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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -冬-
39/100

obviously different from... -soreha_hito_niha_fukanouna-

椿少女は机に向かう。先日買った問題集を、その途中から解き進める。


(うん、できる。)


小声で進みを実感しながら、広げたノートへと書き綴られる計算過程。立式、解法、結果導出。何度も繰り返したその作業。解答を見る。正解したようだ。赤いインクのペンで、不格好な楕円をそのノートへと描く。


(ここはもう、大丈夫だ。)


別の単元へと移る少女。どうやら一つ、苦手を克服した模様。


(これは、わからない。飛ばして後で答えを見よう。それでもだめだったら、また先輩に聞いてみよう。)


心の持ち様の方も、無事成長したようである。さすが、鏡様。






ダンジョン。モンスターがたくさん現れるところらしい。先輩に連れられ、スケさんというでかい骸骨さんと私と同い年ぐらいのセリナという女の子と一緒にそこへと入った。


つい先ほど立ち合いをしたこのセリナという子はものすごく強かった。それこそ、師範よりずっと強いんじゃないかってくらい、速かった。


その彼女の師匠がこの骸骨さんらしくて、じゃあどれぐらい?と思ったのだけれど、鏡先輩によると私もモンスターを倒していけばここではすぐに互角かそれ以上、になるらしい。


ゲームの世界なのにほとんど現実そのままに、見て触れ感じられる場所。以前はまっていると話を聞くことがあったけれど、それも納得というものだった。


何か他とはちょっと違って特殊らしく、ここでのことを話してはいけないと言われた。先ほど挨拶をした白髪の綺麗な瞳の少年が、何やら難しいことに関わっているらしい。もちろん先輩の言うこと、理不尽なものでもないので守り通す。ここへと連れてこられたのも、私のためらしいし。一体何があるんだろうな。






ダンジョン内を進む。途中時々緑のモンスターが現れて、それを私が斬っていく。そうして二階層へと進む。


「一応こっからが本番だから。まあ、全然問題ないだろうけどね。私は後ろで眺めてるから、スケさんの言うこと聞いて、しっかりやるのよ。」


鏡先輩の声。一応の安全のためか、背には大きな木の棒を背負っている。少し緊張してきた。迷惑かけないようにしないと。


最初に現れたのは狼?三体。一人一体で分担かな、とスケさんの方を見ると、腕を組んで動く気配がない。セリナさんの方も見てみると、どうしたものか、と思案顔。


「おそらく、師匠はカメリア様一人でもできるとお思いなのかと。」


あ、この人は骸骨さんの考えがわかるっぽい。師弟の関係、長いのだろう。


やってみようかと、一人前に出る。人数差があったからか中々襲い掛かってこなかった狼たちが、そうしてひとり離れた私へ向けてとびかかってきた。


「う、」


とびかかってくるそれが結構リアルで思わず横に大げさに跳び退ってよけた。そこにすぐさま飛びつかれる。目を閉じ、ぐっと鏡先輩にもらった刀を強く握って、その狼に向け横に払った。うっすらと、斬った感触があった。目を開ける。倒れた狼。他の二匹は、と周りを見ると、すでに倒されていた。


「カメリア殿、ゴブリンの時は問題なかったのに、いかがなされた。」

「なんか、本物の動物っぽいから、戸惑って。」

「ふむ、成程。安心なされよ。少なくともこちらに襲い掛かってくる奴らは街におるようなものではないからな。どんどん斬って問題ない。さあ!次へ向かおうではないか。」


歩みを進める。途中そうして何度か戦闘を行った。やはりいかにもなモンスターは抵抗なくいけるのだが、そうでないのには抵抗感がある。


「では次だ!さあ、進もうではないか。」


そしてそんなことお構いなしにどんどん先へと促すスケさん。なんかもうちょっと、なんか、あってもいいんじゃないかな?と思う。


別に疲れているわけではない。むしろ先輩の言っていた通り倒すごとに体が軽くなる感じがする。動きも速くなってる気がする。でもなんか、精神的な疲れがたまって来てるんだ。






七階層の入口までたどり着いた。大体二時間ほど進んだだろうか。どっと疲れて、そろそろ終わりで、と口に出したいのだが。


「カメリア殿、この次からはまた一段と敵が強くなる。心躍るな。うむ。」


何がうむ、何だろう。私何も言ってないんだけど。


ちらと鏡先輩を見る。ずっと後ろをついてきてくれている。たぶんすごくつまらないはずなのに。それを考えると、言い出せないな。


「ではそろそろ、参りますかな。」


渋々ながらついていく。最初はすごいスパルタ師匠なのだと思ったのだけれど、ここまでのことを通して何となくわかってきた。この人?骸骨さんはたぶん、、、うん。


降り立ち少し進んだところで早速現れる巨大クマ。ちょっと前まで抵抗感だ何だと考えていたのも忘れて斬り伏せる。うん、明らかに速い。体、速く動いてる。


「どうやら吹っ切れたようであるな!では、早速立ち会おうではないか!」


ふーーーー。なんか、すごいイライラしてきた。


「スケさん。」


鏡先輩が久しぶりに声をかけてきた。






「カメリア、わかった?あれが試験中のあんたよ。」

「はい。」

「一つのことに集中しすぎて、うざったい。悪いとは言わないけど、なんか違うわよね。」

「はい。」


よしよし。いい感じにたまっているようだ。


「んじゃあこれ。」


持ってきていた業物の木の棒を渡す。最高レベルの頑丈さを誇る一品だ。


「重、いです。」

「だいじょーぶだいじょーぶ。」


その棒の重さに難儀しているカメリアに、エンハンス・ストレンクスをかける。さっき設定をいじって無制限にしておいた。15回くらいで、大丈夫かな。


「あ、なんか、すごい軽くなりました。」


そうじゃろうそうじゃろう。


「ではカメリア。過去の自分と決別するのよ。その木の棒で、カッキーンとでっかいホームランを打ってきなさい。あいつはめちゃ頑丈だから、怪我なんてしないから。」

「はい。」






二人連れだってスケさんの元へと戻る。立ち合い距離で、クイックン。


「ほう、まあハンデとしては良いですな。では、、、」


そのセリフを待たず、一息で間合いへと入り振りかぶった木の棒で全開のフルスイング。どごーんと鎧にやや斜め下から入り込んでいった。


「なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、、、、、、」


そうして元気そうにドップラー効果の測定実験を手伝ってくれたスケさん。うん。結構なスピードね。かなり低い音になってるわ。


「カメリア、角度、もうちょっと深いほうが飛ぶわよ。入射角40度くらいが多分適切かしら。」

「はい。」


すっきりとした顔で、返事をしてきた。






「以前確率論の本格的な起こりに関する問題を二年生の課題として出したのですが、なかなか面白い解答のものもありましてね。やはりいろんな意見を聞くのは思考を柔軟にしますね。」


今年最後の上ちゃんの特別授業。どうやらあの涼子先輩の課題は上ちゃん製作監修だったようだ。


「さて、その確率ですが、実際のところそこまであてになるものでもない、のです。発生率90パーセントでも起こらないこともありますし、逆に10パーセントで起こることもあります。まあ当てになりませんね。ですが、例えば600人が同時にさいころ、六面ダイスを振った場合、一が出る個数は約100、それなりの数上下はしますが。それが六千、六万、となると、ますます誤差は減っていきます。大数の法則と呼ばれるものですね。」


ふーむ、椿の試験は一回こっきりだからなぁ。100パーセントにまで仕上げてあげたいとこではある。今日も頑張って勉強してるかしら。メルクスに様子を見に行かせたけど、どうだろうな。


「それゆえ特に金融業などでは非常に重宝されています。それでもやはり人は人。儲ける判断を下すものがいるとき、その逆側には必ず損をする判断を下すものがいるのです。まあ、その方面は詳しくはないのですが、そうじゃないと取引、成立しませんよね?実際私はこの前、株で損をしましてね。」


ふふ、っと控えめの笑いが広がる教室内。


「データか、直感か。経験か、論理か。そんなことをあれこれ考えたところで、最後の所は感情が突き動かすのかな、と思ってしまう今日この頃です。その株の購入を進めてきたのが仲のいい友人でしてね。お前が言うならと購入を決めたのですが。それでこの間必死で謝ってくれまして、ええ。関係は良好なままです。ご心配なく、、、」






「という感じで、昨日見事椿の意識改革がなされたと思います。」

「なはは、そりゃ見たかったねぇ。」


特別授業終了後の部室。無事のミッションコンプリートをみんなに伝えたところで、コンコンとノックの音が響いた。開けるが誰もいない。帰ってきたか、と思い、少し待って扉を閉じると、予想通りメルクスが不可視化を解いて現れた。


「どうだった?」

「問題ないようです。解けなかったものは後回しにして、効率よく学習を進めておりました。」

「そう。ありがとう。」


うむ。昨日の特効薬は想像以上の効果を発揮したようだ。


「で、そのあとスケさん、怒らなかったのか?」

「うん。猛ダッシュで戻って来て、是非もう一撃!って余計めんどくさい感じで突っかかってきた。」

「なはは。」

「で、強烈な一撃を受け止める練習にってことで、マナが切れるまで何度か繰り返したわよ。さすがに奇襲じゃなけりゃ結構勢い殺されてたわ。10m程度しか飛ばないくらいには。」

「さすがと言ってよいのかどうか、悩むところではありますね。」

「そうね。」


ズズッと皆でメルクスの淹れてくれたお茶を飲む。ま、そのうちまた活躍の場でもあるだろう。もうすぐ冬休み。期末は問題ない結果だったから、ゲーム三昧の日々が過ごせる。次はどこへ行こうかな。






「うう、さすがに寒いわね。」


繁華街。部室でみんなと別れ、私は不可視化したメルクスを伴って、つまり傍目には一人でそこへとやってきた。


無事初めてのお使いをこなした彼女に、何か贈り物でも、と思ったのだ。今更感はあるのだが、一応名目として良きものが入った今はちょうどいいタイミングであろう。


街はクリスマスに向けての販売戦略がどこも佳境を迎えているようで私はついつい目移りしてしまうのだが、メルクスにはそう映らないみたいで、なんか欲しいもの、無い?と聞くも反応は芳しくなく。どうしたもんかしら、適当に私の気に入ったものでも買おうかしら、なんて決断できずにうろついていたところで、鏡様、あそこへ。と耳元小声でささやいてきた。


「あそこって、あれ?」


指をさす。


「はい。」


指し示した先にはアーケード。レトロな感じが雰囲気を出している。


「ここ、物を買う場所じゃないわよ?クレーンとかも置いてないし。」

「構いません。入りたいのです。」


ふむ。こう自己主張してくるのも珍しい。入るか。


店内は結構広くて、そこそこ混雑していた。これなら、とトイレへと入り、しっかりと誰もいないのを確認してメルクスの不可視化を解かせる。


「まあないとは思うけど、何か声をかけられたら双子の妹って設定で行くわよ。」

「はい。」






伝説の出来上がる瞬間とはこういったものなのであろうか。熱狂に包まれる店内。鳴りやまぬ歓声。




ひとまずこれかしら。二人でできるし。と対戦格闘ゲームを指定。小学生の頃狂ったように龍と対戦し続けたクラシカルゲーム。いまだに腕が当時のことを覚えていて、勝手にキャラを動かしてくれる自信があった。さすがに、負けるわけにはいかないわ。


しばしお待ちを、と目を閉じ思考するメルクス。おそらくこのゲームの仕様を漁っているのであろう。無駄なことを。こういうのは経験に基づいた一瞬の判断が最後には物を言う。そしてデータも、今脳の奥から引っ張り出してこれた。確定反撃その他、ばっちりだ。


座り、硬貨を投入。当時愛した自キャラを選ぶ。メルクスは、、、最弱キャラを選んだ。うーむ。かわいそうだが、ま、仕方あるまい。


対戦が始まる。容赦することなく、攻撃を叩きこむ。


が、私は根本的な勘違いをしていたことに気が付いた。こいつ、攻撃が一切通らねぇ。すべて防ぐ。中下段の揺さぶりとか、余裕で全ガード。投げとか、おそらくモーション見てから入力して抜けてる。


慣れてきたのか、距離を保つようになってきて、こっちの攻撃がからぶった隙に返しを合わせてくる。あ、牽制を覚えたようだ。正確に彼我の距離を把握し、私が攻撃を届かせようと前歩きをしたのと同時に振ってくる。当然、食らう。これはもう、一撃入ってからのコンボとか、そういうのじゃない。読み合いとか、そういうのじゃない。これ、無理だわ。


敗北を喫し、すごすごと席を立った私の後に、すぐさま別の人が席に座り硬貨を投入した。当然待っていたのは人間業を超えた超反応で牽制を繰り出すメルクスによる連続パーフェクト。近づけすらしねー。牽制って本来、当たるの確定で振るもんじゃないんだけどな。


その後も様子を眺めていたお客さんたちが次々チャレンジするも、削りダメージ以上を与えられたものは皆無。その異常さにも次第に慣れてマヒし、彼女が勝利を挙げる度に歓声が響くようになった。


そうしてなされる、待ちに徹する戦法。一見最適に見える。が、経験が無意識に牽制を振ってしまう。そしてこちらのそれに、正確に返されてダウンを取られる。起き上がりの読み合いは、ない。そう、そういうのじゃない。私は一発で気づいた。その全ての正確さの根源がどこか。


こちらのレバー音を、ボタンを叩く音を聞いているのだ。ズルでは、ない。メタ戦術だ。こちらもわざとレバーをガチャガチャやって、ブラフもできる。


けれど彼女の聴力はあまりにも正確すぎる。どっち方向にレバーが倒れているかまで、どのボタンを叩いているかまで、わずかな発生源の差を通して理解しているようだ。


だから当たる距離で攻撃を繰り出してもガードされる。起き上がり、無敵攻撃をぶっ放した時はガードされ隙をさらし、そうでなく守りに徹したときは普通に攻撃をされる。メルクスとは違い、その全てを防ぎきることはできない。


もし一撃が与えられるとしたら、起き上がりと寸分たがわず入力をして、音が向こうまで届くタイムラグ差で判断を誤らせる以外にはない。


しかし音速は空気中で約350m/s、このゲーム世界の進行時間の最小単位は六十分の一秒。その入力音が届くまでより長い。それよりも早い入力処理がおそらくできてしまうのであろう彼女。結論。つまり、不可能だ。絶対に間違うことはない。


真冬の繁華街、ゲームセンター。そこは今、常夏の熱気に包まれて。勝率0に挑み続ける男たち。1時間ちょっとの試行時間。きらりと画面上部に表示される99win。たとえどれだけ続けたところで、勝ちを引くことはないだろう。私は次で最後、とメルクスに告げ、100winを飾ったところで店内を後にした。


「あんなのでよかったの?」

「はい。ありがとうございます。」


出費わずかに200円。おまけに店長さんと思しき人から記念品までいただいた。


「また、来ましょう。次は負けないわ。」

「それは無理です。鏡様。」


言うようになった。


「どうかしらね。ゲームによっては、あんたが勝てないものもあるかもよ。」

「そう、かもしれませんね。楽しみにしております。」


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