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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
続・高校一年生 -冬-
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kamiwo_kataru

「民よ!復讐に燃える民よ!今ここに、奇跡が顕現する。見よ!」


アンバイルの街中、一番大きな広場にて、他の扇動者に混じって大声を張り上げて対抗する。真っ白なローブに身を包む私。フードもかぶり、顔を覆いつくす。見せているのは口元のみ。隣ではイクスが、私と同じく全身白で立っている。彼には今回重要な役割を一つ、お願いした。


虚空を撫でる。招待を送る操作。


粒子が収束し、現れる猫神様。


衣装はいつもの戦闘向きの装いではなく、荘厳さを感じさせるものへと変わっている。


背の大きく開いた白のロングドレス、前は鈍角に切られ、下にはいているホットパンツとロングブーツが曲線ラインを強調する。それらも真っ白。


そして背中にはもちろん、天使の代名詞、翼。飾り物で羽ばたけないのだけど。手には白百合と剣を。水をつかさどる天使、を模したらしい。


何かどっかのゲームでこういうのの勇ましいバージョン、見たことあるのよね。たしかオセとかいう豹頭の悪魔。いや、天使だったわね、うん。


そのパフォーマンスに結構な注目が集まった。


「我は神の使徒である!そしてこうして顕現なされたは、猫神様!主神ネフペトス様の遣わせし新たなる一柱である!崇め、称えよ!」


セリフを言うのはちょっと、とお渋りなさったので、このタイミングで剣を掲げるようにとだけお願いした。そういう製作が本当に好きなクーラさん、これでいいかな?と持ち込んできた剣は嘘偽りなき光の剣。その効果を発揮して、周囲に輝きが満ちる。


「おお、切り傷が!」

「折れた腕が!」

「ぎっくり腰が!」


おい、群衆最後、さっき普通にぴょんぴょんしとったやんけ。どうやってぎっくり腰でその動きを顔しかめずできるんや。絶対流れに乗っただけだろ。


「コホン、慈悲深き猫神様はお嘆きである!熱に浮かされ、無用に大地を汚す行いを繰り返しておるこのアンバイルの民に、大層お悲しみである!」


気を取り直して台本通りのセリフを続ける。ざわめき始める聴衆。


「その涙は天界にて溜まり続け、やがてこの地上へと零れよう!燃やし尽くす火が、自然におさまらぬのであれば、その涙でもって、鎮火しよう!街を飲み込み、一切を塵芥と帰そう!」


どよめきが広がる。


「その神の涙を受けたく無くば、改心せよ!悔い、改めよ!これ以上、神の与えしこの地を不遜な火で焼きはらうな!」


ふー、何とか覚えた通り言えたぞ。


「何かあれば、教会を訪れよ!一目でそれとわかる建物である!自身の足で、救いを求めよ!歩め!考えろ!神はそれをお望みである!」


そう最後に述べて、クーラさんとイクスと一緒に、設置していた転移ポイントからルイナへと飛んだ。


「いやあ、ミラっち、中々堂に入ってたね。さすが。」

「私の、世界ですからね。好き勝手、やれます。たとえ効果が無くたって、ここまで楽しかったもの。それで、十分です。」

「そうだね。楽しいかどうかは、きっと大事なんだね。」


そう、そこだ。結局はそれだけなのだ。ここはもちろん、向こうでも。


「そうさね。」

「じゃあ僕は先に戻ってるよ。」


私とクーラさんはそのまま着替えるためにセリナ邸へと向かう。


「今頃レオっちウドーとリュウは川の上流でダムづくりね。」

「ですね。」


洪水をぶった切る。それが必要に迫られた場合の最後の奇跡だ。計算上被害なく可能なことは検証したが、間違いなくということは無い。出番がないことを祈ろう。


「上手くいかなくたっていいのさ。この数日、本当に楽しかったもの。」

「はい。」


到着して、着替えを終えて、私はローブを脱ぐだけだったのだけど、アンバイルへと再び向かった。











新たにアンバイルで家を購入した。魔改造するために、皆を呼ぶ。レオのこだわりで、適切に表現すれば神社スパイスをまぶした教会、というべきであろうものを造ることにしたのだが。


「建物そのものも和風にしたいのですが。」

「それ、潰して一からにならない?てか、そうなるよね。」

「そうね。何時間かかるのよ。狛犬で我慢しなさい。いや、狛猫、になるわね。」


リクとともに、こだわるレオに苦言を呈する。


「一週間、時間を止めればこちらなら三日かからないのでは?」

「ふむ、イクス?」

「全然大丈夫だよ。向こうの建物、見てみたいな。」

「ま、いいんじゃないか?」

「そうさね。こだわりは、大事よ。」


そうして皆で夕方一緒に製作作業に勤しんだ。悩んでたことが嘘だと思うくらい、楽しかった。魔法の力を借り、あり得ない筋力でもって、高速で出来上がっていく神社。


ああ、ゲームって、素晴らしいな。


「西洋ファンタジーなのに、こういうものも作れちゃうんですね。」


素直に驚いて感想を述べたカメリア。純粋な彼女を天使に仕立ててもよかったな。受験勉強が無ければな。前回の模試の結果を報告に来てくれた彼女、どうやらぎりぎりの水準には達したようだ。


「あと、一か月ぐらい?」

「そうですね。」

「頑張れとは、言わないわよ。もう、頑張ってるんだからね。」

「はい。」


まだ鳥居は無いけれど、これで十分だろう。


台本やらなんやら、皆で考えて計画を進めることにした。











神社へと向かうと、結構な人だかりができていた。小坊主役のセリナとセバス、せわしなく働いている。


神主役はイクス。木の下、諸行無常の理やらなんやらについて語らせる。うん、あれこれごった煮。何でもかんでも詰め込んだ。


勿論、そんなこと右から左の人たちばかりなのだけれども、無意味な殺し合いは不毛よね、的な意味合いは理解している模様。生きるための闘争は、否定したくはないけれど。ここでは、それは必要だ。


豊かさで満たされた向こうとは違う。博愛主義は早すぎる。それは、富裕者の抱く傲慢だ。


数か月先すら真っ暗闇の世界で。照らす光は与えられないけれど。それは努力次第。頑張り次第。


ごめんね。


あの三人は、死ぬかもしれぬ。将軍も、力なく、くずおれるかもしれぬ。


けれど私は、手を出さないことを決めた。それもまた、何ということか。でも神様ってきっと、そういうものだと思うのよ。


私は今は、傲慢な教皇様ですから。






広まりつつある教義のひとかけら。


ある日の夕方、不都合なその行いを妨害しようと思ったのか、タプハラが護衛を引き連れて顔を見せに来た。護衛の一人は大きめのハンマーを持っている。用途は明白である。


「不遜な輩どもがここにて民衆を洗脳していると聞いた。その行いは許しがたい。」


短い接触だったせいか、私やイクスのことは既に認識から外れているようだ。


「神の慈悲に異議を唱えなさいますの?」


喧嘩腰にセリナが告げる。


「慈悲をもって我らに死を与えるのであるならば、そんなものは弾き飛ばすべきではないかね?」


余計なお世話。そんな顔だ。そういうことをしているのではあるが、それをスルーされないようにどでかい鉄球を転がしているのである。真っ向から打ち返させたりはしない。


手で合図したタプハラ。それを見て、護衛が狛猫にハンマーを叩きつけた。ビキッとひび割れるのはハンマーの方。最高硬度の素材で作られたそれはエンスト効果で自作の最高級の工具でもって加工できるレベル。一般普及品ではこの通りだ。


そのまま手がしびれたのかハンマーを地に落とし苦悶する護衛。


「猫神様のご意志が勝っているようですね。何度でも、挑戦なされば良いですよ。構いません。あなた方の思いが通じることも、あるかもしれませんからね。」


無理だがな。


「そ、そうか。今日は、このまま失礼させていただこう。」


すごすごと護衛を引き連れてタプハラは去っていく。


「忘れものですよ。壊れかけでも、また修理すれば使えるようになるのです。」


ひび割れたまま地面に放置されていたハンマーを拾い、渡してあげた。


数日の間、挑戦者はひっきりなしに現れた。どうやら懸賞金をかけたようだ。剣で切ろうとするもの、斧で割ろうとするもの、槍で貫こうとするもの。そのどれもが自身が持ち込んだ得物を駄目にする結果に終わる。


変な見世物と化しそれを見る目的の観客も現れて、その行為は逆にこちらの真実味を増すことに。傷一つつくことのない狛猫に憎々しげな視線を向けるタプハラ。目があった。近づいて一声かけることにした。


「あれをあの形に削り出したるは神の御業。実感なさいましたか?」

「むう、、、」


ほんの少し、信心が芽生えたかもしれない。火に撒かれ焼け野原となっている大地に新芽を一つ。水をあげれば、光を当てればそれは育とう。肥料もあれば、良いかもしれない。


「ケガを負った兵達がいれば、こちらへお連れください。癒しを、与えましょう。」


さて、翌日早速教えの通りぞろぞろと屈強な兵を連れてきたタプハラ。これまた意図は明白であるが、一応話を聞いてみよう。


「御怪我なされている方々ですね?」

「そうである。悪神に祟られたようでな。時折、所構わず暴れ始めてしまうのだ。内なる癒しこそ神の本業であろう?構わぬよな?」


にやりと、勝ち誇った笑みをこぼしながら。私も思わずつられて同じ顔をしそうになるのを耐えて、返事をした。


「ええ!もちろんです!幸いこちらにはその手の治療のスペシャリストがおりまして。その方面に関する対症療法、と呼ばれる技術を極めた医療者なのです。」

「タイショウ、リョウホウ?」

「ビショップスケ殿!こちらへ!」


藪の中にいるお医者さんをまずは呼ばないとね。


「ええ、はい。失礼いたしました。治療法としては、まず、暴れられなくさせます。すぐさま癒します。また暴れられなくさせます。そして癒します。再度暴れられない状態へ、、、」


説明の途中で、威圧を伴い現れたビショップ。


「び、ビショップ、、、?ビーストとかそういったものと間違えてはおらん、か、、、?スケルトンの医者な、、、」

「いえ!我々は戦神の命も受けておりまして。そちらからの出向でございます。では早速、治療を始めましょう。」


言ったところで詮無いやろともろ被せして、やりすぎんなよ、とスケさんに一睨みだけ向け、治療行為もとい、しごきの様子を見守った。


「むう、これは、、、」

「中々のものでしょう。」


わずか一時間、もともと激しい訓練を日々続けていた兵士たちは最初こそ統制が取れていなかったものの、すぐに歴然とした力の差を理解した。それでもあきらめることなく連携を駆使して、スケさんに立ち向かおうと何度も立ち上がっていた。多少の怪我がすぐに治ること、スケが大けがを負わせない配慮をしていることの二つが大きく助長して、急激な成長を遂げている。


「素晴らしい、、、な。」


タプハラ、実利的な側面にはどうやら弱いようである。


「実戦では機会は一度ということは、ゆめゆめ忘れさせることの無きよう、よく言い聞かせください。」

「わかった。」


いい肥料になっただろうか。






とある日の昼過ぎ、まだミラージュが現れない時間帯。


庭ではスケさんセリナによる戦闘指導の声が響く。僕はというと、庭の木の下で、説教を行う日々。独自解釈でいいからと、次々語られる大量の言説を元に何かもっともらしいことをいう役。二人に比べこちらは静かに切々と。セバスのお茶を目当てに訪れるものの方が多いくらいなのが残念ではあるのだが。


最近の日課となったそれ。人もはけ、暇ができた時間。タプハラさんが、僕の元までやってきた。


「おぬしが予言者であるか。」

「託宣者、です。予言は、できません。」


予測ならばできるが。


「我々は、勝てるのであろうか。」


そう静かに問いかけたタプハラさん。明確に心境の変化があったようで、少し前の自信満々の雰囲気とはだいぶん変化している。


「勝った先にどうするか、負けた先に何をするか、を考えるべきでしょう。」

「負ければ、皆殺されよう。」

「降伏すれば、良いでしょう。ペーレが求めているのは食料資源。略奪の必要なく差し出されるなら、受け取ろうというものです。わずらわしい労働は、進んでしたいものではありません。」


ペーレ側の行動原理を組み入れ計算すれば誤差のほぼない結論が出た。


「そうか。しかし、誇りが、許さぬ。狡猾な悪魔どもに膝を屈するなど。」

「狡猾さは、賢さと紙一重だと、思います。賢きものを、神は好まれますよ。」

「それでは!我らは、、、」


一瞬怒気を巡らし、すぐにおさめた。意図は伝わった。こうして訓練を重ね成長したところで、現状勝ち目はない。


ミラージュに請われるかもしれないと思い、何度か試算した。数は大事だが、それを凌駕する存在がいる。スケさんとミラージュの二人だけでも、この国全体を相手取って勝てる。そこまでの差はなくとも、明確な強者の数は圧倒的にペーレ側が多い。もしかしたら今この瞬間にも、現状僕が把握している以上に増えているかもしれない。妨害要因の無くなったあの国は、強烈だ。


しゅんとしてしまった彼に、このタイミングで、託宣を伝えることにした。


「スパイは、確かに紛れ込んでいる。愚かしくも無関係な者どもへ焼き打つ者たちをあざ笑いつつ、着々と春への準備を進めている。知略に長けたペーレの民、手抜かりはない。しかしまた、失望してもいる。もはや戦う価値すらないのでは、と。そう、思い始めているようだ。」


ごくり、うつむいた顔を上げ、僕を見つめ、雰囲気に飲まれ生唾を飲み込んだ。その音が響いた。


「しかし、アンバイルの民もまた、決して劣ることは無い。知略の限り、考え抜いて、勝利へと導け。」


真剣に、僕の語りに耳傾ける、タプハラさん。


「安心するがよい。内からの崩壊は無い。信じよ。敗北すれば、素直に両手を挙げるがよい。勝利すれば、苦逆を強いるでない。遺恨を忘れよ。輪廻し降り立った先は、彼方かもしれぬのだから。」


上手く、やれただろうか。僕の言葉を聞き終えて少し考えた後、立ち去ろうとした彼に向かって最後に一言だけ、予定にはないことを言った。


「戦わずして勝つ道もまた、あるのですよ。」






その日の夕方、ミラージュが様子を見に来てしばらくたってから、タプハラさんが必死の形相で駆けこんできた。私は止めたのです!しかし、いまだ頑なな者が!お許しを!僕の姿を見るなり、そう叫んだ。


どうやら再びの焼き討ちがあったようだ。ミラージュを見る。こくり、彼女は頷いた。


「新たな神託が降りた。涙が、流れよう。」


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