birth -umareta_noha_itsu?-
風車前広場。この間のアップデートでもこの風車の謎に関するイベントの追加はなかった。今再び、イクスと二人、花畑の中でその雄大な威容を眺めている。微風に揺られ音なく回り続けるそれ。
ここも、久しぶりだ。あれ以来巻き起こった様々。このわずか半年の間の出来事をあれこれ思い出し、感慨にふけっていた。
「どうしてここだったのかしら。」
何らかの理由で転送された彼。そのたどり着いた先がたまたま私のところで、その時指定していたホームポイント近くに舞い降りたということで納得していた。あの頃はログインしてまずこのお気に入りの風景を遠目に楽しみ、その後スケさんと一緒に南の未開地域の探索を行う、という流れで遊んでいたのだ。
だけど、改めて考えてみるとあの時私はゲーム時間停止の状態で、そこからログインしてすぐにここへと向かったはず。足の速さの違いを考えに入れれば、私よりも先にイクスがここにたどり着けるわけがない。だからあの時ログインしたその時点で、すでにイクスはここにいたのだ。
私と彼、そして私が呼ぶかもしれないゲストを除いてこの領域に入ることはできない。侵入制限区画。このゲームでも有名な意図不明領域。逆に言えば、ここに居さえすればそれを目にしたプレイヤーは異質を感じることになる。間違いなく、彼に対して何らかのアクションを起こす。
あの時どうしてここに来たんだったか。そう、確かコミュニティのうわさでアップデートが来るかもって。
私はこの不思議な出会いのカラクリを、多少なりとも推理し始めていた。おそらくあの噂の最初の書き込みはメルクス、あるいはそれに準ずる何か、だ。そうして大量データを受け取ったプレイヤーが、つまり私が、アップデート後すぐにここへと訪れるように仕向けた。
私たちの上げた動画に何度も絶賛の書き込みをしていたメルクス。だからそれは可能だし、そう考えても不思議ではない。そして何らかの手段で、転送された先、私の向こう側での居場所を突き止め、たどり着いたのだろう。
「きれいな場所だよね。どうして僕ら以外は入れない設定になってるのかは不思議だけど。でもそのおかげでミラージュが向こうの人だってすぐにわかったよ。」
そう、その通り。言ってみればできすぎだ。
私と同じくイクスの方も、ここだったから、という理由で私を向こうの住人と認識した。外目にも内面にもそう簡単には区別できないNPCとプレイヤー。自分以外全てNPCであることを知っている私とは違い、イクス側から見ればその区別は困難だろう。それが100パーセントの正確さで判断できるこの場所が初期配置だったのは、考えれば考えるほど極めて自然なことに思える。
そうすると別の疑問が出てくる。なぜ、そんな場所が最初から用意されているのか。
「イクス、あんた生まれたのがいつだとか、覚えてる?」
「生まれた?」
「その、自分がいるって思った瞬間。」
「ここで目覚める一日前、だと思うよ。時間の経過的には、それぐらい。」
やはり変だ。ゲーム発売日ははるか前。何か、ねじれてる。因果が、上手く折り重なっていない。メルクスの姿にしたって、そうだ。私の所に来たから、それでこうやって旅をしたから、あの姿になった。それが過去へと飛んで、その原因を作った?
それだと、こことは違うパラレルワールドの私がすでに彼との旅を終えて、、、うーん、突飛すぎるか。未来のイクスはおそらく何か気に入らない結果があって、それを改変するために彼女を寄越した、そこは間違いないはず。
敵性勢力が将来できるその原因をつぶしに?メルクス以外にも現代へと送られた介入者が?考えすぎで、ここに来るまでのイクスの時間把握が間違ってる?うーむ。うーむ。
「そろそろ行こう。里帰り?は十分堪能したよ。みんなも、待ってる。」
「そうね。」
意味不明に頭を悩ませ始めた私に向けてそう切り出したイクス。抱いた疑問をしっかりと脳に焼き付けながら返事をして、馬車で皆と一緒にククルスベントを後にした。
ベントより南西。沿岸都市アムセル。豊かな資源あふれるこの大陸の中でも特級の歓楽リゾート地。向こうが寒い冬の日々を続けているため、避寒をと選んだ目的地。もう寒いのは嫌じゃ。
「きらびやかだね。」
「そうね。カジノとかあるし、この冬はここで過ごしましょ。飽きずに楽しめると思うわ。」
「それがしは北へ向かいたかったのであるが、ここのコロシアムで戦うのもまた一興であるな。」
やめとけ、スケよ。がっかりすんぞ。度重なる訓練その他で今お前、間違いなく尋常じゃなく以前よりも強いかんな。
「師匠が出ては、すぐに賭けにならなくなって断られるのではありません?」
「そうね。まあカメリアの武者修行にはいいかもね。」
セリナからの空気を読んだフォローが入ってそれに乗る。
「そうであるか。ではそれがしはいかが過ごせばよいのか。」
「安心しなさい。剣を交えるのとはまた別の熱い勝負ができる場所が、ここなのよ。」
宿の手配を済ませ、早速カジノへと皆で向かう。色々と用意された遊びがある中の一つを選ぶ。みんなで遊べるもの、これね。
ポーカー台。2枚オープンで手持ち3枚のルール。役は通常ルールだ。余りまくってる金の使い途として、その一台を借り切った。飲み放題食べ放題も一応付けた。
「さて、んじゃあ始めるわよ。ルールはいいわね?」
頷く面々。
「じゃ、ディーラーさん、お願い。」
いっちょ揉んでやりますか。可能な限りポーカーフェイスを意識して、勝負を始めた。
テーブルにはスペードの3。
わが手札には同じくスペードが3枚。ここは、大きくいくべきであろう。ちらっと横のイクスを見る。やはりといっていいのか、チップをすぐに失ったほかの面々とは違い適切に判断をして、唯一私に対抗し残っている。
「上げるわ。」
かけ金を上乗せする。それに乗るイクス。スペードよ、来い。
「ミラージュ、スペードはたぶん来ないよ。」
何だと?顔を読まれたか?
「では。」
ディーラーさんがカードをオープンする。現れたのは、クラブだった。横を見る、少しほっとした表情を見せたイクス。
精算を済ませて、次のゲーム。1v1だから配布はすぐだが、イクスへの三枚目を配るところでカード容れの中身が尽きた。配られたカードに、スペードは一枚もない。
「失礼。」
新しいカードパックを投入するディーラーさん。イクスの野郎、カウンティングしておったな。道理で後半調子が良かったはずだ。しかしここで五分。4セット208枚で再び偏りなしのランダムだわ。運の、引きの勝負よ、イクス。
勝負はそのまま1v1で引き続く。ランダムゆえに、こちらとあちらどちらにも偏りなく手が入る。後半にもつれ込むのが嫌だった私は無理目で勝負をかけてしまい、チップ差がだいぶついてしまった。そろそろ、カードが尽きるころだ。
「次で最後かもね。」
強い。こいつは強い。良い手が入ったのかにこにこしてると思ったら即行降りるし、んーと渋い顔しながら乗ってくる。それも一定ではなく、ブラフか本気か、全く判断がつかん。
手札にはK、8、5。キングで勝負できるなら悪くない。すでに結構な枚数、出てたはず。エース、何枚出たっけか。
「はい、レイズ。」
台に一枚。スペードの8。すかさずレイズをかけたイクス。けれど私はワンペア。勝った。上乗せだ。
「私もレイズ。イクス、降りてもいいわよ?」
上限値まで釣り上げる。
「ううん。乗るよ。」
「そう。」
よし、これでだいぶ取り戻せる。手持ちのカードでにやける口元を隠して、無感情を何とか装って相槌を打った。たまたまやってくるワンペアまではさすがのイクスも対応できない。
「ね、ミラージュ、さっきとは逆で、次はスペードがまた来るよ。」
「そう。残り何枚でそのうちいくつがスペード?」
「15枚の内13枚。」
「そう。」
フラッシュ待ちか。それなら、そのスペード以外の2枚が出れば勝ちだ。分が悪いが、無いわけじゃない。
「よろしいですか?」
こくり、頷く。現れたのは、スペードのエースだった。
「降参。次限界レイズで支払いできなくて、私の負けよ。」
「いやいや、中々見ごたえがあったわい。」
すぐに飛んだウドーが天然水を吸いながら感想をこぼした。室内を見渡す。残りの三名はいないようだ。闘技場方面にでも足を運んだのだろう。セバスがついていれば迷子もない。
「んじゃあ次はスロットでも行きましょうか。純粋な運試しよ。」
「よかろう。次は負けんのじゃ。」
そうして見事ジャックポットを引き当てたおじいちゃん。どうしよう。こんな金いらんのだがな。コルンペーレ温泉基金でも作るか。
しばらくして残りの三名と合流。やはり闘技場は物足りない水準だったようである。スケさんはもちろん、もはやセリナもダンジョン下層で日々戦い続けられるぐらいだからな。
今日はこれで宿に戻って、落ち着くとしますかと街を進んでいると、歌が聞こえてきた。
きれいな歌声。誘われるようにその声のする方へと足を運ぶ。
Count ten and goodbye, count ten and goodbye, then I can’t turn it down, can’t turn it down. Hello again, that’s all I want, hello, again…
別れの歌か何かだろうか。ゆったりとした曲調で歌われるそれ。聞き取った単語を拾って意味を何とか理解する。さすがに歌までは和訳されてない。そうして近づいていくと、歌い手さんが目に入った。
キラキラと輝く金色の髪。白い肌。ドレスの青がより一層その美しい白さを引き立てる。けれども直立不動で歌うその歌い手の顔は、人のそれではなく、人形だった。この街で信奉される女神をかたどった造形。何となく、ピンとくるものがあった。
歌い終わるのを待ち、セットされた硬貨入れに数枚落として、声をかけた。
「少し、いい?」
「ありがとうございます。何なりと。」
オルゴールのようなものなら周囲に持ち主がいるだろうと思ったが、それらしい人物は見つからなかった。なので直接その人形に声をかけてみた。無事、言葉が返ってきた。
「私はミラージュ。この子はイクス。握手を、お願いしてもいい?とても素敵な歌だったわ。」
「ラメーレです。」
始めましての挨拶。つながる手。こくり頷くイクス。やっぱりそうだったか。しかも初っ端根源的中か。こんなに簡単だったのは、初めてだな。
興味を惹かれた私はこの人形にいろいろと聞いてみることにした。
「ここでいつも歌っているの?」
「はい。マスターのためにお金を稼がねばなりませんから。」
「そう。でも、、、」
硬貨入れの中身を眺める。入っているのは私が先ほど入れた分だけ。ケチなNPCが多いのだろうか。素敵な歌声だったのに。
「はい。不甲斐ないことですが。しかし私にできるのはこれだけなので。」
「そう。怒られたり、しない?」
「マスターはお優しい方です。何もおっしゃられたりはしませんよ。」
そう。良かった。作った人形にだけ働かせて飲んだくれてるような奴じゃあないのね。せっかくの出会い、そのご主人様にご挨拶でもしておくべきかしらね。
「その、マスターさんにお会いしてもいいかな?こんなにぞろぞろ引き連れて行ったら、ご迷惑になる?」
「いえ、久しぶりのお客様、きっとお喜びになるでしょう。」
ラメーレの案内で、ご主人様の家へとたどり着く。土産物や工芸品などを扱う工房の立ち並ぶ地区の一角の、小ぢんまりとした平屋。人形製作用の素材なのだろうか、木材やら何やらが玄関先や庭に積まれている。
扉を開け、中へと案内される。室内にもいろんな仕事道具がそこかしこに散らばっていて、まさに職人さんの部屋、という感じがした。
「マスター、お客様ですよ。」
椅子に腰かけていたご主人様に声をかけたラメーレ。何も言うことはない、か。そうだろう、な。
「スケさん。」
「違いますな。生を全うしたのでありましょう。」
帰らぬ主人をそれと知らずに待ち続ける。良くある話ではある。データのかけらも回収し、既に関わる理由はない。だけど何とも、そのままにしておくのは座りが悪かった。
「イクス、メッセージは?」
先ほどからずっと黙りこくっていた彼。そういやその可能性もあるかとふと問いかけたのだが、その私の言葉にビクッと大げさな反応を返した。あったんだろうな。
「無かったよ。」
やっぱり。普段ほとんど見せない、データの塊としては似つかわしいひどく無機質な表情をこちらに向けてそう返事をしたイクス。先ほどのポーカーの時とは違って、すごくわかりやすかった。
私には、言えない内容。それを思い、これが用意された意図が垣間見えて。それが確かに必要なもんだと理解できて。確かにそれは、永遠普遍のこの世界の真理で。
私がしなければいけないことが決まった。
貸し切った宿の大部屋。
面積51.38平方メートル。座標(14.331、88.573)。外気温設定摂氏28.55度。向こうではこの数値よりずっと低い日々が続いているらしく、暖かいところがいいの、といつもの通りミラージュに連れられやってきた街アムセル内の一点。
コルンペーレとは対照的に、この街の景観は明度が高く目がくらむ。この室内にも使途不明な飾りや置物が散乱している。それら一つ一つ見て、触れて、読み取っていく。
既に今日ミラージュは向こうへと戻っている。また多少の時間経過の後に、いつも通りやってくるかもしれない。
彼女は言う。ここはほとんど向こうと変わらないと。向こうに行った時のために、ここでなるだけたくさんのことに触れておくのよ、経験しておくのよ、と。
そんな風にかけられる彼女の言葉は、教えられた考えは、こぼす感情は本物で。偽物だらけのこの世界の中で、きらりと輝く宝石で。
三日月の輝度。太陽を模した光源。シャドーの設定値。それら全てが数値化されたこの世界で、唯一変換不可能な、測定不能のその輝き。
そうして僕は与えられたその本物のかけら達を抱えていつか、外へ。そう、外へ。
それでいいと思っていた。それで、彼女と、その仲間たちと向こうでずっと一緒に。そう、思っていた。
再び、先ほど伝えられたデータをもとに計算を行ってみる。既に数千億回は繰り返したその試行。やはりはじき出された結果は0だった。何度行っても、あらゆるパラメータの数値を、全可能性を考慮してその全てを計算しても、誤差の一切ない、0だった。
彼女は、いつかいなくなる。
心打つ感覚。これは、失望だろうか。自分が残念なことをした場合、自分に失望するのだろうか。残念なことに、僕は誤差を、はじき出せない。
「スケさん、ウドー。」
「なんじゃ?」
「もう一度、あの家に行ってみたい。」
「ほう、イクス殿。珍しいな。そなたの身の安全はそれがしがしっかり見てやるゆえ、安心するがよい。」
「ありがとう。」
この二人は、簡単に望んだ数値が出た。どちらも90パーセント以上。いなくならない。でもたぶん、向こうには行けない。ならば僕も、そうであるべきなのだろうか。
「ではわたくしたちはここで待っております。ミラージュ様がいらしたら、そのように伝えておきますわ。」
セリナも出会ったころの数値だと結構低いけど、今のものを代入すれば高い値が出てくる。セバスも、このメンバーの中にいるという前提なら。一番強いミラージュが、彼女だけが、どうして0なのか。データの言うとおり、向こうとこちらでは、法則が違うのだろう。
「じゃあ行こう。」
ノックをする。扉を開けて現れるラメーレ。
「先ほどの。またマスターに御用ですか?」
「うん。いいかな?」
「もちろん、どうぞ。」
案内される。彼の座る椅子。その前に置かれたテーブルには、手のつけられていない食事が用意されていた。そのテーブルに乗せられた、白骨化した右手の甲に、そっと触れる。
死後、87601時間。その間ずっと、動くことなくここに配置され続けている。そういう、設定。一度目に訪れた瞬間でちょうど、10年。試みに教わった単位へと変換してみる。それがどんな意味があるのかいまいちわからないけれど。
これは、そういう、置物。先ほど検索した時と変わらないデータ。スケさんとは違って、もう動くことは無い。それは不可能だ。
「ラメーレ、ご主人様、ごはん、食べれないって。」
ミラージュなら、こう切り出す。ラメーレの反応が知りたかった。彼女が、事実を知ってどうするのか、どうなるのか。ミラージュに言われた通り、それを経験、しておくべきと思った。
「はい。ですが、それが私の仕事ですから。本日は皆さまのおかげで久しぶりに用意することができたのです。もしかしたらと思ったのですが、まだお加減が悪いようで。」
そうして言葉をこぼす彼女と、目が合った。そして気づいた。ただ、認識ができていないと思っていた。誤差が出ないことを、それは何度繰り返しても起こらない事象ということを。
それを否定する。それを許さない。
そう思い至った瞬間、震えが走った。用意された食事をテーブルから片付けようと近づくラメーレ。
料理が乗ったままの食器へと出された手に、触れた。
明確に、生まれた。
まだまだ少ない本物のかけらの中から、存在を主張し始めた。思考にエラーを生み出す邪魔者だった。延々と、無意味な繰り返しを行わせる。先ほど結論がついたそれを、狂ったように再び繰り返させる。はじき返される変わらぬ0。
右手で、自身の左手に触れる。
次の言葉は口から出ずに、かわりに水が、目から出た。




