いて、飲み物の残りを飲み干すことにした。


黒狐、ハルモスの酒場依頼、アドラ、異例報酬、現状つかんでいる単語で検索をかけた。懸念の通り厄介なタイプ、アドラ自体は関連が無かったのが幸いである。僕らと共にいる以上はこの依頼を単独で受けることも無い。


調べた結果、クーラさんが言っていた方絡みだった。偽装依頼で生贄を。悪趣味だ。やはりこの街の依頼チェックは申請受理も受注受理も甘々なようである。






夕方まで、一つの目的をもって街を二人、ぶらぶらと練り歩いた。


「その探してる人ってのはまた別の知り合いなんでしょ?」


隣を歩くアドラが、少し疲れの感じられるトーンで問いかけてきた。


「うん。スケさんの娘さん。」

「へー。ならすぐのはずだけど、見つからないわね。」

「うん、その人は優秀なマギで、普段は人の姿を取ってるから。」

「なるほど。それは骨が折れそうね。あれ、折っちゃ駄目か。見つけないと。」

「そだね。」


森育ちで敏感な目と鼻、耳でもって探索を続けてもらいながら彼女の足がふらふらと向かった先には、露店があった。香ばしい臭いに引かれてしまっているようで、ふらふらとその屋台の所へと足が勝手に向かっていくようである。


「肉を焼いて売ってるのね。」

「そだね。オジサン、二本頂戴。」


酒場を出てから二時間半ほど。小腹も空いてくる頃、この程度の出費は一切問題にはならないので、注文することにした。僕もちょっと栄養補給だ。おいしそうだし。


「ありがと。」


提示されている金額と交換にすぐに手渡された焼き串の片方をアドラに手渡す。


「にしてももらってばっかね。やっぱりさっきの依頼受けておくべきだったわ。」

「少し調べてみたけど、かなり危険な依頼みたいだから、みんなと一緒にね。」

「へー。そうなんだ。いつの間に調べたの?」

「さっきの間。」

「へー。」


適当に返した返事に胡散臭げな眼を向けながら相槌を打ってきた。椅子に腰かけてる間に調べたなんて言っても、信じてくれるのは付き合いの長いみんなだけだからな。


「それ絡みで今この街にいるらしいセキさんて人を探すことにしたんだよ。前に会ったんだけど、今回の件関連のエキスパートというかなんというか、そういう人だから。」

「そう。じゃあ酒場で座ってる間に調べたんだ。テーブルを立つときにはもう探すよって言ってたもんね。」

「まあ、そうだね。」

「何となくあなたがあの人たちの中で一番立場が上な理由がわかったわ。」


変なことを言った。そう言って持っていた串から一口分、肉をほおばる。上とか下とか、ウドーとミラージュの口の悪さ比べじゃないんだから。スケさんセリナの腕比べでもない。


そんなことをぼんやりと考えている間に口にした肉を喉の奥にのみ込んで、代わりにアドラは次の言葉を喉から出した。


「里でもね、問題が起こるのを早めに気付く人がいたりするの。規模の大きいモンスターの群れの襲来とか、普段の収穫物の減少とか。小さなきっかけを見逃さないっていうのかな?その程度のものらしいんだけどさ、んで、大体長老たちなんだけどね。でも若いうちからそういう力を持ってる子もいて、判明したらすぐに弟子入りするのよ。長老たちの知識をね、詰め込まれるの。で、うちの兄はその一人でね。過去最高の逸材だって言われてたのに、ね。」


そこまで言ってハムリともう一口。


「出てっちゃった?」

「うん、そ。それで里が困るなんて程私たち、きつい生活は送ってないからいいんだけどさ。それでも安定した日々が送れるのが約束されてるのにみすみす捨てて危険飛び交う外へと飛び出したのよ。」


更にもう一口。


「そう。」

「うん、そ。頭がおかしいんだって思ってた。ほら、天才と狂人は紙一重って、言うらしいじゃない?けど、今はどうしてなのかすごくわかるわ。兄さんは普通の人だった。きっとただ、退屈してただけなのよ。そうして退屈しのぎにあの大樹の天辺に挑戦して、初めて登頂した時に、世界の真ん中を見たいと思ったんだわ。」


結論を告げ終わったのか、最後の一口を頬張った。またまた満足げな表情であった。僕の串の方はまだ、一口分も減っていないというのに。


「ふう、ごちそうさまっと。ああいうお店って、いつでもやってるの?」

「うん、昼間なら。」

「そう、それだけ聞けただけでも里よりずっと便利ね。食事係に必需品調達係にその他いろいろ、やってることはそれほど里と変わらない気がするけど、便利度は段違い。お金があるから、かしら?」

「それもあるけど、規模が大きいから、が一番かな。一人一人が専門にする分野を狭くできるから効率も上がる。お金はその仲介をするうえで自然に生まれたものらしい、よ。」

「なるほど。あ、あの人に聞いてみましょ。なんかびびっと来たわ。すごい綺麗な人。きっと優しいから相談に乗ってくれるわ。」


そうしてアドラが差した先にいたのは、今現在の中心人物でありました。






宿へと戻り、みんなが戻って来るまで待ってセキさんから改めて事情を聞いた。伝えられた内容の大方は検索した事柄と一致した。まだ進行度が低いせいだろう。


「というわけで、この辺りに過去猛威を振るったアンデッドが封印されているのですが、最近その復活をもくろむ愚かな連中が活発に活動しているようなのです。」

「今日偽装依頼を見つけたよ。高額の報酬で釣ってるみたい。」

「やはりあの黒狐の依頼はそうでしたか。私も流れ者ですのであれには目を引きました。そうしてよそ者を釣って、贄を集めているのでしょう。」

「だろうね。」

「皆さんに会えたのは僥倖です。その封印されているアンデッドは調べたところでは私一人の手には余るほどでしたので。ミラージュ様がいれば、瞬殺でしょう。まあ一応、父さんもいますし。」


セキさんは素直に僕らの加勢を喜んだ。最後の一言と共に、宿の一席にておそらく感覚的には目を閉じ瞑想しているのであろう自分の父親の姿を横目でチラと見ながら。彼に目蓋はないから実際に目を閉じているわけではないのだが。


「いやー、街は危険がいっぱいですなぁ。」


ポリポリと頭を掻きながら、僕が依頼の受理を止めた理由に納得して軽口を叩いたのはアドラである。


「そうじゃぞ。知らぬところではいかなる危険が待っておるやもしれぬでな。」

「そういえば確か依然ミラージュ様も海で敗北を喫したと伺いましたわね。いまだに信じられませんが。」

「そんなこともあったのう。ま、ありゃーしょうがない結果だったがの。年季が、違ったからの。」


ピクリと、その話の内容に反応するスケさん。耳を注意して傾けてみると、行ってみたいが、しかし水底では、、、とひどくいつも通りの彼であった。


「で、そのミラージュさんだけど、確か六日後まではいらっしゃらないのよね?」

「そうなのですか。」

「ええ、その間金銭周りのことは私に、それ以外のことに関してはイクス様に全権を託されております。」


いつも通りにお茶を淹れながら、今度はセバスがこちら側の事情説明。珍しく明確に悪い奴らだから、放置して待ってましたなんて知ったら怒るかも。だからすべき行動は決まっているんだけど、何となく不安が拭えない。


「そう悩むこともないんじゃないですの?封印が解ける前に一先ずその連中は片を付けてしまえばよろしいですもの。本丸は手に負えない可能性があっても、そこは待てばそれでよろしいのでは?」

「そうであるな。」

「わかったよ。じゃあ明日、まずは依頼の場所に行ってみよう。」

「ついでに依頼も受けないの?」

「依頼主がその場におりますでしょうから、そこで徴収すればよろしいかと。」

「なるほど。」


えらくシビアな事実をセバスが告げて、会議はお開きとなった。






「何か問題があるの?」

「無いと思うよ。」


昨日と同じく、宿の食堂に最後まで残ったのは僕とアドラの二人。今日一日、それなりの時間を使って情報を伝えたので僕側から話すことは特に無かった。自然話題は明日の予定のことに。


「それにしては、心配そうな顔してるわよ。」

「先がわからない時ってそんなものでしょ?」

「先がわかる時なんて、普通ないわよ。」


納得しがたい事実であった。


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