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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
続・高校一年生 -冬-
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arsenal -sadamaranu_kokoromochi-

冗談みたいな不可解が起こったのはその日のこと。本当に、何がどうして勘違いされたのか。きちんと確認することの大切さを実感したのもその日であった。






繁華街の待合所。私はメルクスと二人、そこで待ちぼうけしていた。ショートダッフルにジーンズというラフな格好。本日寒さはそれほどでもなく、マフラーできっちりと蓋をされた首元から冷たい隙間風が入り込むこともない。そうして街の風景の一つと化している私なのだが、一方のメルクスはというと、黒いロングコートに黒パン黒ブーツ、どこぞの救世主ですかというサイバーパンク風の格好で立ち尽くしている。


目立つ。


「ねえ、メルクス、せめてそのサングラスとマスクはどうにかならないかなぁ?」

「いえ。涼子様が必ずつけるように、と仰せになられましたので。」


そうか。ならば仕方あるまい。決して待たせまいと30分前に到着した集合地点で、好奇の人の目に間接的にさらされて少し気恥しい私であったが、これも精神修養と決め込んで耐えきることにした。






待つこと数分、やはり思っていた通り、涼子先輩は約束の時間よりもかなり早めに現れた。


「お、ごめん、まさか先に来てるとは。」

「いえ、ついさっきですから。」


以前待ち合わせした時、10分前に着いたというのに先に待っておられたのである。メルクスに合わせているのか、ロックな出で立ちだ。表現するボキャブラリーがそれしか思いつかない。革のライダースにギザギザのスカート。ん、髪が黒い。


「ああ、これ?」


そうして自身の髪をつまんで示す。


「親戚連中がうるさいから戻しなさいって言われてね。去年もそうだったけど。にしても、中々目立つね。」

「ですね。」

「まあ、顔が見せれないシャイな子って設定でよろしく。」

「ああ、それで。」


サングラスとマスクの謎は解けた。服装の方は、ただの悪乗りだろう。もう一人精神修養仲間を増やしてしばらく待つと、こちらも待ち合わせよりは早い時間に、早瀬先輩が遠目に姿を現した。この人もこの人で、目立つ。


「ごめんなさい、待たせちゃったかしら。」

「いや、今来たとこです。」

「私もです。」


目を引くような類ではないシンプルな格好であるが、包まれている素材が違う。


商品のパッケージのようでもあるが、肉の包装程度とも思える。霜降りがのぞいてたら、値段見なくても高いとわかるしな。服装効果一つとってみても、面白いものである。


街を歩き始めてから、何度も声をかけられた。そのたびにらみを利かせて去ね!と追っ払う。想像以上に数が多いもので、ちょっと面倒くさくなってきた。今日は移動するたびこれか、疲れそうだなぁ、と思ってようやくたどり着いた百貨店内。ガラス扉に映った、ぴったりと私たちの後ろに付き従っていたガール・イン・ブラックを目にして、ひらめいた。


「先輩方、ちょっとトイレに。」

「うん。あの店で見てるよ。」

「メル、あんたも。」


指された店を確認して、メルクスと二人トイレ内へと行き、衣装を交換した。


「いい?今日この街では私があなたであなたが私よ。絡まれたらさっき私がやってたみたく対処するの。問題ないわね?」

「はい。鏡様。」

「違うでしょ。そうね、メル、よ。」

「そうね、メル。」

「よし。」






戻ると、二人は店内の物品をあれこれ物色中であった。初売りから数日が過ぎているし、そういいものが残っているわけではないんだろうけど、他の買い物客で満ち満ちている中でストレスをためながらの買い物よりはずっといい。もちろんまだまだ人の数は多いのだけど。


まーでもここは私には関係ないかな。ちょっとデザインが全般的に先鋭的すぎる。そして、高い。


残っているものの多くははた目にもちょっと実用で着るものではなさそうなのばかり。何品か売れていたものは、そうして変わったデザインに惹かれてやってきた人が見つけた普通に質のいいだけの一品。ふむ、哲学ね。サングラス越しに様子を眺めながら、実用性と芸術性のシーソーをパタリパタリと動かしていた。


店内上階まで見るべきものを見て回って、最上階の喫茶店でいったん休憩。


「がーみー、さっきからしゃべらないけど、大丈夫?体調悪くなった?」

「いえ、ご心配なく。」

「?」


おっと、まずいか?早瀬先輩がメルクスの返事にクエスチョンマークを明らかに浮かべた。ちといつもの私の口調とは違ったな。


「鏡ちゃん、さっきトイレから戻ってから様子が少し、変ね。」

「絡んでくる相手の対応で少し疲れまして。」


ん、グッジョブ。


「そう、任せてごめんなさいね。でも、目立っちゃうから。」


ちらと私の方へと目を向けた早瀬先輩。


「涼子のせいで、変な格好させちゃって、ごめんね。」


フルフルと首を振る。店内でも視線が結構向けられていた気がするのだが、グラサンマスク装備のおかげでむしろ気にならない。顔が隠れていると、こうも人は大胆不敵になれるのだな。うん、哲学だ。薄布一枚、薄ガラス板一枚、何が変わるというわけでもないのにな。


「まあ、次行こっか。」


そしてこの仕打ちは私とメルクスのためでもある。双子設定で学校は別、と押し通してもいいのだが、何か間違ってどこかで齟齬が生じるかも知れないし。服装の方は本当に悪乗りなんだろうが。


カジュアル護衛から黒服荷物持ちへとジョブチェンジした私は、まだそれほどの量になっていない紙袋を抱えた。この三倍でも余裕ね。






移動の間声をかけてくるものどもは私の格好が目について、したら美女が二人紛れてるじゃんと考えた程度の軟派ものばかり。メルクスの冷たい一言や固い握手でもって簡単に引いていってくれた。


「やっぱり頼りになるわね。にしても涼子、あなたのせいで迷惑かけちゃってるんだから、ちゃんとあとで鏡ちゃんに何かおごるのよ。」

「そうさねぇ。」


平和に買い物を楽しむ時間が過ぎてゆく。


「ここが一応最後だよ。」


やや重くなってきた荷物を抱えてその店を見ると、ガーリーな小物ショップだった。ここは見なくてもいいかな、と思い、その反対側近くにあったゲームショップに私と二人で向かうよう伝えなさい、と小声でささやく。


「うん、わかった。終わったらそっちに行くよ。」


荷物の半分をメルクスに渡し少し身軽になった体で店の様子を眺める。最新デバイスのディスプレイが目に入った。


〈VR向けの新たな地平。そこはあなただけが眺める世界。〉


ちょっとキャッチコピーが気になって機能説明を読んでみる。どうやら色彩表示を完全にデバイス側で変更可能なようだ。毒々しい色使いとかにして楽しむってことか?


何がいいのかよくわからず首を傾げた私に店員さんが見かねて声をかけてきた。


「例えば対戦で重要なマップのポイントとか道筋とかあるでしょう。よく潜まれる場所とか。そういったところの色味を変えたりできるんですよ。」

「そう、ですか。それってなんかハードウェアチート臭くありません?」

「いえ、覚えるべきことが減る程度ですので。マルチに様々なゲームを遊ばれる方には好評ですよ。それに見える色など人によって変わりますからね。記憶する、という色付けと同じことを肩代わりしてくれると考えるとよいのではないでしょうか。」

「なるほど。」


言われれば確かに色を付けると同義だな、と思った。何にせよ競うべき内容が壊れるわけではないということか。確かに、あいつの生まれつき備えた認識眼はこの競技に向いてるからチートだ、なんてスポーツで叫ぶ奴はおらん。


「思考からレスポンスまでのラグも現状最小ですし。もちろん普通に色変えを用いることもできます。ホラーが苦手だけどどうしてもプレイしたい方とかで、背景色を暖色に変える、とかですね。」

「それはそれで、製作者に喧嘩売ってないですか?」

「まあ、良いのではないですかね?」


値段が値段だったので買いはしなかった。ソフトの方も現状他に手を出す余裕があるわけでもなく、そのまま店内を出て二人を待つ間、思考実験にふける。


サッカーで、超強力な足腰でもって30mからならまず入るミドルシューターがいたとしよう。これは壊れない、な。コースをふさげばいいだけだし。厄介だしスター選手にはなるだろうが。


同じことを機械的な何かで実現させたら。これは駄目だな。反則だ。じゃあ、フィールドにペンキで色塗り。適正ポジションの場所が一目でわかる。が、実用性はないな。刻一刻と動くものだしな。だったらヘッドギアで、相手と味方、21人の現在位置に合わせて計測処理し示されるなら、それは反則か。


経験とセンスで見極めるのが、一流なのだろう。人の限界を競うのだからな。では発想を変えて、人もぶちぬき吹っ飛ばす強力シュートが撃てる人なら?問題が変わるな。身体検査直行だな。うん。


隣で佇むメルクスを見る。100mを二秒で駆けれる彼女の眼には、そうした私たちの小競り合いは滑稽なおままごとに映っているのかもしれないな。






「メル。」


自販機でホットコーヒーを買ってのどを潤していた私にメルクスが声をかけた。少し警戒がうかがえる。何かと思うと目の前すぐ傍にスーツ姿の男が一人、いつの間にか対面していたようだ。当然、声をかけてきた。


「今回は変わった格好だな。しかし目立ちすぎて逆に敵に悟られそうにないな。ただの変人だ。よく考えたもんだ。」


すごいぶちかましだった。そのやや小声で発されたセリフは、明確にいかがわしい系の、裏世界的な場でのやり取りで発されるもののよう。敵に悟られるて。少なくとも普通の一企業やらなんやらのスーツ姿の待ち合わせの第一声で用いられる表現ではない。


さすがに返す言葉も出なくて、コーヒーを飲むために顎に下ろしたマスクを引っ張りパチンと一回やってみた。頭を冷めさせないといかん。外部刺激が、必要だ。


「うむ。でな、例の件なんだが、どうやら上の方が相当焦ってるらしくてな。今日あたり連中のこと、片付けてもらいたいのよ。スケジュールが押しててな。待てなくなった。」


どうやらそれを頷きの合図と勘違いした模様。例の件ってなんや!片付けるって!あれか、コンクリ沈める的なやつか!


「報告レポートはいつもの所だ。支払いはいつも通り後払いで文句ないだろ?たっぷり用意してるぜ。じゃ、今回も頼んだ。これは餞別だ。もってけ。」


そう言って男は茶色い紙袋を強引に私に押し付けて去っていった。生理用品なんかを買うときに入れられる、あの袋だ。中身、見るのか?これ、何だ?


「メル、クス。」

「はい。」

「あんたの知り合い?」

「いえ。」


成長したと感じた私。しかし今現在、足がすくんで動かない。今すぐ走って人違いです、中身も見てませんから!って言って返すべきなんだろうが、動かねー。


よし、落ちつこう。思考だ。可能性を考えろ。


私の格好に反応した。そうだ。仕込みだ。涼子先輩か早瀬先輩、いや、しかし何の目的が?明らかに大人の男性、30は越えてた。変装ではないだろう。そんな気さくなおじさんと知り合い?わざわざこの一幕のためにお願いする?薄いな。


だとしたら本当の勘違いだ。敵にばれたらまずいと言っていた。つまり秘密裏に行うべきこと。上が焦って、と言っていた。つまりややピンチ。グループか何かの抗争。そして連中を片付ける、臆面もなくそう述べていた。報告レポートの要求。これは、いや、たぶん、そうだ。食レポだ!


敵対店の味を、しらみつぶしにチェックして報告せよ!だ。ああ、間違いない。そうだよなぁ。うん、この平和な日本で、物騒な事なんて起こるわけないっしょー。


紙袋をのぞく。中身はサイレンサー付きのオートマチックハンドガンだった。






善良なシビリアンである私はその善良さから公権力への信頼は揺らぐことは無い。父さんがどうこうとか言う前に、こういう時に頼るのはここだろう。もしそうしないという人がいるのなら、そいつは悪人である。哲学、だな。


二人を待たず、速攻で駆けこんで、中にて事情を説明する。見知らぬ人に声をかけられ渡されたこと、本物かどうかはわからないが恐くて来たこと。最初は私の格好にいぶかしく思って対応していた人も、物が出るなり緊張顔で、真剣に聞いてくれた。


「本物、のようです。」


うう、何で。やっぱりあの日以来、時空が切り替わったのか?男の詳しい特徴やら至った状況やら長々と説明し終えた。


「では保護者の方に、迎えに来てもらいましょう。連絡先は?」


母さん、よりも父さんの方がいい気がした。だから名前と所属を告げると、すぐに連絡を取ってくれた。






「今日の事は忘れろ。いいな。」


車で家へと送られて、部屋に入る。すでに私の代わりに請け負った荷物持ちの仕事を終え戻ってきていたのか、中に入るなりメルクスが姿を現した。


「鏡様、ご安心ください。」

「そうね、私にはあんたがいるんだったわ。」

「はい。承った仕事は無事完遂致しました。駅にてお二方を見送り、人目のつかないところで不可視化し鏡様の下へとむかいました。」


心配してくれたのだろう。本当に、頼りになる相棒だ。


「署内にて、鏡様の緊張の高ぶりを感じましたので、今回は事前に私が対処いたしました。」

「そうね、まあ今回は私の失態じゃないけど、ありがと、、、う?」


対処、しただと?


階段を駆け下りる。リビングにはソファーに座ってテレビを眺めていた母さん。


「ああ、鏡ちゃん、戻ったのね。お買い物、どうだった?」

「ごめん!」


チャンネルを切り替える。ニュース情報番組が速報を映していた。アナウンサーが彼の手元の端末に表示された文を読み上げる。


「えー、たった今入った情報によりますと、武器密輸業者の摘発が行われた模様です、、、映像、つながったようです、はい。御覧のように、現場では構成員と見られる幾名もの人が意識を失い気絶している模様。発表によりますと、屋内には大量の違法武器類があり、すべて押収されるとのことです。以前より調査を進めており、本日明確な証拠となる物品を提供する匿名の通報があった、とのことです。大量の武器類が警察署前に突然現れたとの目撃情報もあり、事実関係の続報が待たれます。」

「まあ、すごいわね。お手柄じゃない。父さんも関わったのかしら。にしても、内部の告発者かしら。ふと正義に目覚めることも、あるのかしらね。」


のほほんと平和な感想を述べた母さんであった。






その日の夜は、寝つきが悪かった。


翌日、アンバイルへの道のりは買い物からの騒動はもちろん、途中拾ったメアの出力調整が必要だったこととにも時間を取られたために短くなっていなかった。その扱いにイクスがだいぶん慣れてきて、再び歩みを始め少し行ったところ、先の地上に夕日と混じる赤が見えた。


踊り狂う紅蓮の波は風に揺られて落ち着きなく、不安で揺蕩っていた。


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