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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -春-
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tuhaki_chan

トラウマと呼ばれるようなマイナスのものができそうになった時、そこにほど近い場所でプラスのものを与えられたために、ちょうど二つが合わさって良い思い出になることがある。悪い出来事を、ただの良い出来事のきっかけというものへと変化させる。そういうことも、起こりうる。


私は騒動の間、ウドーさんと一緒にベラスさんの所にいることが多かった。彼の筆が思うように進まないのは仕方がないことだったろう。


その日も私はそこに向かった。日々制作をせっつかれる彼の姿に、長らく感じなかった情動を感じていた。アトリエに入ると、また管理人のジータさんに体を蹴られていた。おそらく他の画家たちも、似たようなハラスメントを受けているのだろう。私が入ってきたのを見て、すごすごと帰っていくジータ。


「大丈夫ですか。」

「ええ、まあ。あの程度の蹴りなど、痛くはありませんからね。」


物理的な痛みはここでは大きな問題じゃない。今回は本当にストレスからか、また少し細くなったベラスさんに習得したての治癒魔法をかける。最近の、嫌な日課になってしまった。


「あの絵のおかげで、評価されるようになりました。こうして作品を強く求められることなど、初めての事ですよ。」

「そうですか。」

「うれしいはずの事なのですが、今はなぜか、いい絵を描ける気がしないのです。なぜでしょうね。」


問いかけられる。自分の言葉では、何も思いつかなかった。


「周りがどこも汚いから、でしょう。」


だから言葉を借りた。無理はしないようにとだけ伝えて、私は美術館へと戻った。


先輩と合流し、そこで先の計画を聞いた。きっともうすぐ解決するから。壁を設置するウドーさんに付き合いながら、そう考えていた。






計画発動の翌日、騒動は不思議に治まった。先輩はやはり、魔法使いだ。違う、魔法剣士、の方がきっと適切だ。


その日の昼過ぎ、美術館の区画に景観を損ねない位置に作られた私達用のスペースへジータが慌ててやってきた。どうやらベラスさんの絵が、盗難に遭ったようだ。またどこかの嫌がらせに違いないと文句をたらたら述べてくる。嫌気がさして、作品の方が逃げてしまいたいと思ったのかもしれないと私は感じた。そういうことも起こりうる世界だと、聞いた。だからそうした。


「そうですか。あなた方にあきれ果てて、逃げていったのではないですか?」


さほど焦る気持ちは起こらないし、そう演技する必要も感じなかった。だからそうして適当に返事をした。特に大きな反応を示さなかった私にイライラと怒りをない交ぜにした感情で肩を震わせながら何かを言った彼。それが私の下に届くことはなかった。






「カメリア。」


しばらくして、こちらへとやってきた先輩に新たに発生した事情をジータが語った通りに説明した。


「ウサギと違って、絵は死なないわよ。」


どうやら覚えてくれていたようだ。そして何も私がやったとは言っていないのに、すぐに見抜かれた。


「あんた、その顔、完治したと思ったけど、、、あん時と同じ、前兆鉄仮面。吐き出したら?私は別に、気持ち悪いなんて思わないわよ。」


そう、先輩は私のそんな様子にただあきれるだけ。冷たかったのだ。それは私には涼しい風だった。気持ちの悪い、温かい目線も、憐みの目も、嫌悪の目も、彼女にはなかった。ただただ、冷たかった。


「絵はそうでしょうが、ベラスさんが、傷心でした。そうしてあの絵を見ていたら、涙が出ているような気が、したんです。」


他とは違う、異質なウサギ。それは大きなウサギたちの、無邪気な迫害の対象になる。毛が抜け、疲れ果て、やがて息が、できなくなる。息つく暇なく、毛を体内から吐き出し続けていくのだから。思いのたけを、汚く吐き散らした。






「なるほどね。裏じゃ、そんな風なこともあったのね。そりゃ、確かにかわいそうだわ。木肌もぼりぼり抜けるってもんね。」


それに対する小さな報復行為なのだろう。カメリアの行動は、彼女らしい可愛げがあった。けれどもそのせいでまた無関係なベラスさんに攻撃が向かう可能性がある。そこを考慮してない点はいただけない。相当に入れ込んでしまっている彼女、変な風に進行してしまったら、たぶん不味い。きっと極太の私と違って、繊細なのだから。


今回はもう終わりと思っていたけれど、もう一仕事増えたようである。数字じゃ感情はおさまらない。それは興奮作用は持っているが、それそのものに鎮静作用はおそらくない。


憤まんのぶつける先は明らかだけど、それを彼女にぶつけさせたところですっきりしないだろう。


思考する。イセティコにたどり着いてからのもろもろ、思い出す。差異、しゃべる絵、ベラスさん。描かれた傑作、女性の絵。ああ、やっぱりそうか、わかった。


これは、かわいそうな死に欠けのウサギが元気になればそれでいいだけの話。簡単なことだよ、つはきちゃんよ。それはここでは、できるのだから。


このイベントの主要な進行ルートを理解できた私は、懐かしいあだ名で彼女のことを心の内で呼んだ。











「汚いわね。私汚いものは、嫌いなのよ。」


師範にお守りを押し付けられた。もっとも、年が近いせいで自然とそうならざるを得ないのだけど。子供の通いは基本私だけなのだ。


その厄介な少女は事あるごとにもどす。学校でのあだ名、絶対に言うなと言われたが、そういうものになってしまうのも納得だった。


それは体質的なものではなくて、精神的なものなんだという。私はよくわからなかったから、素振りしてりゃー余計なことは忘れて吹っ切れるのよと、いつもただそう言って素振りをやらせていた。任された以上、きっちりと面倒だけは見る。


どうせすぐにやめるんだろうと、高を括っていた。今までここに来た子供たちは、鍛錬のきつさにすぐ音をあげやめていく。そんな中でもこいつは特に弱いと感じた。機嫌を取ったりなどはしない。どうせ無駄だから。


だけど私の予想とは裏腹に、そいつは嘔吐を毎回繰り返しながらも、なぜか通い続けた。


その日そのセリフを、小さなタオルにくるまれたそれを抱えていたその子に向けて私は冷たく言い放った。毛が抜けた、おそらくウサギ、の死体だった。


「汚い、、、の?」


私に見せる前までは、学校で小屋から連れ出した時は、生きてたんだと、そう何度も繰り返した彼女。死にかけのそれを私になぜ見せに来たのかもわからず、言葉を失った私は、ただそう告げて、心の距離を取った。そして泣きそうな顔で問いかけられた言葉に、ああ、吐かなかったわね、とどうでもいいことを考えながら、返す言葉を強烈にぶつけた。


「あんたがね。げーげー吐く、あんた。そうしてそうなるまで、何もしなかっただろう、あんた。そうさせた、あんたの周りの誰かたち。何もかも、汚いわ。汚すぎるわよ。」


言い切って、はぁと、溜息をついた。何となく、こいつが心を壊した理由が理解できた。それは私には、とてもきれいなものに思えた。きれいなものは、好きだった。


そのウサギの死体を無理やり奪い取って、明日は絶対に学校に行きなさいと命令をして、彼女の学校の場所を師範に聞いて、翌日、そこへと向かった。怒られるのも、何もかも、関係なかった。


異質な子供が一人、違う学校の廊下を進む。手にタオルを抱えて。彼女のクラスを探し回る。みつけたそこ。扉を大きな音を立てて開いて、驚く大人の前へと行き、ウサギの死体を教壇の上に見えるように置いた。


ここまで何かに突き動かされてきたけれど、そこから先何をするとか何を言うとか考えてなかったから、反応に困る教室の中、私は何も言わずに手ぶらで出ていった。











それ以降、別に何が起こったわけでもない。変わったことといえば、彼女の名前の真ん中から取れた濁点がもう一度くっついたことぐらいだろう。


カメリアが盗んで隠していた絵を抱えて、彼女と一緒に遺跡へと向かった。何となく、そうすればいいような気がした。ワルタヤが、立っていた。


「ようこそ。私の世界へ。あなたもまた、嘘つきなのでしょうか?」

「そうね。むしろ光栄だわ。で、装置、借りられるかしら。」


まともに対応しても噛み合わない。だから単刀直入に要求を告げた。


「ここ数日、非常に楽しい思いをさせていただきました。私も彼には、期待しています。咲き始めた花、美しく散るにはまだ早いですし、踏みつぶされるのは、好きではありません。それは美しいとは、言えないでしょう?」

「そうね。」


回りくどい同意と判断した。装置を起動して、絵を開放する。絵の中の女性が、しっかりと世界に足を立たせた。


「ありがとう。感謝するわ。」






美術館中央、高楼。各館を見渡すように壁に私とカメリア、その周囲を賑やか面子が飾る絵が描かれている。


ベラス作、美の守護者。


気後れしてしまうタイトル。絵の人物を現出させたのは真に神の御業。アトリエへと連れて行き、ベラスさんの小間使いとして働くことに決まった彼女。私の強気な性格を気を利かせてワルタヤが汲んでくれたのか、絵で見せていた表情とは真逆の性格のようで、余計な面倒事からベラスさんを始終守ってくれるようになった。


「ああ、是非にこの今の思いを作品に仕上げたいのです。」


そうして彼に、じゃあここに、と場所を指定だけして描いてもらった。描き終わったときには、彼はおそらく生来の体格を取り戻していた。


「太りすぎもまた、駄目だからね。」


お茶目に一言注意をして、いらぬと渋る彼に報酬をしっかりと手渡した。多いのか少ないのか、それはわからないけれど、その数値化は必要なものだ。






「そういえばさ、あんたはどうして道場やめなかったの?どう見たって、きつかったっしょ。」


ふと気になって聞いてみた。何となく、このタイミングなのかなと思ったのだ。長年の謎では、あったのだ。


「初めて行った時、先輩の戦う姿を見たのです。」


(・・・)


「それで?」


少し待ったが続きが来なかったので、再度問い返した。


「それだけです。」

「そう。それだけか。」

「はい。」


大した理由でもなかった。要はこの子が、強かっただけの話だ。


あの刀をこの子に持たせたら、何色になるんだろうな。すでに売れていなくなった喋る刀をアンティーク武器屋の前で懐かしみながら、きっとやっぱり、赤色ね、と思った。


私と違って、濁った黒はなさそうだけど。


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