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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
続・高校一年生 -冬-
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grudge -kasabuta-

その火はきっと、人為的なものであろう。


「イクス、上空から確認しよう。みんなも可能な限りついて来て。」


そのままロスパーに命令し向かう。賊の類の襲撃だろうか。さほど大きな集落ではなく、火の手は既に全域に回っていて家屋は倒壊を始めている。近づいたことで見えた壁には矢が突き刺さっていて、やはり何らかの襲撃であることがうかがえた。生存者はいないであろう。不毛すぎる。焼き討ちか何かか。何の目的があって。


見た目通り火の手が強すぎて、集落内部へ降り立つことはできない。


仕方なく周囲を見渡すが、視界の範囲にはこの所業を行った者どもの姿はない。私たちとはすれ違っていないから、進行先は限定されるが。


できることも無くてイクスとともに地上へ降りて皆の乗る馬車の到着を待つことにした。地上に降りたのとタイミングを同じくして皆が私の下に。


「周囲には何もなかったね。」

「そうね。」


賊なら山の方、軍隊ならばこのまま進行した、といったところだろうか。場所的にはノルティアの軍だろうが、攻めるにしても、ひどい仕打ちだ。


「これは、過激であるな。」

「そうですわね。」


一向に自然に任せたままでは尽きそうにないその火勢。煌々と燃え立つそれに、スケさんも私と同じく感じるものがあったようだ。


「ウドー、お願い。土をかぶせれば、消えるわ。」

「そうか。しかし、、、いや、そうじゃな。」


鎮火作業を一任した。地上に生き残っているものがいれば潰してしまう可能性はある。けれどあり得無いことの想定など、しても仕方がない。






「足跡とかの痕跡、探ってみましょう。」


探査や偵察といった類の職能を持たぬものばかりであるが、何もやらないよりはましだろう。土の蓋で燃素が尽き、静まった火。被せた土を再度動かしてもらって、燃え尽きた集落の中へと入った。二手に分かれ、情報を探る。


足元、籠った熱が靴底を伝う。独特の残り香も不快をあおる。


路傍に、焦げてつぶれた死体があった。


「死体、ね。」

「触れてみるよ。」


臆することなくそう言って、イクスはすぐに死体へと指先を接触させた。


「ミラージュ、安心して。これは置物だよ。」

「お、、、」


叫びそうになって、言いとどまった。耳にしたその言葉が脳内に広がった途端、喉を出かけた言葉の続きは奥へと引っ込んでいった。


「?」

「何か、わかった?」


ぶるぶるとかぶりを振り、気を取り直して質問した。


「特に何も。」

「そう。」


色が変わる。絵具は言葉、レトリック。


もう一度頭をぶんぶんと振って何かないかと探索を再開しようとした。


「ミラージュ、何かあった?」


私へ向けて、問いかけるイクス。何か、とはこの襲撃に関するものではなかろう。私に関する何かだ。


「大丈夫、ちょっと動転しちゃってね。あまりに、ひどい光景だから。」

「そう。」


他に比べて一際大きな建物の燃えカスの前に。集会所か何かだったのだろうか。定番としてはこういった建物の地下辺りに緊急避難所なんかが設置されていたりするのだが。復讐に燃える生き残りがいたりするのだが。


許される虚構の筋力で既に不良品となった材木を除去していく。


用意されていないのだから仕方ない。


仕方ないのだから、気にせずアンバイルへの道のりを進めることにした。


夜、たどり着いて、いつも通りに宿を取ってログアウトした。途中何かに遭遇することは無かった。






始業式、二分ほどの短い訓示を校長から受ける。何でもいいから学べ、それだけのことが毎回言いたいらしい。変に長々と語らないのはうれしいけれど、短すぎるのも物足りないものだ。不思議なものだな。


十時過ぎには放課となって、今年初の部活集会へと赴く。


昨年と変わらず、お茶を片手に歓談にふける。


「アンバイルでねぇ。まああそこは過激なところさね。」

「そうみたいですね。」


皆の話のネタが尽きてきた辺りで、私は昨日の事を告げた。驚いた様子を涼子先輩は見せなかったから、もともとあったイベントなのだろう。


「ねえ、みんな。ゲームの死体とかってさ、置物なのかな?」

「ホラーゲームとか、配置されてることは多いですよね。客観的には置物で違いないのでしょう。抱えている機能は視覚効果なのですから。」

「だねぇ。結構しっかりと描き込まれてたりするよねぇ。映画の小道具なんかもそうだねぇ。最も死体なんかは役者さんに特殊メイクが多いんだろうけどさ。」


なるほど。どうやら認識障害の残りかすがまだ残っている、ようだな。龍がやや渋い顔を浮かべながら、言葉を送り出した。


「別にそうおかしいことじゃない。それが怖かったり不快だったりするのは、わかってても揺さぶられるからだろ。それとこれが逆なら、こっちで置物と思っちまうようになったら、問題な気はするがな。」

「あんたや玲央と違って、私ホラーゲームや映画で怖いと思ったことなんてないんだけど。置物なんて思ったことは無いけどさ。それって不味いわけ?」


あの世界が何か、特殊なのだ。虚構と分かっていても、認識がずらされる。境界が判然としない。根本が定まらない。


世界は、多すぎる。現実の誰かが演じる偽物の世界。まがい物の何かが演じる本物の世界。本物が、うそぶき示す世界。偽物が、踏ん張り霞む世界。


嘘、本当、一とゼロで判別できず、その間の値でぶれ続ける。唯一の非現実が、よくできた虚構だとする拠り所が、無くなってしまったせいだ。有るせいで無くなるとは、皮肉でしかない。


「なはは。私も。豪胆ながーみーとは違って私は置物派だけど。どうしても作りがどうとかそういうこと考えちゃうんだよねぇ。」


現実で幽霊やら殺人鬼にぶち当たるようなことになれば恐ろしく怖い。そこは間違いない。けれど、いや、だからなのだろう。


「涼子先輩は、あのゲームの中で、“NPC”を斬れますか?」


アルファベット三文字を言葉に出すのに、エネルギーをかなり消費した。


「私は、斬れる。既に人の形を保ってはいなかったけれど、この間、きっちりと時間をかけて思考を重ねたうえで、意識を保ったスケルトンを斬り捨てた。アンデッドでなくたって、意志を固めれば無意識に手元が震えたりすることはもうない。」


強がって、そう早口に言葉を続けた。


「アリーナ以外じゃ、ネームレス以外は基本嫌だねぇ。」

「俺もたぶんできるぞ。そうするほうが面白くなるなら、やるな。もっとも、魔法じゃ勝手が違うか。」

「そうですね。私も龍と同じく。鏡さんの所でも、問題なくできてしまうでしょう。遠くから爆弾のスイッチを押すようなものですからね。」


玲央の言葉は少し引っかかった。


「ここでも爆弾なら押せるってこと?」

「いや、それは、迷いなく否定させていただきます。」

「ニュースであった、明らかな社会悪的な集団が目標でも?」

「うーむ、それは、、、しかし、肯定はしがたいですね。」

「何が違うの?」


答えは出ていた。


私もここでは斬れない。犯罪だとかそういったこと抜きにして、悪人だと間違いなく判断できる相手でも、冷静に判断する時間があれば、いや、無くたって、もう間違えない。私が怒りをぶつけるまでもなく、制裁してくれる機能があるんだから。それは多少のバグを抱えながらも、期待される機能を維持している。


ルールが、違うのだ。単にリスクの問題、そういう功利的な考えだ。ルールに抵触しない行動は許される。殺人も、一定状況下では容認される。褒め称えられることすらある。円滑に回すためのただの規定事項だ。染み込んだ、それだ。


まっさらな彼には、その理屈は通じない。埒外にあれば、適用対象外だ。


自分ルールがまかり通ってしまう世界。そうして楽しんでいく、世界。きっとそうなる。だからその基準を欲していた。自分一人では決めかねると、感じた。あのスケルトンを斬ったのは、間違いなのかそうでないのか。メルクスの起こした行動が、それを想起させた。


「がーみー、どういう経緯かはわかんないけど、斬るべきじゃなかったと思うよ。もう、止まらなくなるよ。イクスっちに、そんな姿を見せ続けるの?」






アンバイル首都。昼過ぎということもあってか街は賑やかだ。扇動者の喧しいスピーチがそこかしこで繰り広げられている。祖国のために、老いも若きも立ち上がれ、的なそんな感じの。まとめればそれだけだ。長々と小奇麗な修辞を重ねているけれど。長すぎるのは、やっぱり不快だな。


強制ドラフトでないのは救いがあろうか。


「そこゆく者たちよ、よそ者であろう?どうだ、雇われてみんか?貢献次第で褒美はいくらでも出るぞ。」


スカウトを受けた。手当たり次第に声をかけているのだろう。本来の目的であった様子見も、入り込んで中から覗いた方が効率いいかと思う。


「春先までは訓練に混じる感じになるのかしら?」


東の国境は今雪に覆われている。ノルティアに仕掛けられたわけでもないことも街の様子からわかっていた。しばらくの間乗ってみるかと決断して、問いを放ってみた。


「そうだな。軽い任務にいくつか参加することもあろうが、基本はそのような予定である。」

「わかったわ。手続きとか、何か必要?」

「では、ついてまいれ。」


道中。


「スケさん、セリナ。訓練じゃ絶対に本気出しちゃだめよ。」


ドラフト一位指名確定は嫌じゃ。転移でいつでも逃げれるとはいえな。どっちに味方するしない、傍観を決め込むとかの判断以前に、スケさんとか、そのまま調子に乗ってミラージュ殿と戦場にて、とか言い出す可能性はゼロではないしな。そうなるともう、収拾つかなくなるしな。


そうして案内されて駐屯地へと。入るなり好奇の視線にさらされるが、一人すごい顔で驚きを浮かべるものが。めちゃくちゃ目立っていたのだが、周りの者は気づかなかったようだ。一体何だ?


着いてすぐさま腕前を確認するための立ち合いを強制された。お手本を見せるために、最初に私が適当にお茶を濁して苦戦を装い、ギリギリの勝利を飾る。他のメンバーがそんな私の真似をしている間に、その先ほど私たちを見て驚いたいかにも怪しい奴の所に向かった。


私が向かってくるのに気付いたのか、背を向け私の進行方向と同じ方向へと進んでいく。歩みの速さは私と同じだったので、接触自体は拒んでいないのだろう。そうして設置されていた天幕の裏へと進んでいく。人気のない方。警戒を少し高めて追いかけ続ける。


近場からはほぼ死角の場所で、そいつは待っていた。近づくなり小さく声をかけてきた。


「御使い様。」


ああ、スパイか。私が覚えてる顔ではなかったけれど、その一言でなるほどと納得した。眉間にしわを寄せて、返答する。


「それやめて。ミラージュよ。で、あんたも様子を見に来たのね。任務?」

「はい。」

「そう。わかったわ。まあ互いに不干渉ってことで。うちらのことは気にしないでね。やらかさないように、注意を向けてくれたらありがたいけど。」

「わかりました、ミラージュ殿。」


そうしてちゃんと名前で呼んでもらえて満足して、立ち合いの場へと戻った。






「本日はなかなかに良い人材が入ったようだな。よくやったぞ。」


偉そうな人がお供を連れてやってきた。


「は。将軍閣下、お褒めにあずかり、光栄の極みです。」


敬礼とともに目を潤ませてスカウトマンが返事をする。将軍なのか。自身で戦陣に立つようには見えないな。腹、出てるしな。タプハラ、と名付けることにしよう。


「にっくき悪魔どもを、打ち滅ぼす手伝い、頼んだぞ。」

「その時期まで、気が向いたままだったらね。」


ただの様子見だったのだろう、私のやる気ない返事を特に気にすることもなく、すぐに別の場所へとタプハラは移動していった。


どうやら予想通り相当なマイナスの思い入れをペーレの人々に対して抱いているようだ。


「ふむ、魔窟におった、あ奴らの事かの?そんなものが闊歩しておるなど、この辺りは危険地帯のようじゃな。」

「ミラージュ、ウドーの言うとおり、悪魔ってデーモンの事?この辺りにはいないと思うんだけど。調査とか、してないのかな?」


気になって検索をかけたのだろう。真面目な事ですわ。


「そういうことじゃないのよ。」


助っ人参戦の気楽な私たちとは違い、激しい訓練を行う正規兵たちを眺めながら、悪魔なら倒さないといけないと感じちゃうわよね、と思った。






何者かの意図で踊らされているのであればその何者かは悪魔と呼ぶべき存在であろうが。


無料で宿泊施設を与えられて、言いつけを律儀に守り続けるスケセリを日々褒め称えて、数日が経過した。


その日、悪魔の手先の潜伏している場所を見つけたとの報告があり、ついてくるかと誘われたので、お言葉に甘えて兵に混じって様子を見に行った。既に先遣部隊が向かっているとのことだが。


まあそういうことらしい。一緒について来ていたスパイに目を向けてみるも、目が合った後悲しそうな目でフルフルと首を横に振るだけであった。


燃え上がる炎。国土全てを覆いつくすは熱狂の赤。妖しく揺らめく猜疑の種。疑わしきを、その種に赤を注いで燃やし尽くす。


闇にうごめき、タプハラ達権力者を一刀両断に斬り捨てていく私と瓜二つの、少女の姿をその炎の中に幻視した。


私も、頭を振る。その消し方は選べない。


燃焼の基本原理などとうの昔に理解したはずだけれど、上手な止め方を私は思いつけなかった。











昼前、帰宅の途。龍と別れた後の最後の坂道で、虚空へと問いかける。


「ねえ、メルクス。」

「はい。なんでしょうか。」

「あなたなら、陰で悪さをしている輩を片っ端から検挙できる?斬り捨てられる?」

「お望みとあらば。」

「望んではいないわ。」


望んではいない。きっとそうした方がきれいになるのだろうけれど、それは私の仕事じゃない。メルクスのすべきことでもない。できるできないと、するしないは同値じゃない。


そう諭されたのだと思う。


「私が死ぬとか、肉体的な怪我を負うとか、そういう危険がない限りは、この間みたいなことはもうしないで。怒ってるわけじゃないけど、気持ちはうれしいけど、それはあなたの手を煩わせることじゃないわ。」

「はい。刻みました。」


本当に聞きたかったことは、聞くことはできなかった。


(ねえ、メルクス。未来は、今と変わらず汚いの?ここに来る前、あなたは色を、上塗りした?白一色に、塗り替えた?)











「このところずっと悩みを抱えているようです。」


言い渡された任務をこなす。その原因が間違いなく私の短絡によって生じたことも、虚偽なく伝える必要がある。


「以前申し上げた通り、私が行った介入案件が原因かと。私のその行動が悩ませる何かを生んだことは明白です。数日前にそのことについて軽度の叱責を受けたことは依然述べた通りです。」

「そうだね。そうだろうけど、それはただのきっかけだね。直接の要因じゃないよ。」

「そう、なのですか。」


改めて彼からも叱責を受けるかと思っていたが、無かった。異論は特に浮かばない。彼がそうだと判断するのならば、それが正解なのだろう。


「向こうでも、君の報告した案件の直後に問題があったからね。そうして溜まって積もった何かが、あるんだよ。けれど、それでいいんだ。また僕に、本物の世界を映すんだ。鏡か。そっちの方が、ずっとずっと良かったな。そう、呼んでいれたら良かったな。今更、詮無いことだけれどね。」


明度が低い室内。わずかな明かりを反射して、鉢植えに生えた白い花が輝く。


「ありがと。彼女の言うとおり、過度な介入は控えて。それだけだね。」

「はい。その花を、持ち帰ってもよろしいですか?」

「ん?珍しいね。そうだね、、、いいんじゃないかな。」


許可を得て、それを手にして立ち戻った。


すでに静かな寝息を立てている鏡様の室内に、その鉢植えを設置した。


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