mean value -soreha_kitto_muimi-
完成した二号館。名の売れ始めていたベラスさんの口添えもあって、口コミにて広がった一号館には連日そこそこの観覧客が訪れていた。新しい建物、作品をただ鑑賞するだけの施設。しかし自前で買う必要がなく、極めて効率的に多くの人に作品のすばらしさを感じさせる機会を与えられる真に遥か古より存在する建造物。概念として、AIの認識内に用意されていたのだろう。
素通りされるどころか逆に段々とヒートアップしていく美術館への注目。注がれた先は、建設途中の二号館。うちの派の絵画を!と結構必死で売り込まれた。
要はドッター、抽象派、印象派の三大勢力およびその他少数派の対立なのである。ドッターが大勢力ってのがちょっと面白いが、そこに余計な新勢力として影響力を持った私たちが現れて、まず三つの中では一番弱かったドッターの勢力を大きく底上げしてしまうことになったわけだ。
そこに印象派新進気鋭の画家ベラスさんの絵を目玉にした二号館の建設、抽象派が黙っているはずもなく。
これは困った。文化戦争とか、議論が活発になって考えが次々進化し発展が進んで特しかなくね?と思ったけれど、実際にその渦中に巻き込まれると、面倒以外の何物でもない。うるせー。
じゃー三号館!とうるさく吠えたてる連中を一喝すれば、建物の造形を明確に他より際立たせて、だのなんだの注文がまたうるさい。もうね、何だろうね、これ。黙れよ、と。
一号館も二号館も、中の作品に合わせた造形をリクが必死に考えてくれて出来上がった一つの作品なのだ。それを自分たちのものを目立たせるための道具扱いは、芸術を愛するものとしてはどうなのかと思ってしまう。
勿論私はドット絵、比較的わかりやすい印象画からの最底辺に抽象画なのだけど、そういうひいき目を抜きにしても、ちょっと強引すぎないかしら。
「自分たちで、建てりゃいいでしょ。」
究極の一言、DIY。既製品に甘んじるより、ずっと楽しいわよ。ええ。安上がりだしね。
「できません。」
そうだろうな。そういう設定なんだろうな。その手の数段階を刻む事柄までできるようには、できてないんだろうな。
かゆいところにめちゃくちゃ手が届いているというのに、本物のそれと大差ないのに、この世界の人たちはどこか抜けているのだ。一芸特化型、その極限の集合体である。
「建てたものがその用途通りに使われるようでうれしいけど、他と差をつけるのはちょっと、、、」
助け舟のリクは彼らの勢いに結構押されてしまっている。心根が、私と違って優しいのだろう。
「スケーーーーー!黙らせろ!」
そのリクの控えめの様子を見て調子に乗った面々にとうとう青筋から真っ赤な血が噴出しそうになって、最終手段に出た。
「いやあ、やっぱりここは、すごいね。人の圧も、本物みたいだ。」
「いや、それはどこでも一緒でしょ。」
「ですね。」
「そうかぁ、、、はぁ。」
随分とへこんでしまっているようだ。私の意図的な冷たい言葉遣いにもカメリアの同意にもちゃんと返す気力もなくて、ただため息をついただけだった。素敵な建物を建てたのに。こういう形で問題になってしまって申し訳ない。
「ねえ、ミラージュ、今回の問題の根本は?」
「そうね。リクが設計した美術館が素敵すぎたこと、ね。」
素直に思ったことを答えた。
「そうですね。」
「二人とも、ありがとう。」
偽りとか、お世辞とかではない。実際このイセティコにおいて、どうやら元々一番優勢だった抽象派が、今現在勢いを無くしているようなのだ。それゆえのヒートアップ。
ドッターの隆盛、もしかしたらそこからポリゴンとかそういう流れに、、、いや、無いわね。そういう技術進化はここではないわ。平面キャンパスにポリゴンとか何の冗談よ、なんて考えていると、売り込みの美術品が持ち込まれた。
「これは、、、ポリゴンね。」
「ですね。」
「まさか、いや、やっぱり鏡のここは変だよ。」
「そう、ね。」
絵画ではない立体造形物が一号館、もともとベラスさんの絵を見せるための入ってすぐのホールに飾られた。ここのウォールアートに映えるものをと製作したそうだ。すげーな。完璧な調和だ。繊細に描かれた壁絵がぞんざいなポリゴン絵を逆に引き立て、その逆もまたしかり。
太陽を背に、輝く勇者像、らしい。見事である。脳内にファンファーレが響いている。もちろん幻聴だが。
「三号館、力仕事ならいくらでも。」
「そうだね。もうなんか、どこまで行くか見てみたいね。」
「現実を超えるでしょうか?」
「そうね、超える超えないの評価をし難いわね。何せ、芸術ですから。」
「仲良くさせる手段とか、無いのかな?」
イクスが問いを発する。少し違うのだ。
「違うのよ。別に仲が悪いわけじゃ、、、少なくとも戦い、、、殺し合いとか、そういう意味では無いのよ。」
戦いには違いないと思い、言い直した。
「そうですね。」
「だねぇ。例えば僕がスケさんに、槍の方が強いよって言って、そしてスケさんがいや、それがしは剣で、って答えたら、あっそう、てな感じだよね。槍のがいいとは思いつつも、別にそれを否定はしないよ。」
リクがこちらの住人のスケさんに合わせてたとえ話。
「そうね。」
「だったらどうして対立してるの?リクの言うとおり放置すればいいんじゃない?こだわりとか、そういう話でしょ?」
これもまた、面倒な問いかけ。
「それでもさ、自分が一番いいと思う方法、あの人もやればもっと良くなるのにって思ったりするんだよ。そんで別の新しい誰かがどっちがいい?って聞いてきたらさ、こっちって、そう言いたくなるじゃん。で、そのおすすめ先がさ、実際いいものだって証拠があるなら、それは求めるべきことでしょ?」
そうだな。お勧めする理由ってそういうものだし、私もイクスが数学やら理系の道に行くよう洗脳、、、もといお勧めしている日々だしな。その際の口癖が人類の発展の根本、の一つ、である。最後の三語がちょっと切ない。まだまだ私もよくわかってない事ばかりだからな。
もっとも彼の適性は間違いなくすべて、そしてリソースは無限に近い、だろうから不要な試みではあろうが。
そんなことを思いながら、リクが簡潔にまとめてくれたことに対して同意を示す。
「なるほど。」
納得した模様。
「なるほど。ミラージュ殿、、、」
「スケさん、例え話よ、例え話。あんたには大剣が最適よ。」
「ふふ、そうだね。」
「そうであるか。」
おそらく槍を試してみようと声をかけたのであろうスケさんに苦言を呈して、三号館の計画を練ることにした。
「今回は一年生最後の授業ですね。特にこれといって、現状の皆さんの予備知識を前提に発展した話などはありませんので、趣向を変えて下世話な話でもしましょうか。皆さんも、好きでしょう?」
珍しく数学以外の話をし始めようとする上ちゃん。
「では質問です。統計を取り、平均値を比べた場合、人の一生における別姓のパートナーの累計数は男性と女性、どちらが多いでしょうか?」
不思議な質問である。押し黙る生徒たち。
「男の子と、女の子、カップル一組なら、その二人はパートナー数1、ということです。もし男の方が二股をかけていたら、その男は2、二股をかけられている二人の女性はともに1のまま、です。またもし女性の一人、その男性が三人目のパートナーであるなら、その女性は3、ということになります。」
設定の説明がなされる。
「例えば、高校で一人と付き合い、別れるなり二股なり、そこは何でも構いませんが、大学四年間で別の三人、その後結婚までまたまた別の二人と付き合い、さらに別のまた一人と結婚、その後も四人ほどと不倫、ならばその人はその時点で11、ということですね。そうして各人ごとのパートナーの数を全て統計調査して取った平均値は、男女で差が出るのでしょうか?」
教壇のボードに述べていった数字を書きつつ、和算で結果の11、それを大きく丸で囲む。なるほどその数の統計を取るって話か。しかし例えにしてはひどいやつを持って来たな。結婚前はとやかく言わんが、後はいかんだろう、後は。
「ここでは性差は明確に、外見上のものだけで判断しましょう。別姓、というところが大事ですので。数学上の、おっと、違いましたね。学術的な統計項目としての意味合いです。私個人の思想、信条ではないことに注意してください。また、パートナーの定義は性交渉の有無、で問題ないでしょう。是非判定のしやすい、明確なラインですからね。」
つまりはあれか、統計的にあれこれ相手を変えやすいのは女性か男性か、そういうことか。統計はあんまり好きじゃないんだよな。
「大昔は、一夫多妻の時代などもありましたし、基本的には男性の方がより多くのパートナーを持つ印象がありますね。この一見くだらないと思えるテーマ、そしてよく考えれば簡単に結論が得られる問題に対し、昔とある大学にて数年に渡って無作為選別で2500の標本調査をしたようです。結構大規模なもので、相当分厚い本でその内容が残っていますよ。」
まじか。妙なことを調べるもんだな。
「それによると、結果なんと、男性の方が7割ほど女性よりも数が多いそうです。」
ふむ、驚くことでは、無いわな。
「別のものでは、3倍以上の差がついたという結果も残っていますね。やはり、男性の方が数は多いようです。」
うーむ、でも所詮統計だろ?ある程度の傾向は見れるかもしれんが、真理ではないわな。確定した数字では、ない。それに、、、
「おや、鏡さん、不思議そうな顔をしていますが、異論でも?」
指された。やっぱり表情に出やすい質なのか、目に留まったようだ。
「あ、えっと、統計に向いたテーマには思えないです。択一式でないので全員に聞いたところで正しい値にならないんじゃないかなって。質問者と回答者の男女組み合わせで答える数字に影響も出るのでは。あと、、、」
思ったことを素直に述べた。日本だと、100とか答えたらドン引きされそうだもんな。もしそうだとしたら言い出したくはない。むしろそこは3とか無難な人数にするだろう。
「ああ、そこまででいいですよ。わかってしまったかもしれませんし、ネタばらしされては面白くないですからね。私が。」
ふふっと、笑い零れる教室内。
「そうですね。まず全員に聞くのが不可能、という前提を抜きにしても、答えられた数が真実かどうかは判定できませんからね。見栄を張る人もいれば、逆に謙遜する人もいますでしょう。鏡さんの言うとおりです。では、この問題、解決不可能でしょうか?正しい答えは、得られない問題でしょうか。」
うーむ、そこまではわからないんだよな。ちらと隣の龍を見た。あ、にやけとる。何の話か、分かったんだな。あるいは完璧な回答が用意できたのかもしれぬ。
「で、なのですが。実は、こちら。全員を調査することが可能なのです。さすが、数学ですね。」
やっぱ数学なんやな。上ちゃんの講義だもんな。その後先生の解説が引き続いた。
「というわけで、間違いなく男女の累計パートナー数の平均値比は各性別の人口比の逆数と同じになることがわかりましたね。勿論、このような大量のエッジを持つ人物が死亡してしまうと多少値はずれてしまいますが、誤差の範囲でしょう。どれだけ多い人でも、10年間で影響する規模の回数、そうですね、数十万、ぐらいでしょうか?は無理な話でしょう。」
「そんな人いたら一月目で刺されますね。だから誤差で問題ないでしょう。」
思わず突っ込んでしまった。女性陣は同意の頷きを返してくれた。
「ふむ、女性との皆さんは鏡さんの意見に賛同なさる、と。しかし私はその人が男性とは言ってないですよ。実際こちら側は女性のノードですし。さきほど、男性の方が浮気性というのは否定されたはずです、ね?」
う、そうだな。失言だったか。
「鏡さん、ありがとうございます。」
ニッコリ笑顔で上ちゃんが私にそう告げた。
「私は開始時から、そう思うように多少誘導していたのですよ。最初に伝えた統計データの結果や、一夫多妻などを例示して、ね。功を奏していただいた形です。今日伝えたかったのは、問題解決に用いられた手法についての一点ともう一点。それは今回のように、直感とか印象というのは真実をくらませる、体に染み込んだ垢だということです。そういったものの中にも有用なものはもちろんありますが、往々にして邪魔になることの方が多いようです。」
教室全体を見渡し、朗々と語る上ちゃん。最初から、手のひらの上であったか。恐るべし。
「もっともより多くの異性を求める欲求はやはり男性の方が強いのかな、とは思ってしまいますがね。私も、男ですから。」
場を和らげる一言。プレイボーイには見えませんわ。
「皆さんも、問題に詰まったときはまず、一度自分で勝手な思い込みをして思考に制限をかけていないかをチェックしてみてください。情報の見落としはすぐに気づけますが、そちらは相当に意識しないと気づくことはできません。この春休み、色々な事柄に触れ模索してみるとよいでしょう。では、今日はこれまで。」
今年度最後の特別講義が終わった。
「ふーむ。」
部室にて、考える。男側、女側、パートナー一組ごとに棒で結ぶ。関係が生じる毎に一本ずつ。特殊状況下でも、つまりは1v多数とかでも、1の側からその多数へ向けて一本ずつ。ここは明確なラインだ。上ちゃんの述べた前提の通り。それに従えば、性差の前提も合わせて総本数はどちら側から数えても変わらないのは当たり前。個々人から何本伸びているかはそこでは一切関係ない。そうすっと平均値はその棒の本数割る男性、女性の総数。
「どうかした?」
いつもの事ではあるが、今日の第一声は涼子先輩から。
「いや、上ちゃんの特別講義で、男女関係をテーマにグラフ理論というものの紹介をされまして。」
怪訝な表情で玲央がこちらを見てきた。
「何?」
問いかけてみる。
「数学、ですよね?なぜに男女関係、なのですか?」
待ってましたと言わんばかりに、嬉々として話されたテーマについて丁寧に説明する。結論に至る論証に難しい予備知識がほぼ要らないし、これは面白いな、と感じた。
「そりゃー、男のが多いんじゃない?」
「そうですね。そうでしょう。」
「いやいやー、それが単純に人口の逆比になるんですよー。」
解説を交えて結論を説明していく。やっぱりみんなそんな風に思うようだ。
「なるほどー。目から鱗、だね。」
「そうですね。しかしやはり、不倫やら浮気やらは古来より男側の方が多いのもまた事実なのでは?」
「ま、平均ってのはそういうもんさ。成績だってそうだろ。高校別の平均で水準差はわかるかもしれんが、化け物がいるかはそれじゃわからんからな。」
化け物の一人がそう宣いおった。
「あんた、この間の模試、全国何位よ。」
「あー、うん。満点だったからな。」
「そう。私も数学はそうなんだからね!全国一位よ!」
たとえ最高難度の模試であったとしても、その一科目だけは譲らないようにしたい。来年度以降は、物理も増えるだろう。
負けては、いかんのだ。主に私の普段の努力は計算の簡易化と領域拡大。解けない難問に巡り合ったら、一人の力ではあきらめるしかないのだから。だからそうなる確率を下げるのみ。
この一年、負けは一度も無かった。数度の勝ちがあるのが逆に悔しいのである。私ほどにはこいつは、模試にも力を入れていない。私と違って、入念に見直しをしたりとかは考えていないのだろう。
「だな。」
「んー、うらやましい。」
「私は国英は結構よかったですよ。」
全国模試の結果をネタに、行きたい大学とかそういう話題へ移行する。最も身近な涼子先輩は、服飾系の大学や専門学校を考えているようだ。そういう目標があるのって、いいな。私は、そうだな、プロゲーマー?何となく浮かんだそれ。いや、うん、すごく惹かれるものがあるぞ。韓国辺りの養成学校に、留学でもすっか。
けれどもけれどもだがしかし。同じ100でも私と龍の二者の間には大きな差があることはわかっている。それでも、負けたくはないのだよ。不思議なものだ。
けれどそうして簡単に数値化できるものですら、満足な評価ができないのだ。一体何を根拠にそうできない対象を評価しようというのだろう。
「みんなに相談。」
三号館について、イセティコの街の騒動について、事情を説明した。




