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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
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the day before -kekkou_zenjitsu-

「いやー、中々に楽しい前座を繰り広げてるようだな、ミラージュ。」


すっかり冷めきった私はその後、特に目的もなく歩いて、再び最貧区へとたどり着いた。そんな私の姿を目にして、声をかけてきたのはエンソス。寒空の下会話を続けるのもということで、再び私のおごりで酒場へと向かうことにした。






「向いてなかったわ。」

「いやいや、間違いなく愛されてるよ。さすが、御使い様だ。」


三人の誰かから聞いたのだろうか。けれど彼等とは違い、私への態度を以前のものと変えることはなかった。


「もう。」


ふくれっ面を浮かべる。


「ま、冗談はさておき、計画は三日後に決まった。その翌日朝、例の本隊が到着予定だ。何とか話を通すつもりらしいな。無理だろうがな。」

「そう。」


計画を止めることは端からあきらめていた。今更、悲観したりはしない。


「もしその本隊を一網打尽にできるなら、そうした方がいいと思う?」


その私の提案を聞き、腕を組んで考えるエンソス。


「、、、誇張じゃなく、できるんだろうな。御使い様、だもんな。」


こくり、頷く。最精兵でも、市街地戦なら囲まれない。クイックンのインターバルをセリナと打ち合わせて、余裕で対処できる。ゲストの力を借りればなおさらだ。数や編成次第では街の外で真っ向ぶつかってもいける、だろう。


「そうか。ま、一つの案ではあるな。祖国のために戦ってくれた兵達には悪いが、それがいなくなれば、春を過ぎて、抵抗したところで他国の蹂躙が待ってることは明白だ。少なくとも皆、降伏する決断を下せるだろう。中程度の被害、で治まるな。」

「最小の被害は?」

「クーデター、そっからの本隊の鎮圧、そのまま完全軍事態勢で他国を取る。」


希望的な方の観測。


「それが、駄目だったら?」

「最大の被害になるだけだ。国民総出の心中。悪くない花火だろ。もちろん俺は、逃げるがな。」


ふふんと、口をニヒルに捻じ曲げる。目はそれとは真逆の意志を示していた。


料理が運ばれてきた。テーブルにコトリ置かれるそれ。続けておかれた私のグラスには、水ではなく色味のついたジュースが注がれていた。


「エンソス、いじめてやるな。嬢ちゃんも、さっさとこいつが言った通りここから出て行った方がいい。誰も恨まん。安心しろ。」


配膳を終えた酒場のマスターが、そう告げてきた。


「ありがと。」


そう言って、私は肯定も否定もせずにグラスを取って飲み物を口に入れた。ごくりと、飲み込む。レモネードだった。マスターはそれ以上何も言わずカウンターへと戻っていった。


「ま、食っとけ。飲んどけ。」

「そうね。」






再びの高級区画。エンソスは私と会ったあの日から色々と情報を仕入れていたようで、さっきあの後集めたそれらを教えてもらった。だから今回、目標が決まっている。いつものように目についた屋敷へ入るのではなく、一番奥、本日の目的地まで進む。


首長宅と見られる立派なものが教えられた通りあった。ここはさすがにザルではなさそう。


家の周囲をぐるりと回る。外側から遠目にみられる警備は隙の有る配置。侵入するには問題なさそうだ。網目は多いが、中身はスカスカ。ザルだった。


見つけた茂みの厚い部分、中々しっかりとした樹木のよう。いつも通り障害を飛び越え、その茂みの上に着地する。柵と茂みの二段障壁をわざわざ選ぶと想定していないようで、先ほど外から眺めた通りこの辺りには警備は全くいなかった。


そこからもう一度敷地内の様子を観察しつつ、深呼吸。ゆっくりと心を落ち着かせて、前方を眺める。正面近くの一番高い建物。そこまで、カバーに使える生け垣が多い。これなら容易に進めそうだ。


生垣を遮蔽物に進んでいく。途中、明かりが見えたので少し戻ってしゃがんで待つ。


「この三日間、盗賊らしい奴が出没してるようだな。」

「らしいな。」


会話が聞こえてきた。見回りの警備、二人組で回っているのだろう。


「ま、そいつの仕業らしいものが金貸し記録、駄作の絵、楽譜だからな。何考えてんだろうな。」

「さあな。何にせよ迷惑な話だ。おかげでこうして見回りの負担が増えちまったんだから、、、」


通り過ぎた。この三日間の私の行動による影響がちゃんとここまで出ているようだ。これなら今日のミッションも成功するだろう。


明かりが無事遠く離れたのを見て、私は再び進みを続けた。建物はとっかかりが多く、ジャンプを駆使して壁をよじ登るのは簡単だった。速攻で一番上まで上がり、屋根伝いにその一番端まで進む。


(ここの窓ね。)


屋根の継ぎ目にフックをひっかけ、ラぺリングで降り、中の様子を逆さで頭だけ窓枠より先から出して覗く。気分はすっかり特殊部隊気分。うん、楽しめてるな。


再び屋根へと戻り、その中央、なるべく多くの範囲が死角になるところで、エンストの効果光をともした。


先ほどの窓のカギを断ち切る。中へ侵入。ここは首長の執務室になっているらしい。当然夜のこの時間は誰もいない。デスクの上、明日ここへ入ったらすぐ気づく所にメッセージカードを置く。


〈神水ありと聞き、本日頂きに参上した。くまなく探すも守護龍おらず。三日後、もう一つの御座にて譲り受けたし。されど再び守護龍なくば、我は神水を手に影となり消え失せん。〉


(これで良し。)


その後いくつかの窓のカギを同様に壊しまわって撤退した。






酒場で待っているエンソスの下へと戻る。


「上手くやったわ。これでターゲットは当日倉庫に防備を集めて、本宅は薄くなるのね?」

「だな。プライドの高い奴だ。間違いなく本人も倉庫にいるだろう。」

「反乱軍の被害は少なく、敵の頭は私がつかんで軍本体に引っ立てる。そいつには悪いけど、いい思いし続けてたんだし生贄になってもらうわ。ハンマーを振り下ろす相手が別に残ってたら、上手くいくかもしれない、でしょ?」


何とか丸く収まるようになってきた気がして、少しテンション高くエンソスに告げる。


「まあ、言うことをちゃんと聞いてくれりゃあな。ターゲットがいないのに焦って高級区で暴れまわられたら駄目だ。それをさせずに、到着した本隊の偉いさんに手柄を引き渡し、納得してもらう。それで若い連が助かる道が少し開ける。その先の二択は、変わらんかもしれんがな。」

「つまり暴動の有無が、問題なのね。」


暴動なくことを済ませる。何だっけ、無血革命とかいう言葉が、あった気がする。ちょっと違うか。


「ああ。到着した本隊が街の騒動を見て鎮圧行動に出たらまずい。嬢ちゃんが盗んだやつらみたく、多少真っ当な部類の輩もあそこにはいる。お構いなしに殺しまわったら、な。」

「そうね。私も悪いことしたと思うわ。」


ニッと笑うエンソス。


「金貸し以外の被害は気にしなくていいぞ。で、その金貸しの奴らについてはむしろいい仕事だった。こっちでも苦しめられてたやつは少なくなかったからな。」

「そう。良かった。このこと、あの三人に伝えてもいい?」

「伝えたけりゃ伝えていいと思うぞ。あいつらならな。」






彼と一緒にまずは宿へと戻り、イクスたちの下へ。


「ミラージュ、お帰り。今日は、、、人?どこから盗んできたの?」

「今日は違うわよ。さすがの私もこんなおっさん盗もうと思うわけないでしょ。」

「そうだよねー。」


いつも通り呑気なイクス。この大部屋の中だけは、コルンペーレの街から切り離された別空間のような温かみがある。


「イクス、このおっさんはエンソス。エンソス、こいつはイクス。私の弟よ。」


ウドーにちょっとビビっていたエンソスの紹介をして、いつも通り初対面の握手を交わさせる。手が放れたあと、首を振った。まあそこはもう現状、何でもいいわ。済んだ後で、ゆっくり探せばいい。


「あの三人の所に今から行くわ。スケさんとセリナ、戻ってきたら心配するかしら。いつもいつごろ帰ってくるの?」

「そろそろ、じゃな。」


一応書置きを残して宿を出ると、ちょうどその二人が帰ってくるのとかち合った。


「二人とも、飽きないわね。最近めっきり顔を見なかったけど、どうしてた?」

「ミラージュ様、私この数日はスケ殿と一緒に、この辺りのモンスターを狩っておりましたの。」

「うん、それは知ってる。ていうかそれしかやらんやろ、お前ら。」


ここでちょっと怒って心外であるな、とか心外ですわ、とか言ってくるもんならまだいいんだが、、、


「まあ、心外ですわ、ミラージュ様。」


お、何だ?新しい興味でも湧いたか?


「ここ数日モンスターを狩りながらも、この周辺の地勢を調査していましたのよ。」

「ほほう、セリっち。いろんな場所を巡って新たな興味に目覚めたのかね。」


いいことだ。うん。


「ええ。以前ビオのダンジョンで、環境に応じた生物を生み出していたのを見て、大事と思いましたのよ。この辺りはいくつか近くに火山があり標高も高く、冬はこのように寒さが厳しいのです。そのため体毛の濃いモンスターが多いんですの。」


うんうん、と彼女の新しく生まれた興味からの話題を聞く。


「この考えをもとにすれば、より北へと向かえば剣すら通さないような毛皮で覆われた強力なモンスターが生息しているに違いありませんわ!ミラージュ様!」


うんうん。せやな。そうなんやろうな。やっぱりそれしかないんやろうな。


「左様。セリナは頭も回る。ここの騒動が落ち着いたら、さらに北上するのもよいのではないか?ミラージュ殿。」


氷の大地を馬車で進めってか。馬凍っぞ。別に北に行ったらすぐ毛がもさもさ生えてくるわけじゃねーかんな。あんたはもちろんセリナも内からあふれる熱気で大丈夫かもしれんが、うちらも凍っからな。


「話、進めねーか?」


エンソスが今回初見というのに既に面倒くさそうな表情を浮かべて、話の腰を折った。






彼の案内でトレランとトランキが滞在しているところにやってきた。ノックをして顔を見せると、恭しく歓迎された。


中へと入り、テーブルへ着き、ある程度手を貸すことと多少の作戦変更の提案を彼ら二人に伝えた。


「そうですか。我らのために後のことを考えて、、、私は賛成です。やつを前にして、数時間とはいえ生かしておける余裕は持てないでしょうから。」


トレランが意見を述べた。


「そうだな。若い奴らを取りまとめりゃ、いいな。どうせ死ぬなら春の戦で、だな。」


これはトランキ。


「ま、スティランの奴もお前らと同じだろ。手柄なんて、視界に入ってすらいないからな、お前らは。本丸狙いの連中をしっかりまとめて、突っ込んだあとどこにも行かず屋敷につめてりゃいい。それで、まあ五分だな。」

「何で五分?」


素直に質問してみる。


「こいつらがまとめるの以外で、略奪に走るやつらはいる。それと一緒くたに扱われたら、こいつらもすぐ斬られる。この間も言った通り、大義があってもそういう不逞の輩ってのは一定数出ちまうのさ。」


陽動組はエンソスと同じく生き残りたい連中が多いのだろう。氷が解けたら腐った身が露わになる、だったか。


「同じように、話を通すわけにはいかない?」

「駄目だな。取って代わりたいんだ。今いる奴らをこいつら若いのに蹴飛ばさせて、その椅子に後からやって来て座りたいだけ。視界が利かずにその幻想を見てる。雪を固く踏みしめ戻る軍隊の足音すら聞けないブリザードの中な。手柄を盾に、言うことを聞かせられると思ってる。だから椅子そのものを取っ払われるような作戦を聞いたら、余計その場での略奪を助長させる。最悪、裏切るな。」

「そう。じゃあやめた方がいいわね、、、でも数は、減らせない、のね。」

「そうだな。事情も知っちまってるしな。」






そうして事情を全て共有し、皆で良策を考える。必要条件は二つ。


一つ目、可能な限り略奪を起こさせない、街が騒動を起こしていることを到着した本隊に気づかせない。そして二つ目、到着の報告にやってきた軍の人に手柄を譲る。


この二つを満たせば、当日ほとんどの人が命を失わないことになる。


しばらくの間行われた四人での話し合い。特に妙案が浮かばないまま、意見が出尽くし沈黙が落ちた。それを破ったのはウドーだった。


「お主らに襲撃される輩は、皆悪い奴らなのじゃろう?」

「まあ、そうですね。」


エンソス、ウドーにはなぜか丁寧語である。


「そやつらになら、何やっても問題ないのかの?」

「軍の連中と折り合いが悪い奴らだけに絞れば、良いでしょう。」


それを聞きしばし考えるウドー。


「ウドー、なんか案でもあるの?何でもいいから言ってみて。」

「そうじゃな。いや、襲っちゃいかん所は全てわしらで守ってやればいいんじゃないかと思ったんじゃが。どうかの。」


んー、悪くない。私もそれは考えた。が、数が明らかに足りん。


「数が足りないわ。みんなを呼んでも、あの広い敷地全てをカバーできないわ。」

「であるな。殺さず通さずなど、橋でもなければ無理であろう。」


橋、、、いや、違う。そんなもんいらない。私と違い、塀も柵も飛び越えられないのだから。


「スケさん、でかした。ウドー、それで行こう。」


その後地図を参考に、一夜限りの迷宮作成案を皆で詳細に検討した。






「がーみー、当日は録画、しときな。私もするから。あんたらも。」


部室内。皆に作戦の詳細を伝え、協力を願い出た。


「録画?どうしてです?」

「今日のアップデート、そのイベントが追加の一つ。昨日情報が出た。プレイヤーの行動でいろいろ異なる結末が細かく用意されてるらしい。ただの一イベントにしては様々工夫できそうってんで珍しくコミュニティも騒いでる。いろんな動画がネットにあふれるさ。私これ、好き。録画して、ネットに上げよう。」


例のウォンバトゥーン園は?と聞くと。


「その情報はないねぇ。ただもし出現が確認できても、かなりダブっちゃうだろうね。」


まーそうだろうな。基本助ける一択だもんな。あれは。


「わかりました。やってみましょう。イクスは映らない方がいいですかね?」

「そうだな。全身覆う毛布でも被せときゃどうだ?」


いるかわからんが、敵性勢力がそのアップした動画を見てイクスを見つけたりするかもしれないからな。


「そうですね。変装なりなんなりはしておいた方がよいでしょう。」

「わかったわ。今日のうちに用意しとく。」


話が一段落した。そのタイミングを待っていたかのように。


「鏡様!是非涼子様の録画内で鏡様のご雄姿をお映し下さい!」


何かメルクスがえらいテンション高く要求してきた。


「なはは、そうさね。今回私はミラっちの近くでカメラマンだね。任せときなメルクス。」

「お願いいたします!涼子様!」


あーそっか。動画上げたら、私の向こうの様子を見れるのか。なるほどな。






本日19時。前回と同じくアップデートが行われた。データ量は相変わらず他のメンツより大きいみたい。今回は少しだけだけど。


イクスのお母さん、この数ヶ月でまたプレゼントでも用意したのだろうか。それにしたってどうやってピンポイントにここに届かせているのだろう。謎だ。


無事アップデートを終えログインして、皆の様子が変りなく、追加されたイベントの流れも変わっていないのを確認して、イクスを連れて服飾を漁りにルイナへ向かった。


見つけた忍者装束。和で統一ね、と早速購入して、彼に着せた。覆面から覗く青い瞳が何かを訴えていたが、私は気づかないふりをした。






二人、コルンペーレの宿へと戻る。


この一週間、雪は降ったりやんだりで。

明日夜吹雪く模様です。

けれど朝には陽気が差す、今日の予報は以上です。


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