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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
続・高校一年生 -冬-
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seeking ways -hiwo_kesu_sube-

集合知に全力で寄りかかって、私は浅い知識をため込んだ。指針を求めて。全然わかるわけもなく。言葉が素通りしていく。無色透明、色づくことなく。何をどうすればいいのかわからない。わからないから、どうしようもない。


人の巻き起こす喜劇に笑う神様は、悲観の末の負け惜しみだ。それがもしもいたならば、永遠に、頭を悩ませ続けるだろう。


時を止め、無限に近い思考時間をもってしても解決策が浮かばないなら、全知ではない。


時を止められず、思考時間が制限されるなら、全能ではない。


だからそれはいないのだ。


くだらない論証で皮肉に結論付けて、そしてもしいたならば、それは本当に全知全能なのだと感じた。なにがしか、できることはあるのに手を出さず何もしないことは、この世で最も耐えがたい苦痛だった。それを超長期間にわたり続ける行為は、神の御業といってよかろう。


真似はできそうにない。


そんな事実を簡易なバージョンで実感させてくれた本人であるイクスに、謝りを入れに向かった。






「消えない火は無いよ。水をかければ、土をかぶせれば、時間が経てば、消えるよ。そう言ったのは、ミラージュじゃない。」


私の抽象的な問いかけに、コンクリートな答えを返すイクス。


「でも、毒入りの水じゃ、駄目だわ。土をかぶせたら、燃え残った花も潰しちゃうわ。時間を経過させたら、すべて燃え尽きるわ。」






あの二度目の火を目撃してすぐ、現状の時点での未来を見に久しぶりにゲーム機能を起動した。ペーレは存続、しかしその西側は焦土と化していた。勝ち取る意味のない土地と化していた。ペーレ側でそれを行うはずはない。だからこそ、止めねばならない。消さねばならない。不毛すぎる。


供給される酸素との接続を切る。国境ラインをエンスト重ね掛けで深く穿つ。すぐさま思いついたそれ。


「ねえ、もし何かの天変地異が起こって、ペーレとの国境ラインが閉ざされたら、焼き討ちをやめる?戦い、起こせなくなっちゃうわよね。」


スカウトマンに問うてみた。


「トンネルを掘ろう。橋をかけよう。我らの恨みは、その程度の障害で尽きるものではない。」


そうやって熱苦しく答えられた。


「何が恨みなのよ。」

「愚かしくも我らに歯向かったのだ。卑怯にも悪魔の策略を借り、同胞を多く帰らぬものとした。許される所業ではない。この地上に、奴らは存在すべきではないのだ。」


熱病に浮かされた患者のような口ぶり。こうして負ける度に高揚を重ねて、滅亡へと向かうのだろう。


「だったら、、、そうね、すべて焼き討ちは、非効率じゃない?数が減るわ。大事な要素でしょ?審問でも何でも、手間はかかるけどそう頻繁に見つかるものでもないんだし、やればいいじゃない。でしょ?しっかりと、時間をかけたら?春まではまだ長いわ。」

「内から崩される危険を考えれば、必要な措置だ。姿を変えて、入り込んでいる輩はすべて取り除かねばならない。言葉巧みにかわされくらまされては意味がないのでな。これが最善だ。全く、忌々しき悪魔どもよな。」


その悪魔は自身の身の内に宿っているというのに、気付くことは無い。


「なるほどね。だったら、本当に悪魔が姿を変えてあんたたちを操っているのかもしれないわよ。ここの情報だって、一体どれほどの信ぴょう性があるっていうのよ。」


スパイの方をばれない程度に見た。気づいて、肩をすくめる彼。ここは、外れ。無駄の無駄。


「あの将軍とか、ひそかに殺され入れ替わってるかもね。そうして疑い出したら、きりがないでしょ。全員、焼いてまわる?本末転倒じゃない。」

「冗談にも程がある。上の方々の護衛は最精兵だ。その心配はない。調査兵達も、幻術の類の定期的な確認は行っている。」

「そう。」


本当に想定して確認しているかは不明だが、少なくとも穴だらけの燃えカスに成り下がっているわけではないのがまた、腹立たしい。それでその場で思いつくことは尽きた。






宿舎で、対応策を皆と練る。心配して駆けつけてくれたクーラさんも一緒だ。


「私は傍観しちゃったからねぇ。ペーレの辺りは触れてなかったからさ、やり直さずにアップデート後のイベントができて、そのままこういう流れになったけど。今焦土と化してるさ。思い入れとかも、無いしね。」

「そうですか。」


私だって別にそんなものはない。やはりそれが、最善なのだろう。


「もう全員斬り捨ててはいかがか?クーラ殿の予言が真実ならば、そうした方がよほど有意義であろう。」


スケさんがクーラさんの語った内容を曲解した上で意見を述べた。


「それはちと、納得しかねるのう。それでは若芽は育たんぞ。」


傍観でも、育たない。天誅、それぐらいしかない。


そのウドーの言葉の直後、ゲームコール音が鳴った。カメリアからだ。


「ごめん、ちょっと向こうと話す。」


コールを受ける。ゲーム機能で呼び出されるのは、初めてだな。緊急事態だろうか。


「どーした?何かわからんことでもあったか?」

「いえ、息抜きに久しぶりに立ち上げてみたのですが、名前を見かけたのでお邪魔してもよろしいかなと。」


ふむ、新鮮な意見をくれる相手は一人でも欲しい。


「いいよ。招待送るわ。」


すぐに現れるカメリア。早速事情を説明してみた。


「うーん。」


頭をひねって考える可愛らしい仕草。ささくれだった精神がその光景で少し癒される。


「水を差されると、テンションって下がりますよね?」


ん、さすが国語は優秀な彼女。中々に比喩的な表現だ。いや、喩えでも何でもなくそういうことなんだが、ここで巻き起こっている事態という文脈においてそれは喩えとなっている。


「そうね、どう差すか、が問題だけど。」


直接文句を言ったところで聞きやしねぇ。


「ですねぇ。いや、難しいな。えっと、確か、勝利条件を決めて、相手に合わせてその道筋をたどる、でいいんでしたよね。」

「そうね。」


私が証明の手順で教えたこと、覚えてくれていたようだ。


「そうさねぇ。結局、時間が経てばペーレに潰される。それが嫌なら、矛先を変えてペーレ側に干渉すべきかねぇ。」


そうだった。確かに、どうなることが解決なのかを見失っていた。というかそれがわからん。真っ向勝負の戦で決着、で満足か?そう、、、だな。じゃあ何が気に食わないんだ。結果を知ってしまったせいで、変な哀れみを覚えたか?いや、無い。


だったら。


改めて考え直して、焼き討ちを、焦土と化すのを止めたいんだと気づいた。


興亡は摂理。手を出さなければそれでいい。結局のところ、対岸の火事だ。その火に飛び込む死にたがりのお尻を拭こうなんて今はもう思わない。現代に生きる幻想の中で忘れがちにはなるが、生存競争は自然の摂理だ。スパイも、その覚悟で入り込んでいるであろう。そこは職能の見せ所だ。


ただ巻き添えで火傷するのは理不尽だと。人為的に生み出される砂の焦土は、天然砂漠の見せる自然の過酷さではなく、人の汚さの表出なのだと。そこが気に食わなかったのだ。見たくないし見せたくないのだ。


後を濁さず、負けて消えろと、そうさせたいのだ。


ああ、何ということだろう。何という、自分勝手。


「おぬしら三人でも解決策が見つからんのじゃったら、わしには無理というものじゃな。」

「そうであるな!」

「ですわね!」


ウドーがこぼした一言にハイテンションに同意した二人。


私は宿舎傍に駐車していた馬車へと向かい、業物の木の棒を持って来た。


「はい、カメリア。」

「あら、見取り稽古のお時間ですわね。」

「うーむ、以前よりも抑えられれば良いのだが。」


全然釘さしにはならなかったようだ。逆にやる気になってしまった。


「はあ、あんたらはほんとに、もう。」


やや真面目な雰囲気がそのまま水に流されて、仕方なく皆で外へ。馬車から木剣を取り出し気を晴らす戯れに耽った。彼ら二人は、私と同じ。でもだからこそ、こんなにも近くに感じるのだろう。


「イクス、私ね、本当にどうしようもないわ。真に受けちゃ、駄目よ。」






眠たげな眼を見せていたカメリアさんの姿を目にして、切り上げを宣言し戻っていったミラージュ。クーラさんが残っていたので、声をかけた。


「ミラージュは、何に悩んでるのかな?彼女ならいくらでも、取れる手段はあると思うんだけど。」

「そうさね、君に、凄惨な行為を見せたくないのさ。それを肯定してほしくないのさ。君はきっと向こうへ行って、力を得ると、信じてるのさ。」


そう確信できる裏付けが、あるもんだからねぇ。余計な一言、だったわねぇ。


最後の方は、ひどく聞き取りにくかったけれど、間違いなくそう聞こえた。


沈黙が落ち、いたたまれない雰囲気になった。だからおどけて、新しく聞いたあだ名を告げてみた。


「そういえば、クーラさんの新しいあだ名をこの間聞いたよ。」

「ふーん、何ての?」

「猫神様、だって。どうかな?」

「ふむ、それは、、、うん、意図は不明だけど、面白いわね。分不相応すぎるけど、うれしいわ。」


にっこりとその綺麗な口元をほころばせた。鋭い歯がのぞく。


「良かった。さすがミラージュ、だね。」

「そうですなぁ。龍神様、はがーみーにはあり得ないし、獅子神様もあんましピンとくることないし。亀神様、はこれから次第かな。うん、そりゃーいいわ。現状一人占めだわ。」

「むむ、クーラ殿はミラージュ殿より上位だとは以前聞き知っておったが、神の一柱なのであるか?御使いではなく?」


スケさんが変なところに引っかかった。


「いやいや、そういうこっちゃないけどさ。そうねぇ、神様呼ばわりに相応しく、救いの手を差し伸べてあげられたらいいんだけど、駄目だなぁ。」


少ししゅんとしてしまったようだ。また逆効果だったのかもしれない。


「いや、でもイクスっち、ありがと。私も何か、考えてみるよ。じゃ、またね。」






翌日昼前、ミラージュの言っていたコルンペーレのスパイさんを呼びだした。僕らの部屋にて、事情を聞く。


「今の状況はつらいものがありますね。たとえ勝ち取ったとしても焼き払われた土地では意味がありませんから。我らに奪われるくらいならばと、決断する恐れがあります。勝ったところで、それでは、、、」

「そうですわね。こちらは食料、そちらは軍備、組むにはいい相手だと思いますけれども。そうはしませんの?」


セリナが感想を述べる。足りないところを補い合えば、確かに上手くかみ合いそうだ。二国仲良く南へと制覇の道のりを。純粋な加算以上の効果がそこにはありそうだ。


「禍根は深い、のです。我々ではなくこちら側が、特に。上も何度か申し入れたのですが、無下にされるのみでして。理で動かせぬものもあるのでしょう。」


この最後の一言は、明確に理解できた。


「お茶会でも開けばよろしいですのに。そうして語り合う場を設けるのも、無理ですの?」

「拳で語ることになろうな。最上級に穏便なものであったとしてもな。そういうものである。」

「厄介な事じゃな。」

「アリーナで白黒つけられないというのは、難儀なものですわね。」


ことりとお茶の入ったカップを置いて、つぶやいた。






「今日は以上ですね。複素数への拡張で代数方程式の解の存在が言えました。世界を広げることによって、です。虚数単位の記号は英語のイマジナリーの頭文字から。そこからはもちろん、日本語名称からも推察できる通り、想像上の、虚構の数ですね。しかしながら、まがい物ではないでしょう。思い至り、認識したその時に、存在を感じることができるようになります。もちろん、ルート2のようにこの長さ、といって実物を見せたりはできないのですが。」


一拍置かれる。あると想定したほうがずっと便利なら、それでいいわよね。


「こうして広げた数の世界まで、関数の定義域も広げていくと、とても美しい世界が待っています。ただの二変数関数とはまた違う、ね。興味があれば、将来複素解析の書物を手に取ってみてください。それはとてもエレガントな世界です。では。」


私の心は、アロガント。上ちゃんの新年最初の特別講義の締めの言葉を聞いてそう感じた。


思い至った瞬間存在する、か。世界を広げる、無かったものを作り出す、、、何か、ヒントになるような気がする。


既に昨日投げてしまったのだが、やはり燻ぶるものはあるようで、自然と何か解決策は、という思考で満たされた。


部室にて、何となく形になりそうでならないもやもやを説明しようと頑張ってみる。


「なんか、こう新しくさ、心のよりどころを作り出す、的な?今は憎き悪魔への反抗心で燃え上がってるけど、、、」

「なるほど。愛しき天使でも生み出しますか?」


ふむ、天使などおらぬが。おらぬが、しかし。


「詐欺師、やるのね。」

「詐欺じゃないんじゃねーか?天使ってのはちょっと違うが、本物だろ。」

「それもそうね。シッダールタとかの、第一世代ね!」

「第一世代て、、、いや、そうなのか?」

「でしょうよ。」


ちらり、玲央に意見を求める。


「ええと、最初の提唱者なわけですから、問題ないかと。」

「ふふん、でしょうよ。で、どうだろ。上手くいくかは別にして、他の余計な勢力から妨害とか、あるかしら?」

「宗教組織なんてないからな。その手の妨害とかないだろ。」

「そうさねぇ。」


言われてみれば。普通あるだろ、ってものがあそこにはないことがある。大抵はプレイヤーに何かしらの不快を感じさせないための措置なんだろうけど、なんだか面白くなって聞いてみた。


「いくつか、あるべきものが無いことってありますよね?」

「だねぇ。学校とか?」

「大学的な研究施設はあるぞ。文化レベル的な配慮だろ。」

「なるほど。わかるわ。でもたとえば剣術道場とか、実践する機会も多いのに見当たらないわ。あってもいいのに。」

「ふむ、そうですね。魔法学校の類も、その研究機関だけですからね。」


うーん、何でだ?


「そういえば前に、古文書研究者の図書館造りをお手伝いしました。」

「ああ、ルイナのイベントだねぇ。本を集めるのが超大変なんだよねぇ。」

「私もそれは途中で積んでますね。」


無いものでも、概念としては用意されている。だったら逆に言えば、作り出すのは自由ということか。何かに熱心な人だったら試みることだろうな。涼子先輩が無理だと言わないってことは、可能なんだろう。


「子供の類もいないわな。ま、あいつぐらいか。」


でた、ロリコン。こういう輩がおるからですよ。


「よーし、作ると決めたら、どういう教義か、どう広めるか、よね。」


高確率で言い負かせられるその話題だが、今は構っていられない。


「面白そうですね。」

「だな。」

「壊すより、作る方が楽しいさね。難しいけどね。それで、何を崇めるんだい?」


ニッコリ笑顔で、涼子先輩が私を見つめた。私の中で、決まりきった。神はお聞きになられたのだから、答えよう。


「猫神様です!」


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