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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -冬-
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toward coldness -iede_futarime-

この数日、体が軽くなったような気がした。あのイクスとの再会を遂げてから。原因は明確。頭の曇っていた部分の靄がクリアに晴れたように。冬の快晴が続く天気と感覚を鋭敏にさせる空気の冷たさが相まって、それは一層顕著な効果を及ぼした。


「面あり!一本!」

「ありがとうございました。」

「うむ。一つ壁を越えたようだな。」

「はい!」


剣道道場での稽古。模擬試合。師範から一本が取れたのは初めてだった。気がしただけではなく事実身体が軽いのだろう。今日のこの感覚を忘れないようにしないとな。






帰りに軽く喫茶店の店内で椿の疑問解消を。日々相当な頑張りを続けているようで、順調に学習の成果は出ているようである。


「式の問題は大体できるようになりました。でも図形の証明が苦手です。」

「あー、それは、、、難しいわね。」

「難しい、ですか?」

「うん。それは、言って見りゃパズルだからね。ピースを自分で探す必要がある、ね。慣れるだけじゃ必ずできるようになったりはしないのよ。」

「パズル、ですか。」

「そう。だからひらめきとかそういうの、いるのよ。よくあるタイプは数こなして慣れちゃえばいいけど、初見のものはその場勝負しかないの。」

「なるほど。」


口に出した言葉とは裏腹に、よーわからん、という顔をして頷く椿。どう説明したものか。


「んー、、、そうね、例えば剣道の試合で勝つにはどうすればいい?」

「一本取ります。」


たとえ話なら身近なものの方がわかるだろう。突きを除けばちょうど三つだしな。


「そうね、面、胴、籠手のどっかに一発ぶち込めばいいのよね。」

「はい。」

「それがこいつらよ。」


三つの条件を指し示す。


「なるほど。」


少しわかってきた、という顔をして相槌を打つ椿。


「相手によってどこを狙うか、例えば私だったら椿はどこを狙うよ。」

「籠手です。」


だろうな。後は攻め気に逸ったときに胴を抜かれることも少なくはなかった。


「ま、そういうこと。だから初めて戦う相手なら、探り探りで勝ち筋を見つけないといけないのよ。何となくわかったっしょ?違うところは、こっちの力量が一切関係ないってとこね。完全に相手次第。ま、これやってみ?」


一番簡単な基本問題の一つを指定してとりあえずやらせてみる。


「はい。」


あーだこーだといろいろ考える椿。どうやら駄目なようだ。


「椿、今回の相手、辺のデータがあるわ。あと平行線。角を使えって言うお達しね。つまりこの三辺相等しいの勝利条件は消えるわ。」

「なるほど。」


大きくうなずく椿。


「で、もらえてる辺のデータは何本分?」

「それぞれ一本ずつです。」

「そうね。それだけね。したらまあ、勝利条件はこれでほぼ決まりよね。そうすっとあとはこことここの角ツーペア分が一緒な事を言えばいいわけさ。やってみ?」


私のその解説を聞いて、すぐに解答まで思い至る椿。


「わかった?判明した相手のデータから、ゴールをまず推測、そこまでのピースを把握、それを実証。基本はこの流れよ。」

「はい!」


元気よく返事をする椿。


「もう何でも解けますね!」


安直にそう感想をこぼす椿。


「いや、最初に言ったけど、むずいのはむずいから。まー頑張ってみんしゃい。わからんかったらさっさと答えみて、なるほどー、と唸っときゃいいから。」


その後30分ほどその喫茶店で椿の様子を眺めたが、なるほどーは10回響いた。うん、やっぱ駄目だった。私結構頑張ったよね。こればっかりは得意不得意はっきりするし。ずずっとミルクとシュガーたっぷりのコーヒーを飲みながら、11回目のなるほどーが聞こえたところで締めとした。






帰宅しての夕飯。用意された鍋をついばむ。まさに冬って感じの献立だよな。うむ、絶品。


その後いつも通りゲーム世界へと向かう。本当にここ数日は快調で、気分もよい。そして意気揚々と高いテンションのままアムセルへと降り立ったのだが、そのいい意味で年を締めくくろうと盛り上がっていた気分をダダ下げしたのはやはり、あの野郎であった。






「うーーー、やっぱ耐寒装備でびっしり詰めても、寒いもんは寒いわね、、、」

「そうだね、、、」


馬車の御者台でイクスと二人、目の前に広がる氷の大地を眺めながらありきたりな感想をこぼす。引いている数頭の馬の中にはこの間買った高級馬。ロスパーと名付けた。彼女たちにもみっちりと耐寒装備を装着させている。元気に馬車を引き進ませるその献身はすさまじく、コルンペーレからここまでの道のりをわずか一時間で走破してきた。どうやらエンストプラスクイックンで風になって駆け抜けたあの興奮にはまったようで、アムセルにて売却しようとしたらひどくムズがられたのである。そうしてこの過酷な環境へとつれてきたのだが、極寒の地というのに、御者台の二人とは違い楽しそうで何よりである。


「見つかるかなぁ。」

「そうね。イクス、適当な平面に点を一つ打ちます。そこに一本超適当に直線を引きます。その直線が最初に打った点を通る確率は?」

「それ、見つからないってこと?」

「まあ、普通はね。」

「そんな、、、」

「そこでイクス君、その点の周囲に、集積点があればどうでしょう。そして直線が太線ならば?」

「なるほど。」


だいぶ先に、倒れ伏したモンスターが見えた。






「スケさんが、いなくなった!?」


見事な天丼である。宿へと赴くと、慌てふためいて私へとそんな報せを告げるイクス。


「その、スケさんが、転移ができるようになったならばコルンペーレまで運んではいただけぬか?って、今日の朝にね、お願いされて。夕方街の転移ポイントに迎えに行くよって言ったんだけど、いくら待っても来なくて。ごめん。」


状況を説明するイクス。


「いいわ。これはむしろ、私のミスよ。」


そう、浮かれていた、私のミスだ。


きっと、理解した。アホな彼のことだ。戦いと追従の自己矛盾に陥ったのだろう。それはたぶん、致命的だ。


「ほっとくわよ。そのうち、戻ってくるわ。」


はい、こっからはスケさんパターンとなります。


「わかったのじゃ。」


あれ、ウドー、それ、同じじゃない。


「ちょっとウドー、スケさんパターンよ、スケさんパターン。それ前とセリフ一緒じゃない。」

「いや、そう言われてものう。」

「ミラージュ!」

「あーうん、ごめん。なんか、やんなきゃいけない気がして、ね。まあコルンペーレって時点で、行先はわかってるから、そう焦ることもないのよ。」


まず間違いなく、つい最近セリナから仕入れた情報をもとにそこから北へと向かったはず。さすがに戦いゼロのこのアムセルはお気に召さなかったようだ。おまけにイクスが一人飛び出した後、成長して?戻ってきたもんだから、感化されたのもあるのであろう。


「ああ、そっか。」


しかし極寒の地に迎えに行くって、テンション下がるなぁ。


そうして、今度は物理的な原因の凍えを抱えてのお迎えをすることと相成った。






「んー、いつ頃倒されたとか、これじゃわかんないわね。」

「そうだね。」


イクスと二人、見つけたモンスターの検分を行う。そこら中の生物の死骸が続いているさまを、つまりサイコなヘンゼルとグレーテル的なのを期待してたんだが、森とは違い生物の個体数が少ないせいでそうはなっていなかった。遮蔽物の類もほとんどなく周囲広く見渡せるにもかかわらず、二体目の痕跡がない。


「うーむ、これは想定外、だわ。」

「ええー、ミラージュ、、、」


そんなことを言われても、無理なもんは無理なのだ。


「セリナー、地勢学者として何か意見無いー?」


幌内にいるセリナを呼ぶ。彼女も耐寒装備フルマックスだ。現れて、倒れ伏したモンスターをしげしげと眺め、観察している。


「毛皮が思ったほど厚くありませんわ。これなら剣もたやすく通るでしょう。」


そう、そういうの。期待通りのセリフね。


「イクス君や。このことから判明する事実は何かね?」

「さらに北上した、かな?」

「うむ。間違いなかろうよ。」


10分ほど疾走して、再びのモンスターの死骸。今度のは結構でかい。


「セリナー。」


「そうですね、、、中々に硬い体毛ですわ。多少獲るのにてこずったのではないかと。」

「イクス君や。」

「さらに北、だね。」

「うむ。気分良く進んでおるだろうよ。」


つーわけでさらに北上した。






そうしてたどり着いたのは氷でできた家。うーむ、ファンタジィ。


「これは、すごいね。」

「そうね。ウドー、外覗いてみなさい。すごいのが建ってるわ。」

「なんじゃ、全く、寒くて動けんというに。」


それでもやはり気になるようで、幌からちらと顔をのぞかせて外を眺めた。


「おお、すごいのう、、、」


予想通り感動したようだ。


「行ってみましょう。さすがにスケさんもここには興味をそそられるでしょ。」


特に外部からの侵入を拒んではいないようで、扉で閉められているわけでも結界の類が張ってあるわけでもなかった。地上階部分は全体が壁なく突き抜けていて、上部を支えるための柱が数本立っているだけ。特に生物の類は見かけない。奥に、上階へ進む階段があった。


「馬車はここまでね。」


皆に降りることを促す。渋々従うウドー。寒いだろうが我慢せい。


「じゃあ上、行ってみましょうか。」






階段を上った先には予想通りスケさんがいた。一応ここまでやってきた目的は果たせたわね。


「スケさんや、ここは寒い。暖かいところで、みんなで話そうや。」

「おお、ミラージュ殿。よくここがわかりましたな。しかし、、、」

「暖かいところ!連れてってくれるの!?」


何か可愛らしい声がスケさんの向こうから飛び出した。でかい体が障害にならない角度にポジションを移すと、青いクリスタルの体の女の子?がおった。


「連れてってくれるのね!行きましょ!」


テンション高くそう要求してくる。これは、氷精ってやつか?


「あなた、氷精?」

「そうよ。」


この子連れてったら、溶けるんじゃ、、、というかそれ以前になんかこう引っかかるものがあるというか。


「ここ、私たちみたいなのがほかに来るとは思えないんだけど。そんな場所に住んでるあんたが、どうしてその私たちの言葉を話せるのよ?」


ぼんやりと前にもこんなことがあったなぁと思い出しながらも、一応聞いてみる。


「以前旅好きの木精に教えてもらったのよ。寒さで行き倒れてたところを、助けてあげたのよ。」


やはりか。そんな気がしたんだ。


それにしても旅好き度合い半端ねぇな。別大陸のさらに最北氷の大地って。普通そういうのは旅とは言わず、何だ、探検とか探索とか、そういうもっとチャレンジングでサバイビングな言葉で形容するもんだと思うが。海外旅行が好きって人から北極行ったんだーとか言って白熊の毛皮をお土産に渡されたらもうツッコミどころしかない。それ絶滅危惧種だろ、は、、、イマイチか。うーん、うーん。


すごい置き土産をまだ一度も会ったことが無い木精さんからいただいて、全然関係ないことを考え始める我が脳。


「あやつめ、こんなところまできておったとは。これは負けてはおれんのじゃ。」

「あら、あなたたちもあの子の知り合いなのね。いろんなお話してくれたのよ。南には暖かいところがあって、こことは違っていろんな色があるのって。そういうのを、見てみたいのよ。」


わいわいがやがや、その共通の知り合いのことをきっかけになんだか会話が弾んでゆく。


それを尻目に見つつ、私はあれこれと善後策を考えていた。


まず、手伝う手伝わないを決めるところからよね。手伝わなかった場合、ここでサヨナラしてそれっきり。酷薄なようだけど、それも一つの選択肢よね。うん。


で、手伝った場合、ウドーのようにそのまま流れでついてくることになりそうな匂いがする。そうすると、、、おそらく氷系統の術師が手に入るわね。いや、待てよ。


「ちょっと、そこの氷精さんや。このお家は一体どういうものなのかね?」


会話に楽しく興じていた氷精。そこへ割り込んで声をかけた。


「あーここ?私がね、木精の話を聞いて、作ったのよ。なかなか立派でしょ。」

「そう。」


ふーむ、最初から特級品ではないか。ウドーとは、違うな。ふむ、そうすっと、あとは他メンバーとの兼ね合いか。ウドーとは相性よさそう。イクスも、この新しい出会いに喜んでおる。ほんと、立ち直ってくれてよかったわ。スケさんセリナはどうでもよさそうだし、反対することもあるまい。セバスは私やセリナのまともな意見にはそう反対はしないしな。


ならばあとは全体構成か。現在前衛3、後衛3。セリナの成長で前の追加はいらんが、後ろとなると、おまけに足りない術師となるとありがたい。男女比もこれで四対三。うむ、いいんじゃないか?


「わかったわ、手伝いましょう。」

「ほんと!?やったあ!」


階下へと降り、馬車内から取りい出しましたるは備え付けていたストーブ。氷精をある程度のところまで近づけさせる。


どう?と聞くまでもなく、溶けた。






「暖かいところって、こんなにも危険なのね。」


周りの冷気を集めて溶けたその体を元に戻したあと、やや残念そうにうずくまる氷精。うん、向き不向きってあるからね。うちらにとってはここの方が危険だからね。


超優良物件を前に、その獲得条件が判明しているにもかかわらず、どんなピースがあるかの知識が足りずにパスを通せない。こういう時は、あのお方の出番ね。助けて、クラえもーん。






「常冬の指輪、ですか?」

「うん、そう。それがあれば、常に冷気を維持できるはずよ。」

「わかりました。ありがとうございます。」

「いやいや。んじゃ、また明日。」

「はーい。おやすみなさい。」


コールを終える。全部をクラペディアに頼るのもさすがに違うので、最低限のヒントをもらうだけに留める。


「ミラージュ、また仲間が増えるね。」

「そうね。」


嬉しそうに新たな仲間の参入を歓迎するイクス。その笑顔の眩しさも、数倍増している気がする。本当に、良かった。


「てなわけで氷精さんや。常冬の指輪というのがこの辺りにあるらしいのだが、聞いたことないかね?」

「あー、あの何の効果もない指輪のこと?おまけに見た目も野暮ったいの。たくさんあったけど、いらないからほかのごみと一緒にこの間まとめて捨ててきたわ。あんなもの欲しかったの?」


隣に立つイクスと二人、同時に失望の目を向けた。


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