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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
20/100

happy ending -soreha_youi_ni_tenihairu...-

昨日に引き続き、鏡少女の秋の経験を書き連ねたものを投稿いたします。

秋編は、いや秋編も?良くある話で構成する形で進んでいく予定。

変わらず読み続けてくだされば、幸いです。

「このxy平面は、デカルトの発明です。そう、おそらく皆さんが倫理の授業で学ぶ、あの哲学者のデカルトです。この発明のおかげで、補助線などのひらめきに頼るしかなかった平面幾何の理論に対し、このように、取り扱いのしやすい表現手法が得られました。」


毎週一回の楽しみの、上ちゃんの特別講義。表現の簡明さ、取り扱いのしやすさ、その大切さを切々と語ってくれる。


「皆さんは、今後様々な記法を学びます。それらはわかりにくくするための嫌がらせではないのです。より人の身で、取り扱いのしやすいように。簡潔さを心がけた結果なのです。円周率πの導入はいかがでしたか?本来煩雑であるはずの無限小数、そういった数の取り扱い、楽になったのではないでしょうか。わずらわしい小数交じりの筆算をする必要がなくなりましたね。その表記で、具体数値が本当に必要になったときを除いて、簡潔に同じ結果を共有できるのです。見た目、記号。それはとても重要なのです。」






見た目なぁ。大事だよなぁ。


特別授業を終えた放課後。いつもより少し遅い時間にたどり着いた部室内。


昨日に引き続きふむむむむむむ、と眉間にしわを寄せて、考え込む。


そんな様子を怪訝に思ったのか、今日は玲央が声をかけてきた。


「鏡さん、昨日のことですか?」

「うん。見た目って確かに大事なのかもね、って、そう思案してたとこ。」

「そうでしょうか。それは、本質ではないのではないですか?」


でたわ。恵まれた容姿に生まれた、そうじゃないものには残酷な一言。


そう、この玲央は、ハーフなイケメンなのである。


高校生にもなって多少知恵がつき、見た目だけでは判断しなくなるよう多少なりともなるとはいえ、いまだその強力な武器は健在で、校内でモテにモテまくっている玲央。


そんな彼の思い人はというと、ほけー、っと今回は我関せず、といった様子でメルクスの入れたお茶を飲んでいる。


ほんと、この世はままならないわね。






昨日、あの後テンションだだ下がりの私やリクとは違い、レオは二人の恋路を助ける気満々の勢いで、相談に乗り始めた。


イクスは恋愛、という新概念に、興味津々のようで。


「まずは、陸上生活か海中生活、いずれかを可能にするようなものの入手、でしょうか。それで片側に居を定める上での障害を取り除ければ。」


レオが、今からそれを探しに行く気満々で提案する。


あれー、ウミヘビの皮とか、そーいう話だったはずなんだが。ま、無粋な水差しはすまい。別に急がなくてもいいしな。


「ふむ、それならばセバスに調べさせれば、入手できないこともないのでは、と思いますわ。永続、とまではいかなくとも、マナを込めれば再使用可能なものでしたら、二つほど用意して交互に使えば良いと思いますの。幸い、ここは様々な物品の流通が盛んなノースショアですもの。」


お、こういうことには興味ないと思っていたセリナが、口をはさんできた。意外だな。


「けれども、あなた。ウリエージュ、でよろしかったかしら?海に住まうものとはいえ、中々の腕前とお見受けしますわ。それがどうして、このようないかにもひ弱そうな男と?」


ああ、うん。さっきのやっぱなし。全然わかってないみたいだ。全く納得できんといった表情で、腕を組みぷりぷりと控えめの怒りをその表情に称えておる。


「どうしてって、メオロだからだもの。そうでしょ?」


ウリエージュが、盲目さ全開で告げた。


「おお、ウリエージュ、ウリエージュよ。このメオロ、その言葉が聞けただけで、たとえ今この身が果てようとも、一切の後悔はありません。」


メオロの方が、大仰に返してくる。


「さっっっぱりわかりませんわ!」


んー、同意するのは気が引けるが、私もあんましよくわからん。


ウリエージュの方は、まあ、欠片ほどでも私にもあるではあろう乙女特有の感覚で理解できんこともないんだが、メオロよ、お前この半魚人でいいんか?


いや、そう考えると器のでかい、いい男なのかもしれぬ。うーん、やっぱわからん。


「先ほどのお話、あるにはあるのです。ウリエージュ。」






メオロの切り出しに返す形で始まった半魚人の言うことには、どうやら彼女、ウリエージュの家には、永続全環境適応変化可、という効果を持つチート首輪がある模様。


そんな超ご都合主義の超絶アイテムを所蔵する彼女の父はというと、このあたりの海の広域を治める海王なんだとか。


わりと真剣に、人魚姫やな。


この近辺に住まう者同士による、海洋資源の取り合いに関するいざこざが絶えないため、壊滅的、というほどではないものの彼女の家の、陸の者に対する印象は悪く、ウリエージュの父親は素直に彼女の思いに応じる気配はないとのこと。


「何を言っても、駄目だ、の一点張りなの。」


だそうで。


無理やりその秘宝さえ手に入れてしまえば、陸で二人暮らせる上に海からの余計なちょっかいを出される心配もなくなるのだが、どう実現させるか。その相談がてら、こうして浜辺で逢瀬を重ねていたらしい。


承諾も得ずにそんなことしたら、怒って海運船とか襲撃されるんでは、とは思うが、ま、ゲーム。そういう余計な心配までする必要はないだろう。その魚人たちじゃなくとも、海のモンスターの襲撃はしょっちゅうあるしな。


おそらく警戒厳重であろうその場所へと忍び込み、宝を盗み出す。


強引に攻めるもよし、スニーキング・ミッションとして楽しむもよし。


まあ、わかりやすくてやりごたえのあるイベントだな。リリース待ちだった、という感じがプンプンにおう。少し安心した。






「へー、面白そうなことになってるじゃないか。」

「そうねぇ。私も今回は参加できそうにないのが残念。ちょっと余裕がなくてねぇ。」


私と玲央の昨日見つけた新たな差異、と思しきものについての話し合いに、涼子先輩と龍が食いついてきた。


「そうですか。涼子さんも知らないとなれば、差異で間違いなさそうですね。では龍、手伝っていただけますか?」

「やらせてくれ。海中じゃあ、術師は多いほうがいいだろ。」

「そうね。次の満月の夜の間、それが納められた宝物殿の扉が開くらしいの。ファンタジックな設定よね。時期が限定されてるから、その機会を逃せないわ。」


ふーむ、とその新たな情報を得て、思案する龍。


「ならイリュージョン系統だな。任せろ。それ系は習得が済んでる。不可視化、無音化して、お前のクイックンで駆け抜ければいいな。」


最強の幻影魔術が手札に入った。


龍のやつ、使いどころのよくわからん幻影系統をそこまで修めておるとは。その最強に至るまで、超絶使いづらい術しか与えられぬその系統。


何のためにそこまで頑張ったし。覗きか。ゲーム内でさみしく欲求を満たすか。


「ゲーム内とはいえ、覗きは犯罪だと思うわよ。」

「ちげーよ!」

「鏡様、この男に不審な気配があればすぐさま私がぼこぼこにいたしますので。ご安心ください。」

「ねーよ!」


なはは、と涼子先輩のいつもの笑いが、龍の渾身の絶叫に彩を添えてくれた。






文化祭の準備その他、普段と比べ多少忙しくなった中、私とレオとリュウ、イクスにウドーは不可視化、無音化状態での挙動を入念に練習していた。


レオが海中活動のための魔法維持。見えない上に、クイックンで高速化した移動でも合わせられるよう、タイミングの入念な練習。


ウリエージュのもたらした地形、建物配置に移動距離、それから計算される所要時間その他の情報を頭に詰め込み、予行練習を繰り返す。


差異、私の世界。無用な危険は避けたい。難易度最低設定とはいえ、差異にそれが適用されるかは不明。だから可能な限り、危険の芽は摘む。


罪のない魚人族をこちらの都合で切り捨てるのも、私は嫌だった。幸い、リュウのおかげでその自分勝手なわがままが通る状況ができた。


おそらく同時間に繰り広げられているであろう、演劇部の厳しい稽古に負けないぐらいの訓練を五人で積み重ねていた。


そうして次の満月までの日々をせわしなく過ごし、それなりの形になる。






リュウレオ、要の術師二人のマナ消費にある程度の余裕を持たせたかったので、メンバーは五人まで、と練習初日に結論付けた。


リクは、潜入だと向いてないしあんまやる気起きないし、とのことで辞退。


スケさんはというと、


「水中へわざわざ向かうなど。ミラージュ殿、正気か?」


と返してきた。どうやら以前の河ポチャがトラウマになっているようだ。


セリナも戦いを回避する気満々のプランでは興味を示さなかったよう。短時間のミッションにセバスを連れて行ったところで意味もなし。そうして、本人の強い希望もあり、結果的にウドーがついてくることになった。


ある意味消去法とはいえ、さほど不満はなかった。ここ最近、この浜辺で昔を取り戻そうとセリナ邸で過ごした時と変わらず、鍛錬に励み続けるウドーの後姿。


五人での練習開始前に見かけたその姿、その魔法。本人はまだまだ納得できないようだが、十分な域に達していた。


もっともマナが枯渇して浜辺に伏せる様は、打ち捨てられた流木に容赦なく波が叩きつけられているようで、そこはかとない退廃感を醸し出していたのだが。






「いよいよ、ですね。」

「そうじゃのう。わずかな間とはいえ、海の街を眺められるとは、木精の奴もうらやましがるに違いないわい。」

「うん、綺麗だといいね。」


意気満々のレオに、海の中広がる光景が楽しみなウドーにイクス。特に何を言うこともないリュウ。


「じゃあ、行くわよ。」


私のその言葉を皮切りにして、案内役のウリエージュがその尾ヒレを生かした巧みな泳ぎを開始した。






「きれい。」

「そうね。」


キラキラとした光をその空色の目に反射させて、ポツリつぶやくイクス。


目の前には、きらびやかな街並み。海の底。魚人種たちの住まう、海の都。


色とりどりの輝きを放つ岩で造られた住居群。


満月ということでいつも以上に張り切り気味のお月さまのその光を反射してきらめくさまは、その街全体が一つの宝物庫の中のようだった。


「あれが、宝物殿です。」


ウリエージュの指し示す先。予想通り、厳重に警戒されたそれ。


「ここからだな。行くぞ。」


リュウの魔法効果が五人にかかる。互いに目視できなくなった。その効果のかかっていないウリエージュをその場に残し、宝物殿へと向かった。頭に叩き込み、十分に練習したその成果を発揮していく。






無事警備に気づかれることなくすり抜けて、宝物殿内へとたどり着き、私は目標である秘宝の首飾りをその手にした。


隙間から入り込む月明かりに照らされた宝物殿内。そこで大切そうに台座に飾られていたそれ。


ごめんなさい。と思いつつ、そのままぶっきらぼうに手に取る。練習した通り、ここで丁度よく無音化効果が消える。


「上手くいったな。」

「そうね。」

「一度ここで潜んで休憩して、次の魔法の更新直後に、静かに立ち去りましょう。」


そうして計画通り事が運び、ほんの少し警戒を緩めた私たちの下へ、ずずーんと、音が届いた。


空気中よりはるかに速く届くその音。開いていたはずの扉の方に遅まきながら顔を向ければ、閉じた扉の前で強烈な威圧感を放ち立ちふさがる、一人の魚人種がいた。


定番のトライデントを右手に携え、その飾っていた首飾りを失った台座へと、目を向けている。


「来るとは思っていた。だからこうして噓の情報を流し、満月のたびに扉を開いていた。この厳重な警備の中、気づかれることなくここまでやってくる技量。わが眷属に無駄な犠牲を出すわけにはいかぬゆえ、退路を断たせてもらったことは謝るが、これで余計な邪魔も入ることはない。それを、渡すわけにはいかんのだ。尋常に、立ち合いを求めたい。」


真っ向勝負の1v1、それを向こうは、お望みだ。


「首飾り、つける。私の分の更新はいらない。端で、見てて。」


つい先ほど手にした首飾りを自身にかけて、レオとリュウに告げた。


台座の前でおそらく一人、待つ。不可視化の効果が切れる。自身の姿があらわになる。


その証拠に、眼が、合った。


「これは、このような少女が、我が娘の手助けをしていようとは。いや、少女、だからか。」


変化の効果は、使っていない。秘宝を盗む罪、それは自身の姿で背負うべきだと感じた。


嘆息する海王。見た目に惑わされる程度ならば、やりやすかった。けどこの父親は、決してそのピリピリと周囲へと放つ威圧を、緩めることはない。


強烈な威圧。この世界でごくごく一部、最強レベルの個体にのみ許されたそれ。武者震いか、恐れか。どちらともつかない震えを感じながら、私は言葉を放った。


「頑固おやじ。娘の幸せを、許す器もないのね。」


挑発、気を乱す試み。効果はなかった。


「幸せとは、何であるか。思いのまま無残に果てることを幸せというのであろうか。」


幸せって、二人思い合って、結ばれる。それは幸せで、ハッピーエンドで。何だ、何を言ってる。それで、それで、終わ、、、らないのか?


それは、何だ。思いのままに過ごしていくこと、幸せ。そう、、、だろ?


自身の挑発からの返しに逆に揺さぶられて、落ち着かせるためのいつものエンハンス・ストレンクスの効果光がわが身に灯る。


頼りの頭脳担当達は、おそらく魔法の更新がなされたために、その声を発せられる状況にない。


「やはり、かなりの腕前と見た。そうさな。ここで、果てるかもしれぬ愚かな年寄りの、昔語りを聞く気はないか。」


落ち着きを取り戻すための機会を向こうから与えられて、素直にうなずく。


「その、そなたが今首にかけている秘宝は、かつて、、、われの友が必死に求めて探し当てたものだった。」


こちらに向けたトライデントを下げ、語り始めた。


「その目的は、今のそなたらと同じ。陸に住む者に愚かにも恋したそのものは、その秘宝を必死で探し求め、そして手にし、おそらく、幸せな生活というものを自らの力でつかみ取ったのであろう。」


今とほぼ同じ状況。その過去の出来事を、悲しい感情を交えて伝えてくる。


「しかし、たとえ見かけ上適応しようとも、その本質は変わらぬ。その異質な夫婦は子を成し、しかし本来陸の者であったその妻は、その後すぐに体を壊し、さして間を置かず、その身をこの海で果てた。」


相容れようとして努力して、それでも無理なもの。それは確かに、ある。


見た目の違いは、その属する環境に適した結果。違いは境界線。それを超えようとする彼と彼女。できるのか?わからない。


ますます、私の思考はかき乱された。


これをこのまま、届けていいの?無事適応できるの?この父親の言うとおり、それは結局、駄目だった、そういう結果だったの?だから今度も、無理なの?でも、でも、、、


とどまらぬ、決着つかぬ、思考混乱。


「わが娘は、ウリエージュは、その進む先がクラーケンの寝床であることに、気づこうとはせんのだ。愚かしくも、気づきはせんのだ。」


彼女も、子をなすのであろうか。そうしてその寿命を、その本来期待されるはずの余命よりもはるかに短く、終えてしまうのであろうか。


それは、いいんだろうか。幸せだろうか。


わからない。わからない。


戦う意志が、最高の1v1を前に、不覚にも燃えたぎってしまっていたはずの士気が、消え始めていた。


そのとき、しわがれてかすれた、老獪な声が宝物殿に響いた。


「爺の自分語りも、そこまでいけば病気じゃな。子らの不備をふぉろーするのが、わしら爺の役目じゃろ。まったく、嘆かわしい。守るために、無駄に積んだ経験を生かしてそのクラーケンとやらを打倒して見せるわ、と意気込むのが、老い先短い爺の咲かすべき花じゃろ。」


そうか、そうなのだろうか。子供でしかない、私にはわからない。


でもこれは、これ以上言葉で語れない。そう、思った。


平行線。この父親の意志ベクトルと、その娘の、それに見事にマイナス1のスカラー倍。始点が違うそれらは、無限に続く平面内、どれだけ伸ばしても、決して交わることはない。


力で上から押さえつけるのは、野蛮だと思う。それを世界の在り方として、納得はできない。この世は、きれいごとだけじゃ進まないけど、納得はできない。


けれど、自分の意志を貫くために、何かに抗うことは、その全てが悪、じゃない。でも、駄目だ。そうして抗って、理解できる思いを、考えを、無理やりねじ伏せるのは違う。



ただ気に食わないと、そう、告げてほしかった。ただの頑固おやじで、その頭を冷やす一発で。それでよかったはずなのに。その予定、だったのに。


それでも。


刀を握る力が強まる。


落ち着かせるためのエンハンス・ストレンクスの効果光。とどまらぬそれ。


ズズッ、音が響いた。ウリエージュが、その必死の形相を、扉のわずかに空いた隙間に見せた。


それを合図に私は駆けだした。結論の出ない思考を放棄し無心で飛び込んだ。


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