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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -春-
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a cat in a discussion

「ねえ、玲央さ、よーわからんのだがね。」

「そうですねぇ。」

「だな。」


部室にて、三人垂れた頭を悩ますものの、明解な回答は得られない。


「なはは、三人揃ってそっちを選ぶって時点でさすがだねぇ。」

「その、そっちとは?」


涼子先輩に椿。一人増えたメンバー。入学式の直後なのだが、すでに合格後にうちらはもちろん親御さん方のお祝いもすんでいたので、本日式次第の終了後から早速こうして部室にていつもの歓談に混じっていた。


「いやさ、うちの学校、二年のこの時期に修学旅行があるんだけどね、その行き先が選択制なのさ。」

「そうなんですか。」


そうなのである。本当に素晴らしい学校に入ったものだ。


「選べる場所はどこがあるんですか?」


当然の問いかけが椿より。


「ハワイ。」

「おお。」


控えめなリアクション。付き合いの長い私ならばこそ、結構驚き喜んでいるのがわかるが、傍目には薄い反応と思われるかも。


「んー、椿っちもこいつら寄りか。もう一個ね、なぜか知らんが禅寺での修行体験が行先にあるのよ。」

「そうなんですか。」


目を大きく広げてのリアクション。こちらは誰が見てもわかる驚き。


「で、こいつら三人、仲良く示し合わせてもいないのに禅寺を選んだらしいのよね。」

「なるほど、それでこれ、ですか。」

「ですなぁ。」


これ、とは。どうせもうすぐ行くんなら多少予習でもしておかない?という私の軽い提案からの、玲央が自身の知識のひけらかしからの、龍からの、んじゃあ公案でも読んで考えてみるか、で締める三段コンボ。


「ちなみにどうしてハワイではなく禅寺を選んだのか、お聞きしても?」

「うん、だって禅寺なんて、将来お金に余裕があって時間があってもまず行こうと思わないだろうし。ただ選ぶだけで行かせてくれるなんて機会そうそうないと思ってね。」

「まあそうだろうけどさぁ。」


涼子先輩。彼女は昨年、ハワイを選んだんだろう。


「毎年必ず10名弱は希望者がいるみたいですからね。」


ん?


「あたしん時は全くいなくて希望者募ってた気がするけど。」

「え、そうなんですか?」


あり得ぬ。ほとんどがこっちを選ぶと思っていたんだが。どう考えても、行先としては優れてるだろ。


「がーみー、その感覚はちょっとずれてると思うよ。山の中、質素な食事、掃除に座禅、そんなことわざわざ好んでやりに行くとか、さ。」

「そうですね。ハワイなら、異なる食事果物、海、ヤシの木。日本ではなかなか見られない世界が待ってますね。」

「お、良かった。椿っちは常識人だね。」


むう、椿よ、それは浅いというものだ。


「椿ちゃんよ。今この目の前に猫がおりまして。」

「は?」

「いるのです。」


ペンを手に取り、ノートに猫を描く。うむ、へたくそやな。


「で、これは私の猫です。」

「はあ。」

「メルクス。」

「いえ、その猫は私のものです。」

「話題はまあ何でもいいですが、このように二人言い争っておりました。そこへ登場してくるのが悟りを開いた和尚さん。ほれ、どっちか、演じなさい。」


龍と玲央に和尚役を振る。


「では私が。」


玲央がノートをつかんで持ち上げて、先ほどから何度も読んで覚えてしまっているであろうセリフを述べる。


「二人とも、今この場で仏の道にかなう言葉を言えば猫は斬りません。そうでなければ、この猫は斬って捨てます。さあ、どうですか?」


うむ、なかなか良い。何も言い返さない私とメルクス。ノートが一ページ、山折りにされた。


「ああ、鏡様の猫が、、、」

「メルクスちょっと、二人で取り合ってたんだから私のじゃないわよ。で、龍、あんたがこの高弟役ね。ちょっと待って、、、ほい。」


ノートを一枚破り取り、そこに靴の絵を描いて渡した。


「龍よ、先ほどこのようなことがありまして。あなたならどう答えますか?」


そう問われて、龍は私の渡した靴を頭にのせてすーっと部室を出ていった。


「ああ、龍があの場にいれば猫を斬らずにすんだのに、、、」


残念がる玲央。そのセリフを開いたままの扉の向こうで聞いて戻ってくる龍。


「どうよ。」


スキットを終えて二人、涼子先輩と椿に問いかける。


「どうって何がさ。猫取り合ってて見苦しかったからお師匠さんにきついお仕置きを受けて、んでできる弟子は頭に靴を乗せて出て行くって解答を示した、でしょ?」

「です。」


まとめなくてもそれだけの事しか書いていないのだからそれで終わりだ。


「どういう意味があるのでしょうか?」

「不明という意味があるわね。」

「ええと、、、」


そう、意味不明である。なぜこの高弟の解答が解答になっているのか。そこはもちろん、あらゆるところにツッコミどころがある。これ以外にもどれもクエスチョンマークしか浮かばぬ公案ばかり。しかし長い間こうして残り続けているということは、きっと奥の深いリドルなのだ。いや、深淵なるこの世の摂理の、一つの表現なのだろう。それを世界と呼ばずして、何が世界か。もちろん私自身も全く分からんが。


「わかった?」


椿に、言いたいことがちゃんと伝わったか確認する。


「ええと?」


どうやら駄目なようである。しかし、言葉で切々と説明するのはいかんらしいのだから難しい。そもそも無理な気がする。さて、どうしたものか。


「んー、何もわからんねぇ。でもちょっと面白いかもねぇ。」






「さて、ここに今、一匹の猫がおります。」

「これはそれがしのものである。」

「わしのじゃ。あとお主はあほじゃ。」

「ウドーよ、お主も時折馬鹿をやらかすであろう。」


少しアドリブの入った二人のセリフ。ここで私が登場する。


「あーこれこれ君たち、いかんよ。猫神様は誰のものでもないよ。言い争いもいかん。だから猫神様は私が取り上げます。夕飯も抜き。許してもらえるような何かを、思いついたら言ってごらんなさいな。」


再びのスキット。なんだかさっき実演してみてわかりかけたようなそこはかとない気配。動いてみてわかることもあるかなと思ったのである。今回は本物の猫も用意してある。斬るわけにはいかんが。


「ふむ、何も返しはないかね。では、お仕置きなのである。」


ポコポコとデコピンを。


「おや、そこゆくイクス坊よ。先ほどスケ坊とウド坊が猫神様を取り合ってたのよ。だからお許しを得られるような返しができたら許してあげるって言ったんだけど、駄目でさ。イクス坊、あんたならどう返す?」


こっからは台本無し。スーパーな無茶ぶりである。


「素直に喧嘩してごめんなさいじゃ駄目なの?」

「あー、うん、そうね。そうだわね。」


この改変バージョンではそうなるな。ド正解だわ。仕方なくオリジナルのお話をそのまま彼に語って聞かせる。いや、小芝居、無駄だったな。


思考するイクス君。突拍子もない事柄を問いかけられ解答を求められたというのに焦りもせず、黙考を始める。さあ飛び出せ、解答。わからない、もありだわ。それならそれで、わかることもあるわ。


「考えないでそうしたの?」

「そうよ。行動で即示すのが在り方、らしいからね。」

「だったらもう駄目だね。僕は、考えちゃったもん。」


なるほど。


「そうね。」


何となくだが謎が解けた。そうか、そういうことだったのか。最後の難関一つ、それはそれを目撃した瞬間、こくりとうなずけなければ終わりなんだな。そして悟っていない私たちがそうできるはずない。


「後付けならさ、いくらでも意味は類推できると思うよ。そうだな、根底がずれてたとか理不尽とかナンセンスとか。靴を頭に乗せるって、そういうことでしょ。」

「んー、わかった。ありがと。」


この言葉で伝えられてわかった気になる、では駄目なのだな。実際に行為として行えるようにならないと。そうするのが当然、というレベルで。仏とはかくも偉大なるかな。ほんとに人類か?と疑いたくなるわね。


どう?と再びカメリアに顔を向ける。


「何となくわかりました。こう、もやもやがまだまだ残りますが。」

「そうね。別世界よね。」

「そうですね。」


うむ、伝わったようだ。


「なるほどなー。だからこっちを選んだのか。」

「です。」

「ま、感想楽しみにしてるさ。」






部室とこちら、二度にわたった小芝居を終え、馬車で次の目的地へ。


春休みは今日で終わり。明日始業式からの休み明け試験。今向かっているのはハルモスという街。主に絵画方面の芸術街であったイセティコと同様そこもまた芸術の街。こちらの方は主に音楽が盛んである。そんないかにもな設定、かなりの高確率であるだろう、と踏んだ私の読みに、クーラさんもカメリアも同意を返してくれた。


「あそこには懐かしい顔があるかもねぇ。」


御者台にはクーラさんとカメリア。私はいつものようにその横をロスパーに騎乗状態で並走。


「懐かしい顔、ですか?」

「うん。音にまつわる魔法的なイベントもいくつかあるからね。まだ、ならきっとさ。」


んー誰だろう、と一瞬思ったけれども通常イベント絡みで出会って一緒について来てない人、あちこち移動してる人、なんて条件に該当するのは一人しかいないわけでして。


「それうざったいやつも出てきます?」

「どうだろうねぇ。」


つい口が滑った、といった顔で両手を揃えてごめんなさいのポーズでウインクしてからそう言った。


「私の知らない方ですよね?」

「んと、どうだっけ。まあでも、スケさんの娘だから。安心していいわよ。」

「え、、、」


明確に嫌そうな顔を浮かべたカメリア。なんかこっちだと逆に結構表情豊かだな。


「なはは。大丈夫、娘の方は常識人だから。」

「そうなんですか。」


先ほどから背景を彩る目的でクーラさんが持ち込んだ音楽を三人で共有してBGMにしながら、街道をのんびりと進んだ。雄大な草原を思わせるクラシックである。






「ここもまた、良い街じゃな。」


目立つ建造物はというと、中央そびえる大聖堂。あれよ、きっとでっかいパイプオルガン的なそういうのが設置されてるのよ。街に入った瞬間、その頂上に設置された大きな鐘が鳴り響いて歓迎してくれた。


「そうね。」


言葉をしゃべれるトレント。耳が無いが聞き取れる。絵画に影響どっぷりだった彼、果たして音楽との親和性や如何に。


いつものように拠点確保してから、新たな街での新たな出会いを求めて散策を始めた。


「スケさん、セキがここにいるかもってさ。クーラさんが言ってた。」

「ほう。そうであるか。」


そのこともあって今回私はスケさんとペア。音楽に造詣が深くない私、解説を求められても困るので、そうなりようのない相手を選んだともいえる。


「であれば、匂いがするやもしれぬな。」

「かもね。」


まずは目立つ建物を、ということで本丸大聖堂へと即行向かった私達。直感的に気の向くままに行動してみるのである。たどり着いて、下から眺める。立派な建物だわ。中への出入りは問題なく自由なようで、大きな金属製の扉は開け放されている。


建物内へと入った。が。


んー、オルガン、無いわね。


期待を裏切られて少しがっくりした私とは逆に、中に祀られていたものを目にして少しテンションをあげたスケさん。


彼の両手でも振るえそうにないサイズの、極太槍が刺さっていた。


「あれを振るえるようなものがここにはおるか。ふむ。」

「どうかしら。違うんじゃないかしらね。聞いてみましょう。」


シスター、でいいのか、中にいた女性に槍の意味を聞いてみる。


「神の音色を響かせる笛です。」

「笛?槍じゃなくて?」

「はい。」


この質問には慣れを通り越して飽きてしまっているのか、ため息交じりにそう答えてきた。しかし当然の疑問は聞いておかねばなるまい。


「誰が演奏できるのよ。」

「神が。」


無理だと思うけどなぁ。近づいて、確かに穴が配列されていることを見て取り、サイズ的に不可能だと断定した。神の一柱に、でかいやつがおるんかね。でも音楽をつかさどるから体格良いのはミスマッチだよなぁなんて思いながら、試しにエンストをかけて引き抜き持ち上げ、それっぽい感じでその槍を振ってみた。おお、そういうことか。


風切り音の代わりに、振るう度ノートがめくられた。


考えなしに取ってしまったこの行動、その後の流れはご想像の通りである。すげぇめんどくさいことになってしまった。やっぱ駄目よね。そういう後って基本痛い目にしかあってない気がするわ。






「なはは。ミラっちなら間違いなくこうなると思ったさ。」


辺りを巡って同じく大聖堂へとやってきたクーラさんたち。衣装やらなんやらもっとふさわしいものを!とあれこれまとわりつかれ押しきせられ神輿に担ぎ上げられて身動き取れない私の様子を、聖堂内に入るなり見てにんまりと笑みを浮かべながら無責任に言い放った。


「これ、七日で戻ります?」

「戻るよ。けど、槍、いらない?」

「いりません!」


多少の怪我をさせても仕方あるまいと周囲の面々を張り倒しながら聖堂を後にした。カメリアも来たしな。


「つーわけで、私は七日ほどお暇しますわ。くれぐれも、勝手な行動は慎ませるようにね。」

「わかった。のんびり待ってるよ。」


修学旅行もあるしそれが数日伸びただけと考えればまあ、ちょうど良かったわね。


「ちょっとでも危険が発生したら、セリナ邸に避難よ。」

「うん。」


よろしい。


「わがまま言うようなら、セリナ邸に置いてきぼりにしていいからね。」

「うん。」


よろしい。


「お金はセバスに管理してもらってるから、必要なら彼に聞くのよ。」

「うん。」


よろしい。


「ミラージュ殿、過保護すぎであろう。」

「そうじゃな。」

「ああ、ごめん。じゃあ、ね。」


ログアウトして、一応明日のための学習を少しすることにした。


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