icy home -jiko_bukkenn-
「ええー、あの指輪にそんな効果があったなんて、、、」
残念な奴の烙印をつい先ほど押してしまってなんだが、正直事情が分からんでもない。例えばこのストーブ、常夏の地域に持ってったら邪魔な置物以外の何物でもないしな。にしても、一体どうすべきか。
「して、探しに行くのであるか?」
「うーん、ちょっと現実的じゃないわね。あんたどこに捨てたか、覚えてる?」
さほど期待せずに聞いた。それを裏切らず、フルフルと首を振って覚えてるわけないじゃーんと軽いノリで返してきた。
「それだと見つかる確率、0だよ。」
この広い氷原。極々小さな指輪など、数個集まっていたところで面積0の点に等しい。イクスもそう判断したのだろう。でかいゴミが目印にあったとしても、それが0.01ぐらいになる程度だ。
「どうするのじゃ?」
「あきらめて帰ります。」
ウドーの問いに対して断言する。不可能は不可能、それは認めなければ。今回に関しては感情云々とかそういうのが入り込む余地はない。無二の親友ではないのだ。たまたま見かけた困ったさんなのだ。ちょっとの手間なら助けようが、大きな手間まではさすがにな。
「ちょ、ちょっと!お願いよぉ!」
お願いされても駄目だ。いや、無理だ。
「コルンペーレ辺りまでなら、大丈夫じゃないかな?」
イクスから助け舟が出た。
「ふむ、そうね。試してみましょうか。ここにポイントおきっぱにしとけば、危ない時にはあんたが連れて来れるしね。」
「うん。やってみよう。」
てなわけで、馬車でコルンペーレへとんぼ返り。
雪に包まれた街。前以上にその全体は白く覆われている。が、街の様子は以前よりも多少活気があった。この時間帯だと通りに誰もいなかったはずなのに、今日はちらほら行き交うNPC達の姿がある。
「どう?」
「おおー、これが人の住まう場所なのね。うん、ここなら全然大丈夫!」
ひとまず以前と同じ宿の大部屋をまた貸し切る。全員分の耐寒装備を揃えるのに結構使ったというのに、金が減る気配が一向にない。
「じゃあ私は今日はこれで出るわ。明日もうちょっと情報聞いてみるから。イクス、この子の面倒はあんたに任せたからね。溶けさせちゃだめよ。」
なんか変なセリフで締めて、ログアウトした。
本日は終業式。明日から冬休みである。待ちに待ったゲーム三昧の日々。放課時間になり、いつものように皆で部室に集まって短い歓談をかわす。
「で、その指輪、本人が持ってたんだけど捨てちゃったみたいで。」
ニコニコしながら私の報告を聞く涼子先輩。元々わかってた、という感じだ。
「その置き土産を全部集めたら、件の木精に会えるって感じか。」
「なによそのどっかの願いをかなえる龍みたいな設定は。あと5つも似たような奴らがいるとか、オラ気が滅入っぞ。」
龍だけに、必死に思いついたのであろうボケに、きっちりとツッコミを入れてあげる。やっぱり私、いい女ね。
「あー、そうか。なるほど。やるじゃねーか、鏡。」
別に意図してなかったようだ。そしてなんか褒められた。ものすごく負けた気がした。
「鏡様、説明をお願いします。この男がほめるということは、深い意味の込められた言葉なのですか?」
メルクスからの説明要求。やめろ、メルクスよ、それはいかん。
「メルクス、この世の真理でそういう説明はできないことになってるの。それをするとね、私が非常に困ったことになるのよ。」
「そう、、、なのですか。申し訳ありません。存じ上げておりませんで。」
「なはは。」
「それで、その氷精さんの対策はどうするのがよいのですか?」
「そうなのよねー。指輪見つけるのはさすがに無理があるしねー。」
玲央の軌道修正に乗っかって腕を組み、真面目を装って首をひねり考えるそぶりをする。そのままちらっと涼子先輩を見る。
「がーみー、カジノのどっかの景品。それで解決さね。」
なるほど。暖かいところ、常夏のリゾート地。そういえばこの間街中を駆け回ったときに、あの氷の家と似た建物を見た気がする。あそこにヒントか何かがあるのか。
「ありがとうございます。」
「いや、いいさね。本当は自分で見つけたほうが、楽しいけどねぇ。」
「まあいつまでもコルンペーレに釘付けされてもしょうがないので。助かります。」
一緒に行くかどうかは別にしても、せめて願いをかなえてあげないことには、イクスも離れないだろうしな。それにそう主張してくれた方が、いいわけだしな。
「おーけ-。んじゃあ次の話題かね。」
「ん?何かあるんですか?」
特にこれといって、思いつくものはない。なんだろう。
「いや、冬休みの過ごし方とか、いろいろあんじゃん?」
「そうっすね。」
「あんたは読書にゲーム、だろーが。」
「だな。」
臆面もなく全肯定。このすかされ具合が腹に来る。
「まああたしも似たようなもんだが。」
「何とも寂しい話ではありますが私もです。そうですね、、、せっかくですし有名な神社に初詣とか、皆で参りますか?」
「うーん、人多いとこにわざわざ行くって、どうよ?」
それはとても非効率である。祈られる神様の方だって、当日はうるせーからと固く閉じこもっているに違いない。
「ま、私も同意だねぇ。」
「おれもだな。」
「そうですか。」
玲央もそれほど期待していなかったのだろうか、さして残念そうにはしていなかった。
「んじゃあ逆に今から行くとかどうよ。空いてるだろーし、当選確率高いわよ。」
「何の当選ですか?」
「神様に願いが聞き届けられるかどうか。」
そんなもの、心の持ち様だってことはわかっているのだが。占いにしろ何にしろ、何となく期待してしまうのが乙女心というものだ。
「そうかもねぇ。」
「うーむ。年が明けてから行くことに意味があるのでは?」
「まあ、そういう意見もあるわね。」
わからんこともない。人工的に定めた節目。その慣習としての行い。そうして有限な時間の経過を実感する契機。
それがなければ、もしかしたら人は狂うのかもしれない。いつ終わるとも知れない繰り返しの日々の中、明日をも知れずに不安に駆られるのかもしれない。
だからそうして、次の一周は前とそう変わらずと。その次も。その次の次も。近くを走る人の周回数を眺めながら、大きな変化の発生確率を計算して。それが高いようなら事前に心構えをしておいて。
それはとてもよくできた精神安定剤、そう思えた。
「別に新年とか関係ないと思うんだけどね、日付が変わって年が変わるとき、みんな空けておいてくれたら嬉しいんだ。あとはだいぶ先だけど、、、」
コルンペーレへと降り立つ。今日は午後の時間全て使える。夕飯までに、この案件を片付けるぞ、と意気込みを抱いて、宿へと向かった。
「どう、イクス。何もなかった?」
「あー、うん。ミラージュ。大丈夫だったよ。」
目をそらしながらそう返事をするイクス。何か、あったな。あの家出の一件以来今まで以上に表情が豊かになったイクス。すぐに何か隠そうとしているのがわかった。こういう時に役に立つのは、、、
でかい図体を単身北へと向かわせこの厄介事を持ち込んだ張本人に本日の出来事を問うてみる。
「うむ。街を見回りたいというのでな。色々と見て回った。我々のことを覚えておる者がおってな。そういえば例の温泉は見どころだろうと思い中へ入れてもらえたのだが。」
氷に温泉って相性最悪やんけ。何を思って連れて行ったし。
「だが?」
イクスにやや厳しい視線を向け、先を促す。責任を果たせなかったときは一応怒られるということを知ってもらわねば。あんたならその程度の事余裕で予測できるでしょうに。
「その、熱い水、に興味津々でね。仕切りの上から湯気が出てるのを不思議に思って、それで、、、」
「それで?」
どうやら溶けていなくなったわけではないようだ。当の本人は今ベッドの下からのそのそと体を出してそのまま床にぐでーっと寝そべっているのだから。
「おやこれは、確かミラージュ殿、であったな。あの時のこと、感謝する。この温泉、民草の良き癒しとなって働いておる。」
あの時のいかつい将軍さんがいた。ああその節はどうも、とばつ悪く挨拶を返す。
「それで、本日はどのような御用で?ここを楽しみに訪れられたのなら、残念ながら本日、せっかく作ってくださった仕切りを壊した不届き物が現れてな。申し訳ないが、、、」
即正座に土下座。腰の剣、抜かんで下され。
「うちの者が大変な失礼をいたしました!責任をもって再び建造に当たらせていただく次第でございます。」
事情を説明するため顔を上げると、その私の振る舞いを見てやや戸惑った将軍さんが映った。
「そうであったか。いや、こう素直に謝罪を申し出られてはこちらから言うことは何も。元々ミラージュ殿たちが作ったものであるしな。」
無事謝罪を受け入れてもらえた。
「ほら、あんたも、謝るの。」
「ええー、だって、あんな土で覆われてたら、中見えないじゃーん。」
温泉の周囲には氷の塊でどかされた土。
「見えたら困んのよ!そういうものなの!これは!」
「新たなお仲間か?」
私たちのやり取りを眺めて、そう問いかけてきた。
「違います!」
そう、違う。優良物件だと思ったが、とんだ事故物件だ。ウドーおじいちゃんはおじいちゃんということもあって分別がついていた。土魔法が相当なものになった今でも、こんな問題を起こすことはまず無い。
が、こいつはやばい。口調からわかる通り、無邪気な子供だ。わがまま言ったり泣きわめく程度なら可愛げもあろうが、手持ちの魔法がやばすぎる。興味を持ったものに何でも飛びつくようでは、いつか大惨事になってしまう。
「えー、約束違くなーい?やだやだ。ウドーやイクス君と一緒に行くー行くー行くったら行くー!」
虚空に向けて手を動かす。設定変更、完了。
「エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス。」
無意識発動することが無くなった久しぶりのそれ。体に力がみなぎる。五回なら、深く割れるまではいかんだろう。
「な、何?」
刀を振り上げ、氷精の真横に振り下ろす。
響く衝撃音。大きく切り込みの入った地面。
「街中での魔法使用禁止。破ったら、斬る。氷の障壁ごと、ぶったぎる。わかった?」
「ひゃ、ひゃい、、、」
「一応ね、僕もウドーも、ミラージュには、あ、あとクーラさんにも、逆らっちゃ駄目って教えたんだよ。」
イクスはきちんと街中での行動その他、教えていた模様である。
「ま、いいわ。許してくれたし。温泉基金を渡す理由にもなったし。」
有り金の八、九割を渡そうとして、その十分の一でも多すぎる、とほんとに二十分の一だけを受け取った将軍さん。
腐り値0ってのも、融通が利かなくて駄目なのかもな、と思ってしまった次第である。どうだろう、20くらいは持ってた方が、人間らしいかもね。
「まあそれはそれとして、昨日言った通り今日クーラさんから情報をもらって来たから。イクスはついてきなさい。流れによっては頼ることになるかもしれないわ。」
「私はー?」
「あんたが来たら溶けちゃうわ。そうね、、、そうだわ。あんた北の氷原、詳しいんでしょ?スケさんたちを連れて、強いモンスターのいるところを案内しなさいな。」
適材適所である。スケさんはもちろん、セリナの満足にもなろう。
「んー、わかった。任せといてよ!」
「わし、お主の所の方がよいのじゃ。寒いところは好かん。」
話がまとまって、スケさんたちを転移で氷の家まで運び、ウドーイクスを伴ってアムセルへと向かった。
「確かこの辺だったと思うんだけど、、、」
きょろきょろと周囲の建物を眺める。あった。氷の城と似た建物。細かいディテールは違うが、地上階が突き抜けで壁がなく、上階へと続く階段が奥にある構造がまるっきり一緒だ。
「あれね。行くわよ。」
建物へと入る。どうやらカードゲーム場のようだ。イクスを連れてきて正解だったわ。まず、負けないでしょう。
「なんだ、ここはガキの来るとこじゃねぇぞ。」
いかにも、な勝負師っぽい輩に声をかけられた。煙草をくわえ、肉体的なそれとは違うまた別種の強そうなオーラをまとっている気がする。
「この子ね、私の弟。天才なの。で、こっちのトレントは豪運保持者。この間一号店でジャックポットが出たって噂、届いてるんじゃない?それで折角だし、こいつら引っ提げていろんな賭場を巡って、荒らしまわろうと思ってね。まずはここから、よ。もっとも、大した景品が無いようだったら荒らすまでもないけど。負けるのが怖かったら、取られたくない貴重な景品は見せない方がいいわよ。」
負けずに示威行為。完璧だ。プライドを揺さぶる言葉、皮肉。これで乗らねばギャンブラーでは、無い。
隣ではその私のセリフに乗ろうと、イクスが険しい表情を必死で浮かべている。あら、可愛いらしい。そしてそのいまいち迫力に欠けるイクスをフォローしようと、ウドーが周囲に、オーラで巻き上げられた感を模した土の浮遊物を浮かせている。
「ふむ、まあ、なんだ。金があんなら遊んでいくのは歓迎、だが。」
駄目だったかぁ。さっきまでほとばしっていたそのギャンブラーのオーラが抜けた。
「、、、景品、見せてもらえる?」
見せてもらった景品の中にあった、常夏の指輪という一品。間違いなくこれだろう。
「これ、チップ何枚分で交換?」
「一万枚だな。」
現金交換で余裕でいける額だ。多少ぼったくりではあろうが、まあ別に構わん。
「じゃ、一万四百枚頂戴。これで足りる?」
驚く勝負師。けれどきっちり、指輪と差額の四百枚を渡してくれた。
「一人百枚ずつ。私が勝てそうなので遊ぶわよ。」
正直に提案し、その勝負師を交えてゲームを楽しんだ。
「やっぱあんた、豪運ね。それでK何度目よ。」
シンプルなビッグオアスモール。渡された一枚のカードの値が一番でかい人が勝ち。自分のカードしかわからないから、逆インディアンポーカーね。判断下手だが、一枚で決着がつくこのゲームではウドーもそれなりに食いついていた。
今回即落ちしたのは私。この店勤めの勝負師さんにいいようにあしらわれてチップを放出してしまった。残った三人はほぼ互角の勝負を繰り広げている。
「このままじゃ、終わらないわね。ここまでにしましょうか。」
「そうだな。いや、嬢ちゃんの言うとおりこの坊主大したもんだ。何度か引っかかっちまったぜ。」
「でしょう。」
ぽんぽんとその頭を軽くたたく。
「んじゃあ、ありがと。楽しめたわ。」
賭場を後にした。さて、この指輪、名前的には暖気を常にまとえる効果があるんだろうけど、常冬と対になってて場所を知らせる的な感じの隠し効果もあるのかな。
「そしたらこれからまた氷原に向かうけど、二人はどうする?前泊まった宿、まだ期限切れてないしそこで待っててもいいけど。」
「わし宿。」
即答のウドー。だろうね。
「僕はついてくよ。」
「わかった。」
イクスとともに街のポイントへ向かい、氷原へと転移した。
「イクス、あんたこれ、つけときなさい。」
常夏の指輪を差し出す。ドーーーーーン。
「いいよ。僕よりミラージュの方が、寒いの嫌、でしょ。」
少し躊躇したが、それもそうかと思い自身ではめる。ドーーーーーン。
「どう、、、?どこにあるか、、、わかった?」
精神を集中させる。むむ、なんかあっちって感じの方向が伝わってくる気がする。ドーーーーーン。
「あっちの方角っぽい。行ってみましょうか。クイックンかけつつ進めば、そう時間もかからないでしょ。」
ドーーーーーン。
「ねえ、、、ミラージュ。」
いぶかしげな視線をこちらへと寄越すイクス。ドーーーーーン。
「何、何かあった?」
何も無いわよね、という意志を込めた強い視線を彼に向ける。ドーーーーーン。
今の彼ならば、簡単に私の意図を察するに違いない。
「う、ううん。なんでも。」
ドーーーーーン。やはり。成長度合い、半端じゃないわね。
「そうよね。じゃ、行きましょっか。」
クイックンをかけ、先ほどからうるさい音のする方とは別の方角へ向け、二人で駆け出した。
「イクス。君子、危うきに近寄らず、よ。あんた多分、将来君子になるから。覚えときなさい。」
「んー、わかった。」




