dialogue -umaga_awanu-
オブリガルデさんの工房の庭先。ミラージュにしっかりと魔窟へと向かった目的を告げることにした。その上で手伝ってもらうように納得させないといけない。
「なるほどねぇ。」
「そうなのです。」
「そうなのですねぇ。」
事情を聞き、んーむ、と頭をひねり考えるミラージュ。
「まあ、解決にはならんわね。こっちじゃスケさんみたく、セリナとかセバスとかならいけるかもしれないけど、そもそも必要ない、気がするし。たぶん寿命とか、無いっしょ?」
「うん。二人とも、燃え尽きないよ。」
突発的な何かで倒れない限りは。時間経過によるそれはない。
「向こうだとね、無理だし無駄だわ。」
「無駄?」
「なんていうか、市民権?ていう概念があるんだけど、それが無くなっちゃうわ。その、そういう姿で街をうろついたら、逃げ出されたり攻撃されちゃう、わ。」
少し苦い顔をして、彼女はそう語った。そうか。それは問題、だな。ルーと手合わせするセリナを見つめるスケさんを眺めて、感じた。魔法を駆使したルーの手数の多さに、セリナは現在苦戦中。
先ほどスケさんには出す手全て、全然意味なく受け止められていたのである。
「そうね。こっちじゃ強面で凄腕の代名詞な程度だけどね。長く生きてるっていうわかりやすい証拠だものね。長生きしてるって、そういうことだと思うわ。でも、なんにせよ、あいつと話すのはちょっとねぇ。別に害はないんだけど、イライラするから。」
「でもさ、もしかしたら何かヒントがってことも。」
「そうねぇ。」
イライラという状態を体感することは今までなかった。だからこれがそうなのだろう。早口で割り込む隙なくどうでもいいことをべらべらべらべらと。
「だから、そうじゃなくて、精神を移し替える方法!」
「ああ、そうだったっけ、ごめんごめん、えっとね、なんだったっけ。ああ、そうそう、この間もね、綺麗な死体が落ちてたからさ、その辺の魂をそれに込めたんだよ。したらね、意識を取り戻した後、わしの頭、わしの頭、、、って必死で探し始めてね。いやー最高だったね。ついてるっていうの。今何で前見てるんだって。はは。一生懸命その探し物の首を振り振り、目をきょろきょろ動かしててさ。いやー。傑作だったよ。ね?そうだよね?ん?改めて思ってみると、自分で自分の頭って見えないよね。うん。見えない、見えないね。こりゃ大発見。どう?」
自分で首やら目やらをいろいろと動かして確認した後、僕に向かって片目をパチリと閉じて、キラキラした目で問いかけてきた。どうって言われても。
「鏡を、出してあげたらよかったんじゃない?」
一応の解決策を提案した。
「おお、気が合うね。君。そうなんだよ。さすがにそんなの一瞬で飽きるじゃん?だから次どうしようかと考えた後僕もさ、同じこと考えたんだよ。どう反応するか楽しみで、そうしてみたのさ。こんな風に。」
魔法で透明な壁を作り出す。うっすらと自身と隣のミラージュの姿が映る。
「そしたらさ、目を見開いて驚いてさ。言葉も出ないようでさ。ワクワクしながらしばらく待ったんだけどねぇ。何も言わずにとぼとぼ歩いて行っただけだったんだよねぇ。いやー最後はつまんなかったなぁ。はぁ、どうしてこう退屈なんだろうね。最近じゃああの糞野郎との追いかけっこが一番楽しかったまであるよ。まったく。ビオのおもちゃはふさがれちゃったし。ここはここであほなデーモンしかいないし。君、何か面白いこと、知らない?」
「知らんわ!」
横でずっと黙って聞いていたミラージュが声を張り上げた。
「ちょっとー、君の連れが中々見込みある質問をしてきたからきっちりかっちり答えてあげてたんだよ。ほら、関係ないのは黙った黙った。」
しっしと手を振ってあっち行けのジェスチャー。きっちりかっちりって、どういう意味で使った言葉なんだろう。僕の知らない、否定的な意味合いを持っているのだろうか。
「ミラージュの言ったこと、わかったよ。帰ろう。」
「あ、帰るの?ん?おお!ひらめいたぞ。ひらめいちゃったぞ!」
なんかすごい輝きを増してミラージュを見つめた彼。後ずさるミラージュ。
「な、何よ。」
「君、すごい剣筋持ってるよねぇ?前のあれ、まぐれじゃないよねぇ?」
「そう、だけど。」
「うん、ここ、バーンとやっちゃって!で、消える前に抱えてぐるぐる周囲を見せてよ。あ、体はもちろんね。どんな感じか試してみたいよー。いや、大発見。僕の性質に感謝だね。」
「はい、バイ、バイ!」
首元にトントンと手を当て促すプルスさんは、縦に真っ二つになり粒子と化したのであった。
話がちがーーーーう!そんな最後の言葉を残して。
全国の学生たちから愛される冬休み様も残り数日のお命となられました。その二週間という短い顕現期間の間に惜しみなく子供たちへプレゼントを与え続ける慈悲深き我らの世界の神の一柱、また来年まで、天界へとお隠れになられるようです。
その間、満足にこの大陸の各地方を巡れたと思う。この数日で魔窟の南北の大、と呼んでよかろう街も観察を終えた。
「行ってないのはコルンペーレの西、アンバイルだけね。」
「うむ、砂漠は良かったのじゃ。次も楽しみじゃ。」
大陸全体、形はアイルランドに似ている。北の突き出た部分が氷原、その南にコルンペーレ、そこから南東マリティア、さらに南へと順にテナクスクラクト、そこが南端。その二国の西方、両方にほぼ接する形でビオ、その北ペーレとの間にノルティア、魔窟北側の侵入口を擁するところ、その南西に砂漠のデセルタム。こちらはイクスたちが入った魔窟入口があるところ。
砂漠?と疑問を抱いてしまうところではある。縮尺とか気候設定とか、おかしいものね。
でもそこを現実レベルにしてしまうと、高速馬車があるとはいえ、超速の馬がいるとはいえ、都市間の移動に馬車の旅で数週間とか。このゲームは別に旅シミュレーションじゃねーからな。転移を使わず原始的な移動で光景を眺めるのは結構楽しいのだが、さすがに毎回それでは一度で飽きる。だから距離は長すぎず短すぎずをモットーにしているんだと思うのである。
まあ細かいことは置いておいて、新たに知り合ったルーとともにデセルタムとノルティアは、地上に不慣れな彼女の案内がてら巡ってきた。
その反応は半年前のウドーやイクスを思い出すもの。いろいろあったけれど、結局今は今でしかなくて。そうして過ごしていくことしかできることはないのでして。
調子に乗ってあちこち転移で連れまわして、最終的にはオリガや他の探窟者仲間たちと一緒にビオプランタにひとまず転居することにしたよう。素材で稼げる上に都会で楽しそうでよさそうね、だって。
イクスに熱心にスカウトさせたのだが、実らなかった。
そんなわけで、こちらの大陸最後に残った街、アンバイルへと向かう。ペーレ西、ノルティアの北西。
ここもまた寒冷地帯なのだけれども、西側海岸寄りにある首都は暖流の影響で比較的温暖な気候らしいのである。その海へと流れ込む川があり水源を確保できるため、他より食糧事情はまし。公式情報より。
現状、北二国は間違いなく最悪の中。以前の喧嘩相手だからだ。マリティアは南へと目を向けていたことが分かったが、ノルティアは不明。奪うなら、まずは食料、だろうかな?
ノルティアにて、ルー、オリガとはしばしの別れを告げ馬車でのんびり北西へと向かう面々。私はロスパーにまたがりながら、まあなさそうだけど、一応ね、っと一目でわかる異質な光景を探しながら進んでいた。
ヒヒーン、ロスパーいななく。どうしたよ、と首筋なでると、くいくいと鼻先にて指し示す先には黒馬が一頭。
何じゃ、ひとめぼれか、あれ、雄なんか、と声をかけるが、フルフルと首を振って応えるロスパー。どうやらただ同族が一頭こんな場所にいるのが心配なだけのようだ。
「ちょっと、スケさん、止まって。」
馬車の進行を止め、その黒馬の下へと向かう。
ヒヒーン、ヒヒ?ヒヒン。馬同士伝わる何かでもあるのだろうか、会話を始めるロスパーと黒馬。
ヒヒ、とその黒馬は同意か何か?の言葉?を発して、その足元にいきなり黒炎を噴出させた。
おいおいおいおい、これ、モンスターじゃね?麒麟、的な奴じゃね?西洋版のそれ系なんじゃね?
やや警戒を高める私であったが、危険はないと悟ったのか気にせず近づいていったイクス君。んー、白い髪と黒いたてがみのコントラストがいい塩梅である。ほぼ触れ合う距離になって、そこからさらに触れようと近づく。ふむ、襲ってきたりはしないようだな。悠然としてまっすぐに、近づくイクスを見つめるのみ。
その鼻先を優しくなでて、笑顔満面であった。んじゃあ私も、とロスパーから降り近づいて撫でようと手を出し、ええ、噛まれましたとも。噛まれましたともさ。
「でー、イクス君や。こちらさんは差異なのかね?」
一向に私に懐こうとはしない馬っぽい何かを痛みの少し残る手で指してそう問いかけた。
「うん。なんかメッセージで、スポーツカー並みに最高のスピードを味わえるぜ!ってあった。」
ん、口調が明らかに違う。こりゃ、父親の方か。
いるかどうか微妙な線だったが、どうやら確定のようだな。しかしスポーツカーときたか、こりゃやばい代物に違いない。ニトロとかそういうの、レースゲームの車とかに実装されるその手の機構が、黒馬からほとばしる炎とダブった。
まあでもせっかく見つけたんだし、少し遅めのクリスマスプレゼント代わりかしらね、とその意図を最大限に発揮させるべきとの結論に達して、イクスへと声をかけた。
「イクス、ひとまずまたがってみなさい。」
こくり頷き、やや緊張気味にその背にまたがった。すかさずロスパーに通訳を、できるかどうか知らんがお願いしてみる。
「ロスパー、この黒馬に、できうる限りの最高速で駆けてみるよう伝えられる?」
ヒヒ、ヒヒーンと、何となく意図通り伝えてるような感じのロスパーのいななき。その直後。やっぱり伝わらなかったのかな、と思った一秒後に、消えた。目の前から、イクスとその黒馬が。
仮想現実にて擁している超越的な動体視力にて上方へと移動したことを何とか目視して見上げると、ジェット機が引く飛行機雲のように黒炎の残り火がその変位の経路をたどったのであろう形で残っていた。
こりゃ、データ入力時に数値設定ミスったな。マッハいくつとか、そういうレベルだわ。スポーツカーと言っておったが、F1を飛び越して、FAね。ファイターエアクラフトね。16進法だとその差、9ね。一桁の数のほとんどに対して、加えたら桁、増えるわね。なんて思いながら、イクスの父ちゃんが、やらかすタイプの人であることを脳裏に刻んだ。
頭をくらくらさせて黒馬から降りるイクス。すぐさまその場にへたり込む。
「大丈夫?」
「うん、振り落とされないよう、背中に魔法がかかってるみたいだったから。でも、ちょっとまだくらくらする。」
意識を失っていないだけでも相当である。そういう安全面も魔法効果がかかっているのだろうか。確かめたい、乗ってみたい。これは、いかねばなるまい。なんかそうしないといけない気がする。
ヒヒン、ヒヒヒン?
そんな私の思考に対して割り込んできたのはロスパーのいななき。何となく今のは伝わった。私、飛べるの?だろう。どうやら私と同じく、感化されたようである。
「ロスパー、それは、無理なのよ。生まれ持った、そうね、能力、なの。その壁はきっと、努力で超えるのは無理よ。」
ヒヒーン、、、炎をほとばしらせて宙にふわふわ浮かぶ黒馬を見つめて悲しげに上げるロスパーの声。仕方がないのだ。馬は空を飛べぬ。空を飛ぶ翼をもたぬ。だから飛べ、、、いや、飛べたではないか。物理学を発展させ、実現したではないか。別の形で。そう、我々は夢を、思いを、現実のものとしたのである。FAを生み出したのである。ファイナルアンサーである。
この世界、スカイウォークが魔法としてある。この黒馬のやったことも、それと原理はほぼ同じであろう。
「いや、違うわロスパー。あんたにもし魔法の才があるなら、いけるわ!」
「一体何なのです?このような何もない場所で大事な用事というのは。」
一旦外へ出て玲央に端末で連絡を取って、来てもらった。魔法関係ならこいつだろう。
「いや、この子にスカイウォークの伝授をお願いしたくてね。」
「はあ。は?」
この子という言葉とともに指したのはもちろんロスパー。
「いや、鏡さん。申し訳ないのですが帰ってよろしいですか?冬課題の処理で忙しいのですよ。」
どうやら優秀な私とは違い、あとに残してしまったようである。細目になって私に向けて全くそんなつまらんことで、といった目線を送ってきた。が、出すべきカードはある。出し惜しみせず支払うとしよう。
「そうねぇ。明日ね、早瀬先輩と涼子先輩と一緒にさ。」
一旦そこで区切る。細かった目がやや開かれる。
「お買い物でもしようとね。そのあと、ファミレスでお茶、とか?長く話し込むかもね。もちろん涼子先輩は数学の課題とか残ってるかもね。私は、優秀ですもの、そのお手伝いもできるし自分の分はすべて終わってますし?ええ、ええ。」
「ああ、中々に賢そうな馬ですねぇ。では早速。まずはその身で受けてみるのが一番かと思いますですよ。ええ。異論はないですよね?」
調子良いぐらいに手のひらを反して、ロスパーの方へとスカイウォークをかけようと手を伸ばす。ハムリ。ええ。噛まれていましたとも。噛まれていましたともさ。お約束ってやつね。
拍子抜けするほどにあっさりとロスパーはスカイウォークを覚えた。現在彼女は空を高速で駆ける大人気アトラクションと化している。セリナもウドーもそしてちょっと意外なことにセバスも、相当に楽しんでいる模様。メア、黒馬に付けた名前、程超速ではないので安心である。
「聞いてもいいかし、ら?」
唯一決してその背にまたがろうとはしないスケさんに問いを発した。
「何を、であるか?」
何をって、わかっているであろうに。その彼の表情を見て、聞くな、という強い意思がそこから読み取れて、その先を言い出せなかった。
「いや、ごめん。いいわ。今回いじる相手は別にいるしね。」
使命を終えたとはいえ、何となくこのまま見せ場なしで帰すには悪い気がして、ちらりとターゲットを見る。イクスの傍で、炎をまとうメアに見惚れているようだ。
「そいつ、イクスの父親がプレゼントした馬。空を、のんびり、かけてくれるの。父親ってのに、中々ロマンチックな趣向よね。」
「ほほう、それは素敵な贈り物ですね。」
ややのんびり、の四字に詰まりつつも、何とか喉からひねり出した。その四字に不信を抱いたのかイクスが怪訝な視線を私によこす。穏やかにまあまあ、と視線を返す。どうやらこの子、レオにはそれほど忌避感はなさそうなのである。
「乗ってみたら?空中遊泳、楽しんできなさいな。」
悪魔のささやきである。近づいた私に強烈なる嫌悪感を発して噛むぞ!と見つめてくるメアを指して、そう言った。まったく、何で私は乗せてくれないのよ。
「ふむ、あまり高いところは好きではないのですが。スカイウォークのように自身で制御できるわけではないですし、、、」
「落ちても魔法でどうとでもなるじゃん。ここなら問題ないわよ。」
「それもそうですね。」
まあまず意識の方が落ちるかもだけどな。背に乗ってると振り落とされない効果がかかるようだが、同時にGもやばいぐらいにかかりそうだからな。そのあたり、検証して来い。
黒馬へと向けて、手、抜くんじゃねーぞと睨みを向ける。スケさんがやるように威圧的なものを放つ。
「ちょっと鏡さん、怖がっているではありませんか。言うことを聞かせるにしたって、優しく、ですよ。おー、よしよし。」
「あそこの山までいって、戻ってきなさい。」
そうして撫でて、背にまたがるレオ。それを確認し、ルートをメアに伝える。10秒くらいかしら、なんて目測で計った距離で推測してみる。
ゴー、と私が掛け声をかけ威圧を解いた瞬間、逃げるように消え去った。
数秒後、戻ってきて一言。
「馬も意識も、一瞬で飛んだわね。」
抜け殻のようになっているレオの頬をパンパン叩いて、無事ゲーム内で目覚めた彼。同時に記憶も飛んだようだった。
耐えられたイクスは、相当だということがこれにて判明した。




