new year -tsugi_no_hajimari-
大晦日。夜更かししても怒られないことで有名なその日。日付の切り替わり一時間前まで私は時間を潰そうと端末であれこれと今年を締めくくる特番を眺めていた。今見ているのは数日前に放送された、ゲームの情報番組。アーカイブから新情報でもないかな、と眺めて時間を潰すことにした。日本語字幕が付けられるのでありがたい。
〈続きましては恒例の、キャラランキングですね。〉
〈はい。11月に追加されたキャラクターが入っているか、気になるところです。〉
たらたらと続くそれ。新情報は特にないようだ。あったとしても発表は年が明けてからの次回だろうか。
人気キャラと不人気キャラ、龍の言っていた通りプルスは強いようで、今回もどちらもランクインを果たしていた。
〈えー、プルスは今年一年でつぶされた総数、千五百万体を超えたそうですよ。〉
〈なるほど。単純計算で一プレイヤーにつき三体はつぶしたことになりますね。〉
てことは今年一年のプレイヤー総数は世界に五百万超ってことか。何度も最初からやり直したりしてるプレイヤーも多いだろうから実際の数はもっと少ないんだろうけど、何にせよすげー数だな。てかそんな数いちいちカウントしてんのか。
何とも意味のない情報を耳にしつつ、予定していた時間になったのでゲーム世界へと私は向かった。
セリナ邸。いつもよりずっと遅い時間。イクスを呼び、みんなへと招待を送りこの世界へと現れる久しぶりのフルメンバー。人数制限的にカメリアは呼べない。最もまだ中坊の彼女。勉強で脳を酷使して既に今頃夢の中だろう。
「いやぁ、年越しをゲームの中でってのも、うちららしくていいねぇ。」
「そうですね。こんな感じでいかがしょうか。」
もうすぐ年の切り替わり。いつもよりずっと遅い時間にぞろぞろと現れた私たちにイクスは不思議顔。けれどレオの魔法できらびやかに装飾されていく庭先の光景にはご満悦のようだ。
「すごい。綺麗だね。でもどうしたの?」
「イクス、久しぶりだね。向こうで年が変わるんだ。そのお祝いにね。」
コルンペーレ以来の再会となるみんなと挨拶を交わす彼。ぼんやりとでもいいから、その節目を感じてもらえたらなと思うのだ。来年もこうして区切りの会を開いて、それが、そうして過ごした時間がまだまだ何度も続くって。そんな風に、わかってもらえたらいいんだな。
「そう。一年、だね。で、これから何かするの?」
「正確にはその半分だな。出会ったのがすでに半分過ぎた頃だったからな。で、何もしねーよ。ただ今年を振り返るだけだ。」
それでいいとみんなで話し合って決めた。ただの語る会。別に今日明日は誰にとっても特別な日ではないのだ。お祝い事は次にお預けだ。
「じゃーまずはベントの酒場からかしらね、、、」
「その辺りのことは僕も知らないな。楽しみだ。」
にやりと口元をゆがめた。瞬間、鋭い視線を感じた私。いや、負けぬ。我は成長したのだ。絶対に偽りなく伝えてやる。
「こんなところかしらね。」
「そうだね。」
「じゃ、あたしはそろそろ寝ますわ。さすがに眠くなってきた。」
そういってミラージュは向こうの世界へ帰っていった。話していた途中で年が切り替わったらしい。その瞬間に放たれた魔法の閃光は綺麗だった。他のみんなも戻るのかな、と思ったが、まだ残るようだ。
「さて、イクス。あいつがいなくなった今言いたいこととかないか?たまった鬱憤でも感じてる不満でも何でも、聞くぞ。」
リュウがそう問いかけてきた。思考してみる。鬱憤、不満、何でも。言うべきこと、あるだろうか。ああ、あった。すぐに見つかった。
「いなくなるのはやっぱり、嫌だよ。」
毎日必ず一度は顔を見せてくれるミラージュ。もしそれが予告なく途切れたら。ただ純粋にそれが一番、怖かった。
「そうだね。」
「そうさなぁ。」
リクとクーラさん。二人とも困惑顔だ。
「龍、何とかなりません?」
「何とかって、何だよ。」
「寿命をはるかに延ばす大発見とか。」
「いや、無理だろ。」
レオとリュウ。どうやら僕のその一言は、残っていた四人全員を困惑させてしまったようだ。寿命を伸ばす、か。
「向こうの世界のルールが知りたい。ここではスケさんもウドーもセリナもセバスも死ぬ確率が低いんだ。でも、、、」
「ルール、、、そうだな、向こうじゃ、緩やかに皆死に近づいているんだ。だいたい、何事もなく過ごしても生まれてから50から100年ぐらいでそれに至る。そういう単純なルールだ。」
他の三人を眺める。リュウの言ったことは嘘じゃないようで、皆頷いていた。
「そう。避けられないんだね。」
「そうだな。長い長い燃焼期間を経て、やがて燃え尽きるんだ。」
キャンドルを取り出し、高火力の火をその蠟の先に灯すリュウ。どんどん溶けていくそれ。すべて溶けてなくなって、火はなくなった。
「そういう摂理だ。」
解決策は簡単に見つかった。けれどそんなことを、彼らが気づかないはずがない。そこには問題があるのだろう。少なくとも僕が願うそれに対する解答には、なっていないのだろう。元が同じ火種でも、それはもうミラージュ達ではなくなるのだろう。
「この蠟燭の長さが、寿命だ。」
「はるか昔に比べれば、かなりの期間伸びたのですがね。それでもさきほど龍が述べたとおり、100年程度が限界です。」
直接寿命を長くするしかない。その試みは様々なされているのだろう。そして上手くいっていない。ならば燃えても溶けずに残り続ける材質に変えるしかない。すぐ最近の出来事に、それに対する一つの解は転がっていた。
「わかったよ。ところでこの間倒したんだけど、ビオのダンジョンにもいたあのゴキブリ?さん?」
「プルスの事?」
クーラさんが名前を教えてくれた。即座に検索をかける。出現ポイントはある程度つかめた。
「さすがクラペディアさん。プルス、そういう名前なんだね。」
「クラ、、、ペディア?」
あ、そういや言っちゃいけないって言われてたんだった。少し顔をしかめたクーラさん。
「物知りの人につける名称って言ってたから。誉め言葉だと思ったんだけど。」
「まあ、そうさねぇ。どー思う、レオペディア、リクペディア、リューペディア。」
ややいつもより値の小さい振動数でクーラさんの声が響いた。
「私はさしてそう呼ばれる所以はありませんからねぇ。実感はわきませんが、誉め言葉、だと思いますよ。龍も聞けばなんでも答えてくれますし、ピッタリではないですか。」
「僕もそうだね。呼ばれる理由は全くないなぁ。涼子、素直に喜んどきなって。一番響きいいじゃん。クラペディア。うん、いい響き。」
リクとレオの意見が期待通りのもので安心する。
「ギルティ。お前らな、、、」
リュウが冷たく告げた。
「ふむ、お二人はどのあたりが気に入らないのです?」
「いや、うん。確かにお褒めの称号なんだけど、何か、引っかかるわ。あたし、お気に召しませんわ。」
「ですね。」
あれー。
「まあ、いいわ。それは後よ。で、イクスっち、他になんかない?プルスの何が気になるの?」
「いや、なんか因縁の相手みたいだったから気になっただけ。名前もわかったし、自分で調べてみるよ。」
「他、本当にないか?」
リュウの念押し。こくりとうなずく。
「そ。じゃ、私も出るわ。みんな、お休み。」
「では私も。おやすみなさい。」
「じゃ僕も。イクス、またね。」
そうして粒子となって向こうの世界へと帰っていった。リュウはまだ残るのだろうか。三人が消えた後も一人残って、僕を見つめて立っていた。
「一言だけ。プルスに聞いても、それそのものは解決にはならんぞ。もっとも聞きに行くその行為は咎める気はないがな。お前ならもしかしたら、な。」
どうやら発想は読まれていたようだ。
「そう。でもうん、聞くだけ聞きに行ってみるよ。」
それならあいつがもしかして、、、と小声でこぼして、リュウも粒子となって戻っていった。
さて、明日朝ここにいたらミラージュに怒られちゃうだろうな。部屋へと戻り、セバスに言伝を頼んで一人、は絶対余計に怒るだろうから、因縁がなさそうだったウドーにお願いしてついて来てもらうことにした。
二人、設置された転移ポイントからセリナのおうちを後にした。
「どうでした?」
ホームで待機していた私。しばらくして皆が戻ってきて、グループコールをつないだ。
「ま、文句の類はなかったさ。」
「そうですか。」
ほっと一安心した。
ちょっと涼子先輩の口調が荒いのが気になった。龍か玲央あたりが何かやらかしたか?もう、怒らせると怖いんだからね。まったくもう。
「そうですね。やはり寿命の件は引っかかっているようでしたよ。それだけでした。」
「うん。でもそれは僕らじゃどうしようもないからね。」
「そうね。」
月並みだけど、時間さんの超越的な解決力に期待するしかなかろう。お久しぶりです、時間さん。
「おうよ、任せ時計。」
時間さん、滑ってます。おやじギャグです。だだ滑りです。
「滑りなどせぬ。我は流れ続けるだけである。」
ファンタジックな妄想を久しぶりに繰り広げて、どうなっちゃうんだろうな、と感慨にふけっていた。
「でさぁ。」
やっぱりちょっと怒気のこもった涼子先輩の声。全くもう。ほんと二人とも、どうしようもないんだから。
「はい、他に何かあったですか?誰か何かやらかしたとか?聞かせてくださいな。」
一体何をやらかしたのよ、龍に玲央は。気になりますね。まさか、この時機をわきまえないタイミングで玲央が、、、いや、それなら失敗してここには来ずに枕を布団で濡らしておるはずだ。さっき普通のテンションでしゃべってたし、それはないか。
「僕から言っていい?」
陸が説明の手を挙げた。そういやさっきから龍は黙りこくってんな。こりゃ犯人確定か。ふふん。何をやったか言ったか知らんが、説教を食らう龍を年明け早々みられる、もとい聞けるなんて、今年はきっといい一年ね。一体何をやらかしたのかしら。楽しみだわ。
「あのさ、イクスがね、涼子のこと、ゲーム内の名前をもじってクラペディアさんって呼んだんだ。」
うんうん、で?
「そのあだ名、本人はちょっと気に食わなかったみたいでね。僕はむしろ誉め言葉だと思うんだけどさ。どうなのかな?」
反応できなかった。言い訳を思いつかなかった。代わりに混乱した脳内は早ペディアの、、、違う、それは駄目だ。今悟った。失礼な呼称だ。早瀬先輩が語ってくれたそのセリフを再生していた。
沈黙の落ちるグループチャット。
その沈黙に耐え切れず、ぼそぼそと混乱とめどない脳をフル回転させて思いつく限りの言葉を支離滅裂に語り始めた。
「ペディアとは、元々は百科事典という意味のエンサイクロペディアのペディア。たぶんラテン語かなんか。その前にウィキという言葉をつなげたのがウェブサイトね。響き、いいわよね。ウィキって何かしら。猿の鳴き声かしら。ウッキーって。んー、何で猿?いや、まあ、語源はいいでしょう。そう、それは、それは、、、そう、多数の知識の集合体。クラウドナリッジ。その集積された情報の量は比肩するものなし。人類の英知と言ってもよい。しかし唯一今、ここに、そう、ここに、それに比肩する存在がいるのであると私は高らかに宣言しよう!ニュートンをも超え、ガウスを凌駕し、デカルトパスカルニーチェゲーデルウィトゲン、、、なんとか。それからそれから、えーと、トマス、、、アキナス?ああ、秋茄子っておいしいわよね!そう!そのおいしさは筆舌に尽くしがたいわね!語り得ないことについては、沈黙するしかないわね!じゃ、おやすみなさい!」
うん、逃げた。
翌朝。恐る恐る端末を除くと、予想通り涼子先輩のメッセージがあった。震える指先でそれを開く。
〈最後のダジャレはちょっと笑った。別にそこまで怒ってないよ。〉
猫神様の慈しみにあふれた優しさは、聖人に叙されてしかるべしやな。
謝りのメッセージを返して、約束を破ったイクスに小言をと朝食の間その内容を考えながらもしゃもしゃと口を動かし、その口の動きをそれ以上行う必要がなくなって速攻、セリナ邸へと降り立った。
「また出てった!?」
「はい。」
なんてこったい。やっぱみんなにも伝えられない不満でもあったのだろうか。二度目ともなると焦りよりも自分に対する失望の思いが勝ってしまう。すぐに行動に移せない。
「ですが、心配せずに帰るのを待っていて、とおっしゃられておりましたよ。ウドー様と連れ立って、この場を後になされました。」
ふむ、それは前とは違って理性的に判断して一人動く必要があったということか。ウドーが一緒ならよっぽどでない限りは大丈夫か。思慮深い彼の事、そんなよっぽどに知らず近づくことは、、、無いこともないかもな。感情が生まれてからというもの、今回みたくすごく積極的になっちゃってるしな。
その辺りのかじ取りはむしろウドーが得意か。
「わかったわ。どこに向かったか聞いてる?」
ウドーの豪運を思い出したおかげでやや落ち着いた精神。セバスに冷静に適切な問いを発することができた。
「魔窟へと向かうと。」
ふーーーむ。それは、どうなんだ?安全、か?判断つかんな。普通ならおそらく大丈夫、だろうが。もし差異が用意されてたら、未知数だな。
今度はウドーの現在の実力のほどを思い返しながら、どうしようもなければ閉じこもって助けを待てるだろうと結論付ける。
「追いかけませんこと?」
「そうであるな。」
たぶん自分本位が7、8割、イクスとウドーの心配が3、2割の二人の意見。
「そうね。そこまで心配する必要はなさそうだし、のんびり迎えに行くとしますか。」
ガッツポーズのセリナ。眼窩の奥底輝く炎のスケさん。
最下層近辺なら一段下のクラスがごろごろらしいからね。そんなモンスターたちを多数相手取るなら、燃える戦が待っていよう。もっとも今のスケさんは最上級からはあり得ないはずのもう一段上の頂へと手をかけているような気がするが。これもこの特殊な世界の影響なのかな。ま、理由なんてどうでもいいかな。
「私はここに残りましょうか?入れ違いになる可能性もありますから。」
セバスが残る宣言。連れて行った方が多くの点でいいんだけれども。
「いや、転移でいつでも戻れるし、大丈夫でしょう。一緒に行きましょう。では、最寄りの街へ向けて、しゅっぱーつ!」
設置した転移ポイントからセリナ邸を飛び立った。
「えらくご機嫌ですね。」
視界の先には、鉢植えに水やりをしている彼の姿。ふんふんと鼻歌交じりに、手にしている水を蓄えたその容れ物を傾けている。
「メルクス、君はほんとに律儀だね。そういうところもそっくりだ。毎日決まった時間にこうしてやって来て報告してくれるんだから。」
誉められているのだろうか。けなされているのだろうか。判断はつかない。
「いやね、この間君が必死で何度も何度も要求してきたじゃない?だからやっぱり、決まってるんだなって。その時からきっちりと時間経過を測り続けてね。」
その告げられた言葉の意図が判然としなくて、私は首をかしげた。
「命令。この定時報告、しばらくはミラージュの機嫌をしっかり報告すること。」
「はい。」
やはりその意図を測りかねる。日々報告を続けているものの、過去の例のような重大事は起こっていない。近いうちになにかしらが発生するのだろうか。しかし彼の口ぶりからは、もし起こったとしてもそれは彼がすでに知るところだと理解できてしまう。その事後報告に意味はあるのだろうか。
「もちろん最優先は忘れちゃだめだよ。一瞬のこととはいえ、傍を離れるんだからね。安全を確認してから。そこは守ってね。」
「はい。」
それで終わりと彼は身をひるがえした。疑問を抱えたまま、私は鏡様の元へと戻った。