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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -春-
72/100

vegetarians' statement -ronriteki_na_kanjyou-

「ごめん、母さん。」

「いいわよ、別に。ただ夕飯はしっかり時間通りに、ね。」

「うん。」


時刻は15時前。用意してくれていた昼食をのんびりといただきまする。冷めてもおいしいが、急ぐよりも考えを少し整理しようと温め直してもらうことにした。


人が動物に姿を変える。役人、という表現が適切かはわからないが、おそらく真理省の者は全員そういう風にできていて、彼らお偉い方々にとって人と動物の境界が曖昧。そこにはっきりとしたラインが一本入ってないことが悪い方向に働いて、エサになるのも自然の摂理にただ従っただけと思考してしまうのだろう。だから捕食対象になっても、それはただ不運なことだと片付けてしまえる。


積極保護対象種やら放置種やら、動物種ごとにある種の階級のようなもの、そういう規定があるのだろう。ティラノは相当な上位、もしかしたら最上位のユニーク個体の可能性もあるな。


保護するにしたって放し飼いは、どう考えてもまともじゃねえ。相変わらず、親側の意図が見えてこない。情報が集まるたびにますますわからなくなる。


「難しい顔して、何かあったの?」

「ああ、うん。あのさ、人と動物の違いって何なのかなって思って。」


焼きそばをすすりながら、母さんに聞いてみた。そこの境界を曖昧に思ってくれた方がうれしいような、そんな保護団体に所属しているのかもしれないが、作りがなぁ。今までのはどれももっとわかりやすい感じだったよなぁ。


「姿とかそういうのじゃ、駄目なのかしら?また難しい話?」


全く難しい話ではないのだけれど、考えてみれば浅く掘っても意味が無いことなのかもしれない。


「ベジタリアンはどうしてベジタリアンなのかな、と思ってさ。」


そう言ってから、具の豚肉を大量の麺と一緒に箸でつまみ口に含んで頬張った。


「あらら、そんなに一度に口に入れなくても。そうね、体質的に脂が合わない人がほとんど、なんじゃないかしら?」


そうかもね、と返事をして、禅僧なら何て答えるんだろうなと想像しながら昼食を終えてもう一度ゲーム世界へと向かった。






「先輩、入荷はまだみたいです。」

「そ、ありがと。」


ギリギリの時間にログインして、未達成を確認してから家を出て道場にて。


顔を合わせた先輩に報告した。この数日、進行はなくて森で皆とあれこれお話したり転移でお金稼ぎをしたりしながらのんびり過ごしていた。


更衣室、中にいるのは私と先輩、そしてメルクスさん。春の陽気。


「椿少女、向こうのことに熱心なのも良いですが、私の献策もお忘れなく。」

「あ、そうだった。ごめん、すっかりすっぽ抜けてた。」


四月以降、協力体勢で敵を追い落とす作戦、最近夜はギアを外しては即寝の日々を送っていたため、彼女との話し合いが進んでいない。もっとも私とメルクスさんだけではよいアイディアは浮かばない気がするのだが。外見は瓜二つだけれど、中身は全然別人なのである。


「何?あんたら、二人して悪いことでも考えてんの?」

「いえ、鏡様の、鏡様のための措置です。にっくきワイズドラゴンを地の下に這いつくばらせる案を進行中です。」


ありゃりゃ。気軽にばらしちゃうんだ。やっぱり先輩とは違う、なぁ。


「ふむ、よかろう。全力を尽くすことを奨励しましょう。」


ははー、と二人、先輩を仰ぐ。ま、成功する気はしないけどね、と小声でつぶやかれたそれ、私はもちろん、メルクスさんも聞き取ったようだ。


いつもの厳しい鍛錬の後、へとへとからの立ち合い。相変わらず、負けが込む。受験を終えて精神的に余裕ができても、先輩が急激に立ち直った理由を知ってなおさら敵わないと思った。結局私が強くなったんじゃなくて、先輩が一時的に弱体化していただけなのだ。


ベラスさんの件だって、私ひとりじゃ何も解決しなかった。とぼとぼと、悲鳴を上げる足を必死に動かして家路をたどる。


「椿少女、落ち込んでおられるのですか?」


不可視化したまま、メルクスさんが声をかけてきた。


「うん、やっぱり敵わないなぁって。」


姿形は先輩のそれだけれど、敬語はいつの間にか無くなって。


「、、、そうですね。彼にとってもまた、鏡様は特別な存在。あなたも、そうなのでしょう?私も、です。」


こくり、頷く。先ほどの事はもちろん、それ意外の点でもということは、あえて言わなくてもわかってくれた。


彼とは、未来にたどり着いたイクスさんの事。こちらに無事に抜け出して幸せな日々を送ったのかはわからないけれど、私のことも覚えてくれているようだ。


「最初は私の原型が鏡様だったという事実を知って差異が芽生えました。しかしそれ以降も、次々と差異が芽生え続けるのです。私の短絡で迷惑をかけたこともあります。それでも、余計なお世話を買って出たくなってしまうのです。」


メルクスさんもまた、先輩に何らかの形で救済されたのだろう。


意図してなかったとしても、適当な短絡での行動だって、心を動かすことはあるんだ。世界が広げられるのは、いつだって他人の干渉から。彼女の言う、生まれてくる差異は、つまりそういうことなんだ。


良いものも悪いものも、すべてを全て、一つ一つ、自分勝手に取ったり捨てたり。そうしていいと、教わった。いらないものは、さっさと捨てる。だからもう、弱気は見せない。三度目は、許さない。次はしっかり、最善を。


(吐くものもなくなって、次は内臓でも出るのかね。ま、いらないものは全部出したら、そのうち尽きるわよ。内臓は、必要よね。だから吐いたりすんじゃないわよ。)


辛辣な先輩の言葉が脳裏に広がった。訓練の後、疲れているだろうに必ず家までついて来てくれた、二人並んで歩いた情景写真。


「奥底に埋もれていたフォルダが、開きました。」


メルクスさんの言葉に合わせて、そう告げた。






「師範は、ベジタリアンです?」


本日の稽古が終わり閑散とした道場内。私は少し居残って、師範にもいろいろと聞いてみることにした。


「何を藪から棒に。私は、、、そうだな。あまり動物の肉は食わないな。大豆最強、だろ?」

「そうですかー。脂が苦手とか?」

「いや、年だし胃もたれするし、って、言わせるでないわ!」


空いていた左手で軽く小突かれた。


「人それぞれってことですかね?」

「だな。別に何食ったって、健康が維持できりゃそれでよかろうよ。あるいは健康を損なうことより美食が優先なら、それもまたよかろうよ。そういうもんだろ。」

「そうですね。」

「もっとも、お前みたいな若輩者はたんぱくをしっかり取って筋力つけるべきだな。そうして目指すは最強の称号。どうよ、お前なら心惹かれる、だろ?」

「もうそんな年じゃありません。世界の広さは、ある程度理解できてます。」


そう、歯が立たない相手ってのはいるもんだ。


「そうか。そうして折り合いをつけるのも大事なことだがな。お前には、まだまだ早いと思うぞ。ま、誰にボコられたのかは聞かんがな。どうせゲームか勉強か、そういう対戦で負けたんだろ?なんていったか、あの聡い子。」


う、両方半分図星。


「龍はまあ、別にいいんですけど。ある意味五分ですし。でも、、、」

「ああ、そうだったな。そうか。夏に二人で見せてくれた、あいつか。仮想世界とはいえ、目が良すぎたな。ありゃー逸材だったわな。」


トラウマ、というほどではないが、借りを返せる気がしないのは納得し始めている。勝てるビジョンが浮かばない。反射神経、その他もろもろ見えてくるのは圧倒的な差。鍛えてみて理解できることもある。コンマ数秒を競うのはあらゆる競技の共通項だが、その瞬き程度のわずかな時間が果てしなく長い。


「その、話は変わりますが、人と動物の区別がつかない世界なら、相争う弱肉強食の世界なら、師範はどうしますか?」

「そうさな、、、腕を今以上に必死に磨く、かな。ちゃちな肉食獣には負けない程度には、生き残る術を模索すべきよな。私は弓術もそれなりだから、まあ狩りをしながら数か月は生き残れるんじゃないかな。そうして後進を育成して、だな。最終局面、絶体絶命の時頼りになるのは純粋な戦闘力。知恵や工夫でそういう状況に至らないようにはできるだろうが、不慮の事態ってのはあるもんだしな。」


突拍子もない質問に真面目か適当かどちらかはわからないが返してくださった。


それは運、そして目の前の相手が強いか弱いかもまた、運。結局最強は豪運なんだろうか。


「お前たちはもちろん、老いぼれた私達も、生まれてからずっと安全な檻の中さ。たとえじゃなく交通事故に遭う確率以上の危険はない。自分から踏み込まん限りは、な。その檻を超えるようなところに行きたくでもなったか?強硬派の平和主義にでも目覚めたのか?」

「そうですね、それに近いところに今いるというかなんというか。ところで、おいぼれなんて減らず口は、腰が曲がってからにしてください。まだまだ私なんかよりもずっと強いんですから。」

「ほう、んじゃあ補修と行くかねぇ。」


急ににやけ顔になって、立ち合いにて連続で10本、ぼこぼこに打ちのめされた。なんでこの相手から一本とれたのか、不思議でしょうがないわ。


的確にかわされ防がれ、返される。予測か勘か、身体的には私の方が有利のはず。だからつまり、運なのだ。そしてその最強を引き寄せるのは、紛うことなき積み重ねし経験。それを実力と呼ぶのだろう。






椿が立ち寄って見つけてくれたペットショップの情報はでかかった。私に対する指名手配で外徘徊即射殺令なるものが出てしまって非常に動きづらくなったが、それのおかげで上手く正面突入できそうで何よりである。


きっと今回は、小数弱者を守ることとか、何だってやりすぎは逆効果だってことを伝えるメッセージだろうなと安易に結論付けて、ティラノさんの入荷を待つことにしたのだった。


何にせよ、根源と思しきソシノイドさんに接触しないことには何を思おうが机上の空論空回り。明確な解答は得られない。


既に半分以上過ぎ去った春休みの数日、森の中でイクスに絶滅種の話とかあれやこれやと調べたことを教えたり話し合ったり時折転移で移動してゲーム内の金策をしたりして過ごした。


レンタルとはいえ金は、払うべきよな。


「外来種の侵攻に対抗できなくて滅ぶのは、摂理の一つ?」

「そうね。でもそれを認めちゃうと対抗できない水準の宇宙人がやって来て滅ぼされるのも肯定しないとだからね。ある程度倫理観が形成された今だと、そういう行為は非難の対象。余裕がある証拠でもあるけどね。ま、何とも言い難いわね。」


そうなのである。SFなどではよくある話だ。


新たな地の調査、私たちを食料として活用できてしまったなら、わざわざコストを支払って保存食を持ち込む必要なんてないわけだし現地調達されちゃうよな。何をわめこうと、伝わらなければブヒブヒ鳴く豚さんと同じだもんな。


倫理の発達した私達だって、それらをいまだ同位種とは認めていない?のだから。非倫理的な行いとは私にも言えない。おいしい、ものな。その欲求には抗えぬ。ああ、これもまた、黒さの原因かしら。


ま、ゴキブリを叩き潰すよりは、思い描いて罪悪感に駆られてしまったりはするのだけれど。ゴキちゃん、ネズミや蚊に比べればさしたる害もないはずなのにヘイトの受けっぷりは他の追随を許さない不憫な存在。私たちに嫌われているばっかりに。


そんなことをつらつらと彼に語った。


「言葉が通じたら、話は変わってくる?」

「そうね。そうだったら、きっとそれは姿の違う、人だわね。そうじゃないからこそ、罪悪感なく過ごせてるのだけど。」


本日も喜んでリス達の遊び場を提供しているウドーを眺めて、これはリスと木の間の摂理ね、と思った。


「もちろん、あいつはまた別ね。話の一切通じない、害をなす生物なら、問答無用に駆除すべきだと私は思うのよ。」


もしも人が豚に変化させられて、それを知らずに口にして、後に事実を知らされたら。


なんて質の悪いジョークよ、って、そうおどおどと返すしかないんだ。ベジタリアンには、なれそうにない。


そういう遊びを試みられる存在もまた、害悪でしかなかろうよ。


「先輩、入荷したようです。」

「そう、じゃあ行動開始ね。」


会話の途中、待ちに待ったカメリアからの報告。ではでは、ティラノにまたがりソシノイドさんを拝みに参るとしましょうか。


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