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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
25/100

dungeon exploring -soreha_tokenu_angou-

「ダンジョンで差異か。嫌な予感がするな。」

「そう?ゲーム始めたときと比べて格段に動きが良くなってるのが昨日実感できたし、難易度も最低だから、そうそう危険もないと思うけど。」


いつもの部室内。お茶を飲みながら、新たな差異と思しきものの出現を伝え、相談を交わす。


「私の運動性能は鏡様の向こうの世界での動きをもとに構成されているのですが。この性能に匹敵するようなものが存在するなど、考えられません。」


メルクスがゲーム世界では力になれないことを残念がりながらも、私の方の発言に一票を投じた。


「まあ、特殊な条件下なら、歯が立たない相手もいるわね。メルクス、あんた海の中で冷静に対処してくるクジラの王様と1v1で、屈服させられる?」

「なるほど。それは困難ですね。納得しました。そのダンジョンの環境は、そういったものなのでしょうか。」

「いや、たぶん、ないわね。相手もこっちもホーム。」


実際に全階層を巡ったわけではないので確信はないが。


「がーみー、ちょっとネタバレするけど、基本その通りで間違いないよ。新しい階層ができてたらわからんけど。」

「つまり不明ってことですね、姐さん。鏡、一人で進めるのは禁止する。」

「ええー、まあ、しょうがないか。文化祭も終わったし、みんなそこそこ暇でしょ?」


その何の気ない私の一言に対して、メルクス以外の三人の視線が冷たくなった。


「鏡さん、その、再来週には試験がありますが、よろしいのですか?」


玲央から受ける、優しき忠告。


「ふむ、いったん放置ね。セリナがもう少し育つまで、スケさんに中層で活動してもらうわ。」


一学期末試験。見事なまでに赤点のオンパレードだった文型科目。おかげで普通の倍の夏課題を課されてしまい、めげずに結構頑張った記憶はぼんやり残っているはずなのだが、なぜか最終的には皆に迷惑をかける羽目になってしまった。


三の轍は踏まないの。私は、本当に、成長する女なの。






家に帰った私は、待ち受ける試験の憂鬱にさいなまれる中、自室へ入り椅子へと座る。古文の教科書を取り出し、全訳暗記でもすっぺか、と考えた、そのとき。


ズガシャーーン、と電が落ちた。


「メルクス!メルクス!ちょっと、出てきなさい!」


なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか。先ほどまでの自分が愚かしい。全くもって、愚かしい。


現れたメルクスの目の前に古文の文章を突き付けて、あんたこれ、読める?と問いかけた。


「くがつはつかのころ、あるひとにさそはれたてまつりて、あくるまでつきみあるくことはべりしに、、、、、、」


読み始める彼女。歴史的仮名遣をそのままに、現代の音で読み進めていく。



「意味、、、、、、わかる?」

「高度な暗号でしょうか?何かしら規則性が、、、解除キーを試行してみます。・・・・・・すみません。私では無理でした。」


せやな。これ、暗号やな。そのうえ解除文を読んでみても、よくわからんというおまけつきやからな。


「そう。ま、そういうものよね。」


玲央から教わり、次々と古文文法を習得していったイクスの様子を思い出して、メルクスももしかしたら、とは思ったのだが、そもそも私じゃ教えられんし、頼もうにも絶対魂胆を見透かされるし。


わたしはこの小賢しい試みを早々にあきらめて、ちゃんと自分で勉強することにした。






「ねーメルクス、この対角化の計算、これでいい?」

「はい。その値から、こうして計算して、はい、そうです。それを並べて作った行列を、はい。その逆も作って、そうして左右から掛け合わせます。」


計算を進める。


「おおー。見事ね。こう、0がズラッと並ぶと綺麗ね。」

「はい、壮観です。」


古文の勉強に速攻飽きた私は、夏以来続けている行列の学習に逃避していた。


あの日以来、こうしてメルクスの助けも借りて、以前より順調に進められていたそれ。楽しくなった私はその後もいろいろ数値を取り換えて、乱雑な数の羅列を斜めラインを残してすべて0へと変えていく。


「いいわね、こうして見目良き様に変えていくのは。うーん、でもこんなに簡単にうまくいくのは、対称なものだけなのか。まあ、何にでもかけられる魔法なんて、ないものよね。」


ぱらぱらと、先の方のページの記述を眺めながら、感想をこぼした。


「鏡様、そろそろ夕食のお時間かと。」


外を見ると、だんだんとせっかちになりだした太陽がすでにその姿を隠していた。






ビオプランタに降り立つ。歯磨きのイチゴ味がまだかすかに口内に残っている。


みんなが宿泊している宿へと向かうと、道中えらい美人なお姉さんに明らかに見つめられていたのに気付いた。いぶかしく思って立ち止まると、その女性は踵を返し、雑踏の中消えていった。


何だったんだ?気にとどめておくか。


中々に忘れがたいその彼女の容貌を一応しっかり脳裏に焼き付けて、再び歩みを進めた。


「みんなー、集合。」


宿につき、居並ぶ面々に自分が来たことを告げ、言葉通りちゃんと集まったフルメンバーに今後の予定について話す。しばらくはダンジョン探索を続けること、私は大体この時間に顔を出すこと。


皆、特に昨日の疲れも残っておらず、変わりなかった。唯一の変化といえるものは、スケさんがローブを新調していたことくらい。


「スケさん、あれもともと結構ぼろぼろになってたし、ちょうどよかった、かしらね。」

「ふむ。多少小奇麗にしておくのも悪くないですな。」

「そうよね。汚いよりはきれいな方が絶対いいわよ。」


その時、コールが鳴った。リュウからだ。


「どしたー?」

「今日進めるか?手伝うぞ。」

「ああ。さっきみんなに今後の予定を伝えてたとこ。そうね、、、じゃあ15階層くらいまで今日進めるの手伝ってくれる?助かるわ。」

「わかった。構成はどうする?さすがに幻術はいらんよな。」

「んー、任せる。」


粒子とともに現れるリュウ。そのまま皆で、15階層目指してダンジョンへと赴いた。






道中。


「そーいやあんた、リュウにも絡まないわよね。」


隣を歩いていたスケさんに、前と同じように質問してみた。


「そうであるな。まあ、興味がないこともないのであるが。」

「じゃあどうして?」

「リュウ殿は頭脳担当でござろう。それがし学ぼうにも、学べませぬ。」

「そうじゃな。」

「そうね。」


今度は完璧にウドーと意見を同じくした。何か言いたそうにしているかとイクスを見ると、何とも言い難い微妙な表情を称えているのみだった。






昨日の続きの、12階層へと降り立つ。


無理がなく、それでいて前衛二名に歯ごたえのあるモンスターが出るところなら15階層くらいが適切だろうと思い、今日はそこにセリナたちダンジョン未経験組が転移で行けるようになっておくことが目的の探索行。のんびりと皆で進む。


「イクス、あんた暇じゃない?今日の昼間は何してた?」

「スケさとセリナはダンジョン。僕はウドーとセバスと街を歩いてたよ。」

「そう。ここはベントやブティーナと違って治安悪いから、気を付けないといけないわよ。」

「うん。」

「何もなかった?」

「カリオーネがしょっちゅうやってきた、くらいかなぁ。特に用事もなさそうだったのに。何だったんだろ。」


おおう、イクス君や。諦めつかぬ女心はいかに優秀なその思考力をもってしても理解できぬか。ま、人も人の心の内はわからんしな。言葉に見た目で、表情で判断するしかないんだよな。


「カリオーネ?なんの話だ?」


ああ、リュウにはまだ伝えてなかったか。


「それがね、カリオーネって、美人な獣人の年上お姉さんなんだけど、イクスに一目ぼれしちゃってね。それで昨日、この子振っちゃったのよ。」

「ふーん。興味ねーな。」


あっそ。そうだと思ったわよ。


「リュウは恋愛って、何かわかる?ノースショアからずっと考えてたんだけど、昨日の事も、それらしいんだけど、いまだによくわからないんだ。」


イクスが頭脳担当のリュウに、いまだ解けないその疑問をぶつけた。


「そうだな、、、まあいろいろあるんだろーが、見て、言葉交わして、そんで心打つ感覚があったら、そのうちのいくつかがそれ、なんじゃないか?どれがどう、っていうのはちょっと難しいが。」

「んー、じゃあミラージュのキラキラ三日月は?すごい綺麗で、こう、胸のあたりに浮遊感。これは、心打つ感覚、でしょ?」


ああ、あの時か。それは、違うんじゃないか?


「それは感動、ね。自分じゃ真似できないすごい動きとか見ると、そうなるのよね。」

「そう、これは感動、か。じゃあ、セリナは?僕と同じようでいて、少し違う気がするんだけど。」

「あれは羨望、ね。自分でもできるようになりたいって、そこからのあこがれ、ね。」

「そう、羨望、か。うーん、じゃあ、ウドーやスケさんが、その、、、さっきみたいな時に感じるのは?」


言葉を選びおった。おそらく無機質なデジタルデータでその身は構成されているというのに、きわめて有機的な温かみのある判断。


「あほなことを言ったりやったりしたときね。それは失望。残念なこととか目撃した時に感じるものよ。」

「しょっちゅうお前がむこうで向けられるやつだな。」

「はあ?な、何言ってんのよ、あんた!私は、そ、そんなことないのよ、イクス。」

「そうなの?」

「いや、こいつは、、、いや、そうだな。」


イクスに向こうでの失態のあれやこれやを知られたくなくて、姉としての威厳も忘れてキョドりどもった私だったが、リュウは追い打ちをかけてこなかった。


「巨人だ。セリナには相性が悪いだろう。まだ少し先だが、鏡、ヘルプ入れ。」


広域視界で捉えたのだろう。私はこくりとうなずいて、前衛の所へ向かった。






「多いですな。」

「そうね。スケさん、三体は、いけるわね。」


前方、大量の巨人がたむろしていた。まだこちらに気づかれてはいない。


「こちらに向かってきてくれるなら、何体でも行けますが。しかし後ろに逃さないようにするとなると、面倒ですな。」

「ウドーの土壁も、あのでかいこん棒で殴られたらもたなそうね。」

「ですな。」

「切りごたえのある敵を前にテンション上がってるとこ悪いが、スケさんは今回出番なし。鏡、これ使え。」


リュウが私とスケさんの作戦会議に割り込んできて、何やら渡してきた。


「何、これ?」

「イクスの勉強にももしかしたらなるかもしれんし、な。幸い後衛連中には気づかれずにいけそうだし。お前、あそこ突っ込んで、それ使え。集団中央付近で。余裕だろ。」


よくわからん指示をしてくるリュウ。まあ、こいつが言うんならそれが最善なんだろうか。


「よくわかんないけど、わかったわ。じゃ、行ってくる。」


遠方からでも、私の立ち回りを見てそれを必死で吸収しようとでもいうのか、真剣なまなざしを私に向けていたセリナに目で返事をして、私は巨人の群れへと向かった。






一応の保険としてクイックンは温存して、集団へと向かう。下の階層の奴らより多少動きが俊敏になっているとはいえ、所詮タフさと一発の威力が取り柄なだけの巨人達。


補助効果無しの速さでも容易に攻撃をかわしながら、払い薙ぎつつ集団中央へとたどり着く。渡されたアイテムを使用すると、あたりにガスが充満した。


無臭、やや黄色みがかっているが、私には害がなさそうだ。さすがにリュウも、そんなもんを私に渡して使えとは言わんだろう。


目くらましか何かだろうとその意図を察して、ガスの中可能な限り巨人たちを見つけて斬りつける。ふーむ、これならスケさんいたほうがよかったんじゃないか?






ガスが晴れた。巨人のほとんどが残っていた。ほんとタフだな。うざってぇ。


一旦距離を取り、ぶん、と血振るいをして連中の様子を眺めていると、何か様子が変なことに気が付いた。


皆、その手にした棍棒を地に落とし、こちらに熱い視線を向けている。なんかつい昨日の昼頃見た気がする、そんな目だ。


な、何?体を不安が駆け巡る。


そして、来た。全速力で、本来あり得ないはずのスピードで、一斉に駆け込んできた。


つま先から脳天まで、ぞわっと震えが駆け巡る。


「う、うがーーーーーーー!」


巨人の咆哮のようなそれを全開で自身の口から発し、無理やりに体の緊張をほぐして、クイックンをかけて最高速で斬り払い続けた。


そして最後の一体、さっさと済ませたくて、弱点である脳天に一撃を加えようと強化した脚力で飛び上がり、巨人のでかい顔の目前へ。


目が合った。なんかうっとりしとった。


「私はお前なんか、嫌じゃーーーーーー!」


本心からの叫びとともに、斬り伏せた。






「鏡、お疲れ。モテモテだったな。」


ふうふうと、息遣い荒く肉体よりも精神的な疲れにやられたその身で、やってきたリュウに渾身の睨みをぶつける。


「あんたあれ、何なのよ!」

「テイム用の媚薬だ。敵対心を一時的になくさせる効果がある。」

「それがどうしてああなんのよ!」

「さあな。次々同族に斬りかかる雄々しきさまを見て、本気で求愛されたんじゃねーか?なんかそういう感じのモンスター種っぽいしな。」

「勘弁してよぉ、もおぉぉぉ。」


言葉と同時に大きく息を吐いて、その場にへたり込んだ。


「ミラージュ様、素敵でしたわ。」

「うむ。あれだけ短時間であの数を屠れるその技量。真似できぬな。」


いつも通り賞賛される。彼ら二人の後についていたイクスは、うーむ、と相変わらず思考を続けているようだ。


「やっぱよくわかんない。」

「わたしも、わかんないわ。」

「ま、別に適役もいるしな。今はそれでいいんじゃねーかな。」


なんかいいように話を終わらせようとして締めの言葉を放ったリュウ。


覚えとけよ。今日のこの仕打ち、私は忘れねーからな!






その後のんびりと時間をかけて進んで、無事15階層に降り立った。時刻表示を確認すると、まだ九時半。


「どう、みんな。疲れてない?」


みんなの様子を見て、まだ進むかどうか判断することにした。


私のその言葉で、皆の視線が主にイクスとセバスに向かう。


「まだまだ大丈夫ですが、一息つかせていただきたく思います。皆さま、お茶はいかがです?」


セバスの自己申告。ダンジョンの探索でさほど役に立てていないと考えてしまっているのだろうか、自身のセールスポイントを押してきた。


「そうね。じゃ、ちょっと休憩。お茶の道具貸して。私が淹れるわ。」


渋るセバスからやや強引に借り受けて、私はお茶を淹れ始めた。その私の後ろで、じっと見つめてくるセバス。


「別に、あんたの仕事奪おうってわけじゃないのよ。むしろあんたがどれくらい役に立ってるか、それを実感してもらおうと思ってね。のんびり座って待ってなさい。」


淹れ終わったお茶をカップに注いで、皆に飲んでもらう。自分でも、飲む。うん、やっぱり違う。


「ほらね。」


皆も私と同じように感じたのだろう。言葉には出さないものの、私の一言にうなずきを返した。


「セバス、淹れてみてくれるか?」


興味が沸いたのか、それを飲む機会の今までなかったリュウが告げる。その言葉を聞いて嬉しそうにセバスはお茶を淹れ始めた。二杯目だけど、私も、みんなももらう。


ほーっ、と、そのおいしさにみんなで吐息をシンクロさせた。


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