philosotea -zoku_tansakukou-
「どう思う?」
「んー、完敗だな。うまいっちゃうまいんだが、あれには負ける。」
放課後部室内。いつものようにメルクスの淹れてくれたお茶を部室で飲みながら、セバスのそれとの比較を龍にしてもらっていた。
「そうなのよねぇ。私が淹れたら、もっと違うし。なんでだろ?」
「見よう見まねで真似してる気がして、完璧には再現できてない、がお前のお茶。完璧な淹れ方を忠実に実行したのが、メルクスのこれ。そしてそこへ達人の経験からくる匙加減が加わったのが、セバスのあれ、ってな感じか。」
「深いわね。」
「深いな。」
珍しく龍と意見を同じくして感慨にふけっていると、玲央が口をはさんできた。
「茶の道についてですか?そうですね、かの茶聖千利休の逸話によると、お茶の一杯に至るまでにたどった経緯も重要なようですよ。」
「深いわね。」
「深いな。」
「私は不味くなけりゃ、何でもいいと思うけどねぇ。」
カップを手にしてお茶を味わっていた涼子先輩が今度は割り込んできた。
「それは、つまり、、、哲学ね。」
「そうだな。今まで意識してなかったが、改めて考えてみると深淵な問いだ。まずは茶葉の質で攻めるか?高級茶葉をふんだんに。それで淹れればメルクスなら勝てるか?」
「うーん、やってみる価値はあるわね。」
どうだろう。やや横紙破りな気はするが、大事かもしれない。しばし考え、決断した。
「買ってくるわ。ちょっと待ってて。」
このメンツの中、メルクスを除けば間違いなくもっとも足の速い私は、いそいそと近くのスーパーへと向かい、同種の、売っていた中で最も高価な茶葉を購入した。
部室へと戻り、早速メルクスに完璧を期すことを念押しして淹れてもらう。
「お任せください!決してその、セバスとやらに負けぬ味を、引き出して見せます!」
彼女もゲーム世界に現れたライバルには負けぬと、やる気満々のようだ。
「うまい。」
「おいしいわね。これは、甲乙つけがたいのでは?」
さすが高級茶葉。明らかにさっきよりもおいしい、気がする。龍も同意なようだ。心配そうにカップを手に取る私を見つめていたメルクスも、私のその言葉を聞いて、ほっと一安心したようだ。
「確かにさっきよりはおいしい気がするけど、別にそこまで変わらんと思うがねぇ。いわゆるプラシーボってやつ?」
やや遅れてそのお茶を味わった涼子先輩が感想をこぼす。
「お茶の一杯に至るまでの過程が大事というのは、本当のようですね。」
玲央が涼子先輩に一票を投じた。
「深いわね。」
「深いな。」
結論は出そうにない。
「次の手、なんか思いつく?」
「うーむ、ダンジョンで、戦闘しながら歩き続けながら、そこからのお茶、だろ。」
「わかった。全力で走ってくる。」
そうして私はいそいそと部室を出て、校舎をぐるぐると駆け巡った。
「ふー、ふー、ふーっ、、、メルクス、お茶。」
「はい、鏡様。」
走った後ということを考慮したのだろうか。氷の浮かぶグラスを差し出してきた。
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。まだまだ寒さを感じさせない気候の中、走り回って熱くなった体に、冷たいお茶が染み渡る。
「どうだ?」
「完璧ね!勝るとも劣らないわ!」
「そりゃーそうでしょうともさ。」
涼子先輩のやる気のない突っ込みが入る。
「そうっすね。メルクス、それがうまいのは当たり前だ。鏡、もう一回行ってこい。次はそのあと、熱いお茶だ!」
「わかった!」
再び駆けだす。戻る。汗だく。温かいお茶手渡される。飲む。熱い。熱いわ!
「龍、これ、違う。」
「だろうな。」
高まっていたテンションが熱いお茶で逆に冷まされて、いったい何をやってたんだろう、と思い返してみる。本当にいったい、何をやってたんだろう。
「えらくシュールなコントだったねぇ。で、落ちは?」
落ち、落ち、落ち、、、探すも見つからない。どこにおられる?落ちさんやーい。
「お茶は気分を落ちつける、あたりでお開きにしてはいかがです?」
「んー、、、玲央っち、頑張ったけど、イマイチ。ダブルミーニングがぱっと聞いてわかりにくいのよねぇ。がーみーが時折見せるような、直球のインパクトあるきらめきと比べちゃうとねぇ。」
温まった体を、荒げた息を落ち着けて、高まったテンションを落ち、つけて、、、落ち、、、うっ、、、
「うぇぇぇぇーーーー、、、、、、」
何か知らんが涙が出た。止まらんかった。
「ちょ、ご、ごめん、がーみー、誉め言葉なの、誉め言葉のつもりだったのよ!」
急に泣き出した私のせいでてんやわんやになって、数分経ってようやく落ち着きを取り戻した部室内。何とも言えないよどんだ空気が充満している。口火を切ったのは、龍だった。
「すまん鏡。俺もつい調子に乗って悪乗りしちまった。」
「わ、私も、ごめん。この間あんなに叱っといて、ないね。ごめん、ほんとに。」
二人とも真剣に謝罪をしてくれたのだが、泣いてしまった原因を鎮まった身で改めて冷静に探ったところ、無事発見することができた。それをみんなに伝えて安心させることにした。
「違うんです。泣いたのは、私が必死に探しても見つからなかった落ちを玲央に先に見つけられて、それで、悔しかったんです。」
安心させようと告げたその私の言葉を聞いた面々は、なぜか口をポカーンと開けて驚いていた。ん?またなんか間違えたか?
「玲央っち、これががーみーのインパクトよ。今回はちょっと変化球だったけど、高速スライダーだわ。時速145kmは出てたわね。鳥肌、一瞬で駆け巡ったわ。」
「はい。わかります。」
おお、めっちゃ褒められとる。気恥ずかしい。
「いやぁ、いくら腕っぷしに自信があっても、そんなプロレベルの球は投げられませんよぉ。」
照れくさいながらも涼子先輩にそう返すと、一同再び、押し黙った。
「玲央っち、わかった?これががーみーのインパクトよ。」
「はい。わかります。」
んー?どういうこっちゃ?
「鏡様、私ならば200kmの高速スライダーを投げて見せます!」
「さすがね。その意気よ!」
メルクスの返しにうれしさいっぱいで私も返す。
「玲央っち。」
「はい。わかります。」
何が、わかるんだろうか。首をかしげる私とメルクス。
「鏡、古文の勉強、付き合ってやる。玲央も、いいだろ?」
「はい、早速始めましょうか。」
そうしてなんだかよくわからないまま、来るべき試験に向けての勉強を皆で始めた。
「がーみー、この問題わかる?」
「えっと、そうですね、うーん、ああ、10で割った余りって0を含めて10種類しかないじゃないですか。で、現物が11個あるからどれかはダブるんで、その差を取ったら結果は10の倍数になるんですよ。」
「うーむ、なるほどねぇ。」
私の解答に唸る涼子先輩。
「鏡様、さすがです。」
「うむ、もっと褒めてよいのじゃよ?」
「はい、その素晴らしき思考力、驚嘆すべきばかりです。」
「これはね、部屋割り論法、またの名を鳩の巣原理っていうのよ。この世の真理の一つね。」
「なるほど。・・・刻みました。」
主従のほほえましいやり取り。
「ほんと、何がどうしてこうなんだろうねぇ。」
涼子先輩がため息交じりに言葉をこぼした。
「まあ、ままならないものって、あるもんですよね。見た目しかり、中身しかり。だろ、鏡。」
「そうね。少年に恋して破れる狼もいるしね。」
「そうだねぇ。」
「狼?なんの話です?」
唯一イクスとカリオーネの騒動を知らなかった玲央が問いかけてきた。彼に少し誇張気味にその内容を伝える。そんな風に話題を転々としつつ、勉強をしつつ。
「ねー、玲央。このながつき二十日の頃ってやつの落ち、よくわかんないんだけど。」
「落ち?」
「うん。覗いてたら、しばらくしてその女の人、死んじゃったってことでしょ?覗きはいかんよって話にしては、シュール過ぎない?あんまし笑えないわ。」
「いや、鏡さん。読み間違えてますよ。そもそも落ちとか、そういう文じゃありませんから。ここの意味は、、、」
丁寧に教えられた。
「なるほど。謎が解けたわ。こっちみたく、小話系じゃなかったのね。」
珍しく下校時間ぎりぎりまでそうして部室で過ごして、また明日、と解散した。
「セリナ、あんたに課題を与えるわ。クイックンを、習得するのよ。」
帰宅し夕飯を食べて、部室でかなり勉強を進められたと感じた私は本日もゲーム世界へと足を運んでいた。
さして試験のことを気にかけていないリュウは本日も付き合ってくれるようだ。
「そうだな。もし習得できたら、時間制限があるとはいえ一段飛ばしで実力が上がるな。」
設定された特性上、スケさんはディフェンダー寄りで、クイックンは習得できない。でも詳細不明のセリナなら、できるかもしれない。
「わかりました。精一杯修練に励ませていただきますわ。」
キラキラと目を輝かせて、私の告げた課題を押し抱くセリナ。うむ、こうしているとほんとに美少女だ。
「では、リュウ。習得の仕方を懇切丁寧に説明して差し上げなさい。」
「知らん。」
「え?」
「知らん。そのあたりはお前の領分だろ。」
そりゃそうなんだけど、知らんとは思わんかったわ。しかしNPCとプレイヤーでは、習得条件、一緒かわからんな。どうすっか。
「そう、近接系は本当にノータッチなのね。」
「基本遠距離でなんとでもなるからな。補助系統はある程度習得してるが、クイックンだけは、他の補助魔法とはまた違うんだろ?」
「そうなのよね。エンハンスなんたらで合わせてないんだもの。効果時間もリキャストまでのクールダウンも他に比べて桁違いに厳しいし。で、なぜかアタッカー系統の先でしか習得できないのよね。補助なんだし、補助魔法系統にあってもいいと思うんだけど。」
「対戦でもある意味ゲームチェンジャーなスキルだしなぁ。なんか、開発側の思い入れでもあるのかもしれんな。」
「かもね。」
リュウと二人会話を交わす。イクス以外の面々は、見慣れぬ単語の意味をはかりかねて、不思議顔をしている。
「ただ純粋に速さのみが上がるのは、時間干渉の結果。だから魔法じゃない。形式化された魔法ではそれは実現できない。強い意志、極限の集中。それだけが、ただそれだけがその不合理を可能にする。」
イクスが目を閉じながら、その設定を伝えてきた。
わかる気が、する。
「剣道の試合とか、勝ちたくて極限に集中してるときは、周りがスローモーションの中普通の速度で動いてるような感覚があるわね。」
「なるほどな。まあ使用できるNPCは多くはないがいるわけだし、可能性は0じゃないだろ。」
「そうね。」
やっぱり不思議な顔をするイクス以外の面々。
「セリナ、極限の集中よ。全身全霊を目の前の敵へと向け、ただ勝つ、と思って、そうして戦い続けるの。」
「わかりました。」
「お膳立ては任せて。ケガも、させないわ。」
そうして皆で、昨日あの後探索を続けてたどり着いた16階層へと向かった。
最初の敵、巨大蜘蛛。
「セリナ、相手をよく見て、糸をはいたら斜めにかわして切り込みなさい。」
「はい!」
対峙する二者。きちきちとその口元を動かすモンスター。
「今!」
私のその言葉と同時に、斜めに駆けだしたセリナ。見事に蜘蛛糸をかわし、斬り込んで蜘蛛に一撃を加えた。
「一旦距離を!」
距離を取るセリナ。再び対峙。先ほどと同様の流れをもう一度繰り返す。
いいようにしてやられて、二撃目を受けた大蜘蛛。怒り狂い、我を忘れて突っ込んだ。
予想していたのか、セリナはその突撃を余裕をもってかわし、無防備にさらけ出されたその背にタイミングよく渾身の一撃をかまして、とどめとした。
「良かったわね。」
「そうであるな。」
自身の教え子の出来に満足そうに同意するスケさん。ほんと、中々に育ったな。
「次、行くか。」
移動を始める。1v1にうまく持ち込めるように、ちょうどいい相手を私とスケさんで見繕う。そうして何度か彼女の訓練を繰り返し、17層の入口へと至った。
「お茶の時間ね、セバス。」
「かしこまりました。」
手際よくお茶を淹れる作業を次々こなすセバス。その様子を後ろから眺めながら、メルクスのそれとの違いを探してみる。特にめぼしい違いは見つけられなかった。
淹れられたそれ。飲む。やっぱり違う。今日買って試した高級茶葉のものよりも、全然おいしかった。
何が違うんだろうな。端から見たら、同じように見えるんだけどな。
リフレッシュした面々。意気揚々と次の層へと向かった。
「さて、ここからまた一段難易度が上がるな。」
「そうらしいわね。最下層は23層だっけ?」
「らしいな。本来ないはずの24層がある気がするな。」
「かもね。」
ここからは、私も未知の領域。どれほどのものか、確認する必要がある。
「セリナ、いったん後衛に回りなさい。こっからは私も初めての階層だから、敵の様子を見てみたいわ。」
「わかりました。」
「じゃあ私とスケさんのツートップ。間にウドーで、リュウは後衛をお願い。」
「腕が鳴りますな。」
「いつでも援護してやるわい。安心するのじゃ。」
リュウからの返事がない、索敵をしているようだ。そうね、こっちから前面を押し出してぶつかりに行った方が、早いわね。
「鏡、まずは向こうだ。」
そのリュウの言葉を合図として、17階層の探索を始めた。
目の前にはゴブリンの集団。第一階層のそれに比べて明らかに体格が良く、脅威度の高まりが推し量れる。まだ向こうに気づかれてはいない。
「私とスケさんだけでまずは突っ込むわ。様子を見て、フォローして。」
ウドーに押し殺した声をかける。枝先で了解の意思表示をしたのを見て、私は突っ込んだ。
奇襲。一匹に斬りつけ、深くその身をえぐった。その流れに乗って二匹目、三匹目と斬り進む。集団を抜けたところ、時間差で私が先ほど斬り込んだ地点にスケさんの暴力がもたらされる。
一時恐慌状態に陥ったゴブリンの集団だったが、すぐさま陣形を整えて撤退を開始した。
諦めたか。でも後で襲われ返されたら困る。今度は逆向きに進行して、スケさんの近くまで寄り、クイックンをかける。そのまま二人、ゴブリンの集団を比喩なく全滅させた。
「数は多かったけど、耐久力がなくて楽だったわね。」
「そうであるな。素早いゆえ、ミラージュ殿の手助けがないままではやりづらかったが、掠りでもすれば十分なようでさほど問題なかったですな。むしろセリナ向けではないか?」
「かもしれんな。次似たようなのを見つけたら、一匹残すか。」
無事討伐が済んで、後衛とともに合流したリュウが意見を述べた。
「そうね。今のセリナなら十分やれそうね。」
「ミラージュ様、ご期待ください。」
そのまま二分のインターバルを取って、探索を再開した。
「んー、いないわねぇ。」
先ほどから出会うのは、比較的大型ののろめな奴ばかり。スケさんに受けてもらいながら私のズバンとセリナのパスッ、でダメージを与えていくことで、危険無く処理できるものばかり。
そんな中型、大型のモンスターを一匹退治するごとに感慨深げに自身と剣を見つめるセリナ。疲労よりも興奮が勝っているようだ。
そうして期待した相手には出会えないまま、次の階層の入口にたどり着いてしまった。
時間は、まだ九時前。もう一階層ってところかしら。
「今日このままもう一階層進もうかと思うんだけど、どう?」
休憩の後、ある程度テンションの治まったセリナに向けて、疲労のほどを聞いてみた。
「問題ありませんわ。これほどの意義ある実戦を積める機会、捨てられません。」
「無理はしていないであろうな?」
弟子に向ける師匠の言。
「そうね。別に明日明後日と、いくらでも機会はあるんだもの。」
「ほんとうに、大丈夫ですわ。むしろ今、体が羽根のように軽いんですの。」
先日セリナがクイックンを受けたときに表現した言葉だ。これは、何かがつかめているのかもしれない。
「わかった。進みましょう。」
階層を下りる。
早速リュウの索敵で敵の下へと向かうと、小型の獣が一匹。完璧なスピードタイプに見える。
「リュウ、私と二人でフォロー。セリナ、行きなさい。絶対にけがさせないわ。」
「はい!」
「ああ。安心して戦ってこい。」
こちらに気づく獣。予想通り、最も距離の近かったセリナへ向けて、高速でとびかかった。




