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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
34/100

burgler -bagurasete_ha_inai-

あけましておめでとうございます。


新年早々、気の抜ける小話で恐縮ですが、

今年もお読み続きいただければ、ありがたいです。


よろしくお願いいたします。

現代のように、アラームやらなんやらの類があるわけでもなく。警備らしき人員は本来想定される出入り口に見えるものの、まだ寝静まるには早い時間帯というのにあくびをかいてるやつもおる。そして中はザルだ。ザルすぎる。


そこを別口から通過し侵入を果たした今となっては隠形するまでもないことを理解して悠然と歩みを進めていると、にぎやかな声が聞こえてきた。明るい光を放っているそこ。かなり広い部屋のようだ。聞こえてくる声、数十は折り重なっていそう。楽団の演奏も聞こえる。


周囲を見回し、あそこの屋根からなら中の様子がうかがえそうだと見つけたスポットへと、外壁伝いに登り進み、様子を眺めてみる。


どうやらパーティーか何かをやっている模様。推測通り結構な人数が歓談に興じている。これほどの規模のパーティーが開ける家。相当潤っているようだ。何ともまあ、優雅なご身分なことで。


ま、別に関係ないか。さっさと切り替えて、屋根から四方を観察する。都合よくパーティー会場の逆側にバルコニーが設置されていた。そこに降り立ち、窓を開く。さすがに施錠されていた。躊躇なくエンハンス・ストレンクスをかけ、鍵の部分に刀を打ち込む。抵抗なく音もなく、スパッと切れるそれ。うむ、良い切れ味。


鍵の意味の無くなったそこから屋敷内へと侵入する。ここから先、進んだ経路を覚えておかないとね。






先ほどのパーティー方面、ここからは別棟の方に人員が割かれているのか、全く誰も見かけることが無かった。運がよかったなと思いつつ、片っ端から扉を開け、中を探る。


棟内の扉には一切カギがかかっていなかった。これも、運がよかった。どうやらこの辺りはこの屋敷の所有者一族たちの居住区のようだ。各部屋比較的高価そうな調度品やら家具やらがひしめいていた。最上階だしな。偉い奴らは高いところに住みたがる。この世の真理ね。


最も、どこもこれといってピンとくるブツはなかった。


この階の一番奥、その部屋の中に入る。今まで見てきた部屋とは様子が違って、書斎のようだ。棚に大量の書類ケースやら何やらが納められている。その部屋の奥に設置されていたデスクには、中型の金庫が置かれていた。


ま、これでいっか。と思い、それを持ち上げてその場を後にした。






小脇に金庫を抱えて、やや不格好な体勢ながらもバルコニーから飛び降り、ザル警備の中無事見つかることなくサクサクと駆け、タイミングよく跳ねて屋敷の柵を超え、区画境界までたどり着く。


うん、帰りのこと考えてなかったわ。先ほど柵を跳び越えたのと同じく駆けたそのままの勢いで塀の上に乗ろうとジャンプして、見事に塀にぶつかった。


幸い、鉛直方向の運動量がほとんどだったのか、ぺしゃっと音を立てただけで、目立った騒音の類は出なかった。


ずるずると壁にこすられながら、地面へとたどり着く。以前購入して携帯していたポーションを顔にかける。ま、ちょっとこすった程度とはいえ、雪が落ちたら染みるしね。それは嫌だしね。別に、ほんとに、痛かったわけじゃないけどね。染みたら、嫌だしね。避けられる痛みは、避けるべきよね。


袴の効果で以前より強化されたエンストからの脚力でも、この金庫を抱えたままじゃ飛び越えれんかった。


一旦金庫をその場に置き、身軽になった身体でもって塀の上に跳び乗る。反対側に人がいないのを確認。金庫の下へと降りて再び持ち上げ、全身のばねを生かしながら全開で両手で投げ上げた。


細長い放物軌道を描いて、無事向こう側に降り立ったようだ。ドザッ、と積もった雪からさらに深く地面の土をえぐる音が聞こえた。


これは次回以降は何か考えておかないとね。


そうして無事境界を越え、深々と雪に突き刺さった金庫を抱え宿へと戻った。途中目撃者ゼロ。ほんと、寂れた街ね。






借りている大部屋へと入ると、皆の視線が集まった。


「ミラージュ。遅かったね。今日はもう来ないと思ったよ。ん?それ何?」

「金庫よ。」


ドン、と抱えていたそれを床に置きその上に座った。冷たい。すぐに立ち上がる。


「さて、持って来たはいいけど、どう開けようかしらね。」


周りを見回す。この手の器用さを持ち合わせているのは、、、


「ま、あんたしかいないわね。セバス、これ、開けられる?」


いそいそと私の置いた金庫に近づき、それを眺めるセバス。実は過去にそういう仕事を、とかそういう設定があるんじゃ?と少し期待してみた。


「鍵がないと私では無理です。そのような技能は持ち合わせておりませんで。誠に申し訳ありません。」

「そう。いや、試みに聞いてみただけだから。気にしないで。」

「どれ、見せてみい。」


続きましてウドーのチャレンジ。枝先を器用に変形させ、鍵穴に合うサイズに。穴に差し込んだ。お?これは結構本格的だな。


「ふむ、なるほどなるほど。そこらについとるものと構造は変わらんな。これならいけるぞ。」


お、まじか。まあ鍵の種類が統一ってゲームじゃよくあることよね。


ガチャリ、鍵の開く音が響いた。


「ほれ、おちゃのこさいさい、じゃ。」


マジでウドー、お前便利だな。


「セバス、ウドーに最高の一杯、用意してあげてくれる?」

「かしこまりました。」

「ウドー、すごいね。」


誉められてご満悦のウドー。


「全くね。セリナ邸以降、あんたには頼りっぱなしだわね。」

「ま、もちつもたれつ、じゃな。」

「ありがと。」


さてと、早速中を確認しようか。ちなみに誰も言及しないが、例の二人はいない。いつもの武者修行であろう。こんな時間まで、よく飽きないもんで。


「うーん、何かしら、これ。」


中には大量の書類。わざわざ鍵付き金庫に入れておくくらいだから、重要なものなんだろうけど。とりあえず皆でセバスの淹れたお茶を飲みながら、その書類を読み漁ってみる。


「どうやら取引記録のようですね。この数字の羅列は金額でしょう。品目その他は、暗号化されているようなのでわかりませんが。」


その手の書類を読む機会でもあったのであろうか、セバスが伝えてきた。


「そう。まあいらないわね。燃やしちゃいましょ。ウドー、イクス、お願い。」


私の言葉でウドーが土で容れ物を作る。イクスは一枚一枚目を通したものからそこへ書類を入れていく。すべて入れたところで、少し成長した火魔法をかけ、燃やした。


「ま、暖の役程度にはなったわね。」






翌日夜。今日も盗賊家業に勤しむ。昨日入り込んだ所とは別の屋敷、その敷地内。やはりザル警備だ。


明かりの零れる窓を通り過ぎようとしたところ、中から会話が聞こえた。何か情報でもあるかも、と思い、立ち止まって聞き耳を立ててみる。


「昨日パーティーがあったあそこ、貸した金の記録が無くなっててんやわんやらしいぞ。」

「それは、良いことを聞いた。」

「なんだお前、あそこから借りてたのか。」


その場を後にし、他の侵入口を探して進む。昨日私たちが暖を取ったせいで、あそこの家は今後しばらく寒い日々を過ごすことになりそうね。


中に明かりがついていない窓を見つけた。外から覗き見て様子を探るが、特に人影は見受けられない。早速昨日と同じようにカギをぶった切って侵入する。室内にはいくつかの美術品が配置されていた。やった。これは当たりだ。さて、どれにしよう。


昨日の失敗を思い返し、帰りのことを考慮して軽い絵画を一枚だけ拝借することにした。額がすげーしっかりしてるし、高価な一品に違いない。






「あ、ミラージュ。今日はそれ、何?」


皆に戦利品をみせる。本日は見た目から何であるかわかりやすいものだ。どうや。


「ふーむ、ミラージュ様、こちらの絵はどちらで?」


お、やはりいいものなのだろうか。セリナ邸でこういうものを目にする機会があったに違いないセバスが質問してきた。


「さっき、お店で。安かったから買ってみたんだけど。いい絵なの?」


既に昨日の時点で私が何をやっているのかばれてはいるのであろうが、一応の体面を保ってそう告げた後、その絵を壁に寄り掛からせて置き、改めて正面から眺めてみる。


ふーむ。高いと思って眺めてみると、なんかすごい深淵なテーマの作品に見えてきた。色使いとか、繊細な気がする。何を描いたもんかはさっぱりわからんが。


「そうですか。いえ、絵の方ではなく、額縁がとても高級なようなので。気になりまして。」

「うん、そうね。明るい場所でよく見ると絵はそれほどでもないわよね。何描いてあるのかよくわからないしね。そうよね、うん。」

「あれ?この絵、なんか中央膨らんでない?」


何が描かれているのか理解しようとしていたのか、必死でその目を眺めていたイクスが、不意に違和感に気づいたようだ。


「調べてみましょう。」


額を外してみると、中から現れたのは数々の春画。


「ウドー。」


昨日と同じく、暖を取った。






さらに翌日。今のところ戦果は丈夫な金庫と高級額縁だけ。今日こそは当たりを引かねば。


いつものようにお屋敷の一つへ入る。最初の窓。ここは明かりがついてるから駄目ね、と思って通り過ぎようとすると、中から話声が聞こえてきた。


「例の、美術商。今日ご主人が乱心なされたそうだ。何でも貴重なコレクションをピンポイントで盗まれたんだそうだ。」

「目利きの盗賊にでもやられたのですか?不憫な話ですね。」

「それが違うらしい。万が一を警戒して、わざわざ高級額縁に駄作を挟んで、目の利くものがまず手に取らないように偽装してたらしいんだが。」

「それは、、、では内部犯の仕業で?」

「そう思ったようだな。そのせいで家族仲が最悪なまでにひび割れたそうだ。殺し合いに発展するかもってぐらいピリピリしてるらしい。」


そそくさと他の侵入経路を探す。昨日私たちが暖を取ったせいで、家族の関係が冷え切っちゃったみたいね。


あそこがいいな。よさげなポイントが見つかった。既に三度目。手慣れたものだ。昨日と違い中にはこれといってめぼしいものはない。外れか、と思ったところで中々におしゃれな手提げケースが目に入った。ま、運びやすいし、他にめぼしいものもなさそうだし、これでいっかと今日の戦利品を決めた。






「ミラージュ。今日は何?」


ケースを開けてみる。カギはかかっていなかった。中には一昨日に続いての書類。


「これは、、、楽譜ね。」

「そのようですな。」

「別に演奏なんてしないし、せっかくだしまたこれで暖を取りましょうか。」


緻密に書き込みのなされたその楽譜群。これを書いた人なら、これがなくても問題なく演奏できるだろうし、また書けばいいだろうし。今日のこれはだれかを冷やすことにはならなそうね。


金目のものが獲れないことになっているようなそんな悪いジンクスじみたこの三日間。そのまじないを焼き払おうと、祈りを捧げながら一枚一枚火にくべた。






翌日夜。また別のお屋敷。


「聞きまして、お母様。例の音楽家、今までずっと書き留めてきた楽譜を無くしたんですって。」

「まあ、それはお気の毒ですわね。でも、楽譜などなくても演奏できるのではなくて?普段演奏中、楽譜など用意してないでしょう?」


うんうん。なんかいつもと同じ流れだけど、今日は冷えないぞ。昨日そのジンクスは断ち切ったのだ。浄火したのだ。


「それが、あまりのショックと悲しみで、暗い曲以外演奏できなくなったそうなんです。穏やかなサロンの歓談で、悲壮な曲を流され続けましたのよ。」


それを聞き、私は今日はやめておくことにした。






境界である塀へと跳び乗る。寒さに凍えながら空を見上げ、溜息を吐く。白く色づいた吐息が、客観的に観測できる気温の低さを物語っていた。


丁寧に設定された世界。NPCだけでなく、物理演算もかなりのものだ。


「まさかこの規模のエネルギー保存則まで実装しているとは。恐れ入ったわ。」


間を完全に逸し、超絶に遅れたせいで低くなったテンションで、空へと向けて全く勢いのないツッコミを主神に向けてこぼした。


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