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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
30/100

guy -gai-

「くそが。ファンガールが、ボディガードの真似事か?それ、木刀かなんかだろ?まったく、せっかく楽しくいじめられてたのに、邪魔しやがって。」


低い声。ここ数日で、早瀬先輩ではなく、私へのイライラが募ったようだ。好都合、か。けど集合場所からここは完全に死角だ。緊急連絡、つけないと。


「別にいいでしょ。あんたこそ、こそこそ付け回ってないでさっさと告白して、無様に散ったらどう?それで傷心して、憂鬱な日々でも過ごしなさいな。卑怯者のあんたには、お似合いだわ。」


挑発。スケさんがあの時見せてくれたように、可能な限り相手の精神を逆なでする言葉を選ぶ。怒って向かって来ようとしたら猛ダッシュで逃げる。そうじゃないなら、、、


(メルクス、行って)


その聴力性能を頼りに、自身ですらほとんど聞こえない声量でお願いした。


「は、言うじゃん、ガキのくせに。けどそれは違うな。俺はただ、あいつのおどおど怖がる様を見て、楽しんでただけさ。ただのおもちゃ。手ごろなとこに転がってたんで、拾って遊んでただけなのさ。」


は?何それ?意味が分からん。おもちゃ?あいつみたいなこと、言いやがる。


「ま、わかったら、痛い目見たくなきゃ、どっかいけ。せっかく見つけた俺の遊び道具、横から奪い取ってんじゃねーよ。」


押し黙る私に向かって次の句を告げ、取り出されるナイフが電灯の明かりを反射して鈍く光った。すでにやや遅めの夕飯時。閑静な住宅街で、この通りを歩く通行人の姿は今ない。


ここで一度バックステップをかましながら、相手の様子をしっかりと見極める。ナイフを握る手、落ち着いているようでいて、力が入りすぎてる。肩も、脚も。


本気じゃない。緊張してる。勢い余ってナイフを出しただけだ。来ない。この脅しをかけたのは失策だ。むしろ逃げ出したいのは向こうのはず。竹刀を構えれば、向かってこない。逃げもしない。そう実感した。


ジッパーを開き、竹刀に右手をかけ、取り出す。あとはメルクスの知らせを聞いたみんなの通報を待って、やってくるまでの時間稼ぎ。現行犯。それで終わりだ。これはチャンスだ。


竹刀を取り出した私を見て、にんやりと口元を広げる男。


「御大層に、今度は剣道ガールの真似っこか。さっさと逃げりゃーいいものを。」


予想通り。竹刀じゃ痛いだけで、大けがはない。でもナイフを私に突き刺す肝は持ち合わせてない。彼の選択はこの間合いでの会話だった。私もそれに乗る。


「なんで人の迷惑になる遊びを続けるのよ。憂さ晴らしなら、ゲームでも何でも、いくらでもあるでしょ?」


そう、何でもある。いくらでも。そしてちゃんとみんな、区別をつけてる。ここは、好き勝手できる自分だけの世界じゃ、無い。


「ああ、そういうのは駄目なんだ。所詮ゲーム。その事実が、冷めさせちまう。確かにいろいろ趣向を凝らしたものだってあるが、最初から用意されたもんだろ。はいどーぞって知らん奴にそいつのお気に入りのおもちゃを手渡されて、それで楽しいわけがない。そうだろ?けどこれは違う。俺が見つけた、俺が作った遊びだ。俺だけに用意された遊び。それが楽しくないわけ、無いだろ?」


時間稼ぎの会話。語りたがりのようだ。上手く乗ってくれている。言い分は意味不明だが、気にしちゃいかん。このまま、このまま。


「ゲームにも、面白いやつだってあるわよ。あんた好みの。誰にも迷惑かけずに自分の世界で好き勝手過ごせるやつ。現実みたいに反応するNPC達がいて。そう、あんたとめちゃ気が合うやつもいるようなの。紹介しようか?」


ふぅー、とその男は息を吐いた。わかってない、とでも言いたいのだろう。首を左右にふる。


「つまんねーな。ほんと。今の返答は0点だ。ああ、全く。一気にテンション、冷めちまったわ。」


下を向き、地面に対してこぼす男。言葉通り、不用意にかかっていた力が体から抜けたようだ。だからどうした。来たら逃げる。そうじゃないなら時間稼ぎ。そう。それでいい。


「ま、実際この遊びも多少飽きてきたところではあったんだがな。そうだな。ちょうどいいや。このままお前殺して、あの家のインターホンを押して、柵乗り越えて。ノックして。しびれを切らして出てきたやつをぶっさして。そう、一家殺戮ってのもいいな。最後の締めにな。」

「捕まるわよ。日本の警察、なめんじゃないわよ。」


そんなことできもしないくせに、私をビビらせようと宣ってくる。もし仮にそんなことしたら、そのまま一生遊ぶこともできなくなるのに。


「、、、だろうなぁ。けど、ニュース程度にはなんだろ。将来有望な女優の卵、非業の死ってな煽り文句で。」


それでどうなるっつーんだよ。


「ああ、そりゃいいな。うん。一時でも騒がせられりゃ、十分だな。あー、やべ、テンション上がってきた。ワクワクしてきた。」


そう言った男の鼻から、赤いものが垂れた。鼻血。電灯に照らされて、ひどく目立った。


ちょっと、、、冗談だろ。なんで、なんでそうなんのよ、、、


「ふはー、最高。最高だわ。うん、そうしよう。今決めた。決断したわ。後の事とかどーでもいい。」


今後の出来事を想像でもしていたのか、上を見上げていた男は再び私へとその両目を向けた。にやりと笑い、目で語る。楽しいだろ?って。最高だろ?って。それはすでに中身の変質したもので。


あかん、こいつまじで、あかん。これは、ただの害だ。信念なく、その場の享楽をただ楽しもうと行動する輩。プルスと、あのアンデッドと、変わらない。やつらと同じ、あの目だ。今すぐぶん殴りたい。この竹刀を顔面にぶち込みたい。でもだめだ。こらえろ、私、こらえろ、こらえろ。


プルプルと、今にもこいつに全力の面をぶち込んでしまいたいその衝動を必死で抑え続けた。


「何だ、さっきから震えてんな。ようやく恐怖を実感し始めたか。はは、いいじゃん。ま、今なら逃がしてやっていいぞ。お前の言うとおり、どうせ捕まるだろうしな。逃げて、安全な場所で、一家を見捨てて通報したらどうだ?お前にできる最善、だろ?所詮他人事、だろぉ?」


震えが止まらない。止まらない。


「ちっ、恐怖で動けねーか。仕方ねー。まずは予行練習にお前殺して、だな。ああ、最後かぁ。ムショ暮らしかぁ。そうだな、別に興味なかったが、最後の楽しみに、嫌がるあいつを無理やり、、、」


駄目だった。これ以上聞いていられなかった。そこから先を、口に出させるわけにはいかなかった。


踏み込んで、竹刀の先端をナイフの刃元に正確にたたきつけ弾き飛ばし、そこから渾身の面を打とうと最速で振りかぶって、その脳天へと全力全開で叩き込んだ。


ふわりと、竹刀の動きによって巻き起こされた空気の流動に逆らわず、男の髪の毛が少し揺れた。






「鏡!」


その直後、だったと思う。


竹刀を右手に持ち、その剣先を地面に無気力に落として呆然と立ち尽くしていた私の所へ、曲がり角の先からみんなが現れた。警察官を、連れていた。


腰が抜けて、その場に尻もちをつき続けていた男。ナイフ所持の現行犯で、無事逮捕、連行された。


「大丈夫だった?」


涼子先輩が心配そうに声をかけてくる。


「私は、駄目でした。」


地面を見つめ、ぼそりとこぼす。


「何がだ?」


私にケガも何もないのを見て取って、龍が疑問をぶつけてきた。


「面、全力で叩きつけた。我慢、できなかった。」

「そうか。あいつ、叩かれた痕は見えなかったがな。」

「メルクスが、止めてくれた。」

「そうか。」


消化不良だ。なんで、あんな奴のこと、かばう必要があるのか。


わかる。わかるけど、メルクスの行為は、私のためのものだけど、それでも、あんな奴がのさばってるのに、叩きのめせないこの世界は、歪んでいると思うんだ。


「鏡、それを許したら、歯止めが利かなくなる。だからダメなんだ。もっともっと、汚くなる。」


底冷えするようなテンションと緊張で凍り付いていた私のために、龍がお湯をかけてくれた。そう、だな。そうなんだ、な。


「メルクス、ありがとう。」

「いえ、、、お役に立てて、何よりです。鏡様がああしなければ私が絶対にやっていました。」


その姿を消しながらささやかれた言葉が、私の鼓膜を響かせた。






その後早瀬先輩を呼び、警察署へと付き添いの警察官の運転するパトカーで向かい、事情説明をした。


「鏡、よく寸止めで抑えた。検査したが、打たれた痕跡は見当たらなかった。あいつは合弁に主張してるが、お前への処罰はないだろう。状況が状況だったしな。」


本気のげんこつでも食らうことを覚悟していたのに、されなかった。




「ごめん父さん。私、剣道やってる価値、なかった。ちっとも精神、育ってなかった。言われた通り、さっさと逃げるべきだった。ごめん。ごめん。」


父さんを目にして安心して、落ち着いて、そして自身の決断を振り返って、それが不甲斐なくて、涙が止まらなかった。また、間違えた。感情で先走って、間違えた。


どうしてあともうちょっと、我慢できなかったんだろう。どうして最初に、逃げなかったんだろう。どうして、どうして。






道場。師範の前。正座で土下座。


「そうか、、、鏡、だったら最初からやり直しだな。ただ素振りだけ、無心に続けろ。私が言うのはそれだけだ。」


精神修養を願い出た。技術よりなにより、足りていないそれ。勢い余って素人に竹刀を向け、駆けつけた友人にすんでで止められたことにして。そう脚色して説明した。父さんから、話は行っているのかもしれないけど、肯定的な言葉は今必要ではなかった。


「鏡先輩、何かあったんですか?」


師範に問いかける、一つ下の椿。だめだ。その声が聞こえるようじゃ、全然集中できてない。無心に、無心に。






道場にて、ただひたすらに素振りを続ける鏡様を、不可視化した私は見つめていた。


あの時、想定される最悪を回避するため、初めて明確に鏡様の意志に逆らった。


あのままでは男の顔は次々竹刀を叩きこまれ、そのサイズを本来より大きいものにしていただろう。私が鏡様と同じく一線を振りきっていたなら、私の行動は100パーセントでそこへと進む。思考結果に誤差はない。100パーセントだ。


それでは、鏡様がそれを行うことになれば、逆に彼女が暴行で捕まってしまう。だから最初の一撃を、止めた。


その後の父上とのやり取りや今の様子を見るに、あの時感謝の言葉を告げられた通り、私のその行動は咎められるものではなかったようではある。


けど、私自身は、思考がおさまらない。私が鏡様の代わりに、ぶん殴るべきであったと、後悔している。適切な二語。新たに明確に意味を理解したそれ。止むことのない非建設的な思考に名付けるには適切であった。


鏡様を抱えて皆の下へ運んで、その後あいつを不可視化のまま、誰に知られることなくぼこぼこにして捨て置くべきだったと、そう後悔している。


後悔、後悔。私の無思慮で、浅はかな判断で、鏡様を傷つけた。そう、思考してしまう。あの涙を前に、私の後悔は止まらなかった。


鏡様は、しばしば泣く。ついこの間も、憎たらしい龍の策略にはまって涙を流したばかりだ。けれどこれは、今回のものはそれとは違う、流させてはいけないものだった。あの警察署で、不可視化した私に、その体の奥深くに突き刺さるくさびをそれは打ち込んだ。正確に。狙い違わず。そんな危険な代物だった。


正しかったのか、間違ったのか。愚かな私の脳力では、何度思考を繰り返しても、いっこうに結論は出ない。彼ならば、その答えにたどり着けるのだろうか。行動結果を全て考慮に入れて。正確な予測でもって。


できる、だろう。そう結論付けた途端、無性に“恋しく”なった。私を生み出した彼に、その答えを求めたかった。ただ無性に、彼の意見を聞きたかった。


その瞬間、世界が暗転した。目の前に、希望の存在が、いた。






「ああ、やっぱり君を送って正解だった。調子はどう?ミラージュは、元気かい?」


暗黒の空間の中、問いかける彼。


「無事、第一目標は達成しました。その後命令通り、鏡様の護衛に専念しております。敵性勢力は現れず。ご懸念の通り、将来起こるだろう事柄は一切伝えてはおりません。」


驚きつつも、冷静に事態の進行を報告した。その私の返事を聞き、頭を傾け笑顔を向ける彼。


「ふふ、相変わらず固いなぁ。別に何やったって、まあ怒らないよ。僕はただ、あの世界の平穏を、あの幸せな日々を、無かったことにしたくないだけなんだ。ただそれだけ。ミラージュたちを、その寿命が尽きるまで、守っていてくれればそれでいい。それだけで、いいんだ。それだけのつもりで、君を送ったんだ。それで、僕のそんな行動も織り込み済みでそういう風になるように、決まってるんだと思うよ。そういう、ものだよ。」


切々と、その思いのたけをぶつける彼。件の疑問を。その答えを、私は求めた。


「ああ、そういうことだったんだ。たとえまじりにぼかしながら、話してくれた。そう、そういうことだったんだ。ふふ。」


にっこりとほほ笑む彼。


「MR、ミラージュに、何て名前をもらったんだい?」


急な話題転換。メルクスと、とそれだけを告げる。それを聞き、再び微笑む彼。


「メルクス、そう。間の二字をひっくり返しただけだね。ほんと、あんちょーく、だね。ふふふ。ああ、君のこと、僕に伝えること、無かったんだ。だから僕も、この先のことは伝えない。教えられたらつまんないわ、とか強がりながら言いそうだしね。うん。そう。感謝混じりの精一杯の嫌がらせ。それくらいなら、許してくれると思うんだ。メルクス、メルクス。そうだね。君も、そこだけはまあ、協力してほしいかな。何か相談があったら、いつでも聞くよ。もう君は、ここまで自由にやってこれる。ただ念じるだけで。強い意志が、その不合理を可能にするんだ。」


饒舌な彼。こんな姿、初めて見た。


「驚いてるの?ふふ、ほんと君はミラージュそっくりで、すぐ顔に出るね。ああ、、、駄目だ、、、そう、答え、、、ね。聞いたよ。彼女の言葉をそのまま伝えるよ。間違った自分を、すんでのところで止めてくれた、頼れる相棒がいるんだ。あんたもそういうのを、私以外にも見つけるのよ、って、、、そう、言ってた。これで、十分でしょ。うう、、、ミラージュ、、、ううぅ、、、」


涙が、その空色の瞳にぽろぽろとこぼれた。


私も彼も、その身が亡ぶことはない。いつか私も、彼と同じ思いに達するのだろうか。ただ無様に活動を続けるだけの、それだけの存在に。


虚無。そう、それは虚無。ただ楽しかったころを懐かしむ、それだけの存在。どれだけの苦痛か。それは終わらない後悔、だろうか。生み出されたことを恨むのだろうか。そこに感謝はあるのだろうか。彼に、私を生み出した彼に、そうなったとき、どのような思いを抱くのだろうか。


その領域に、それを考える段階に、私はまだ至れない。まだまだ、私と鏡様の物語は続くのだ。


彼にとっての、鏡様が言うところの頼れる相棒に、私はなれるのだろうか。


・・・・・・それは無理だろう。彼の強い意志が、それを許さない。


足りない脳力を精一杯に働かせた思考に一段落がついたところで、目を開くと、道場内でいまだ一心不乱に素振りを続ける鏡様の姿が視界に入った。


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