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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
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stalker -keibiin_wo_enjiyou-

中間試験が終わった。今回私の方は終わらなかった、と思う。赤点はない程度の手ごたえがあった。






スケさんの娘のセキもビオプランタに留まり、私たちの手助けをしてくれた。例の最下層の施設が気になったようだ。


その彼女の助けもあって毎晩少しずつの歩みを続け、無事皆で24層へとたどり着き、予想通りデータのかけらを手に入れることができた。親からのメッセージがなかったのも予想通り。


奴がいなくなったことで遺跡も無事平常稼働に戻ったため、この差異についてはそれで完全決着した。


「危険な機能です。尋常ではたどり着けないでしょうが、それでもここは封印しておく方がよいでしょう。」


そういってセキは魔術結界を施した。プルスが再び入り込めないよう、特に念入りに奴を拒絶するタイプを張ったとのこと。


道中の訓練によるセリナのクイックン習得はまだ。きらめきの頻度が上がってきているので、もう少しだろう。


その後地上へと戻ったところで、セキが別れを切り出した。目的をもって各地を巡っている彼女。また会う機会もあろう。






「というわけでした。」


試験終了後、いつもよりだいぶん早い放課後部室内。ひとまずみんなに今回の件の最終報告。


「ふーん。あのアンデッドイベ、発生してから放置し続けるとセキが退治しに来るのね。」

「はい。そういうことでビオプランタにやってきてたんでしょう。」

「ま、そのあたりはあの親子絡みが多いよねぇ。あのアンデッド、惑わされて、誘惑に耐えられなくて、かわいそうとは思うけど、スケの奴がブチ切れてた理由もわからんでもないわ。傷一つつけられんとか。あれじゃあねぇ、、、ん?ちょっとごめん。」


先輩が端末を手に取り、部室を出た。






「遅いですね。何か重大事でもあったのでしょうか、、、」

「そうね。心配ね。」


不安がとまらない様子の玲央。確かに、ただの電話にしては遅い。


「相手方の語り口はやや緊張の度合いがみられました。女性のようです。詳細はわかりませんでした。涼子様はそのものの下へ向かったと推測します。ここから遠ざかる方向へ歩いていきました。」


メルクスがとらえた情報を放出した。扉越しで聞こえるんかい。いや、すごいな。


そして女性と聞いて明らかに安心を見せる玲央。まったく、心配の肝はそっちかいな。


やれやれといった感じで、どう茶化してやろうかしらと考えていたところで、扉が開いた。涼子先輩だ。


「メルクス、、、」


その先輩の言葉が届く前にすでに、メルクスは不可視化していた。足音の数でも聞いたのであろう。


「先輩、入ってください。」


どうやら通話相手をここまで連れてきたようだ。誰で何の用だろうか。現れる女生徒。


かつらか何かをかぶっていたせいか、髪色その他で今と印象は異なるものの、間違いない。ジュリエットだ。


美しいその容貌に見合わない、暗く落ち込んだ表情をさらけ出しつつ涼子先輩に促されて、席の一つへと着いた。






「ストーカー?」


聞いたことはある。ドラマでもそういうイベントがあったりするのもある。ニュースでもたまに聞くような気がする。でも実在していたとは。


いや、わかっちゃいるんだが、そういうものって、実際に自分の身の回りで起きたりしないと、所詮他人事、世界の外、なんだよな。


「そう、なの。文化祭の後ぐらいから、何か付きまとわれてる感じはしてたんだけど、さほど気に、留める必要がない程度だったの。それがここ最近、明らかにこっちにばれる気満々で付きまとってくるようになって、、、」


ただ付きまとうだけって、何がしたいんや。さっぱりわからん。


「何がしたいんすか、その人。自己顕示欲旺盛な警備員の役でも演じとるんすか?」


承諾を得ずに付きまとうという意味では、以前のメルクスも一応そうであったので、その様子をイメージして問いかけた。


「がーみー、中々いいよ。その調子。」


誉められた。結構まじめに考えて答えた甲斐があった。


「ふふ、それで、この数日はいつもと違う帰宅時間だったから何事もなかったんだけど、今日さっき校門を出ようとしたら、、、」

「その黒服警備員のお出迎えがあったと。」

「そうなの。それで、涼子に相談して、そのままここに連れてきてもらって、、、」

「今のとこ脅迫状とか手紙とか、直接証拠になるような被害が出てないから、立件は難しいと思うんだけど、がーみーの伝手でなんとかならんかなぁ、と思ったのさ。」


うん、父さんならまあ、少なくとも親身になってくれるわね。


「痴情のもつれってわけじゃあ、ないんすよね?」


龍が問いを発した。それで恨みに思って嫌がらせ、か。それもまたわかるようなわからんような。あまりにも非建設的すぎる。それに逆効果だろ。余計嫌われっぞ。


「それはおそらく、、、無いと思う。お断りした人は何人かいるけど、演技の稽古に勉強に、それ以外に割く時間がないって伝えたら皆納得して、応援してくれた人たちばかりだったわ。それにその、警備員さん、一度も会ったことない方で、、、」


むう、やはりあの演技の輝きは日ごろの修練の賜物か。私も頑張らんとな。


うんうんと腕を組み頷く私の様子を見て、玲央がどうしました?と問いかけてきた。


「いや、あの演技が日々の積み重ねの成果って聞いて、私も頑張らんとなぁ、と。」

「ふふ、ありがとう。」


にっこりと笑顔を向けるジュリエット。後光が差した。


「がーみー、満点。」


ぐっと親指を立てて私に向ける涼子先輩。


「ちょっとトイレ。」


ガッツポーズをしたいのを必死でこらえて、部室を後にする。廊下で、虚空にいるであろうメルクスに小声で命令する。


「メルクス、超特急で私の部屋から竹刀。ケースごと持ってきて。」

「了解しました。」






数分ほど、待つ。


遠くのグラウンドでは早速部活動に勤しむ者たちの掛け声やら何やらが静かな部室棟内、開けられた窓を通って届いてくる。


ある意味非日常なストーカー事件。刑事事件沙汰になる可能性のあるそれが極々身近で起こっているなど知ることなく、穏やかな変わらない日常を続ける者たち。


そんなある種の非日常に巡り合った演劇部のエース。そんな彼女も、真の意味での非日常を経験している私たちのことは、知る由もなく。


世界は、目で見て触れて、ようやく形を成す。そしてただ見るだけではだめなことも、最近理解した。ぶつかっていかないと。そうして進み続けないと。それが今精いっぱいできる、私の決断。


「鏡様、お待たせいたしました。」


小声で響くメルクスの声。周囲を見回し、誰にも見られていないのを確認してから両手を前に出し、竹刀を手渡してもらう。不可視効果が切れたそれが私の両手に置かれた。


「ありがと。戻りましょう。」



部室の扉を開ける。穏やかな歓談が繰り広げられていた。入ってきた当初に見せていた暗い表情は既に微塵もなく、ころころと変わる表現豊かな表情で玲央や龍、涼子先輩の話を聞いていた。


すっげぇ。もはや無意識レベルで表情を操ってるんだろうな。これは、やばい。なっちゃんじゃなくとも、ほけーと妄想に浸ってしまいそうだ。


「がーみー、遅かった、、、そう、なるほどね。」


私が手にして戻ったそれを見て、納得顔を見せる涼子先輩。


「解決までは、私が送り迎えします。任せてください。ゾンビアタック25点のメルクスとは私のこと。ナイフ程度じゃ、ビビりませんから。」


ちらと龍と玲央に、メルクスもいるからね、という意図のアイコンタクトおよび隣に控えているであろうアンドロイドを差しての確認を送る。


「ああ、私もあれ、挑戦したのよ。涼子からネタバレ受けてたから、事前に心構えがあったけど、それでも4点だったわ。25点って放送聞いて信じられなかったけど、本当なの?」

「こいつの身のこなしは保証しますよ。早瀬先輩。竹刀持ってたら、プロ級の格闘家か竹刀程度ものともしないガタイの奴でもない限り、近づけさせないでしょう。」


龍がしっかりと意図を察して、早瀬先輩、というらしいジュリエットにむけて私の後押しをたたき込んだ。


「二重尾行とか、いかがです?鏡さんと早瀬さんの二人、ストーカー、そのあとを私たち三人。万が一対峙してしまった場合に、通報する役目が必要でしょう。」

「玲央っち、いいね。それで行こう。解決まで、朝夕がーみーが傍で付き従って、うちらが少し離れたところで。」


話がまとまった。


「みんな、ありがとう、、、」


泣く演技はお手の物であろう早瀬先輩。私の目に映ったその涙は、たとえ演技だったとしてもはかなく美しく、守ってあげたくなるような、愛らしいものだった。






校門前、明らかに緊張の度合いを高めて固くなる先輩の隣で、校門の先をぐるっと見回した。


いた。異質。明確にわかるレベルで校門へと現れた先輩を注視している。ひょろっとした形。


先輩と二人並んで気にせず進む。ついてきているようだ。


後ろを振り返らなくてもわかる。私のすぐ隣にあるピンと伸ばされた背中にこびりつく、粘性の高い凝視の圧力が私の元まで届いてくる。ある程度の距離は保っているようで、足音は聞こえない。






結局そのまま、何事もなく先輩の家までたどり着いた。私自身も緊張していたために、雰囲気を和らげる言葉をかけられなかったのが悔やまれる。


また明日の朝、と告げて、みんなの下へと合流した。途中奴とすれ違った。にやりと笑ったのが見えた。その私の後をついてはこなかったようだ。


「何事もなかった、わね。」

「だな。」

「写真、撮っといた。後ろからだけど。三人映ってるさ。ほら。」


見せられた写真。証拠になるだろうか。


「無いよりはいいでしょう。鏡、受け取っとけ。」

「うん。ここに来るまでにあいつとすれ違った時、笑ってた。やめる気、たぶんなさそうね。」

「そうか。集合場所、迂回してこれるところを探すべきだな。」


そうしてよさげな集合場所を探して、そこから四人で駅へと向かい、明日7時半にここで、と待ち合わせをした。






坂を登る私と龍。その別れ際。再度の確認。


「じゃあ鏡、おじさんに話、通しといてくれ。」

「うん。今日は帰ってくるまで、夕飯後に一階で待ってる。任せといて。」


龍と別れ、彼より少し長い距離の坂を登りきって、自宅へとたどり着いた。


「ただいまー。」

「お帰り、鏡ちゃん。」


早速母さんに今日の父さんの帰宅予定時刻を聞いてみよう。


「母さん、今日お父さん、遅い?」

「んー、どうかしらねぇ。10時ごろまでには帰ってくるとは思うけど。何?何か相談?」

「そう。結構深刻で。」

「あら、お母さんじゃダメなの?」


少し考えて、母さんにも相談してみることにした。言いふらしたりするような人じゃ、ないだろう。






「そう、これは確かに深刻ね。」


写真を見せ、おおよその事情を説明した。


「うん。」


真剣な表情で私の語った内容を咀嚼する母さん。


「私も日曜日、父さんと一緒にその演劇、見に行ったのよ。そう、あのジュリエット役の子が。ストーカーになっちゃう気持ちもわからなくはないわね。男の子なら、あこがれるでしょうもの。」


え。予想外にストーカーの肩を持つことを言う母さん。まじか。驚いた表情を浮かべた私を見てにっこり微笑んだ母さんは、次の言葉をつづけた。


「ふふ、違うのよ、鏡ちゃん。気持ちがわかるのと、認めるのとは違うの。同情でも、感謝でも、憐憫でも、熱情でも。どんな感情だって、いくらプラスのものを抱いたとしても、マイナスが一つあったら、掛け合わさって大きなマイナスになるでしょ。そういうことよ。」


私に合わせて、丁寧に説明してきた。


そう、だな。


「私たちの行動、間違ってないよね。」

「そうね。心意気は、立派だと思うわ。でも、竹刀とはいえ、手を出しちゃだめよ。もし刃物を持ってたら、その子を背負ってでも逃げなさい。人の多いところまで。足、早そうには見えないものね、この犯人。だから鏡ちゃんなら、できるでしょ?」

「うん。たぶん運動は苦手そうだった。わかった。ありがとう。」






その日の午後10時過ぎ、母さんの予測よりも少し遅い時間に帰宅した父さんにも、事情を説明した。その言い分は、母さんとほぼ変わらず。


違いとしては、常に距離を保て。20mは最低でも。それで全力で向かってくる足音が聞こえても、3秒。その間にその子の手を引っ張って走って、途中で背負って逃げろ、という実践的なアドバイスぐらい。


まああたしのことは、さほど心配してないみたい。止められるんじゃないかと思ったけれど、幼いころから鍛え続けた脚力を信頼された。


彼女の家の近辺と学校周辺の派出所に、登下校時間帯の見回り強化や、その旨の通報が数日中にいくかもしれないということは、伝えておいてくれるようだった。ありがとう。






翌日。予定通りに駅へ。涼子先輩と一緒に、陸がいた。7時20分。玲央と龍はその五分後にやってきた。


「鏡、どうだったんだ。全く、連絡、返せよ。」


龍がさっそく聞いてきた。端末にはみんなからの連絡がたまってるんだろう。そんなことに気が回らないぐらい、今朝のために集中しておったわ。凡ミス。


昨日父さんと母さんとした話を、早瀬先輩の家へ向かいながら伝える。


「僕も空手で鍛えてるからね。足腰は強いから。背負うのいつでも代われるよ。」

「ありがと。」


昨日見つけた集合地点からは一人別れて、家へと赴き、インターホンを押す。現れた彼女。私の顔を見て安心したようだ。



登校時、何事もなく学校までたどり着く。特に付きまとわれている感じはしなかった。






その後も数日、早瀬先輩の部活終了に合わせるため、部室内で勉強したり他愛ない会話をしたり、を下校時間まで過ごす日々が続いた。


いつもとの違いといえば、陸が彼の学校終わりに駆けつけて、部室内が五人とメルクス一体の六名になっていたことぐらい。ほんとに、ありがたい。


下校時は毎回、付きまとわれた。けど初日の経験でその気配に慣れきった私は、二日目以降は一日の中で唯一彼女に憂鬱をもたらすその時間が少しでも和らぐようにと、いろいろと思いつく限りの馬鹿話をした。






「それで、その時の涼子ったらね、、、演技が完璧でも、衣装がダメならぶち壊しでしょーが!そうでしょ!普段着で演じられるライオンキング見て、雄々しき獅子のイメージが湧く?湧かないっしょ?だからあたしはそこにこだわるの。演技の練習とか、出る気も出す気もない癖に押し付けてほしくないわ!専念させてよ!、、、って。ああ、この子、私とは方向が違うけれど、私と同じで本気なんだなって、そう感じたのよ。」


完璧な涼子先輩の口ぶりでその様子を再現する早瀬先輩。一年のとき、演劇部に所属していたらしい涼子先輩についての昔語り。二年になって、私と龍が立ち上げたゲーム同好会を見つけてそちらになぜか鞍替えしたものの、いまだに演劇部との関係は良好なようで。


「あー、涼子先輩、怒るとすごいんですよねぇ。この前も私怒らせちゃって、理路整然とまくし立てられて。ぐうの音も出ませんでしたよ。」

「ふふ、何をやって怒らせたの?あの子、めったじゃ怒らないわよ?」

「いやーそれがですねぇ、以前ゲーム内の酒場で雰囲気を出すために用意されてる麦のジュースを飲んだいけない涼子先輩がですねぇ、、、」



笑い合う二人。明るい雰囲気の中、本日も無事彼女を自宅まで送り届けた。


数日、そうして変わらず過ごした日々。そんなほんの少しの非日常。そうしてそれは日常へ。その基底を取り換えて、綺麗な0が並ぶ平穏へ。






そんな日常の終わりを告げる時は、またしても唐突だった。


その日、早瀬先輩との楽しい会話を続けて無事送り届け、みんなが待機している場所へといつも通り向かおうとして最初の曲がり角を曲がろうと進んだそこから。


そいつが現れた。彼我の距離、目測3m程度。これは、まずい。どうすっか。


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