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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -冬-
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run -hashiru_tada_hashiru-

「イクスが、いなくなった!?」


夕飯を終えて再び宿に戻ってみると、慌てふためきつつも私を待っていたスケさんたちの姿。私を見るなりすぐにそう告げた。


「その、珍しくイクスがもう一度と言ったのでな、スケと一緒にあの、人形の家へ向かったのじゃ。着いてしばらくしたら、いきなりすごい勢いで扉をけ破って、走り去っていったのじゃ。慌てて追いかけたのじゃが、外に出たときにはもう姿が見えんくなっておってのう。すまん。」


状況を説明するウドー。


「いいわ。これはむしろ、私のミスよ。」


そう。席を外した、私のミスだ。


きっと、理解した。賢い彼のことだ。否定と肯定の自己矛盾に陥ったのだろう。それはたぶん、致命的だ。


「探しましょう。街中くまなく。スケさんとウドーは街の出入り口で聞き込み。外には出ないと思うけど、そこで張ってて。で一刻経ったらまたここに集合で報告。現れたら抵抗されても引っぱってくるのよ。いい?」

「わかったのじゃ。」

「承知。」

「セリナ、クイックン。」


皆にかかるクイックンの効果。高速機動で飛び出した。






家々の屋根を飛び跳ねる。上から下を俯瞰する。重ね掛けをオンにして、エンストで上昇する筋力だけでもどこへでも飛び移れるように。クールダウンが終わるたびにクイックンもかけ続ける。


見つからない、チューリップ。石畳で舗装された街中、雑草じゃない綺麗な花。


あればそれはすぐに目につくと思ったし、全域を駆け巡るのにそう時間はかからないと楽観的に考えていたけれど、どこにも生えていなかった。みつからなった。


ばつが悪くて、顔を出せずに屋内のどこかに隠れているのだろうか。イクスは転移を使えない。足も、そう速くない。時間的にも、まだこの街の中のどこかにはいるはずだ。外に出ようとしたら、先に到着しているはずの二人が見つけてくれる。その二人が待ち構えているのを目にしたら、引き返すだろう。


ここへは今日到着したばかり。思い入れのある場所なんてない。訪れたのは宿以外ではあの家と、カジノだけ。


そう思ってカジノへと向かってみた。途方に暮れてスロットを切なく回してたりなんかしてたら、笑い話にもなろう。


もちろん、いるわけなどなく。






「来んかった。」

「それがしの方も。」

「わたくしたちも、見つけられませんでしたわ、、、」


宿の前。誰も成果はなかった。物語のヒーローならば、ご都合主義ですぐに見つけるのだろう。けれど私はそんなんじゃない。たまたま抽選に当たってしまった一プレイヤー。超低確率のそのくじ引きで、その運をそこで使い果たした、それだけの女だ。






「イクス、、、」


皆に今日はもういいと告げ宿に帰し、一人とぼとぼと街を歩く。きらびやかな明かりで照らされた街内。色とりどりの灯火台立ち並ぶメインストリート。すれ違うNPC達の数は多く、皆私とは違い浮かれた表情を浮かべていた。


ギャンブルで素寒貧になったとでも勘違いしたのか、声をかけてくる奴まであった。元気出せとか、そういう感じの。全くここは本当に。そんな余計なお世話はすべて無視して、どこへともなく歩みを続けた。


最悪の失態。用意されたプレゼント。その意図を、最低な形で実現させてしまった。託されたのに、失格だ。私じゃ、駄目だった。駄目、、、だった。






中央広場にたどり着いた。この世界の神様の一柱、運をつかさどる女神の像が目に入った。その像を前にして、吸い込まれるように近づいていった。抗えない引力に引かれるように。


「神頼みってのも、、、悪くはないかもね。」


自身の不甲斐なさが情けなくて自嘲気味にそうこぼして、像の前で祈りをささげた。目を閉じ両手を重ねて、必死でお願いした。


見つけられますように。ひとかけらでも残っている運を、ここで使い果たしてもいいから、それだけは。このままバイバイは、嫌なんだ。だから、お願い。


祈りを終え、目を開く。顔を上げた先で、女神像が微笑んだ。






「ラメーレ。」


つい数時間前に出会った人形が、こちらへと微笑をたたえていた。


「はい。私の造形は、マスターがこの像をもとにして作ったものなのです。鏡で自身を眺めるよりも、直接この像を見たほうが自身のことをよく理解できるような気がして、こうして訪れているのです。似て、おりますか?」


無表情な女神像と比べて、ラメーレのそれは有機質だった。


「うん。見事なものだわ。その像よりも、ずっといい顔。実は私もね、鏡なの。どう?言うとおりでしょ?」


その言葉を聞き、じっと私の目を見つめる作り物の双眸。


「ええ。確かに。ありがとう、ございます。」


イクスを見つけられないことへの焦りから来た憔悴を優しく癒したその微笑を変えないままに、かくりと人形らしい挙動で頷いた。その不格好な動作は、余計に私を元気づけた。


「あの歌、あなたが作ったの?」


あきらめたわけじゃないけれど、このままもう一度闇雲に探しても今日はもう見つけられないような気がして、そう彼女に問いかけた。そうした方が、いいような気がした。


あの別れの歌。またこんにちはって。それだけで。私へ向けて、別れを、暗示していたのだろうか。そういう想定の、プレゼントなのだろうか。


「ご主人様の、思い人が作ったそうです。その方も、この女神さまと似た造詣の持ち主だったと。そうおっしゃられていました。」


微笑を称えたまま、丁寧に返すラメーレ。顔の表情は機械的で人形臭くて。口の動きはパクパクで。でもその届く言葉はなめらかで綺麗で。そのギャップにひどく心揺さぶられた。


女神様が、その人形を見えない糸ではるか上空から操って、それを通して私へと語りかけて、答えを与えようとしてくれているような、そんな気がした。


「そう。歌の願い通り、再会できたのかしら。」


少し意地悪に、問いを続けた。それはたぶん、無い。この人形が、ラメーレが、その証拠だ。直接会えるのなら、わざわざ思い出をこんな風に形作ったりはしないだろう。


「私も以前、同じことを聞いてみました。そうしたら、毎日のように会っているよ、と。」


微笑の度合いを増して、告げるラメーレ。少し予想外だったその言葉に首をかしげる。


「ええ。私もよくわからなくて。それで、どこでですか?と聞いたのです。私はマスターといつも一緒で、そのような女性と会っている様子など、見たことが無かったのですから。」

「それで、なんて?」


答えが気になった。全く想像がつかなかった。


「ここで、と。」


目をパチリと閉じて、その胸に両手を重ねるラメーレ。その別れもまた、死別だったのであろうか。薄ぼんやりと納得した私に向けて、さらに言葉が続いた。


「その時はよくわからなかったのです。ですが今は、その時マスターが言っていたことがはっきりとわかるのです。私も同じく、いつでもこうしてマスターと会っているのですから。」


それは、より一層想定から外れたものだった。


気づかずずっと、仕え続けていると思っていた。そんな彼女に感化されて、そんな未来が許せなくて、気づける自分がわからなくなって、イクスは我を失ったのだと思っていた。


「そう、あなた、わかってたのね。」

「はい。私はそれでも、あきらめきれないのです。いつか、またお声をかけてくださるのではないかと。顔を上げて、やあ、と言ってくれるのではないかと。」


変わらぬ微笑み。そうして一人過ごし続けることなど、苦ではないのだろうか。もしかしたら苦痛を感じるという性能を、与えられなかったのかもしれない。けれどそれは否定したかった。その機能があってなお、それが苦じゃないと。そう信じたかった。


「苦しくは、無いの?だって、、、」


そこから先を言おうとして喉が詰まる。言葉を、続けられなかった。


パシャリパシャリと、不自然な瞬き。


「幸せ以外を、感じません。ずっとそばにいるのですから。」


どっちつかずのその答え。


「イクスはそのことに、気づいたの?」

「はい。間違いないでしょう。あの少年も、私と同じなのでしょうか。私などよりもずっと精巧な。あなたが、彼のマスターなのでしょうか。」

「それは違、、、わないかも、しれないわね。」


別に主人なんかじゃないけれど、近いのかもしれない。


「あなたも、彼の傍からいなくなってしまうのですか?」

「そうね。それは、避けられないことだわ。どうしようも、ないことだわ。まだずっとずっと、そう、ずっとずっと、先のことだけれど。」


ずっとずっと、先のこと。想像すらできないぐらい遥か未来のお話。けれど私たち人にとって、推して測り、予め知れるもの。そんなの当たり前のこと過ぎて、疑問に抱くことすらないもの。当然のように、受け入れてしまっているもの。


「そうですか。それは、悪いことをしたかもしれません。」


どういうやり取りがなされたのかわからない私は、何を言うこともできなかった。


「無理だとわかっていても、そう思わずにはいられないのです。そう思い続けるだけで、それだけで、満たされるのです。それを、目で、悟ったように感じられました。」

「そう。」


それは決して悪いことじゃないと思う。あきらめきれないことはあるし、たぶんイクスもそれをいつまでも続けられる。そう思い至れば、簡単なことな気がした。それでどうして、こうなったのか。私なんかよりもずっと賢い彼。その思考過程を辿るには、私の思考力では足りない。わからない。


「そうしてほんの数秒後、泣き出されました。そのまま飛び出されて。」


泣いた、のか。


その情報は、ゴールへとたどり着けないはずの迷路の壁を突き破った。ゴールへと至る道を一気に進むその道を開いた。


思い返す。いろんな表情を見せるけれど、マイナスのものを見たことは、無い気が、した。記憶に、無かった。


「そう、わかったわ。ありがとう。」

「いえ、また皆さんでお越しください。マスターもきっと、お喜びになるでしょうから。」


再び微笑を伴って、招待の言を告げた。


「うん。また六人で伺わせてもらうわ。最高の一曲を、用意して待ってて。」

「はい。」


再びクイックンをかけて、高速機動で飛び出した。






今回の件で、私への依存度がそれなりに高いのかもしれないということがわかった。


いつものほほんとしていて、事あるごとに感情が爆発してしまう私なんかよりもずっと冷静で、ただ静かに出来事を目撃して、認識して、理解して。


だから私は彼のことを、超越的な、最初の印象の通り神様みたいな存在だと思っていた。微笑みながら、巻き起こる騒動を優しく見守る神様。決して手を出すことのない、干渉嫌いの神様。


だから変えられない事実には免疫があると思っていた。唯一無二の、全知全能に至るプロセス。それをただ進ませるだけだと思っていた。そこに多少の私自身の恣意が混じったって、許してくれると。この人形の件も、そうして伝えようと、そんな風に、考えていた。


けれど、そうじゃなかった。


ただ、わかっていなかっただけなのだ。そしてようやく、いや早くも、理解を済ませてしまった。それをおそらく、肯定した。それ以外に、術はない。だからもう一度、彼女の下へと訪れた。その肯定がどういう意味を持つのか、確認したかったのだ。そこで、知ったのだろう。手に、入れたのだろう。そうしてその肯定に、拒否が混じった。


的外れかもしれないけれど、そう思い至った瞬間、とても心が満たされた。見つけなきゃいけないと感じた。何が何でも。


直さないといけない。諭さないといけない。私なんかいなくたって、どうとでもなるってこと、わからせないといけない。


ラメーレの語った内容は、私へ向けたものじゃない。それを、彼に聞かせるべきだ。彼へと向けた、プレゼントなのだ。


このまま一人じゃ、だめだ。今はまだ、生後半年足らずの赤ん坊なのだ。どんなに優れてたって、それは、無理というものだ。壊れる。そんな当たり前のことを、失念していた。手を引いてあげないと、転び続けるのだ。よちよち歩くことすら不可能な、そういう存在なのだ。






「そりゃあ、まずいな。」


部室内。結局昨日あの後も探し回って、見つけることができなかった。隈で目立った眼を引っ提げて母さんに体調不良を訴え、探し続けた。


夕方放課後の時間、疲れ果て、途方にくれた私はみんなに相談するために部室へとやってきた。


「また、厄介なプレゼントを用意したもんだねぇ。わかる、けどさ。」

「そうですね。」


そう、わかるけれど、早すぎたと思う。どうしてアムセルへ、カジノへ行こうなんて思ったのだろうか。寒いから、暖かいところって。そんな利己的な都合で、判断を下したちょっと前の自分が恨めしい。


街をもし出てしまっていたなら。アムセル内のあらゆる場所を何度も何度も探し回って全く見つかることがなかったという結果を前提にすれば高確率のその事象。もしそうだったなら、それはほとんど絶望と同値だ。皆もそういう結論に達してしまったのか、言葉無く提案無く。


「メルクス、お願い。何でもいいから、教えてよ。」


沈黙に耐え切れず、昨日の夜からずっと繰り返し続けた願い再び。その時も、今も、ただただ沈黙を続けるそのアンドロイドに、最後の希望に縋りつく。一瞬固まるメルクス。問いかける度繰り返されるその不可思議な挙動。


「許可が、出ました。次の言葉を伝えるようにと。」


ごくりと、どんな言葉が待っているのか、生唾を飲み込んで待つ。恨まれて、いるのかもしれない。見つけられなかったねって、すぐあきらめちゃったんだねって。暗く濁る感情。ネガティブが脳を占拠する。


「ある時期から、多少の干渉ができるようになった、ミラージュと同じく街の各ポイントから転移ができるようになった、向こうの世界で、ただ見るだけじゃなく、ある程度の事象介入ができるようになった、それで、知らない結末を見に行くことにした、と。それだけです。」

「そう。」


どこにいるか、すぐにわかった。同時に震えが、全身を駆け巡った。


「付き合うか?」

「いい。」

「そうか。」

「行ってくる。」


部室を後にした。誰も何も、声をかけなかった。





走る。ただ、走る。


クイックンなどなくたって。

そんなものなどなくたって。

秒速ワンハレッドメーターで。

世界が全体、スローモーで。

ここも向こうも、私の世界で。

願えば思えば、何だってできるって。

何だって、できるんだって。

広い宇宙の片隅の、小さな小さな箱庭で。

私の隣無慈悲に追い越すトレインで。

負けじと追いかけ駆け抜けて。

風になって、音になって、光になって。

頼りになる最高の相棒で。

背中押されて追い越して。

駆け登る最後の坂で。

扉蹴破り駆け抜けて。


私の、私だけの世界へ。






暗転中のぐるぐる思考。イフの話のやり取りで。


「母、さん、もしか、したら今日、夕飯、降りてこない、かも。そしたら、明日、食べるから、残しといて。」

「大丈夫?また、何かあったの?」

「うん。ちょっと。でも前、みたいなことじゃ、ないから。心配、しないで。」

「わかったわ。」


心配を押し隠して、にっこりと笑って返してくれる母さん。


きっとその笑顔は、私よりも先に無表情になる。私よりも先に、その表情筋を動かすことができなくなる。


だけどそれで、そんな事実で、絶望したりはしない。それが人だ。イクスも、そうあるべきだ。そうなるべきだし、そうなれるはずだ。それを、教えないといけない。伝えないと、いけない。






世界に降り立つ。私の世界。紛うことなく私だけに用意された、特別な世界。




睡眠不足で悲鳴ぼやく頭。必死で動かし冷静思惟。


あそこ、ルイナから近い。


全力疾走で悲鳴上げる身体。必死で動かし熱性行為。


転移向かい、最高級馬強引、金だけ置いて買って乗り駆け。


エンストかけてクイックン及ぼして、再建中橋飛び越え麦畑進んだ。


麦あの時と違い植えたて。遠目、目的地見えた。悪い思いつつ、畑突き進む。しっかりタイミング合わせエンストクイックン、何とか意志伝えジャンプ。


あの時私やったより高、跳躍。そのまま茶色の地面、着地。




馬の背飛び降り深呼吸。荒息整え決心を。






「ありがとう。帰りもよろしくね。もう一人、増えるからね。」


背を撫で、ここまでの献身をねぎらう。


地面に転がっていたアンデッドの群れの死体は、既に消えていた。




私は蓋をしていた扉を開け、石の檻へと入っていった。


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