wander the wonderland
「どー見たって危険動物でしょうよ!隊員、食われてたじゃない!」
取調室のようなところで、動機やら普段の素行やらいろいろ延々問いただされて、さすがにたまらなくなって怒鳴った。
「それが何か?」
「何かって、危険、、、でしょうよ、、、」
本当に何を言っているのかわからない、といった表情で、首をかしげる取調官。その振る舞いに私の蒸気圧は抜け去って弱まり、勢いなく言葉を返した。
なんだよ。こっちでも、害なす生物はモンスターとして討伐されるだろうよ。保護云々はあくまでこちら側の安全を確保した上でできる利己判断だろうが。
「食べられて、人が死ぬわよ。そしたら、害獣でしょうよ。それは討伐しないと、危険でしょうよ。」
やや自信なく、論を展開した。
「どうやらあなたは相当な危険思想の持ち主のようですね。なぜそれが害なのか、ご説明を。」
ああ、そうか。わかった。やはりここは、ディストピアだ。私だって、そう思わないでもない。けれどその結論は、思考放棄と同値だ。
「とりあえず、刀は返してもらうわ。あれはお気に入りだから。」
何を述べても通じないだろう。だから私は素直にあきらめて、はめられていた手錠をぶっちぎり扉をけ破って刀を回収した後、壁をぶち壊してそこから外へ飛び出した。
地上30階ぐらいだった。そうだった。確かエレベータみたいので上がった先の部屋だった。高い、怖い。これは役に立つ方の思い込みね、と上ちゃんの言ったことを思い出しつつ、今回のプレゼントの意図を考えながら、地面に激突した。
能力自体はここも普通のゲーム世界でのそれと変わらないことに感謝、ね。まずはセバスが最優先か、と思考を切り替えて、クイックンの赤色光を灯し駆けだした。
「どう、しましょう。」
先輩が連行された。手を出すな、と目でくぎを刺されて、皆動かなかった。だから私も動かなかった。
「そうだね、、、ミラージュの事よりは、セリナとセバスの方が先、だと思う。」
「であろうな。」
「そう、じゃな。」
強い信頼があるのだろう。本当に、ここの人たちは本物のようだ。以前そんなことを話したら、あんまり深く思い入れたら、きついこともあるわよ、と返された。きっと確かにその通りで、もし何かがあったら。そんな何かを、先輩は既に経験したのだろう。
「先輩はああ言っていましたが、実は転移直前、私とウドーさんとイクスさんはすぐ傍だったのです。」
「ん、そうだったね。ミラージュとスケさんは僕たちから少し離れた場所で一緒、別の所にセリナとセバス、二人はすぐ傍、だった。」
「でしたら、二人一緒にいる可能性が高い、でしょう。」
少し安心した。セリナさんが一緒なら、ティラノが出ても多分、問題ない。お腹が膨れたのか、のそのそとどこかへと帰っていった。見知っている存在だというのに、だからこそか、逆に現実感がなくて本来ひどいと感じる光景だったはずなのにあまり驚きはしなかった。
「あ、そうだ。カメリアさん、ポイント、置ける?」
彼も私と同様に感じたのか、気軽に全然違う話題を振ってきた。試してみる。問題なく置けた。
「おお、ありがとう。これなら。」
転移先を指定しているのだろう。
「うん、ミラージュとはいつでも合流できるよ。この向かってる先が真理省、だね。その辺りの探索は彼女に任せて、僕らは別方向に向かおう。」
「そうじゃな。」
「ミラージュ殿なら、身に危険は無かろう。」
話がまとまって、全員で移動を開始した。
「街並み、不思議じゃのう。どことも似ておらん。」
現代風の高層ビル群を進む中、ウドーさんが感想を漏らした。
「私には見慣れた、光景です。いたる所にスクリーンディスプレイが設置されているのが少し変、くらいですが。」
繁華街ならば似たような感じ、かもしれない。
「ふむ、神の住まいはこのようなものであるのだな。一つ一つの巨大さ、さすがである。いかなる強大なものが住んでいるのか。」
「えっとスケさん、多分人のサイズは変わらないと思うよ。二階建てとかそういうのの、高層化だと思うんだけど。ほら、出入り口自体は、そう変わらないでしょ?」
「はい、その通りです。」
イクスさんの発言に同意を返す。
「高くして何の意味が?住まうものの背が低いならば、意味が無かろう。前にミラージュ殿が建てた物も、役に立たなかったのでは?ここまで高くする意図が、それがしにはわからぬが。巨人の類では、無いのか?」
んー、なんでだろう。確かに、普通の家は高くない。会社のビルとか、そういうのは高いと思う。マンションとかだと、住む用でも高いな。
「たぶん体積を増やすためだよ。これ、一階層分の機能をそのまま30層あれば30個分にできる。ダンジョンと一緒、だと思う。」
なるほど。教えられた。考えてみれば簡単な事だった。
「ふむ、そうなのかもしれぬな。であればより高いところにより強いものがおるのであろう。何にせよ、出会う者次第よな。」
「そうですね。」
強いとは違う、とは思うんだけど、突っ込まなかった。中へと入りたそうにしているスケさんを抑えながら、道なりに進んでいく。結構な距離を歩いた気がしたが、先ほどのような危険に出会うことは一度も無かった。
実際、先輩の言うとおりあのティラノが例外で、危険自体はないのかもしれない。
「先輩の言ってたことが、実は正しかったのかもしれませんね。」
「そうかもね。」
「どうじゃろな。わしは今頃あ奴の方は不幸な目にあっとる気がするがの。」
ひどく観光気分でウドーさんが呑気に予想した。
目の前、鳥、でかい。ダチョウでは、無い。これは、これは、モアだ。確か一番大きい体格の者で体長3m強。見上げる、サイズだ。
なんだ、ディストピアかユートピアか、はっきりせーや。
背に乗ってみたいが、また警報が鳴っては困る。雪山は周囲になかったよな、と先ほど落下時に見た景色を思い浮かべてひとまず結論付けて、湖はあったかしら、と思考がまたずれてそして気になったらもう止まらなくなって、ネッシーもいるかも、と思い立った。
意図はまだ判明せぬが、遊び心が入った上で父ちゃんのうっかりが発動したんだろう。だから多分、そういう類も用意してるに違いない。
考えれば考えるほどそれが正しいような気がして楽しくなってきた。再びクイックンをかけエンスト重ね掛けで周囲を確認するために大ジャンプ。
あれ、何が目的なんだったっけ、そう、セバス。ふー、危ない危ない。周囲に湖の類が無いことを確認して我を取り戻して、本来の目的に立ち返る。
そうだったそうだった、と着地点の地面を見る。ドードォォォーーー!必死で空中機動をかまして踏みつけないように試みていたら、顔面から地面に衝突した。
「あ。」
「ふむ、間違いないのじゃ、が。」
思ったよりも簡単に二人は見つかった。そちらへ向けて、大声で呼びかける。こちらに気づいてかけてくる二人。
「ふむ、セリナの方は偽物であるな。」
「え?」
間合いの距離に入ったセリナさんに問答無用で大剣を叩きつけたスケさん。平たい面での強烈な打撃、生きていたとしても、まず数時間は目覚めないだろう。
「幻術、だね。」
気絶したか息絶えたか、どちらにせよその姿が別人へと変わった。イクスさんの言うとおり、魔法効果をかけて姿を変えていたのだろう。
「そうじゃな、セバスよ、わしこーひーとかいう飲み物が好きなんじゃが、淹れてくれぬかの?」
「は、はい。すぐに。しかし道具がございませんので。」
「スケ、こやつも偽物じゃ。」
今度はボディに一発拳が入る。そのまま口から血を吐き気を失ったセバスさんの姿だった人も、別人だった。
「この手の輩がいつか現れるかもしれんと以前言っておったが、あ奴の予測も侮れんのじゃ。」
「そうであるな。知略に長け、それがしよりも腕前が上。まさに女神、よ。」
「そりゃ誉めすぎじゃろ。」
事前対策済み、さすが先輩。息を確認し二人ともかろうじて生きていることを確認、ウドーさんの魔法で動けないようにしてもらった後、私が治癒をかけた。目覚めたら情報をもらわないと。それにしても。
「どうしてセリナさんの方は偽物と分かったのですか?」
目覚めを待つまでの話題にと、気になったことを聞いてみた。
「歩みがな。セバスに構わずこちらへやってきおった。警戒が一切無いときのそれ。不慮の事態ではぐれた場合の幻術の危険性はあの者も教わり心得ておる。優秀な弟子であるからな。一人ならばまだしも、セバスを守るべき状態であのような無警戒で近づいてなど来ぬだろうよ。それに手は抜いた。セリナならば軽くかわせる程度にな。それならば、それがしの勘違いとしても問題なかろう?」
師弟の信頼感、すごいな。
「そういえば、私たちと会った時は?」
更に気になって聞いてみた。あの時確認はしていなかった。イクスさんが触れたのがそれなのだろうか。
「そうじゃな、あのトレントどもを雑草のように刈りながら突き進んでくる光景からは、確認する気は起こらんかったのじゃ。もし偽物なら、正体が判明したところで抗う術はないしの。どちらにせよ、無駄じゃ。ま、100ぱーせんと、本物じゃろうがの。」
「ああ、なるほど。」
またまた納得した。私とウドーさんでは、あの区画を斬り進むのは大変ですぐにあきらめたのだ。逆に先輩とスケさんなら、たとえ私とウドーさんが偽物で裏をかかれたとしても問題ない、うん。
「わしはむしろそれを言い出した本人が忘れてないかが心配じゃがの。」
大丈夫。先輩は頭がとてもいいのだから。
先ほど見つけたドードーとモア。何を気に入ったのか、私の傍を離れない。鳴き声、はたぶん想像のものなんだろうが、さっきからうるさく私に何かを伝えようとわめいておる。
すまぬ、おぬしらの声は、解読不可能なのじゃ。許せ。イクスがいればなぁ、と思いつつ、クイックンをかけて、セバス探しに戻ることにする。
絶滅種は貴重で厳格な保護状態にあるみたいだしな。不満はあるかもしれぬが、ひどい扱いは受け無かろうよ。後ろ髪をひかれつつも、置き去りにするスピードで、走りさ、、、クイックン、だと、、、明確にそれとわかる赤色光が後ろを振り返った私の目に飛び込んだ。そしてモアの方が私と同スピードで追いかけてくる。傍にいたドードーを背に乗せて。
なんだ、ストレス解消のレースのつもりか?よかろう、その意気に免じて、しばらくの間付き合ってやろうではないか。負けはせぬぞ。
ビル群を一人と二羽で、駆け巡った。
しつこい、しつこすぎるぞこのモアちゃんよぉ。いい加減、負けを認めんかね。私はセバスを探しにいかねばならんのだ。
どれだけ突き放そうとしても、ついてくる。クールダウン直後にかけなおして突き放しても、向こうも同じく継続してかけ続けて、効果切れのタイミングでの時間差で追いつかれる。
仕方なく筋力アップで差をつけようとしたのだが、それを見るやモアの方もエンスト。何ということか。これがもし向こうでできていたなら絶滅などせず覇権を握っていたであろうに。頂点にいたであろうに。
現実の儚さを思い、もの悲しくなった。
男気を見せるモア。その姿に心打たれ、背に乗せていたドードーも含めて二羽を保護したい気持ちで一杯になって立ち止まり、優しくその背を撫でついてきなさいと一声かけて、一緒にセバスを探すことにした。
「セバスっていう執事を探してるの。それっぽいのがいたら鳴いて知らせて。鳥目って視野角広いって聞くし、頼りにするわ。」
そう告げた途端、ボフンという古典的な効果音と共に、二羽が二人になった。あーそういうこと。
「おほん、、、もちろん、気付いてたわよ。クイックンにエンストを使いこなせるなんて、そういないもの、ね。」
気付いてなどいなかったが。見栄は張らせていただく。
「はい。追いかけっこ、楽しかったですわ。」
「うむ。」
腕を組み、こくこくと満足な表情で頷く。よかった、信じてくれたようだ。
「他の方々はご無事で?」
「うむ。私たち以外は全員一緒。少し危険な場所だけど、まあまず怪我の心配はないわね。スケにウドー、カメリアイクス、バランスのいいパーティだわ。」
「そうですか。安心いたしましたわ。」
んー、一応確かめておくか。
「セバス、のど乾いたから、コーヒー。」
「すみません。私はお茶しか淹れられませぬので。」
そう言って背に抱えていた茶道具で淹れ始めるセバス。不思議変化、その荷物も一緒に変わっていたようだ。差異ならでは、か、それとも外見変更で別種の生物に変化するときは衣服やらなんやらもまとめられるのか。
いや、そもそも外見変えるって光効果?んー、ゲーム内の魔法設定に物理を持ち込むのは、、、リュウに相談ね。もしかしたら説明つくかもしれんしな。そう、例えば想念はエネルギー、それは仕事ができる。だから効果が表れる、とか。エスパーの超能力とかの説明も、そういうものだったはず。まだまだ眉唾の域を出ていないけれど、それはきっとあると思った方が、楽しいわよね。
「どうかなされまして?」
「いや、幻術がかかってる間、所持品はどうだったのかなぁ、って思って。」
「ああ、意識しておりませんでしたわ。セバス?」
愛用の剣が腰にかかっていることを確認して、セリナはセバスに問いかけた。
「はい、申し訳ありませんが、私も意識しておりませんで、、、」
セリフの途中で、殺気が走った。これもまたおそらく想念の一種だ。その元へと体を向ける。
あら、可愛らしい。
小動物であるはずのそれがさらに小さな動物であるはずの子を守るようにしてこちらを警戒露わに威嚇していた。これは、何だろう。見たことのある外見だが、サイズが違う。
体長80cmぐらいの巨大リスだった。




