accident -ito_sita_jiko-
ペットショップにて、巨大な檻に収容されたティラノサウルスと対面した。私を見るなり縮こまったそいつ。何となくそうだとは思っていたけれどもな。最恐竜さんよ、良い子にしておったかね。ニヒルに笑顔を向けて、覚えていてくれたその記憶力を褒め称えようかと近づいた。
仕返しも何も、別にこの子のせいじゃないわよねと思い直し、ただ一仕事頼みますわとだけ告げて鉄格子をぶちぶちと破り、彼か彼女か、判別のつかないティラノが外へ出られるようにして鼻先を優しくなでた。
抵抗なくいい子にして私の命令に従うティラノ。その背に皆を乗せ、先導を開始した。
道々、銃を向けられる。しかし流れ弾を懸念しているのだろう、発砲されることは予想通り無く。真理省の門前まで容易にたどり着いた。虎男はブドウを食むことを大罪と言っていたが、これもまたその一つなのだろう。犯した場合にはどんな罰則が待ってるんだろうな。
ありがと。ここまででお役御免よ。ここで、自由に生きるのよ。あんたなら、傍若無人勝手気ままなタイラント、そうできるわ。そんな意図を込めてもう一度優しく鼻先を撫でていると、カメリアが治癒魔法をかけた。みるみる生え戻る牙。
「ありがと。助かるわ。」
「いえ。」
別れを告げた。背を向けたところで、視界が暗くなることは無かった。
屋内入ってすぐ、どうせ警備の者が整列しているだろうと思っていたが、予想外に男が一人立っているだけだった。腕にネズミを乗せ、その鼻先を人差し指でこすっている。
「あんた、あの時の。」
「これはどうも。ご機嫌麗しく。全く、無能な部下を持つと、大変ですね。」
「何のこと?」
察しはついたが、一応問いただす。
「お気づきでしょうがこのネズミ、あなたにトレントの間引きを命令したものですよ。全くまったく。計画通りに進まないものですね。信頼していた部下の一人だったのですが、ここ一番でポカをやらかすとは。降格命令が下って、今はこの有様です。」
「ま、世の中そういうものよね。その尻拭いをするのができる上司って聞いたことがあるわよ。」
さして思慮せず、浮かんだ言葉をそのまま口に出した。
「そうしたいのはやまやまですが、私に許された権限はそう多くないのでして。命令には、従わねば、ね。下からせっつかれては、そうするしかないのですよ。」
そう言ってそのネズミを床に置き、勢いよく踏みつぶした。
それを見て、肩をすくめる私。カメリアには刺激が強いかもしれない。彼女を見ると、やはりというか明確に怒の感情をまとっていた。
「はいはーい。んじゃあさ、地下まで案内、頼めるかしら?一人でここにいるってことは、向こうから招待してくれる気が多少はあるってことでしょ?」
気を抜かせようと腑抜けたイントネーションで要求を告げた。
「ええ、こちらへ。」
カメリア、線引きしなさい。いちいち怒ってたら身が持たないわよ、と小声で諭して、皆で案内に付き従った。
エレベーターで下る。その先に待つは地中の獄か。
「私が許されているのはここまでです。以降は皆様方のみでお進みください。」
「ありがと。じゃあね。」
フルメンバー、最警戒で進んでいった。
響くは私たちの足音と、ゴウンゴウンと古臭いエンジン音のようなもの、そして襲撃者の唸り声。このエンジン音、不快感が沸き上がる。気持ち悪い。道中一振りの下に斬り伏せられる襲撃者たち。その全ては異質なパッチワークの動物たち。
「これはキメラね。ありがちなモンスターだけど、こんな悪趣味、ちょっと納得しがたいわね。」
先輩が疑問を口にする。私もそう思う。
ここまで至る想定をしていなかったのか、でもそれならそれで無警戒でいいじゃない、と続けざま口にした先輩の言に賛同した。
「そうだね。今までのものとは、温度が違う気がするよ。」
「何か、思い込んじゃって間違った前提をしていたのかも。」
「私にはこれが愛情をもって送られたプレゼントには、とてもではないですが思えません。」
素直に思ったことを述べた。この数日、過去の贈り物履歴を先輩からいろいろ聞いていた。しっかりと考えたのか、茶目っ気を交えたただのジョークなのか判別のつかぬそれら。四つは確定、そのうち強烈な一つはもし私だったら容易に投げ出していたに違いないものだった。意図は明白。きっと大事なこと。
つい前回のそれはどちらとも判明がつかないけれど、イクスさんは語らないけれど、私にとってはとても暖かい贈り物だと感じられた。
ゲーム世界、理想がかなう、この場所で、希望を見せる、綺麗な綺麗な、事の治まり。
そう、そういうもの。バースデーもクリスマスもお正月も関係なく、祝福したくてたまらない、そんなそんな、生を愛する美しさ。光輝くイルミネーション。
それらに比べて、これは素直にいらないと思った。捨てる判断を下すべき世界だと感じた。これは、ここは、煤けてくすんでる。汚い。汚いよ。
「先輩、ここは、汚いです。それが、根拠です。」
「そうね。私もそう、思い始めてもうすぐ終わりそうだわ。」
行き当たった先、いびつな機械が鎮座していた。
「なるほどね。あなたがソレノイドさん?」
ゲームイベントの終わりに訪れるラストダンジョンとしては悪くない構成だった。定番のいかついモンスター群。薄暗く、不安をあおる背景色に背景音。そして奥に待ち構えていたのは機械生命体、でいいのかな。天井から無数のケーブルが伸び、その収束した先、部屋の中央にぐるぐる巻かれた蛇腹の柱型。
「トイカケニヒテイ。コノシンセカイノウンエイヲマカサレシソンザイ、コタイメイ、ソシノイド。」
カタカナー。わかりやすく古臭いスパコンAIの機械的な発音音声、雰囲気を多少出したかったんだろうな。こっからは私ミラージュの同時通訳でお送りいたします。
今までで一番ラスボスっぽい雰囲気を醸し出すそいつ。個体名、ね。コミュニケーションが取れることが判明し、最初のジャブをまず私から打ち込んでみる。
「ソレノイドってコイルから取ったのかしら。」
「検索、、、該当なし、名称決定に関する情報無し。」
気にせず名称の勘違いで押し通してみた。つれない返事、けれどお話にはきっちり付き合ってくれる模様。こういうラスボス臭漂うラスボスって、初めてね。
「ミラージュ、触っても大丈夫かな?」
「どうかしらね。ひとまず問答が先じゃない?付き合ってくれるみたいだし。みんな、聞きたいことあったら何でも聞いてみ?」
私の提案に真っ先に声をあげたのはスケさんだった。
「ここには向こう以上の強者はおるのか?あのティラノは氷竜と比べてどの程度の力量か?それ以上のものはおるか?おるとしたらいずこに?」
矢継ぎ早な連続質問。口を開き何かを言い出しかけていたセリナもそれで満足したのか口を閉じていた。
「解析、開始、、、該当情報、参照、、、該当種、真世界の頂点。上位種、同位個体、いずれも存在せず。氷竜に関するデータ、検索、、、参照、、、固体比較、氷竜が優勢種。」
こちらへ顔を向けるスケさんセリナ。
「ティラノは魔法的な素養はないから氷竜ほどじゃないってさ。で、ここにはティラノより上はいないってさ。」
その私の解説でがっくり肩を落とす二人。その背の上に乗っかってここまで来た私たちは。
「んじゃ、他。」
「あの男の人への命令を下したのはあなたですか?」
「情報不足、識別根拠なし。」
「ついさっき、ネズミを一匹駆除する命令受けた、幸福推進局の上の方の人。」
「是。」
足りたようだ。
「どうしてあの行為は肯定するのですか?元は、人なのでしょう?それに外出しただけで射殺なんて、、、守ったり殺したり、ちぐはぐです。」
私も気になっていたそれ。カメリアが代弁してくれた。私がネズミを殺した時も、何もなかった。ネズミと人は、どうつながるのかね。
「階層区分基準、個体数。少ないものほどより上位、多いものほどより下位。」
「つまり、数の多い種はいくらプチプチつぶしたところで問題ないってことね。」
「是。」
わからんでもないがな。しかしやはり、ディストピアよな。ネズミが最下位、その次に人か。
「動物に変化する人たちがいたけど、あれはどうして?」
続きましてはイクス君のチャレンジ。
「特殊な役目を背負う人種には階級の上昇を定む。」
それは結局、人の優位性を認めちゃってるってことだわね。本当に、理想の未来を創るも創らないも、その枝分かれした道のどれかを選ぶ能力を所有してるかどうかが最低条件よね。
押しつけでも何でも、理解できないものにどう?と問いかけたところで。わかろうとする気がただ相手に無いだけならその行いに価値はあるかもだが、そもそも理解されないならば。
不本意だけれど、考えさせられることは今回が一番多いのかもしれない。
「んじゃー他、何かある?」
「私とお嬢様が、変化を受けた理由を。」
「初期転移地点の誤差を確認、それゆえ考えうる最善の措置を行使。敵対の意志、無し。」
「先輩。私はこれに真実を見出しません。嘘、です。」
「どうかしらね。」
私はルールを破って大量の銃弾をぶち込まれた。ここの人たちにとってそれは厳格で深刻なものなのだ。絶滅種への変化は間違いなく安全対策、ここでは最も安全な立ち位置だ。
「このリスどもは、ここから外へ連れて行けるのかの?」
ウドーのチャレンジ。
「否。」
解説するまでもなくがっくりと無い肩を落としたウドー。なんかいろいろ真面目なことを考えてた気がするけども、それは大事だよなぁとつられて思考が一気に引っ張られた。
「イクス君や。最大警戒で見守っちゃるから、触れなさい。」
話のテーマの振幅がガックンガックン上下したせいでどうする判断もつけられず、それが一番手っ取り早いかとこの世界最強の切り札を提案した。敵対しないで済むならば、それでいいさ。
臆することなく触れる彼。
「どうだった?」
「君を待っている、だって。」
ずいぶんと直球だな。確かに毛色が違う。温度が冷たい。春休み前、上ちゃんに言われたことが思い出される。
「侵入行為を確認。迎撃に移行。防衛種呼び出し、、、」
おっとっと、安易に選んだその一手、完全な悪手だったようだ。運がないのは私かこいつか。急激にテンションを変え、警戒色を放ち始めたソシノイド。
「ミラージュ、ごめん。」
「反応なし、、、対抗手段、検索、、、」
もう話は通じないかもしれないけれど、警戒態勢を取った面々の代わりに私が質問の続きを引き継ぐことにした。
「構わないわ。ソシノイドさん、ここは理想郷?」
「、、、是。」
「あなたがしっかり面倒見てあげるから?」
「、、、是。」
「ブドウをリスと食べたのよ。重罪?」
「是。」
「どうして?」
「規則に抵触。」
遊びが無いのね。そんな非寛容じゃあきっと息苦しいわ。だから息継ぎしようとするものが現れる。
「ここはゲームの中よ。遊びの中。本気になるのはいいことだけれど、がちがちな自分ルールで他者を強制で縛るのは違うんじゃない?」
過去の自分に対する批判でもある。どんな返しが来るのか、気にはなった。
「、、、完了。」
どうやら何らかの対抗策に至ったようだ。その見つけた対抗策を実行しているのだろう、動きが現れる。ゆったりと回転を始めた。少し待っても問いかけに対する答えが無かったので、最後に一言、この遊びがない目の前の論理回路に向けて、この無意味な問答の中で一番気になったことを問いかけることにした。
「ソレノイドさん、矛盾はお好き?」
「、、、否、許されず。」
ぼこぼこと周囲のケーブルやらなんやらを引き寄せ変形を進めていく目の前の存在。呼称の間違いにも突っ込まれず。余裕もないのだろう。
「でしょうね。でさ、数が多い順に下から支えるのよね?犠牲になるのよね?」
「是。」
「あなた、地下にいるのは一番下で支えるためでしょ?」
「是。」
「たった一人で、偉いわね。」
「是。」
ふむ、こうまで簡単だとな。ぽんぽんと思いついたことを、流れに沿って問いかけた私。これが嘘で、似たような機械生命体がこの地下に数億とかいった規模で存在しているのかもしれないな。まあ、なるようになれ、か。
「そう、、、そんな一番下のあんたは、頂点のティラノと同じで一体だけなのね。かわいそうに。必死に重心を支えてたんでしょうけれど、私たちがその上に乗っちゃったせいで、きっと今頃その均衡、見事に崩れて乗ってるもの全部ぶちまけちゃったわよ。」
「、、、否。」
これにて同時通訳終わり。不思議と最悪の形で噛み合ってしまった。お互いに、この出会いはきっと不運な交通事故。最初は向こうからぶつかりにきた。ステアリングを1mmも動かさずそのままに、避けなかったのは私のせい。遊びが無いのだから。変に回してスピンして、より大事故は嫌だもの。
「ディナイアル、ディナイアル、ディナイアル、ディナイアル、アァァ、、、ディナイアァァァァル、、、」
最後、涼子先輩に以前聞かされた曲の締めと似たような感じのセリフからのきらめく閃光を放ってから、その身を機械仕掛けの化け物蛇へと変えたソシノイドは、地上へと向かい天井を堀り進んでいった。
頂上に、向かったのか。
「んー、用も済んだし帰りましょうか。転移ポイント設置でイセティコに出れば終わりよね。」
ひき逃げしてもいかしら、と提案する。
「そだね。」
「それがしはあれと戦ってみたいのであるが。」
「ですわね。」
「リス、、、」
「ウドーさん、気を確かに、、、」
「長話でお疲れでしょう。お茶を淹れましょう。」
そうね、まずはそこから、かしらね。




