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箱庭の君  作者: 鏡 龍彦
高校一年生 -秋-
19/100

fall -aki_no_hajimari-

シュー、とお湯が沸くときの薄い水蒸気の音。


まだまだ残暑冷めやらぬ、九月初旬。よく晴れた秋晴れの放課後、部室内に、カセットコンロに備えられたやかんに閉じ込められた水が、大気圧に抗うエネルギーを得始めたものから我先に、と外の広い世界へ旅立とうと挑むその音が静かに響いている。


いつものメンツ。涼子先輩に玲央、龍、そしてこの私、鏡。特にこれといった語る内容も本日は尽きて、思い思いの時間を過ごし始めた穏やかな空間。皆椅子に腰を落ち着け、読書をしたり、端末をいじったりと、このまま流れに任せた解散の宣言を誰かが言い出すまでの、しばしの穏やかな時間を味わっている。


そんな静かな空気の中、私は何か忘れているような気がするんだが、といった感覚がしこりになっていて、必死にその奥歯に挟まっている何かを引っこ抜こうと、思考を続けていた。


「がーみー、さっきから眉間にしわを寄せて、どうした?」


涼子先輩が、そんな私の険しい表情をいぶかしく思ったのか、問いかけてきた。


「なんか、忘れてるような気がして。でもこれといって、明確には思い出せなくて。そんな感じがするんですよ。」

「ああ、そういうことって、ままありますね。」


玲央の同意の返しが続く。


「そうだねぇ。ここ最近の出来事、今からさかのぼってみれば?思い出せるかもしれないよ。」


ここ最近。


文化祭の準備。クラスの出し物を何にするかの議論。平常授業。始業式、夏休み、最後の騒動、、、うーん、特に思い当たる節はない。


さらにさかのぼる。いくつかの対人戦、スケさん指導によるセリナの訓練、ウドーイクスの修練、行列の勉強、セフィアン、ミローク、アダムス、セリナとの出会い、デュエル、完勝、完、勝、、、そう、そうだ。あの時だ。


「そう、袴!袴がほしいわ。」


二学期が始まって早速、始業式後のホームルーム時間で文化祭の企画その他の話し合いが行われた。その後も何度か、授業後の部活前の時間に同様の機会が設けられ、うちのクラスは無難にも喫茶店、で決着。


本日も放課後つい先ほどまで、衣装がどうだのこうだのいろいろ言い合うクラスメートたちを横目に見ながら、机で頬杖ついて、そーいやなんか、忘れてたような気がするんだけどなぁ、と考えていた。そうしてそのまま部室でいつもの時間を過ごしながらも、引っかかるものを抱えていたのだ。


「袴、持ってんじゃねーか。」


ようやく記憶の奥底から拾い上げ、こぼした私の言葉に、龍がまたあほくさい話でも始めんのか、といった風にやれやれ顔で言葉を返してきた。


「こっちじゃなくて、あっちのよ。」

「なるほど。確かに、和風の服飾は少ないですからねぇ。」


うん、うん、と私の思いに同意を示す頷きを返す玲央。


そーなのだ。アメリカ産のゲームで、和服の類はなぜか知らんがほとんど用意されていない。


「刀はすごいいっぱい種類あるのに、どーして服はねーですのよ?」

「そんなもんじゃねーか?」

「忍者装束ならあるさ。ぺらっぺらの服だけど、効果欄にアーマーポイントマイナス10ってあるから、たぶん戦車並みの装甲。なはは。」


なんじゃ、それ。よーわからん。雑学だかなんだかよくわからんそのネタがわかったのか、龍がふっ、と気障に笑った。


「それ、どんな感じなんですか?」

「文字通りの、忍者装束、だねぇ。黒で、覆面もついてる。クラシカルなイメージの奴。たぶん今がーみーが思い描いてるようなのだよ。」

「うーん、それは、ちょっと、違うような。」

「どうぞ。」


ことり、カップが私の前に置かれる。そこへ、香りあふれるお茶が注がれる。先ほどから、どこから持ってきてどこに入れているのか知らんが、いつものようにカセットコンロやらなにやらを取り出してお茶を淹れていたのはMERX-メルクス-。






ここ部室のいつもの短い時間に彩を追加してくれるようになったメルクス。夏休み最終日の、驚愕のファーストコンタクトの後の、あの龍との果てしなき闘争。


その日、夕食を済ませた後、遅い時間とはいえイクス絡みの重大事ということで無理を通して、玲央に陸、涼子先輩の三人を私の部屋に呼び、ある程度の事情を共有。


そうして母さんの勧めもあり自分の家まで徒歩五分にもかかわらず我が家に居残って、うちの夕飯のご相伴にあずかった憎たらしい龍とともに、五人で話し合い決めた名前。


アナグラム、とは安直だが、全然関係ないのをつけるのもってことで、全員の賛同を得たもの。ちなみに宿題も、みんなに手伝ってもらった。


私との見た目の差別化については、私が絶対に着ないような服を涼子先輩が後日用意してくれて、それを着させることで収まった。


何の技術か知らんが、新しくまとった服でも迷彩効果が使えるようで、普段は変わらずその身を不可視化しながら、警備をしてくれている。


その、部室内で私たちに給仕をしようと、どこからともなくあれやこれやとものを取り出すさまを見て思いついた私は、色々お菓子を与えてみたり、押し入れ、住む?とかちょっとやってみたかったことをやったんだが、反応は芳しくなかった。ま、そんなもんよね。






「ありがと。」

「いえ、お気になさらず。」


そう言って、次々他のメンバーの前にもお茶を注いでいく。うーむ。


維持費ゼロ、おそらく頼めば、ある程度のことはやってくれる。ほんとに、何の技術やねん。気を付けないと、ダメ人間になっちまうね。


「んで、がーみー、袴、作んの?」

「あ、はい。できれば特殊効果を満載に詰め込んだのを。筋力増強とか。デザインとかそっち方面、お願いできます?」

「それ以上筋肉馬鹿になってどうすんだよ。」


キッ。私とメルクスの睨みが同時に龍に向かう。


「なはは、龍。分が悪くなったねぇ。」

「ふん、好きにしろ。もう知らん。」


あっという間に龍が引いた。うむ、他人?の力を借りたとはいえ、気分がいいわ。


「でもがーみー、ごめんねぇ。私演劇部の方から、衣装作成の助っ人頼まれててさ、しばらくあんまし暇できないかも。」

「ならば私がお手伝いさせていただいても?」


玲央が手を挙げた。やる気満々なようだ。


「お、玲央っち、さすが。和といえばこだわるねぇ。」

「ええ。あと、陸さんももしかしたら手伝ってくださるかもしれませんよ。」

「おっけー。ありがと。じゃ、夕飯のあとで、お願い。七時半ぐらいで。いいかな?」

「わかりました。」



その後しばらく、ここ数日繰り返された文化祭での各クラスの出し物やらなんやらの進行状況だの不平不満だのの話を互いに交わして、話のネタが再び尽きたところで解散した。






夕飯後歯磨きして、きっかり19:29にログイン。


セリナ邸。早速メインメニューで待ち構えていたレオを呼び、ついでに端末で連絡してみたところ、うん、手伝うよ。と優しく返してくれたリクも呼んで、来てもらった。


現れた二人。早速リクに飛びつくスケさん。それに付き従うセリナ。


そうして始まるいつもの立ち合い。スケさんも前回以上に腕が上がっているのかもしれないが、リクの方も、対戦だ何だと前以上にゲーム内特有の動きにフィットしてきており、勝敗は以前と同じく結果だけ見ればスケさんの完敗であった。


その後セリナも手合わせをお願いした模様。スケさんほどではないが、それなりに食いつけている。出会ったころと比べて随分と成長したのがわかる。


「そーいやあんた、レオにはつっかからないわよね。」


リクとの立ち合いを終え、負けたとはいえ満足そうな表情で、次に始まったセリナとリクの立ち合いを私の隣で眺めていたスケさんに向けて、ふと、問うてみた。


「レオ殿は、完全な魔術師タイプであろう。」

「でもほら、そういうの相手の練習にはなるんじゃん?」

「ふむ、それは不要ですな。」

「なんで?」

「そういうやからには、突っ込んで切る。それだけでござろう。」

「いや、まあ、そうかもしれないけどさ。魔法のかわし方とか?いろいろあんじゃん。」


対戦で、狙いの甘いマギ相手なら、かわしながら距離を詰めて勝てる。


そんなことを思い出した私としては、いかに耐久力の高いスケさんとはいえ、ある程度の回避行動は修練すべき事柄なんじゃないかと思った。


「必要ありませんな。近づくまでに倒れるか、耐え抜いて切るか。それだけでござる。」

「あほじゃな。」

「まあ、、、そうね。」


おそらく初めて、ウドーと多少の意見を同じくして、そう返した。


イクスは何か言いたそうにしていたが、空気を呼んだのかそれを口には出さなかった。


スケさんを見る目が、ファーストコンタクト時にウドーへのツッコミを逃した時のものと同じだったことは、明記しておこう。


まあでも、こいつがガチの本気出したら、私とは違ってそれができちゃうんだけどねぇ。






「では、まずは素材集めですね。和服用のものは、ノースショアのあたりに出没するウミヘビのものが良いですよ。」


手合わせ云々が一段落して、レオが今後の方針を告げる。


「えー、まじか。そこまだ行ってない。」

「じゃあ高速馬車、かな?普通の馬車でのんびり差異を探しながら、でもいいけど。」


高速馬車。移動にかかる時間のみをすっ飛ばしで経過させて、乗り込んだ馬車の目的地まで運んでくれる機能。


「そうね。一応、道中の様子も見ておきたいのよね。手がかり、メルクスは知らないみたいだし。だから時間がかかって悪いけど、普通ので。でも馬は奮発しましょ。最高速の駿馬-スレイプニール-をあらん限り借り受ければ、今日中にたどり着けると思う。前の依頼で相当お金余ってるし。」


そうして出発することにした。






「今回は壊れんかのう。心配じゃ。」

ルイナから西。大河の支流を渡る橋で。






「おおー、あれは、昔のわしよりでかいのう。さすがじゃ。」

ククルスベント、大風車を遠目に見ながら。






「ふーむ、ありゃ、牛というのか。けったいな姿よのう。しかし、確かに人とは気が合いそうじゃな。穏やかそうな顔をしておるのう。」

ベントより北。酪農地帯にて。






「おおー、これが、これが海というものか。ほんとうにしょっぱいのか?嘘じゃないじゃろうな。」


ノースショア間近。道中何事もなく、現れた雑魚は持ち前の過剰戦力でもって一瞬で掃討。それにしてもウドー、お前、便利だな。


なんだかんだと、結構な大所帯になってしまった私たち。そのメンバーの役職構成はというと、剣士の私、脳筋の師弟、チューリップと若木が一本ずつ、あとセバス。なんだ、これ。まあ一応前衛後衛三人ずつか。


ゲストの二人がいなきゃ、危ない場面もあるかもしれぬ。


メルクスがこっちについて来れたら、戦力的には十分だったのかもしれない。


戦力不明だった彼女に見せてもらった運動性能は、人の身には不可能なレベルだった。もっとも、私が彼女の自負するところのその1v1の実力を目撃するようになったらまずいんだけど。






懸念だったことを確かめるために、ヒツジ、数えるの、柵を飛び越えさせるの、一匹一匹、飛び越える度に、数えていくの。


とメルクスに試行させたら、人の能力を超えたスピードで数え上げ始め、1000万を超えたあたりで、飽きたのか、疲れたのか、あほず、、、愛らしい寝顔で、よだれを垂らしながら眠りについた。


言いたくはないが、自身と瓜二つの、そのアンドロイドに対し、本当に、心の底から言いたくはないのだが、その様子を見て、ポンコ、、、いや、これ以上はいかん、いかん。


何にせよ、アット・リースト・ディス・ワン・ダズ、と答えられることには、満足した。






「着いたね!」


新しい土地へやってきた興奮を抑えられないのか、イクスがテンション高く、到着の喜びを発した。


ノースショア。その名が示す通り、この街はルイナと国境を接している二国の内の西側の、最北端。扁平な大陸の設定なのだろう、緯度はそれほど高くは設定されておらず、比較的穏やかな気候。海運業の盛んな港町で、この大陸はもちろん、ここから西にある別の大陸との間でも人や物を結ぶ航路のハブの一つ。


発展の規模はルイナほどではないものの、ベントやブティーナに比べればかなりのものである。


レオ曰く、この付近の海岸に生息しているウミヘビチックなモンスターの皮素材が、和服っぽい印象の服作成には最適なのだとか。


ひとまず今夜のプレイヤー以外の宿の手配をセバスに任せて、そのまま早速狩りに行く。






海岸にたどり着いた。すでに夜は十分に更け、あたりは暗黒が包み、ザザッー、ザザッー、と、波の終わることなく繰り返す音が静かに響いている。


レオの放った浮遊し付き従うタイプの光源魔法を頼りに、ウミヘビどこじゃーい、と歩みを進めていると、その古来より変わらず続く波の終わりなき演奏に割り込むように、会話をしている男女の声が聞こえてきた。


「ふふぅー、メオロ、あなたはなんでメオロなの?」

「おお、ウリエージュ、ウリエージュよ。愚かしい僕を、許しておくれ。美しき君よ。君の思慮深いその問いかけに、このメオロは、答えを持ち合わせてはおりません。」


ピーンときた。いかに理系よりとはいえ、これほど、かの人類史に残る傑作を、知らぬはずもなし。


ついに、来たか。あるとは思っておったよ。遊び心満載の開発陣、最高の題材。


悲恋、その悲しき結末。


ちょっとセリフの選択には戸惑ったものの、人魚姫と合わせて、相当凝ったイベントを用意しているに違いない。


二家の対立。海に住まうものと陸に住まうもの。決して相容れることのない二者。そう、海と陸。ファンタジーでのみ可能な、両者を巻き込んだ超大規模スケールのロミジュリ展開。


しかし、しかし、ここはゲーム世界。


そう、何でもできる、ゲーム世界。


ハッピーエンドが待っとるはずや。そう、そうじゃないと。そうじゃないとね。


プレイヤーの介入で、デュエルでも何でもぶちかましてやって、そんなハッピーエンドを迎えるの。


そう、それは、決定事項。スティーブンさん、マジ頼むけん。


イクスに明確にいい影響を与えられそうなイベントがやってきて、目を輝かせながら期待で胸いっぱいに、もうすでにこのあたりの探索を自分の世界で終えてしまっているであろうレオに向け、ネタバレ、すんじゃねーぞ!と鋭い視線を向ける。


どうやら、レオの方も私と同じように期待で胸いっぱいにこの後の展開を思い浮かべていたようで、私の視線に対して目を輝かせて、フルフルと首を振った。


その様子から、彼も知らないらしい。


ふむ。差異、だろうか。


警戒の度合いを上げて、その二人の下へと近づく。


イクス、ウドーの両名を後ろに、ゲスト二名と、スケさんセリナに私、の五人で最大限に防備の姿勢を維持しながら近づく。


果たして、懸念の男女の姿が目に入った。


男、人。うん、予想通り。


女、人魚。にん、、、、ぎょ?


こちらに気づいて、振り向くその二人。


女?らしい方のその容貌。


うろこ、全身びっちり。下半身だけとか、そんなきれいごと要素なし。


頭、とさか生えとるわ。猫乗せるのと違ってそれ、可愛くない。


そんな要素、全くなし。うつく、、しい、、、?


女の方、半魚人じゃねーか!どーすんだ、これ!


さっきのわくわく、返せよ!


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