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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
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interlude -suugaku_kobanashi-

数日後、すぐに緊急の修正アップデートが入って、補助重ね掛けの限界回数設定の項目がオプションに追加された。


私はもちろん速攻で1回だけの重ね掛け効果なしに設定。


建物すらたやすく倒壊できるレベルのそれ。そもそもそういう目的を意図していなかったものの、その変化は多くのプレイヤーを刺激し、山や地形を削って雄大なアートを発表するスクリーンショットや製作動画が次々と上がった。


開発側もその流れを快く思ったのか、いつものようにユーザーの裁量に遊び方を任せる修正を施すに至る。


そんな中、上げられた私たちの動画はそこそこの反響を示していた。特に評価されていたのはウドーの迷路と最後の温泉。おそらくクーラさんが撮ったのであろう、綺麗な虹が白い蒸気の中に浮かぶ光景が、とても綺麗だった。


和装の私と玲央にイクスの忍者姿も、海外勢にはツボのようだった。


Samurai Girl! Awesome!


てな感じのコメントがいくつもなされた。






「さて、まあ一段落したし、期末の勉強だな。」

「ええー。」


反対の意を示す私。中間試験終了後、部室にとどまり続けた日々、その時にそこそこの勉強はしていたのだ。理由もないのにそうする必要もなかろう。


パクリ、本日も差し入れされたケーキを一口入れて、メルクスのお茶とともに楽しむ。


あれ以来、早瀬先輩は時折私たちにこうしてケーキやらなにやら差し入れしてくれるようになった。そんなものを求めてはいないのだが、好意を無下にするわけにもいかず。受け取ってこうして無駄にせず味わっているのである。


「冬休み、ゲーム三昧の日々を過ごすか否かの分水領ですよ、鏡さん。」


むう。正論を吐かれては返す言葉もないのだが。


「がーみーはやらなきゃいけない科目が定まってるからまだいいよねぇ。私は編集作業でだいぶ取られて、今回は結構ヤバ目だわ。」


最大の功労者である涼子先輩。本業?副業?どっちかわからんが、学業がややおろそかになってしまっているようだ。


「数学なら教えられますけどね。文型二年生は今、ちょうど私たちがやってる範囲の入試演習ですよね。」

「頼むわー。課題評価で下駄もらわないといけないのに、さっぱりなのよ。」

「鏡さん、その余裕があるので?鏡さんは文型科目の対策をするべきです、ええ。涼子さん、私がその役を担いましょう。私の数学の復習にもなりますし、ええ。」


下心見え見えの玲央。マジわかりやすいな。ちらと涼子先輩を眺めると、どっちでも構わんわい、といった顔でスッと問題の印刷されたプリントをテーブル中央にみんなに見えるように押し出した。


んー、何々、、、


〈三つの選択肢。一つが正解でそれを当てれば賞金を得られる。今そのうちの一つを無根拠に選んだとする。その後選ばれなかった二つの内の片方が外れであることを教えられ、開示を受けた。そしてその外れ開示の後、残った二択を切り替える機会を与えられる。切り替えるべきか否か、理由を含めて論ぜよ。〉


なんだ、これ。文型向けに論述力も求めてんのか。しかしまた有名な確率の問題をテーマにしたもんだな。三囚人、モンティホール辺りからか。


「うーむ、替えない、べきでしょう。」

「なんで?」

「いえ、なぜわざわざ替える機会を与えられたかを考えますと、疑心暗鬼にさせて楽しむためなのではないかと。つまり正解を引いていたから、わざと誘導して間違いに替えさせようという魂胆なのです。」


ふふん。龍の控えめな笑いが玲央のセリフの後に続いた。


「はー、まったく。龍が笑うのも当然。玲央、あんたの言うことはもっともだけどね、んなもん気にしてたら数学なんて進まないのよ。いい、これ、数学よ。心理学じゃないのよ。」

「なるほど。ではどうするのが正解なのでしょう。」

「きっちりと計算して残った二択の当たり確率を計算すればいいわ。その結果、、、、、、替えたほうが2/3、替えない側が1/3。つまり、替える、が正解よ。」

「んーむ。数学的に考えれば、一つはずれを開示された時点で二択になっただけで、どちらも等確率なのでは?」

「本当に?その二択になっただけって根拠は?数学的に、説明できる?いや、違うわね、、、そうね、選ばなかった二つの内、必ず一つは外れなのよ。それを開示する。だから、替えるという選択肢は三択の選択肢のうち二つをマークしてどっちかが当たりなら丸がもらえるってことよ。どー考えてもそっちのが有利っしょ?どう?」

「がーみー、ごめん。混乱止まらないさ。」






その後もあれやこれやと説明するも、納得させれず。どうしたもんか。ふと、われ関せずでいつも通りに読書を続ける龍に目がいった。


「ちょっと、龍。あんたも何か、説明考えなさいよ。」


一応話半分に私たちの一連の流れは理解していた模様で、そうだな、、、と考え込む姿を見せた。


「要は直感があてにならんと説明すりゃいいんだろ?」

「そうね。」

「なら、話は変わっちまうが、、、」


何やら私の前に本を積んで障壁を築いていく龍。テーブルの向こう側が見えなくなった。


「何?それでどうすんの?」

「鏡、ここに用意されたるは陸の分の五つ目のケーキ。」


ふむ。実演するつもりか。よかろう。三分の二を引いてやろうではないか。


「この障壁、こことここで区切る。左中央右の三択だ。選べ。当てたらケーキはお前のもんだ。」


この時点で情報ゼロ。素直に無根拠で選ぶ。この選択で外れを引けば勝ち。左端だ。


「さて、鏡には悪いが、今回オープンは無しだ。情報だけ伝える。この真ん中、外れだ。こっちに、取り替えるか?」


私から見て、右を指し示す龍。


「もちろん。これで三分の二よ。」


自信満々に答える。向こう側が見えている他二人も、ノーリアクション。


「さて、非常に申し訳ないがな、鏡。オープンしない理由があるんだ。俺が、嘘ついてるかもしれん。実はこの真ん中が当たりで、わざと不合理な二択をやらせてるんだ。」


なん、、、だと。ただの嫌がらせじゃねーか。それはずれ確定やん。


「そこで新たな選択肢を与えよう。この真ん中か、それ以外の二つか。どっちを選ぶか、考えりゃあ迷う余地、無いだろ?1/3と2/3。明白な確率だ。」


にやりと、不敵な笑いを浮かべる龍。ぐぬぬ、どっちだ、これは、どっちなんだ?


ケーキがかかっとる。メルクスを見る。駄目だ。動画をアップして以来、給仕以外は延々リピート再生を繰り返し続けている。こっちの状況など全く把握しておらぬ。


ぐぐぐ、、、どっちだ。これは、この時点で、ニブイチ、だろ?嘘か嘘じゃないか、そう、、、だろ?龍の甘言に騙されるな。いや、違う。そうじゃない。嫌味な龍の事だ。間違いなく真ん中が当たりに違いない。裏の裏だ。そう、そうだ!これはもはや数学ではない。心理戦だ!


「真ん中!」


意思決定。高らかに宣言する。


「なるほどねぇ。直感は当てにならんわ。」


涼子先輩の納得声が響いた。






時少ししてまた別の日の放課後。


「いやあ、がーみーのおかげでこの間の課題満点だったさ。ありがとありがと。」


採点され返却された課題レポートを前に、謝意を述べる涼子先輩。


「どういたしまして。」


ムスッとした表情で告げる。数学に頼れず、心理戦に持ち込んだ我が敗北が思い出される。


「なはは、まあ、そんで今日も、また助けてほしいんだよねぇ。」

「なんざんしょ?」

「今日はこんな感じ。」


んー、何々?


〈図書カード1000円分を10枚、総額一万円分の商品を競う1対1のゲームを行う。先に10勝したほうが総取りとする。そのゲームの途中、やむを得ぬ事情により打ち止めることとなった。その時点での勝敗は片側プレイヤー視点で七勝三敗。さて、商品のカードをどのように配分するのが適切であろうか。論ぜよ。〉


また有名な。フェルマーさんのカードゲームですね。しかしうちの学校、文型生徒にいったい何を求めているのであろうか。ネットで数学史の勉強でもやれっていうお達しか?


「私は数字通りナナサンで分ければいいと思うんだけど、それでいいならわざわざ課題にしないかなって思ってさ。」

「そのナナサンにする根拠を明確に述べなさいという意図では?」


玲央の相槌。ふむ、ここからの各者の勝率、計算してみるか。


「ちょっと計算してみるんで、待ってください。龍、この問題文に言及がないけど、一ゲームごとの勝率は五分と仮定していいわよね?」

「いいんじゃねーか?最初にそういう仮定で進めるって記述しときゃ、問題ないだろ。そこの設定で結論が変わるからな。まずそこを明確にしないと、どんだけ論述を連ねても0点だろうな。」


よし、んじゃあ計算するとしますか。




「終わりました。えっと、負けてる方がこのまま続けたと仮定して10勝する確率、約9パーセント。なんでキュウイチ配分が妥当です。」

「え?」

「え?」


はもる玲央と涼子先輩。


「ちょっと、一年前に習った涼子先輩とは違くて、あんたはつい最近でしょうが。しっかりしなさいよ。ほら、反復試行。こうやって計算するのよ。」


計算したノートのページを見せる。


「ああ、何かやった記憶あるわ。がーみー、それそのまま写すから、ちょい貸して。」


ノートを受け取りカキカキする涼子さん。


「しかしですね、窮鼠猫を噛むということわざにもある通り、その先続くとしてどう転ぶかはわかりませんよ。そう、たしかアインシュタインの有名な言葉に、神はサイコロを振らない、とあったはずです。」


涼子先輩の役に立てなかったのが相当に不服なのか、ふくれっ面で言い訳をしてくる。それもわざわざ理系っぽい感じの知識で。


「んー、それ、その言葉だけ取ったら確率論の否定に聞こえるけど、実際はそうじゃないと思うわよ。当時起こった量子論があまりにセンセーショナルだったから、一つの意見として述べた言葉だと思うわ。議論がより活発になるようにね。何だっけ、EPRパラドックスとか、そういうのもあったわよね?」


龍に向けて質問をする。眺めていた本に指を挟みつつ閉じて、龍が返事をする。


「だな。」

「んー、難しい話はいいわ。また混乱したくないし。がーみー、ありがと。」


写し終わった涼子先輩がノートを返してきた。


「では鏡さん、勝負をしましょうか。ババ抜きで、どうです?そちらは先に三勝で勝ち、こちらは鏡さんがそれを達成するまでに七勝すれば勝ち。いかがです?」


ふむ、納得させるには実演が良いか。


「いいわよ。数学の正しさ、その身に刻み込んじゃる。」






「なはははははは。」


部室内、響く涼子先輩の声。


「なんで?なんでよ!?玲央、あんたイカサマしてんじゃないわよ!」

「イカサマ?いえ、真っ当に勝負をいたしましたが?」


ふふん、と偉そうに宣う玲央。


どーして、なぜ一度も勝てない?0-7とかおかしい、あり得ない。なぜ、なぜ?


「あー鏡、このゲームな。五分五分の仮定崩れてんだわ。最初から10-0、七勝はお情けの接待だったんだわ。」

「なんでただのババ抜きで10-0つくのよ!?」

「お前だからな。」

「ですね。」


納得できん。どうやったらここまで負け続けられるんだ、あり得んだろ。イカサマだ。ジョーカーに印でもつけたんだろ。


ジョーカーの裏面をしっかりと観察、検証する。だめだ、証拠は見つからない。


「なるほどね。前提を取りかえたものも追加で言及しとくべきね、、、なお、二者の社会的な立場に差がある可能性を考慮に入れると、7-3のスコアは接待プレイで勝ちを譲る気があったとも考えられる。その場合気分よくお帰りいただくためには、負けている側が10-0配分を提案すべきであろう、、、と。よし、文型的にもこの追加はポイント高しね。これで完璧。玲央っち、よくやった。」


涼子先輩の役に多少立てて点数を稼いだ玲央が満足顔。ぐぬぬ、むかつく。


「玲央!もうひと勝負よ!次は負けないわ。0-0からのイーブンで。そう、有利な条件で油断が祟っただけよ!そうに決まってるわ!」

「いいでしょう。」






結果、0-10の敗北だった。


「なんで、なんで、、、」

「鏡。負けた原因、教えてやろうか?」


龍が声をかけた。渋々ながらうなずく。


「前言ってたろ。見た目が本質の一部って。そういうこった。顔にな、出るんだよ。お前、わかりやすすぎんだよ。んで、玲央のゆすりにすぐ引っかかる。」


その易しき答え合わせは、私の表情を、わかりやすいムンクの叫びへと変えた。


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